第五十一話 学問の檻
なるほど。
若さとは人を最も元気で活動的にさせる素晴らしいものである。それがあればバスケもコンピュータゲームもナマズ捕りも何でも出来る。
しかし、その若さも際限なくどこまでも開放させれば危険を呼び込む恐れがある。人々の人生における失敗の中には、若気の至りが原因の物が多く見られるという。時に暴走する事もある若さのエネルギーには、意図的に閉じ込めておくターンだって必要となる。
それを可能にする組織だとか機関だとか会社というのが、世に言う「学校」というものである。
規律を重んじるその場では、社会で生きるにあたっての人間の基礎マナーが学べる。また同年代と交わす美しき友愛を体感出来る感動も待っている。そして何よりもプッシュしたいメインディッシュは数多の学問である。これをしっかり修める事で、人を人たらしめる心得の習得が完了するというのだ。
学問とは、単純に学徒の人生の質を底上げするブーストエンジンのような役割を果たすと同時に、先にも言った若さが生み出すエネルギーの暴走を押さえる檻にもなる。とにかく積んでおけばお得な事間違いなしの優良コンテンツ、それが学問なのだ。
そんな学問を好き放題しゃぶり尽くせる学校とは、世界が若者に向けて産んだ傑作とも呼べる文明なのだ。学べる若さがある。それってとっても素晴らしい。
以上が姉さんから学問童貞の弟へ向けた説明だった。随分大袈裟な感じがするその学校とやらに俺は行くしかないことになった。ゲームやナマズ捕りも良いが、それだけでは人生はまかり通らないらしい。
学校には学校に入るにふさわしいとされる制服なるものがある。コレをTシャツとかタンクトップで決めて行くと教師から指導対象になるとのこと。指導を受けるのは学徒として未熟者だと告げる大人からの合図だと姉さんは言う。これをなるたけ受けずに、学徒として免許皆伝の証となる卒業まで進むのが上級学問者だという。上級学問者って何だ?
「太郎くんて結構広い背中してるんだね」
「まあな。あんまり狭くて細いと風に押されて倒れてしまうだろ。丈夫に立って前に進むには、ある程度広い方が良いってものよ」
面倒だが決まりだと言うので俺は制服に着替える。
「で、女の子が見ているっていうのにお着替えしても平気な人なの?」
「まぁな。背中にお宝の在り処を示した地図を彫り入れてるなんてことはないから、見られて何か不都合があるって事も無しよ」
「へぇ、じゃあパンツも?」
「まぁな、姉さん御用達のフリフリ可愛いパンツを穿いている時期は終わって、今は男子用のだから人が見て何も違和感ないさ」
「そういえば、そんな時代もあったってお姉さんに聞いたよね」
グミが後ろにいて何かうるさいがさっさと着替えるべきだ。
「こらこら、あんたは女の子を前に脱がない、着ない」
姉さんにパチンを背中を叩かれた。痛いじゃないか。
「なんだよ。いけないのか?」
「いけなくない関係になればもちろんいいことさ。でもあんた達にはまだ早い。あんたは服を持って廊下に出る。そんで着替えなさい」
半裸状態で廊下に締め出された。そして着替え終わる。
あれ、おかしくない?俺の部屋で着替えていたのに。外から入ったあいつらが出ていって俺が中で着替えるべきじゃない?
とか思っても家のお姉様に逆らうのは色々危険なので言う事を聞いて大人しい良い子ちゃんの弟をしておこう。
「着替えたらさっさと行く。時間がないみたいだから、はいコレ」
姉さんから袋に入ったパンをもらった。これを食いながら学校に迎えと言う。
姉さんに追い出されるような形で俺達は学校へと出発した。もちろん場所を知らないから、すっかりナビゲーターが板についたグミに案内人を頼む。
「ねえねえどうかな?」
グミはスカートの丈を少し持ち上げて俺に問う。
「ふ~ん。健全健康、よく走れそうな良い形の足じゃないかな」褒めておこう。
実際によい物だとも思った。
「違う違う。誰が脚フェチ視点のレビューをしろって言ったの?全部含めた私の服装!」
そうか。そういえばこいつもいつものラフな格好ではなく、どこかお硬い感じのする雰囲気の服を着ている。俺とは違う格好だが、これも制服なのか。
「女子はそういう制服なのか~」
「女装も達者な太郎くんだとこっちの方が良かった?」
「まさか。スカートはもういいよ」
「で、どうかな?」
「良いんじゃないかな。よく似合ってるよ」
爽やかな感じがして、グミにはこの服がよく似合っている。嘘なくそう思った。
「にしてもこのパン、べちゃっとして食べづらいなぁ。こないだグミがくれたパンの表面はこんなことなかったのに」
姉さんのくれたパンの生地は表面が少し湿っている感じで手がべちゃつく。美味しいが、手に残る不快感が気になる。
「う~む、それはカレーパンだね。通学中に食べるには向かないちょっと変わった油っこさがあるパンだよ。次は食パンとかロールパンにすると良いよ」
そうかコイツはカレーパンっていうのか。すごく美味しいな。べちゃってるけどな。
「もう、手を拭きなってば」
食べ終わったところでグミがティッシュをくれた。準備が良くて気が利くじゃないか。
しばらく歩いた所で大きな門が見える。その向こうにはもっと大きな建物がある。
「ここが君の学校だよ。今日からしっかり学びに励めよ!」
グミにドンと背中を押された。
その勢いのまま門の向こうの世界に突っ込む。そして顔を何かに突っ込んだ。それは人の背中。
「おっ!六反田じゃないか」
振り返って我が名を呼ぶそいつのことを俺は知っている。
「お前はバスケの時の赤シャツのえ~と……」
「今泉たかしだ。忘れんなよ」
「そうだ!今泉たかし!アイスの当たり棒の出る確立はどのくらいか、という画期的研究に共に挑戦した仲の今泉たかしじゃないか!」
「変に説明している感じで言うなよ。うるさいやつだなぁ」
こんなところで思わぬ再会となったな。
「今泉もここの生徒だったのか。今日から共に学ぼうじゃないか」
「え、お前そんなに学校好きなキャラだったのか?」
「さぁ?好きか嫌いかの記憶もないもの。無いなら無いでとりあえず楽しむ方向で行ってみよう」
なんだろうなぁ。同年代の有象無象がこうも集まるのを見ると、何だか無性に気分として盛り上がるものがあるような気がする。俺ってこんな感じの事を思うやつだったのか。
今泉と一緒に校舎に入り階段を昇る。
「おいおい、どこまで着いてくる?お前のクラスはあっち、俺はこっち」
今泉と俺はあっちとこっちの世界に別れて生きることになっているとのことだ。ここまでの付き合いか。寂しいじゃないか。
「じゃあな。ちゃんとクラスの連中にも挨拶しとけよ。お前にとっては全部初顔合わせだろ?」
そういやそうか。何人いるのか知らないが、クラスにいる全部が人生初登場キャラだな。一度にたくさん会うと疲れるなぁ。
出会いってのも人生の最初から最後までコツコツとやっていくものなのだな。俺のようなイレギュラーがあるとドッと出会いが流れ込んで来て大変だ。
よし、では気を引き締めて今一度学び舎の扉をノックしよう。
俺は青春の拠点の一つでもある教室にちょっと緊張して入るのだった。