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第七十話 CASE 心同 繋:極めるカルチャー秋の陣 1

 俺は文化祭ってのを面倒に思う人間だった。それから文化祭を一生懸命やろうってヤツにグイグイ来られれるのもまた面倒だと思う人間だった。もうこうなったら全方位面倒で八方塞がり。


 この手の行事はちょっと遠くで見るくらいで、なるたけ渦中の人にはならない方針でやり過ごす気でいた。

 ていうか今はバイトの小遣いで用意したおニューのベンチプレスを一刻も早く持ち上げて、この日毎唸るマッスルをもっと唸らせたい。あぁ、筋肉が暴れている。筋肉を絞るのは素敵文化だ。


 そんな筋肉だらけの俺の青春の中では面倒でしかなかった文化祭だが、今年はそこの都合が変わってくるのだった。


「ちょっと待てぃ。文化とは何か?皆、今一度そこんところを考えてくれ!」

 

 声を上げて勢い良く椅子から立ち上がったのは六反田太郎だった。こいつは筋肉の学び、つまりは筋育きんいくとまるでかけ離れた謎のゲームばかりやっている下の下の筋肉野郎だ。


「六反田君、だからそれを今皆で考えあってこのように意見を出しているのだ」

 メガネをかけたひょろひょろ筋肉の事を人は委員長と呼ぶ。委員長はチョークで黒板を軽くコンコンと叩きながら六反田に言うのだった。


「その文化のアイデアってのがそれか?」

 六反田は黒板を指差す。


 そこにはお化け屋敷、メイド喫茶、ミュージカルの案が書かれていた。俺としてはどれも面倒だな。


「それが我が国が、我が国こそがプッシュすべき一級文化か?無論、お化けもメイドもミュージカルも悪くはない。俺は全部好ましいと思っている。だが考えて見てくれ。文化の追求、そこからの発表がこのイベントでの学び的狙いだ。そうですよね先生?」

 

 急に話を振られた先生はコクコクと二度頷く。それは肯定の意思表示ではなく、眠くて船を漕いでいたから頭が上下しただけのことであると六反田は気づいていない。

 学校教師ってのも激務と聞くからな。居眠りだってたまにはするだろう。にしてもあの担任はもっと筋肉をつけた方が良い。プロテインを飲め!


「それで出て来たアイデアがこれだと思うと日本的ではない。考えてもみろ、まずお化けは見たことがない。この俺が十数年生きて意識的に探して来たにも拘わらずまだ出会いがない。こうなるといない可能性もある。いないものを文化としてプッシュするのはちょっとどうかと思う。まぁロマンと夢ではあるとは思うけどね。そしてメイドもだ。メイドがいる家なんてほぼ無いだろ。この街でメイドがいる家なんてキンキンの家ただ一軒のみだぞ。メイドなんて八割はファンタジーだ。それにこのクラスを見てみろ。男子校だぞ。じゃあ、むさくて汗臭い男まみれのメイド喫茶になるぞ。そんな汚れた文化を地域様に見せて良いのか」


 よく喋るやつだ。


「そういやメイドなんて見たことないしお化けもいないよな」

「メイドに夢を見すぎて、いもしな同級生女子の仮装が見えていた。忘れていたけど男子校でやるんだから気持ち悪いことになるよな~」

 とあちこちからモブ達の意見が飛ぶ。


 なんてこった。女子ありきの喫茶店を、女子がいないことも忘れて実現しようと思い、候補に上げたヤツがいるのか。男まみれの学園という環境が生む弊害が、あのような奇行の形を取って出てくるとは、なんて恐ろしい。俺も自分と筋肉をしっかり持とう。


「じゃあミュージカルは?」

 ミュージカルについての説明がないのをツッコんできた生徒の声が聴こえた。


「ミュージカルは、そうだなぁ……ミュージカルはもう姉さんが嫌っちゅうほど『メアリーホペクソン』や『インドの地底人』を見せてきたから飽きたな。もう十分だ。俺の青春に音楽はこれ以上必要ない。長々と歌うよりさっさと喋った方が話が速いってずっと思ってたし、歌わなくて良いじゃん」

 

 ミュージカルへの否定は、ものすごい個人的な趣味とコンテンツ自体への冒涜で終わった。


「ふざけんな。ミュージカルを舐めるな!」

「歌の力で勝ち取れる和平もあるんだよ!」

「学園の力で主演だけよその女子を呼ぶことも出来たかもだろうが」

「メアリーホペクソンは俺の初恋相手なんだよ!」


 非難の声が飛んだ。


「まぁ待て皆の集。何もこうしてクラスで上がった候補を否定してばかりで会議の邪魔をするだけが俺のやりたいことじゃない。それだったら根性が悪すぎる。文句を言う分には、それを上回って有益なアイデアを示すことで出来る用意がある。そうに決まっているだろ?」


 皆が六反田に注目する。


「いいか、俺はここに提案する!日本人のソウルが濃く宿った文化レベルとして最強ラインに到達した文化、それこそが『滝行』だと!」


 なにぃぃいい!滝行!

 クラスと俺の筋肉が揺れた。


「時の坊主は言った。滝に打たれることで邪念、垢、体臭を落として心身共にスッキリ。そうしてスッキリした人間の明日はきっと眩しく輝く。そうだろ?滝に打たれて鍛えて来た坊主の中にクソ人間が1人でもいたか?否、皆光っている。そう、坊主は格好良い。なぜ格好良い?そりゃ滝の水圧に射抜かれているからさ」


 あれ?滝行と聞いて否定的な反応を飛ばしていたヤツが多かったが、自然とヤツの話に聞き入って行く者も多い。意外にも説得性があったようだ。俺の筋肉論としてはちょっと響かないが。


「おい!六反田」

 俺はここらで仕掛けてみることにした。


「なんだ?」

「その滝行ってのは筋肉にとってはどう良いんだ?」

「滝の水ってのはチョロチョロ流れる急須の湯なんかとは別物だ。水圧はヤバイ、すんごい冷たい。だったら良いんじゃねえか?火照ったそいつを沈めるにはよ」

 そう言ってヤツは俺を、いや俺の上腕二頭筋を指差す。


 な、なんてこった。脳と筋肉とは心が乖離していた。

 脳ではヤツの言動を疑っていたが、筋肉達は反応している。すごい圧の水に射抜かれて滾る血肉を冷やして全体の精度を上げたいと叫んでいる。鉄は熱い内に打て、そんで適度に冷やせ。そうして鍛冶屋は、強靭かつ強固な刃を完成させると言う。俺はいうなれば筋肉の鍛冶屋。その観点からいえば、その企画は、いや文化は悪くないのかもしれない。


 あれ?やっぱり頭ではよく分からん理屈だが、この体が滝を欲しがっている。

 震えているのか俺は、こいつの提案に心を震わせているのか。

 六反田太郎、これまではマジで意味の分からんザコくらいに思っていたが、こいつよく見れば大きくはないが、小ぶりなりに引き締まった品の良い筋肉をしている。そしてなによりも筋肉は度外視でこの俺が頭で好ましいと考えるのは、今のヤツが目に宿す輝きだ。こいつ、こんなに良い目もするのか。文化の追求者たるヤツの目は、俺の鋭い目ともリンクした。


 繋がった。これにて完了。こいつのことは心で繋がるソウルメイトとして歓迎しよう。


 俺は自然とシェイクハンドを求める体勢を取った。


「ようこそ六反田太郎」


 一瞬「?」といった表情を見せた後、やつはその手を取った。


「おう、ようこそされたぜ!滝はいいそぉ滝は~」


 ヤツは笑顔で滝を語るのだった。


 こうして俺達のクラスが選ぶ最強の文化は『滝行』に決定したのだった。

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