第七十四話 家族に見る愛しき文化性
よく出来た家庭の息子として、たまには気の利いたトークを家族に提供しよう。そういう価値観もありということを俺は学んだ。いや思い出した。
家族4人揃って卓を囲い美味い晩飯を食う。我が家の母の飯はとても美味いのだ。
「母さん、この魚はとても美味いね。何て言うんだ?」
この時レイシー母さんは懇切丁寧に答えてくれた。
「へぇ~、じゃあこいつは母さんに美味しく調理される前には一体どんな姿をしていたんだい?」
母さんはさっさと画像検索した物を携帯電話の画面に表示して見せてくれた。
「なるほど、この状態で見ても分からん」
知らない魚だった。でもいいや、こいつがとにかく美味いということだけ知れたらそれで人生は平和だ。
母さんが教えてくれたそれが何ていう魚だったかはもう忘れてしまった。
「ところで、滝行ってのは清く美しい日本文化なのかな?」
「なんだいお前、藪から棒に藪ではない水の湧き所の話をするなんて」
おっ、水がある、つまりは魚がいる場所、重ねてつまりは自分の仕事場。このロジカルを持つ釣りバカのニルス父さんがすぐに突っ込んできた。
「うん、今日学校の友達から聞いたんだけど、去年の文化祭では滝行を文化的な出し物として披露したんだってさ」
「ああ~そういえばそんな事になっていると言ってたわね~」と言いながら母さんはおかわりの一杯を俺に渡してくれた。ふっくら綺麗に炊けた米が光って見えて幸せ。
「滝はいいね。滝の近くに集まってくる良い魚もいるんだよ。そこに釣り竿を垂らして後はスッとね!」
父さんは箸を置いて両手で釣り竿をスッと引くジェスチャーをしてみせた。この人には滝に潜む獲物をゲットした画が見えているようだ。本当に好きなんだな。
「ちょっとあなた、今はそっちのすっかり調理された魚を箸で突いてちょうだい。食事の時まで釣りモードにならないで」
「おっとそうだったね。魚は釣ったらリリースしても、嫁さんは生涯キャッチ&キープだ。そっちの機嫌取りを重視して趣味を楽しむに限るな」
父さんは嫁釣りでも良い釣果を上げたようだ。満足した顔をして飯を食っている。こんな感じで我が家の両親は仲が良い。
「姉さんはどう?滝行ってギャル最前線で流行ってたりする?」
「ないない。どこのギャルが好き好んで遠くの山の中に分け入って濡れまくったあげく帰ってこようっていうのよ」
姉さん、仮にも嫁入り前の乙女をやっているなら、濡れまくりとかいう愉快な妄想が捗るような発言は止した方が良い。それにしっかり拭いて帰れば良いじゃないか。
「だいだいね、高い所から勢いよく落ちる水が柔肌に当たるとその箇所が痛むのよ。柔肌は水圧に敏感なの。あんな風に水を浴びると肌に余計なダメージになるわ。乙女の肌はいつだって水圧と戦っているの。だから家のシャワーも爽快バブルが出て気持ち良いって噂の例のシャワーヘッドに換えようって前から言ってるでしょ」
文化の話がすっかり乙女の柔肌形成事情にすり替わっている。こうして上手いこと話を替えて替えてを繰り返して責任逃れを成す偉くて悪い大人が世を回す1人になるのだろう。
「そうね、マイアがそれを言ってもうそろそろ8ヶ月になるわね。よくもまあそうして願望にまみれた要望がこの期間ずっと続くものね」
なんて会話をしているんだこの親子は。双方執念と記憶力に長けるやり取りだ。ちなみに俺は風呂のシャワーには何の不満も感じていない。あれで良いと思う。
「マイアも年頃だし、そういう意見も持つよね。じゃあ今度船で海釣りに行くから、その時にダイオウイカでも捕れたらその勢いでホームセンターに行ってシャワーヘッドを買おうか」
「お父さんの釣り大王物語の完結まで付き合っていたらいつ買えるか分からないじゃない!」
「そうは言っても海のお友達の都合だからな。釣果がどうなるかは無論こちらの腕にもかかっているが、それよりも彼らにかかっている要素がデカい」
日常会話の振れ幅としてはミニマムでありマキシマムでもある広範囲なトークが展開されている。この人達も変わっているんだなぁ。その内の1人が俺なんだなものなぁ。
こうして家族と楽しく飯を食っていれば分かる。これもまた文化だ。我が家は文化的な家庭である。