第四十話 モグラと太陽の関係性
突然現れたチェックの三連星は、やけにぎこちない立ち振る舞いで順に自己紹介してくれた。グミと南の目を意識してこのような態度になっているようだ。
変なのは態度だけでなく、奴らの言う内容もそうだった。
奴らには日本人として生まれて親から与えられた本名があるはず。だがどいつもこいつもそれを口にすることはない。その代わり各々が口にしたのは、個体識別用に個人が勝手に作った呼称だった。
奴らのような一見訳の分からない連中にも、訳が分かるよう説明をつける流儀というものがあるのだそうだ。それというのが、現実を離れた世界を楽しむここでは、これまた現実を離れた自分を纏うために名も一新したいというものだった。勝手に作ったその名前の事を奴らはファイトネームと呼んでいた。たかだかゲームを楽しむのにファイトだなんて仰々しいなぁ。
というわけで、奴ら三人が勝手に名乗っているファイトネームとやらを紹介しよう。
ござる言葉の小太りはムサピョン。
ひょろ長いメガネはギャビン。
背の低いマッチョはキンキン。
そしてここでの俺の名前は6Tと書いてロクティだったとのことだ。
「はっはは。6Tはやっぱり太郎くんだったのか。で、こちらの3人とはお友達だったと」笑うグミ。
その声に押し潰されるかのごとく縮こまる冴えないチェックシャツ集団。
「ムサピョン?ああ、このmusaPってのはあんたね」
南は先程からゲーム画面に表示されている上位プレイヤーリストを見てそれを発見した。
「はぁ、確かにそれは私でござる」
俺が相手だと勢い盛んに喋り散らかしていたのに、南が相手だとムサピョンはシュンとしていた。
「おい、お前らどうした?なんていうかその~、急な元気の死にようはなんだ?」
出会った瞬間から比べると、こいつらの元気は明らかに落ちていた。
グミが俺の肩にポンと手をかける。
「なんだ?」
「いいかい?君は忘れてしまっただろうけども、この地球にはモグラという生き物がいる」
「いや、それは知ってる。地面の中を掘り進む地下世界のお友達だろ?」
俺はモグラを知っていた。
「そうそう、そのモグラはね、とあるコンテンツでキャラクター化された際には、サングラスをかけていたなんてこともあったの」
「そりゃいつも地面にいるのが、たまに地上に出ると一気に眩しいからだろ?」
俺は人生で初めてモグラ目線で地上世界の明るさと向き合った。モグラ相手ならサングラスがたくさん売り捌けるだろう。
「分かっているじゃないか。その理屈をこの場にシフトしてみよう。ある人物にとっては、ある人物がまるでピッカピカのお日様のごとく見えて眩しい」
グミと3人衆を交互に見てみる。
3人衆が女子連中を見る時には、チラリと見るくらいで長く視線を向けない。なんでこうもチラチラ見るんだ。しっかり見れば良いものを。
「グミ、お前……眩しいのか?」
「そうそう、私は光。モグラにとっての太陽。見たいけど、眩しいからサングラス無しじゃそれが叶わないの!」
胸を張ってバカ言ってる。
では、哀れなモグラ男子達を助けよう。
「じゃあお前達こっちへ」
三人をもっと隅っこに誘導する。
「ちょっと、男子だけで何を楽しくよろしくしようっていうのさ」
「凶悪なお日様の光があると活動しにくい。だから離れてみようってわけだ」
あれが光って見えるとは、なんだか気の毒だ。
「ちょっとお前はそこで南姉ちゃんと遊んでなさい。ささっ行くぞモグラ達」
女子二人と距離を取って男同士で語ることにした。
「おいお前ら、あんなのに負けるな。あんなのはちょっとうなじがアレなだけで、大したもんじゃないの。ムサピョン、しゃんとしろ!お前はもっと出来る子だ」
知らんけどそう信じ込ませておけばこの先の未来は明るい。
ムサピョンの腰にパシンと愛の活を入れてやった。
「とは言ってもこちら、男子校で細々とやっているものだから、急に女子が出て来ると面食らう事もあって……」
マッチョなキンキンは、マッチョの風上にも置けない情けない事を言う。あと「おなご」って言うな。
「お前らだって母ちゃんがいるだろうが。いいか、母親ってのは人生で初めて接触する女だ。全て男児はここを経て女に慣れるんだよ」
俺は男が辿るルートの始めの一歩を説いた。
「いや、頷ける内容でもあるが、所詮母はどこまでいっても性別フリーのまさに『母』という概念にすぎないわけで。となるとそこに女性を感じて慣れの経験に繋げるのは意識的に難しい……」
とか何とか言いながら、ややインテリ思考のギャビンはメガネの真ん中を指でくいくいと上げ下げしていた。その行為に意味はあるのか。
なるほどなぁ。こいつらはゲームにお熱を上げるばかりで、女ってものとまともに付き合ったことがないようだ。だから未だに珍しい生物を見た時ように接し方が分からないのだ。確かに得体の知れない珍種を見れば興味深い一方、諸々分からないことから恐怖も感じるというものだ。
「で、お前達、俺の事について一番グッとくる思い出を語ってくれないか。俺は他でもない俺の事が知りたい」
「それはもう!」
3人それぞれがタイミングはバラバラでそう言って来る。しかも複数回ずつ。
こいつら、俺の事好き好き人間なのか。何かすごく話したそう。
「では順番に行こうではないか」とムサピョンが仕切りだす。
「待て待てぃ!」
ここは一回待てをかけるべき。これまでの事をよく考えてみよう。
ここで立て続けにまた「CASE:誰々~」の形をとってダラダラ長くやられると大変疲れてしまう。昨晩の忍者女がそうだったし。忍者には語る歴史が多いのは分かる。で、それとはまるで違う世界にいるこういう所謂ゲームとかのオタクってのも、往々にして語らせると長いってのが相場として決まっている。だからここは慎重に厳選して一人のみに聞こう。
「では代表で一人のみに聞こうと思う。どうだ?」
「3人とも言いたいと願ったら?」とギャビン。メガネの中央を指クイして言うものだから何か腹立つ。
「だからそこを一人と言っている。俺の思考は、一つ刺激があればまるで蜘蛛の巣をごとく四方に張り巡らせることが可能となる。一つ知ればそれきっかけで10でも8万でも記憶の粒はこの脳に集まってくる」
そんな適当な嘘をこきながらも、俺は自慢の脳みそが詰まった部位を指差した。
そこから2分。3人は円になってゴニョゴニョと会議を始めた。
話が決まったようだ。3人がこちらに向き直る。
「というわけでこのムサピョンが代表となり、ロクティの脳内にビッグバンを起こす役回りを預からせてい頂くでござる」
どうぞでござる。