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第四十一話 CASE ムサピョン:あの日の胎動いつもの情熱 1

 いつでも誰もが生まれ落ちた世界で上手にやっていけると思ったら大間違いだ。

 必ずしも自分の世界が自分の望んだ世界と合致するとは限らない。むしろそうなるのは稀だ。外でもない自分の生きる世界が、自分にとっては窮屈で息苦しい。そんな事だってザラにある。私もそうだった。


 人間は他の哺乳類以上に、互いが関係して成り立つ複雑な社会を形成する。進化を重ね優れた生物として極まってきた一方で、知能を高めたがゆえに互いが関係する上で不和が生じやすい生物にもなった。人間は余計に考えて余計に行動するから面倒臭い。


 私は周囲の多くとは違う人間だったようだ。その証拠に周囲は私に、私は周囲に対して親和性を感じる事がなかった。多くから切り離された一つ、それが私。この状況を人は孤立と呼ぶ。

 でも勘違いしてはいけない。ただ単純に仲間外れの可哀想な命で終わる話ではない。孤独であっても、その先で私はしっかりと成り立っている。他とは交わらない異質な物として確立しているのだ。この点でこそ私は他と違う。

 なんとなく周囲に混ざってそこにあるのかないのか不明な有象無象がいる。それと一緒にされることのない立場にあるのは、私の最後の誇りだ。


 私は人間社会を生きる上で他者と多くを共有する事が無い。だからいつでも独自な何かを探して味わい、個人であっても人生を充実させる。

 集団の一人目がしっかりとした道筋を示してくれれば、続く二人目、三人目、それ以降の者は思考する事を止め、ただ前の者に流されて行く。それは楽だし危険がなくて良いだろう。しかし、そこにはデメリットも存在する。他者任せに流れていると、自分が一番にその景色を見るという開拓者の喜びを味わうことがない。それは非常に勿体ない。だから私は自分の前に人の背中を置かない。自分が先頭、後続は無くとも結構。


 そうして先頭を歩く私は遂に見つけたのだ。人生というジャングルを彷徨い歩いた先で楽園を開拓した。


「いやぁああ!!必殺昇り龍クライシスぅぅ!!」

 

 西のマッチョ 大龍院王牙だいりゅういんおうがは、必殺の昇り龍クライシスをぶちかました。それをモロにくらった東の鋼鉄巨人 マグナム剛三ごうぞうは地に沈んだ。


 た、楽しい!なんて楽しいのだ!


 ここは坂の上にある楽園。ウエストバイソンタウン唯一のゲームセンター。私のホームである。


 現在プレイしているのは、マッチョだらけの大格闘ゲーム「しん卍金豪傑烈伝ばんきんごうけつでん」だ。最高に熱いゲームで超ハマっている。どこぞの森の奥にあると言われる底なし沼を電子化したのがコレって感じの秀逸な発明だ。体は無事に、しかし心は沼にハマって完全に沈んでしまった。

 これを作った人間を力の限り胴上げしたい。


 この場所、このゲームと出会って私の人生は変わり始めた。それまでとまるで違う風を感じた。追い風だ。

 

 私は日々ここに通いつめるようになり、ゲームの腕を上げた。

 人にも見える形での変化なら、ゲーム画面に表示されるランキングを見れば話が早い。当初は下位にすら潜り込めなかった私の名が、今では上から数えた方が明らかに早い。まだまだ上はいる。でもやっと5位まで来た。このmusaPの名が、これをプレイした誰の目にも入るまでになった。

 

 向かいの筐体からドンという音がし、次には野太い声がする。


「んだよコレ!クソゲーじゃねえかよぉ!」

  

 先程私と対決して完膚なきまでに負けたチンピラだった。

 顔を見る前の声を聞いた段階でも知能指数が低いことが分かった。極まったバカは声だけでもそうだと分かるからすごい。そのバカが愛すべき神ゲーを汚い足で蹴ったのだ。なんとも罰当たりな。


「こんなクソゲーを極めて何になるってんだぁ。こんなので勝って気分良くなっているヤツらは相当暇人だな」


 はぁ~。これが負け惜しみか。勝負をするってんなら、勝ち負けを惜しむものではない。やれば引き分けない限りどちらかの判定をもらうのだ。それはまさにバカでも分かりきったこと。力の限りやった先でならそのどちらをもらってもトータルで「楽しい」で終わるのが勝負の世界の醍醐味なのだ。私に本気で挑んで本気でボコボコにされたなら、その敗北を今日という人生の勲章にして帰って美味しく夕飯を食べれば良いものを。


 向かいのチンピラバカが筐体越しにニュッと顔を出してこちらを見てくる。


「はぁ、なんだよ。あんなもっさいヤツがマジでやってんのかよ。やだね~根暗オタクは」


 ゲームの次はプレイヤー様をディスると来たか。とことこんまでに勝負師の、そしてこの場合は敗者のマナーがなっていない。


 人様の好きを他人が嫌いで荒らす。これは他国に爆弾をぶっこむレベルの精神への侵略行為だ。許せない。

 争いは嫌いだ。逆に必要以上に手を取り合って深まって行くのも好きではない。だが人は、声と拳を上げる時が来たなら、決してそれを怠ってはいけないのだ。


「敗者は多くを語るな。このゲームはマジもんの神ゲーだ。神を味方につけて楽しいを心から楽しめないのは、それこそが負け体質。負けをも楽しめるのがこのゲームの真髄なのだ」


 そうだ。私は何度も負けた。最初から勝ちまくる人間ばかりがいるものか。

 初めて遊んだ時、私は手練のプレイヤーから見事にボコボコにされた。でも楽しかった。M気質から発する想いではない。むしろそれだけ攻められたお返しをしてやりたい。全員ぶっ飛ばして一番強くなりたい。つまりは一番楽しみたい。楽しいは人生を最強に彩るトッピングだ。


「あぁ?なんだ?アニキ聞きましたかい?なんか向こうからオタクの戯言が聞こますぜ。俺の耳、どうかしちまったのかな?」

 先程のチンピラだ。一人ではなかったのか。アニキなる人物と一緒のようだ。


 筐体の向こうに見えるチンピラバカの頭の更に向こうに二つ目の大きな頭が覗く。やがて重なる。そしてぐんぐんと追い越して上に昇っていく。

 デカい。一人目のチンピラよりもずっとデカいアニキが来た。マグナム剛三を扱うプレイヤーはアニキの方だったのか。


「いいや、お前の耳は正常だ。だって俺にも聞こえたからな。勝者の勇ましい演説がな」


 立ち上がったアニキは、高い位置からこちらを見下ろしていた。

 目が合う。これはヤバいのかもしれない。


「おいデブ。ゲームじゃお前が勝ったが、リアルでの格闘なら一体どちらが強いのかな?」


 アニキは手をポキポキと鳴らし始めた。拳を使う準備体操をしている。

 

 ムサピョン、超ピンチ。

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