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第三十五話 CASE シノビちゃん:私とあなたの忍メモリー 5

 忍者の世界は、広く一般的とされる世界と比べてぐっと規模が狭い。そんな狭い世界にも掟がある。いや、狭いからこそ、より徹底して守らなければならない物だと古くから設定されているのだ。

 数は多くないものの、一つ一つの縛りが厳しく、破った場合の罰則が重い。それら掟の内の一つが「賭け事」だった。

 フェアで潔白で誠実、そして何よりも心身共に強くあれというのが忍者の鉄則だ。それに反するやり取りは基本的に禁止されている。そしてその「基本的に」を突破出来る事態はほぼ無い。


 その年、その時、賭け事きっかけの揉め事が起きた。

 加齢によって人生への刺激を枯らした者達が、再び満開を願って起こした騒ぎが賭け事の大会だった。

 あれば疲れもするが、無いは無いでやはり張り合いも無くてつまらない。それが「刺激」というものだった。賭け事には、その刺激がたっぷり詰まっていたのだ。


 賭け事で大損失を出したとある老忍者は、これまたとある忍者家庭の大黒柱だった。嫁は激しく大黒柱を責めた。息子も娘も、おまけにやっと言葉を覚えたくらいの孫までが責めた。これを受け、さしもの大きく黒い柱もへし折れる勢いで弱るのだった。想像するほどに気の毒過ぎる。

 

「戦争だ!こうなったら戦争だ!」その言葉が私の耳を強く刺激した。


「毒を食らわば皿を作った職人まで。ここまで来たなら博打と共に地獄を駆け抜けるか、はたまた天国へ向けて昇天するか。やれる所までやってやる。これは魂の大戦争だ!」


 魂の戦争勃発の狼煙が上がった。煙の下に火はない。


「止せ!一族の誇りを汚す愚か者めが。追い込まれた今こそ冷静になってゆっくり歩め」

 冷静なもう一人の老忍者は、身を持ち崩す寸前の友人を止めにかかる。


「暴走しては列車も線路を外れる。そうして外れた車輪は二度と再び線路に乗ることはない。闇夜を目指してドボン。死んで終わりだ」

「うるさい。それは線路の上にいる者が言う戯言だ。線路が途中で切れたなら、車輪があろうがなかろうが、どこを走れと言うのだ?もう先が無いのだよ。お前の議論は一歩遅れている。俺はそれよりも先の困難に差し掛かっているのだ。今更な言葉を吐くな!」


 己を列車に、人生を線路に例え、双方は回る車輪が目指す行き先についてああでもないこうでもないと揉めている。

 深い、それでいて浅い。そんな言葉での応酬だった。聞いていると胸が痛む。


 そうして聞いている内ならまだ良かった。やがて思考が議論を飛ばす事をサボるようになり、二人は本能任せの暴力でやり取りを行うようになる。ただ殴るだけの方が考えるよりよっぽど簡単な仕事だ。

 

 こうして無駄に「戦争」のワードが飛び交う賭け事きっかけの騒動が起きたのだ。



「てなやり取りがその日の会議直後に老忍者間で起きてね。やがてはどんどん大人数を巻き込んでの大騒動になったわけ。で、その時の私は疲れていて、そうでなくとも成長を求めてたくさん眠りたいお年頃だったから会議中にウトウトしちゃって、遂には熟睡してしまったの。その傍で起きている騒ぎを聴いてハッと目を覚ましたけど、寝ぼけた頭には『戦争』という野蛮なワードしかインプットされなかった。そんなあやふやな理解のままに太郎君の下まで来ることになり、あんな勘違い事件へと発展して行く事になったわけ。そんな早とちりで、ありもしない戦争抑止の使徒となってしまった私達は、たくさん恥ずかしい想いをすることになったわけ。私はしばらく謹慎を食らうことになったし、太郎君は忍者世界で最も顔の知れた部外者として、向こう何年と何人もの忍者に記憶されることになった。これ以上は話さないけど、あの状態のあの場に知り合いの男の子を連れ込んだ私が、その後仲間内でどんな恥ずかしい目にあったか……それはもう洒落にならないもので、思い出せば未だに顔が発火するようだよ」


 おいおいマジかよ。眼の前で比喩的に発火するこの忍者女は、俺の人生に合図無くいきなり登場し、なんと5話分も昔語りをしやがった。聴くだけで疲れたぞ。ということは、内容を目で追った連中もきっと疲れたはずだ。

 出で立ち、素性、出てくるタイミングに居座る時間、どれを取ってもイレギュラーな新キャラとなった。


 そしてこんな妙な女と俺は10歳から17歳にまるまで関係していたというのか。思った以上に長い。

 勘違いからなんかスゴイ、そして痛い事を多くの忍者の前でやってしまったのか。聴いただけでも恥ずかしい。


「お前……どう責任を取ってくれるんだ。俺はずっと忍者世界の笑いものじゃないか。忍んでいるくせして、こちらに知れないようどこかでクスクスやっているというなら、俺としてはクスクス笑って看過出来ない案件だぞ」

「え?でもかつての太郎君は、そんな笑える状態を自分でもヘラへラ笑って振り返るくらい鋼の鈍感さで生きていたけど」


 こいつの知る俺は何か色々おかしい。やばい、益々俺という人間のイメージに統一感が持てなくなった。

 自分というものは、近いようで遠いようでそもそも辿り着けない異次元にあるものなのかもしれない。ここ数日でそんな深いのか浅いのかも謎な考察が出来るようになった。


「で、どう?自分の事分かってきた?」

「いや、それがどうしたものか。益々分からん」


 益々分からナイトで今晩は締めくくり。珍妙なしのびメモリーでした。

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