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第七十一話 CASE 心同 繋:極めるカルチャー秋の陣 2

 俺達の学校は決して裕福ではない。もうちょっと向こうにある共学(ここの人間の多くはそこをパラダイスと呼ぶ)の方がずっと金持ちだ。

 雀の小便分ぐらいしか出ることのない文化祭の費用のほぼ全ては、擬似的滝を打ち出す高圧洗浄機の代金に当てられた。これが意外に高いようで安いようでよく分からん金銭手感覚の買い物となった。相場をまるで知らない物を購入する時、人はそんな不思議な感覚を味わうのである。

 

 ここは丘で学校だが、なるたけ森の中にある厳かな滝の雰囲気を出したい。高圧洗浄機を買ったらもう金はほぼ無いので、後はそこらで板とか葉っぱとかを拾ってきて森っぽい感じのセットを作った。

 太郎は意外にも器用だった。ヤツが先導して美術班はスムーズに美を実現させることに成功した。

 

 打ち出す水はマジで山の水を汲んできた。ここには無駄に元気な男連中がいるので、この手の力仕事には困難しなかった。


 文化祭は秋に行われるが、マジの滝行は川が凍るような時期にもやるらしい。だったら今浴びる水なんてお湯みたいなものだ。それに当日は意外と暖かった。

 こんな物をマジになって浴びに来る者はいない。だがちょっとした想い出に、あるいはクセのあるネタにくらいの思いで来る客は意外と多くいた。

 これが割と幅広い層に人気となり、下は筋肉の目覚めもまだのちびっ子、間にギャル、ギャル男、おっさん、おばさん、そして上は本物のベテランの坊さんにまで受けた。


「ほう、これはこれは、丘で滝を見れるとはなんとも奇妙。遥か昔にお山に返した修行僧の身分からの血が騒ぐ。年甲斐もなくワシもダイブしてやろう!」

 滝と戯れまくった若き修行僧時代を思い出したじいさんの坊さんは、滝を見るとイキイキとしていた。


「フォッフォ、もはや洗い落とす煩悩が残らぬやり手の僧侶になってしまったが、これはこれで気が引き締まるし、若さを思い出して良き良き。丘仕様ならこの程度じゃろうが、本場の山の大滝だと素人の膝を折るくらいの激流が頭に降ってきたものじゃ。フォッフォ、これでは頭皮や肩への心地よいマッサージレベルってところじゃな」


 やり手の坊さんは、ここより8個くらい向こうにある街で寺の住職をしているという。なんて言ったかな?確か「毒」っていう字が入った名前の寺の坊さんだとか。


 修行マニアのじいさん以外だと、ピチピチのギャルが冗談交じりに入って来る事もあった。

 キャーキャー飛ぶ声色は実に黄色い。同級生の男共は飢えた目をしてギャル達を見ていた。その気持は分かるが、アクションに出すとなんとも情けない。ああはなりたくないね。


 滝は運動場の端っこに割りと広いスペースを取って設置された。その傍には作りは簡易、だが内部を晒さないようセキュリティは最高レベルに仕上げた脱衣所がある。ここで皆々様には服を脱いでもらい、こちらで用意した滝に打たれる用ユニフォームに着替えてもらうのだ。汚いおっさん共ならそこら辺で着替えさせれば良いが、若きギャルやギャル男達のお肌の露出は守ってあげねばならぬ。ちゃんとタオルも設置しているから、全部終わったらしっかり拭いてもらって気持ちよく帰ってもらうのだ。


 脱衣場の前には、ガードは任せろの豪傑 中島を配置している。奴のガード力はとんでもないので、外から覗こうたってそうは行かない。奴はサッカー部のキーパーを務めていて、これまでに出た試合での失点はゼロだという。そんな事を聴くと、卒業するまでに奴からゴールを奪いたくなるな。


 奴自身が覗こうとすれば事は簡単だが、そこも安心だ。奴は「オスの野獣を放し飼いにした」という表現が比喩にならないくらいアレな連中だらけのこの学園において、ただ1人だけ「解脱」を会得した心身合わせた猛者と呼べる男だ。解脱ってのが何なのかはよく分からんが、とにかくすごいって事らしい。そんなすごい中島になら脱衣所の門番を任せて何も問題ないのだ。

 まったく恐ろしい男よ。俺も奴が到達した高みへと今に登って見せよう。この筋肉と友を信じて繋がる力でな。


「おっす中島、今日も良い筋肉か?」

「無論。摂生と鍛錬こそが肉体にとって最上のケア。であればそれをしない道理がない」


 このように物言いもなんかもそれっぽい人間っぽいだろ?俺も負けずに摂生と鍛錬に励もう。


 ここで坊さんが脱衣所から出て来た。


「いや~良い水圧加減だったぞい」

 良い顔をしてして坊さんは言う。

 

 ほぅ、滝マニアは湯加減、水加減でなく、水圧の加減を重視するのか。勉強になった。


「そこの若いの」

「あ、そちらの示すそこにいる若い俺は、心同 しんどうつなぎという滝に魅せられた最強マッスルボディなのさ」

「なるほど、確かに良い筋肉をしておる。若き日の自分を見ているようじゃ。やはり若さは良い。若さ程現役ではあると気づかず、老いてからしっかり分かる亡くし物はない。心同とやら、お主には今教えたのだから、その若さをありがたく堪能しなさい。それは全員が得て、全員が失う平等な物じゃ。ワシはとうに失った。フォッフォ!」

 

 坊さんは念仏を唱えるのと説教が仕事だったな。この短いターンにも人生の支えとなる「若さ」について説かれたぜ。若さを大事に生きよう。


「してお主、ここの校長はどこにおるか知らんか?ここの校長とは友人でな、一度は一緒に山に登って修行した仲でもあるのだ。だが奴は丘のおなごが恋しいというので下山したのじゃ。まぁそれが悪いとは言わん。仏の道を歩むのも愛の道を歩くのも共に高尚というものだ。道は違えたが、友情はこのように老いぼれた先でも続いておる。今日はこちらで法事の用があってな、それ終わりで友を訪ねに来たわけなのだ」

「で、滝が懐かしくなって友の事は一旦置いといてダイブしたと」

「その通り。まさか滝があるとは思わないからな。予定外の寄り道先じゃ。しかし寄り道をすること自体は兼ねてから予定があった。寄り道もまたちょっとの遠出の醍醐味ってものじゃ」


 愛も仏も尊ぶべき日本の文化だな。坊さんと話してそう気づいた。そしてたまには敢えて寄り道するのも良いものだ。


 そんな話をしている内にもあちらに見えるまん丸タヌキさんのようなシルエットは、間違いなく我らが学校長だ。「どうして共学にしなかった?」と多くの男子に文句を言われながらもここの頂点に君臨する我らがボスだ。

 ではそのボスの所へと坊さんを案内しよう。

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