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第五十六話 牛丼と金を造る魂

 人はしばらく泳ぐ事がなくとも、ある日何かのアクシデントで急に水の中に放り込まれることがあればきっと泳ぐ。

 雀が百まで踊りを忘れないなら、人は一度覚えた水との親しみ方を一生忘れないはず。雀の踊りはお遊戯かもしれないが、人が泳ぐのは水に沈まないため、つまりはその場に対応して生き残るための術だ。泳がないなら沈んであの世のゲートをくぐることになる。嫌なら浮くためのアクションに出るしかないのだ。

 二つ例を並べても、それぞれ事の重要さが違う。体と魂は、生きるために必要なことを優先敵に記憶し、消去する順もまた優先的に遅らせる。人は忘れない。忘れないものなのだ。


 その概念をこの場にシフトし、グミはキンキンに急接近した。

 グミが言うには、キンキンだって性別の有無も理解出来てないガキの頃ならきっと保育園や近所の女のチビと喋って遊んでいたはず。そこから大きくなって二つの性別の違いに驚いたり、分からない事で神秘的に感じて臆する日は多くの人間に来がち。でもそれも漠然と見えない何かにビビっているのに過ぎず、大方の場合は良く知ることでなんてことのない日常として簡単に飲み込めるもの。

 今のキンキンに必要なのは逃げでも備えて戦う事でもない。ただ自然に今を感じ、習うより慣れろの精神で苦手の克服を成すこと。

 グミは17年間生きて来てそのアンサーに到達した。


 グミの理論には納得できるだけの道筋が通っていた。だからキンキンもそれを納得して今を生きる。

 その結果がこうだ。


「というわけで蝶は素晴らしいんです。人間には到達できない翼の世界がそこにある。それはとってもファンタジックなミラクルなのです」

「へぇ~そうなんだ。翼の世界って何か綺麗な響きでいいね。でもちょっと中2っぽいけど」


 二人は打ち解けていた。というかキンキンがすごく気持ちよく喋るのをもっと気持ちよくさせるためグミが抜群の傾聴姿勢を取っていたのだ。それからキンキンは高2である。

 

 夢と愛。キンキンは蝶にそれを見た。その二つがあれば人は何にも負けない、という大きな気持ちになれる。

 夢と愛をもってすれば田舎のギャルなど塵芥に等しい。つまり何でもないってこと。


「どう?話してみれば実に自然。むしろ心地よい。それがギャルじゃない?」

「ですね」


 キンキンは学ぶし慣れる若者だった。

 もうお前は日差しが怖いモグラではない。サングラス無しでも太陽燦々ギャルと渡り合えるぞ。


「で、ここはどこなのさ?」


 俺達3人は、通学路から大きく外れた場末の狭苦しいお店に入っていた。グミの勧めだ。


「ここは牛丼チェーン店『必殺!ドぎゅう』だよ」


 必殺?頭にドがつく牛?なんだろうか。


「こないだウチですき焼きを食べたでしょ?あんな感じで肉を炊いて、それをお米に乗っけてかき込むんだよ。まぁ百聞より一口が早いんだよコレが」

 

 グミが話しているタイミングで、小綺麗なお姉さんがお盆を持ってやって来た。


 料理が並べられる。


「ではごゆっくり~」

 お姉さんは帰っていく。


 しかしこれはゆっくり出来るような代物じゃない。ものすごく早食いしたくなる意欲を沸かせるワンダフルなスメイルが嗅覚を支配する。こんな侵略ならいつだってウェルカムだ。


 丼に盛られた料理をかき込むしかない。


「これは!なんだコレは!美味いぞぉぉ!」

 思わず雄叫びが飛び出るのも納得のお味。


「ちょっと太郎くんうるさいってば。チェーン店の牛丼を食べたくらいで高価な一級料理を初めて食べましたみたいな大袈裟なリアクションしないでよ」

「しかしお前、こいつが何級品かは知らんが、現に初めて食うわけで、そんで間違いなく美味いぞ!」

 ちなみに一杯が400円くらいの料理だったという。


 くすくすと笑い声が聞こえる。振り返ると厨房の手前の方からさっきのお姉さんがこちらを見て笑っていた。


「ロクティ氏、恥ずかしいからもう少し大人しく食べた方が良い」

 キンキンが何か赤くなって言うものだからもう少し静かにしよう。


「うんうん、キンキン君も私みたいな一級ギャルと一緒に牛丼食べるくらいならもう女子を完全攻略したみたいなもんよ」


 よく分からないがその段階でその評価は絶対に時期尚早だと思う。


「う~ん、思えばどうしてこれまでああも女性が苦手だったのかよく分からないなぁ」

「男子校でしばらくご無沙汰ってのもあるのだろうけど、自分の中で対象にある性別を無駄に大きくしすぎたとかじゃない?女子はそれなりに偉大、一方で親しみやすくて恐れるに足りないとも言える。そんなもの。こっちから見た男子だってそうだよ」

「へえ、そうなんですか。グミさんは見識が高いんですね」


 なんでキンキンはこいつに敬語を使っているんだろうか。


「しかし久しぶりに食べると美味しいものだな。これが今時の牛丼なのか……」

 キンキンも俺程ではないが牛丼に大きく感心を示している。


「ん?キンキンも牛丼が珍しいって人種か?俺はもうここの所は何を食っても衝撃的出会いばかりだからお口の中が休みなく大革命なんだよ。美味しくて嬉しいけど、それはそれで疲れるってものさ」

「ははは、ロクティ氏は日々楽しそうでいいな」


 キンキン、どうしたんだ。楽しい内容を言ってるはずが、なんだか遠い目をして元気が落ちたようにも見える。


 奥の席にいた客がメシを食い終わって出て行こうとしている。俺達の席の横を通った所でその客が足を止める。


「あれ、金造ぼっちゃんじゃないですかい」


 金造?ぼっちゃん?

 違うなぁ。俺は太郎でパンピーだ。


「俺は六反田太郎だよ。おじさんは誰だよ」

「ん?あぁ、すいやせんね。そちらの僕でなく、こちらのぼっちゃんのことですよ」

 

 こちらのぼっちゃんと言っておじさんはキンキンを見た。キンキンが金造ぼっちゃんだったのか?


「ああ、ロクティ氏はまだ知らない、いや思い出していないのか。僕は金剛寺金造こんごうじかねぞう。名前に金の字が二つあるからファイトネームがキンキンなんだ」


 意外にもイカつい名前だな!

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