第五十八話 CASE キンキン:黄金を生む一族 2
出会いにカウントダウンは無い。あってもこちらには見えないし聞こえない。だからそれは予測不可能な突然の出会いとなった。
高校生になった。春の桜は景気よく吹雪く。そんな中、僕の心はやはり晴れやかにはならなかった。それでも季節が巡れば僕のライフステージはつつがなく進行していく。
僕のそれまでの歩みは地元の他の人とは違っていた。生まれもそうだが、教育課程からして異なっていた。
幼い内は逆に厳しくした方が良い、ある程度心に余裕が出て来たその時にはリラックスが良い。親の教育方針はそんなものだった。
小中はウエストバイソンタウンを少し離れた都会の学校に通っていた。そして高校からは地元にある最寄りの学校に行くことになった。
僕からどこの学校に通いたいというリクエストを出した事はない。親が決めた通りにする。それが当たり前だと思っていたので、どこそこに行けと言われたらそれが僕の意見となり大人しく通っていた。
都会の学校は厳しかった。田舎学校を軽んじる訳ではないが、土地柄でいくらか教育機関の教育方針も異なるらしい。
都会の学校に通った後で田舎の状況を人伝に聞くと、随分と雰囲気が異なるようだ。全体的に田舎の方がゆるりとしていて、都会はなんというか忙しない。
子供とはいえど都会の方が競争意識が高いのだと思う。いまいちリラックス出来ない教室の雰囲気だった。比べて地元の学校ときたら何とも穏やかでゆったりとした雰囲気があった。僕としてはこちらの学校の方が気分として楽で好ましい。
そんな新しい学校には、都会の学校にはいない変わったセンスの人もいた。その最たる一人が六反田太郎だった。
入学式の日。学校近くの桜の木の上に彼はいたのだ。びっくりな出会いだった。
「お~いそこの凛々しいメガネ君や、上だよメガネ君」
空から声がするので目線を上げる。すると彼の姿だ。
「ごめんよ~まだ見知った仲ではないから凛々しい、そしてメガネをしているという見た感じ印象強い要素を並べて呼ばせてもらうよ。それでだねメガネ君、俺の話を聞いてほしい」
「金剛寺金造です」
凛々しいもメガネも僕の第一印象としてマッチするもので間違いではない。でもそれらを合わせて並べて呼ばれるあだ名は何か嫌だ。なので本名を名乗った。
「ほうほう、金剛寺君かい。いや、敬愛の念を込めてかねやん……かねっち、かねごん、う~ん、どれがいい?」
変な人だ。
「じゃあ金造で」
「では呼ばせてもらおう。金剛寺家虎の子の男児たるそなたの名を!」
「どうぞ」
「ゴホン……かねぞぅ」
気持ち悪い人なのかもしれない。妙に頬を赤らめて言うから嫌だ。
彼の立ち位置から言動まで、何を見ても気になるのだが、もう一つセットで気になるのは更にその隣に男子生徒がいることだった。桜の木の枝に男子が二人、これは妙な景色だ。
「でね金造、この彼なんだけどさ、木の上に猫がいて降りられないのを助けようと思って登ったのは良いが、今度は自分が怖くなって降りられなくなったのさ。しかも猫は彼が震えている内に自分で降りちゃったんだよね。はっっは~」
なるほど、間抜けな話だ。それでなぜあなたも木の上に?
「でね、こうして一人彼が震えているのも気の毒だろ?だから心細いのをカバーしようとして俺も登って今があるんだ」
「へえそうなんですね。だったら、二人で降りればいいのでは?」
ここで彼は少し考え出した。そして次の言葉を吐く。
「ふぅ、それがね聞いてくれよ。恐怖は伝染する。登る時には大した事ない高さと思ったらあら不思議。今では下を見ると怖くって。つまり俺も降りられない」
信じられない。信じられない事をやって言っている。
僕は口を空けたまましばらく言葉を出せなかった。
「……で、どうするの?」
「俺、どうしたら良いと思う?」
一人の生徒は枝にしがみついて震えている。喋っている彼はハキハキ喋っているものの、足を見るとぷるぷる震えていた。
「これはもう第三者になんとかしてもらうしかない。自力でピンチからの脱出は無理だ。そこで金造に助けて欲しい」
「無理です」
僕にも何とも出来ない。
「ただし、人を呼ぶことなら可能」
「だよね。というわけで学校の先生、中でも屈強なおっさんみたいなのを呼んでくれないか。それからこんな状況だから入学式にも出れないと思う。ということを伝えてくれ」
「分かった」と答えて僕がその場を離れようとした時だった。
「あ、それから俺の名前は六反田太郎!前から読んでも後ろから読んでもそうなるわけではなく、後ろからだったら、うろた……えっと……」
というバカな事を彼が言ってる内にも僕はその場を走り去った。
怖がっているのに口から出る内容は実にお気楽である。やはり変な人だ。
僕は学校に行き、クラス担任に全てを話した。
その後、なんだかんだで僕も現場に戻ることになり、救出の最後までを見届ける事になった。
僕ら3人の新入生は入学式に参加出来なかった。この僕は小中と無遅刻無欠席で通したのだが、高校では一日目から行事に出ないという珍しい体験をする事となった。