第一章 月城明は地元に戻り、妹への気遣いからヒロインから嫌われる side ひなた(10/10)
「それで、どの呪いにしようか。ゲリが止まらなくなる呪いとか、鼻血が止まらなくなる呪いとかがあるけど……」
「なんか汚いですね」
私は顔をしかめた。
「そりゃ呪いだから」
ゲリが止まらなくなるのは汚いし、あまりにも悲惨だ。鼻血が止まらなくなる呪いもちょっとかわいそうだ。そんなにひどくはなくていいから、あの男の落ち込んだ顔が見られればいい。
「もっと他のやつはないんですか?」
私が言うと、占い師はどこからか本を取り出してきて、それをめくり始める。私からはその様子は見えないが、コトっと本を置く音とぺらぺらとページをめくる音が聞こえてくる。
「そうだね。あとはうんちくが止まらなくなる呪いとか、説教が止まらなくなる呪いとかもあるね」
止まらなくなるのは一緒なのか。
「説教が止まらなくなるのはこたえますかね」
「そりゃ、こたえるでしょう。説教が止まらないやつなんて、天涯孤独の身よ」
「ちょっと陰湿じゃないですかね?」
「よく考えてみて。陰湿じゃない呪いがあると思う?」
「そ、そっか……」
今から私は呪おうとしているのだ。陰湿なのはこの際どうしようもない。
「じゃあ、これは? 一生、都合のいい男として好きな女の子からこき使われる挙句、呆気なく別の男と結婚されてしまう呪い」
それだ。と思った。なんてすばらしいんだろう。アイツは好きな女の子にたぶらかされて、アッシー、メッシーとして都合よく振り回されるのだ。それでいて、その女とは結ばれることなく、別の男に取られてしまう。
本当にそうなったら割とウケる。
「それにしましょう!!」
「え……マジでこれにするの?」
「ダメなんですか?」
占い師は気乗りしない様子で頭を掻く。わしわしと髪の毛のこすれる音がする。
「だって、考えてみてよ。その男の子はこの呪いのせいで、女の子に気を持たされて、ポイって捨てられちゃうのよ? きっとすごく悲しむだろうし、人間不信になっちゃうかも」
「それがどうしたんですか?」
「いや、ちょっと陰湿じゃない?」
「占い師さん、考えてみてください。陰湿じゃない呪いがあると思いますか?」
「じゃあ、やる?」
「やりましょう」
占い師さんはそこで料金の説明を始めた。占い師さんに言われるまで私は料金のことなんかすっかり忘れていた。儀式をする前に自分から値段を教えてくれるのだから、良心的な占い師さんだ。
その人が言うには今日は相談料として三千円、呪術前金として二千円で五千円だという。その後、儀式の準備が整い次第、プラス二千円で儀式に移る。さらに呪いの効果があらわれれば、成功報酬として二千円を渡すことになるのだそう。
合計で、九千円。一万円もかからないのはお得だと思った。
「じゃあ、準備としてひーちゃんには用意してほしいものがあります」
占い師さんは言った。
「はい、なんでしょう」
「まずはその男の髪の毛を一本、それからその男の一番の悩み」
「一番の悩み?」
私は思わず口を挟んだ。
「そう。その人の一番の悩みを聞き出して、それを紙に書いてきて。悩みは言わば精神的なほころび。そこから呪いが染みこんでいくように狙いを定めるの」
「そんな残酷な!!」
「ひーちゃん、時間をあげるから、よーく考えてみて」
「……、あ、そうか。呪うのに残酷もなにもありませんよね」
占い師さんが神妙にうなずく気配がした。
「そして、これが最も大切なこと。あなたのパンツをその男の人に履かせてください。そしてそれを再び回収して私のところに持ってくるの」
「ぱ、パンツ?」
私は思わず飛び上がった。占い師さんがこの真面目な話し合いの最中に、とんでもないボケを放り込んできたのかと思ったのだ。
「そうよ? その男が履いたあなたのパンツを触媒にすることで、呪いをその男に届けることができるの」
それは色んな意味で一番ハードルが高い。
第一、あいつに私のパンツを履かせるなんて気持ち悪い以外の何物でもない。そもそも私が嫌だ。
それにどうやって女物のパンツをアイツに履かせるのか。名前もどこに住んでるかも知らないのに。
「他の呪いに変えてもらうことってできますか?」
「ありがちな展開ね。でも、パンツが一番簡単な部類よ。あとはもっとえげつないのが必要になるわ」
「どうやってあいつに私のパンツを履かせればいいですかね?」
「そりゃ、まずは男をゲリが止まらなくなる呪いにかけて、相手がパンツを汚したところにさっと差し出せばいいんじゃない?」
「それなら最初からゲリの呪いにしますよ!!」
「呪いっていうのは楽な方法じゃないのよ。で、どうする? やめとく?」
占い師さんは今日は相談料だけで、呪いの料金は準備が整ってからで良いとも言ってくれた。
私の決意は固かった。あいつだけは許さない。私のおばあちゃんから教えてもらった初めてお店に出せたケーキを侮辱して、あんな風に面白がるようにして何度もマズいと言いながら食べたのだ。
絶対に許さない。
あいつを好きな女の子に一生都合のいい男としてこき使われる人生にしてやる。
「いえ、やります」
私は言っていた。
どうにかしてアイツに私のパンツを履かせて、それを回収させよう。
まずはアイツの名前と住所を調べるところからだが、手掛かりはある。
あの一緒に来ていた女の子の制服。あれは近所の中学校のものだろう。つまり、あの男の妹は近所の中学校に通っていることになる。あの妹の名前さえ分かれば、男の名前とどこの高校に通っているかも分かるはずだ。
「ちなみにそれはあなたが持ってる中で一番大切なパンツじゃないと駄目だからね?」
「はい」
私は頷いた。
私は財布から三千円札を抜き取って、占い師さんに渡した。
「ありがとうございます。それじゃあ、今度は男の髪の毛と、悩み事と男が履いたあなたのパンティを持ってきてね」
「分かりました」
私は見えないと分かっていながら深々とお礼をした。絶対に呪ってやる。首を洗って待ってなさい、古米男。
第一章 月城明は地元に戻り、妹への気遣いからヒロインから嫌われる(終)
次章 月城明と里見ひなたはケンカをする。その結果、ハッピーエンドは遠のく