第五話 本当の俺、みつけたのか?
麗椎母さんに場所を教えてもらい、俺は自室へと移動した。
階段を登ってすぐの部屋がそうだ。
木のドアの向こうには、俺だけの空間が待っているはず。
この部屋は青春時代における俺の砦だったと母から聞いた。この部屋で多くの時間を過ごしたはずなのに、主の俺はこの部屋のことをまるで覚えていない。中がどんなだか、まったく予想がつかない。
一呼吸置くとドアノブに手をかけてゆっくり回す。少しずつ覗く我が世界に目を向ける。ちょっと緊張するな。
日当たりが良いとは聞いていたが確かにそうだ。電気をつけずとも部屋が明るい。西日が良く入ってくる。
「おお!これが我が青春の砦か」
壁を見ると、プロボクサー、プロレスラーのポスターが貼られている。どうやら俺は格闘技とかが好きだったらしい。
他にも何があるのか、部屋全体を見てみよう。自分の事なのに、自分が何を所有しているのかも分からない。
テレビがあり、その前にはテレビゲーム機がセットされている。ソフトを見ると、ゴリゴリの格闘系。うむ、これは面白そうだ。後でやってみよう。
本棚には作品と巻数をぴしっと揃えた状態で本が並べられている。マンガも小説もあるようだ。
俺という男は、一体どのような作風を好んで読んでいたのだろうか。いくつか手にとってみることにする。
ふむふむ、これは大ヒットした少年マンガじゃないか。バトルあり、友情あり、ちょっぴりの恋愛要素もありのグッと来る一作だ。この本の事は覚えている。
次の本は知らないが、このポヤポヤとした絵柄に世界観、そして甘ったるいラブラブした展開をみるに、世にいう少女漫画だと推測出来た。俺はこの手の物も読んでいたのか。
まぁ作品の良い悪いの判断に読み手の性別など関係無い。良い物は性別を問わず誰が読んでも良い物であることに変わりない。俺はその点を弁えたナイスガイだったようだ。
おっ、次の本はなんだろうか。
こ、これは……ちょっと待て。これは戸惑うぞ。なんだこの気持ちは。戸惑うばかりの俺のこの気持ちは人としてノーマルな反応なのだろか。
お次のには、先程の男女のラブとは違って女子同士のラブが描かれていた。これは世に言う目眩くユリ世界というやつなのではないか。
雄しべと雌しべがごっつんこして生殖は成り立つ。ラブの過程において、生殖という到達点を全く無視して進む命の関係性もこの世には存在するという。それが同姓愛だ。雌しべと雌しべだけ、または雄しべと雄しべだけが存在してラブを構築するという、従来よりもっと踏み込んだディープなラブの世界がある。俺はその事を知っている。
「これは、なんとまぁ……」
びっくりしたぜ。俺はこの手の分野に造詣が深い男だったのか。
でもびっくりはしても別にこういった世界に否定的な意見は持たない。男女のそれとは描く過程こそ違うのだろうが、完成した二人の世界は、性別の事なんて取っ払ってズバリラブだ。こういう世界が否定される世界であれば、それこそ欺瞞の具現化と言えるだろう。愛とは人間が求める真実である。真実の形が間違いであるなど概念として矛盾している。
俺は愛の悟りの境地に達した後に本を閉じた。
で、その隣にまだ並ぶ別の本を手に取る。
「ぶぉ!!」
何ィィ!いや、これは、さすがに……すごい!
軽いジャブを越えてハートにドカンとコークスクリューを食らった気分だ。
お次の本もまたまたラブがひしめく美しき世界が描かれていた。だが内容がちょっとすごい。
「次は男かよ……」
お次は男しか出てこないラブな作品だった。そりゃ女同士で育むことも出来るのに、男同士では無理だなんて事はないだろう。
いや、分かるよ。分かるけども、先程あれだけ愛の悟りを行った後でも、これをまざまざと目にするのはやはり新し過ぎる。俺の中で新しいぞ。以前の俺もきっと経験がない世界を見たんだと思う。女子同士のそれを見た時よりも困惑度が高い。
「しまおう……」
静かに本をしまった。
もう本棚はいい。次だ。
お次はタンスがあるな。これには衣服をしまう。それくらいは覚えている。この俺のファッションセンスはどんなだろうか。
適当に引き出しを引っ張った。
「ぬぬっ!」
ただの布のはずだが、現れたアイテムは一瞬華やかな光を放ったように思えた。きっと錯覚だろうけどね。
その内の一つを掴んで引っ張り出す。
紐、そしてふっくらと丸みを帯びた生地、また紐、また丸みを帯びた生地、最後に紐。
紐の端と端は、金具を引っ掛けて繋げることが出来る。
これも知っている。
「ブラジャーだなコレは」
そう、それはブラジャー。主に女子の胸部を覆い隠す事を目的とし、若者からばあさんまでが使用する下着の一種だ。
主に女子ってだけのことで、稀になら男の中にも使う者がある……はず。それがまさかこの俺だったとはな。
おっ、側には主に女性の股間を覆うであろう可愛らしい衣があるぞ。で、稀にこれを穿く男がこれまた俺なのか。
さっきの性別自由なラブの世界が描かれたマンガに、この下着のセンスだ。察するに、俺という男はジェンダーという概念において極めてリベラルな立場をとっていたようだ。
まぁいいじゃないか。閉鎖的な概念のど壺にはまって藻掻くよりは、ちょっとイレギュラーな主義を持ってでも開放的に生きる方が絶対に心地よく、なにより楽しいだろう。
かつての俺を今の俺が否定するなんてのはおかしな事だ。これは俺の趣味でセンスだったんだぞ。だったら記憶があった頃に倣って同じようにするべきではないのか。
そう思う内に、さっきまであった若干の違和感は消え去り、今では親和性すら感じるようになった。
タンスの側にあった鏡の前に立ってみる。
ブラジャーとパンツ姿の俺がいる。
「うむ、なんだろうか。自然な感じがする。俺は前々からこれらを通常装備していたのだろうな」
失われた記憶と新たな記憶が噛み合ったと感じた。
「ああぁぁ!!何してんのよあんたは!」
こんなあられもない姿を晒した困ったタイミングで、また知らない女が登場した。
しかし奇遇だな。この俺自身も、一体俺は何をしているんだろうと思い始めていたところだった。