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美しき獲物

「お前は真に美しい獲物だな。」

男の低い声が神殿の冷たい空気を震わせる。

微かに揺れる蝋燭の明かりの中、静まり返る神壇の前、無数の死体が息絶えている。

夥しい量の血は石畳の地面にゆっくりと広がり、暗黒の溝に入り込んで行く。


長身の男の腕中に囚われ、ルナは身動きが取れない。

男の、ルナの顎を持ち上げる指先に温度は感じられない。

黒髪の、青い瞳の男。

暗闇の中でも際立つ、極上なサファイアのような瞳がルナを見下ろす。

流れるような黒髪が陰影を作り、男の彫刻のような容貌をより際立たせている。


何と言う美しい男。

そして西の大陸で最も危険な男。

ルナはこの男のことを知っている。西の大陸で彼を知らない人はいない。

軍事大国ベーリング王国の第三皇子ジークムンド。

または西の戦神、殺戮の戦鬼、青い瞳の悪魔。

彼はこのように呼ばれている。


晩夏の深夜、この男は砂漠の真ん中にひっそり建つ神殿に侵入し、次々と神官や兵士を薙ぎ殺していった。


「神殿の至宝はどこだ。お前なら知っているだろう?彼らはお前を守っていたからな。」

ジークムンドの口調は確信に満ちており、ルナの瞳が微かに震える。

裸足にねっとりした温みが絡まって来る、白いスカートの裾も、赤く染められているだろう。

それは必死に神殿を守ろうとも、呆気なく殺戮された神殿の神官や、兵士の血。


悲しみが荒波のように押し寄せ、溢れる涙が一筋、ルナの頬を伝う。

みんな死んだ、この男に殺された。

ルナは拳を握り、爪が肉に食い込むほど強く握りしめる。

「泣いているのか」

ジークムンドの指先はルナの顔に塗られた泥をそっと拭う。

「美しい、小鹿のような女」まるで感心したかのように、じっとルナを見下ろす。

「神殿の至宝を渡してくれれば、お前は生かしてやってもいい。」

深く響く声が神殿の中でこだまする。

若い男でありながら、威厳の溢れた圧迫感のある声。


「軍人様」ルナは口を開く。

声が微かに震え、可憐そのものである。

桜色の唇が干乾びて、歯で強く噛んだ血痕が残っている。


「私は、彼らのように死にたくはありません。」

ルナは神壇の裏にある空洞の回廊を指さす。

「奥の密室に、至宝が隠されております。」


フッと、ジークムンドは口角が少し上がり、嘲笑の笑みを浮かべる。

ルナの心に鈍痛が走った。

神官や兵士が必死に守っていた神殿の神女も、所詮これしきのもの。

この悪魔は、そう思っているのだろう。


「案内しろ。」

ジークムンドはルナの体を離し、彼女に命ずる。

たった一つ残った燭台を手に取り、赤い蝋燭の火が激しく揺らぐ。

ルナは血の水をかき分けるかのように神殿の奥へと歩き進んで行った。

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