第三十一話 CASE シノビちゃん:私とあなたの忍メモリー 1
「忍ぶ」という概念は、忍んで生きるのが必須の世界があるからこそ確立するものだ。私は忍んで忍んで青春を送るしかない世界の住人なのだ。
闇は友であり、人生の道連れでもある。祖父の言葉だ。
だからこそ私は闇に生きる。ここでこそ人生の花が開花を迎えるというもの。
ここは地球で、その中の日本で、私が住んでいるのはそれをもっと絞り込んだ狭い世界だ。そんな狭い範囲にも色んな人間がいて、それぞれが円滑に暮らせるようしっかりと棲み分けが出来ている。
学生、会社員、花屋さん、鍵屋さん、大工さん、お巡りさん、色んな立場や世界に属する者がいる。その中でも属する者が少ない集団が「忍者」だ。
忍者ってのは「忍ぶ者」と書くくらいだから一般的には認識しづらい。そう、いつだって公然のものではなく、公の裏に隠れている組織なのだ。だからいることはいても、多くの人間はそれを知らない。また知る必要もない。フィクションの産物くらいに思って生きて問題ないのだ。
そんな世界にいる私が、本来なら接点を持つはずのない男の子と知り合うことになる。それはやはりタブーなのだが、色んな事が重なった末にコンタクトしてしまったのだからもうどうしようもない。会ってしまったからには始めなければならない。会った二人の物語を。
昔ながらの「掟」に則れば、知るはずのない事を知った相手側の男の子のことは文字通り「消して」しまって問題ない。でもそれはやはり昔の事だから、今流として用いるべきではない。
現代忍者の私としては、消すよりも何か良い物として膨らませ、人生の糧としていければ良い。そう考えたのだ。
学生や会社員にだって定期的に会議を行う場が設けられていることだろう。ならば忍者にだってそれがある。
形式的に古くから続けているものだが、実際の所大して意味合いを持たない会議の場も多く見られる。それでも古くから続けてきたことを新しく止めるよう方針を変えるのは面倒。なので面倒と思いつつも、面倒をひっくり返すための面倒を回避していつまでもこの因習を続けているのだ。このどうしようもない怠慢から成るロジックは、少し大人になれば多くの者に共感してもらえるはず。考えるって面倒なのだ。
一口に忍者と言っても流派とか派閥とか単純に人間性ってのが様々ある。そういう色んな所が違う忍者が意見を一つに合わせるため、決められた一箇所に集まるのだ。
十歳になると、その面倒な会議にお呼ばれするようになる。
で、その会議場所ってのが、私の住んでいる場所からとても遠いのだ。移動は面倒で疲れる。そして、特に最初の内だと道が複雑で迷う。
初めての会議参加時、私は道に迷ってしまった。
あちこち迷い疲れた私は、足と心を休めるための憩いの場を求めた。もちろんその宛はない。だってここいらには初めてくるのだから。
忍者が普通に公の休憩所に入る訳にはいかない。闇の住人らしく潜むならやはり闇だ。
そんな折、本当に丁度良い潜り込みスポットたる一般のご家庭を発見した。忍び込みやすさとしてはベストな状態の屋根裏だ。ここで言う「ベスト」の定義は素人にはまず知れないこと。これはこの道の玄人ならではが知る感覚だったのだ。別に泥棒に入りやすい作りという意味ではない。
私はさんざん迷った後だから、場所選びに迷う時間も惜しんでそこに潜り込んだ。
ああ、落ち着く。私だってうら若き乙女なのに、こんなに狭くて暗くて薄汚れた場所に癒やしを得るとは、実に一般的でない乙女感覚が育ったものだ。
とにかく体と心を休めよう。会議はすっぽかす事になるけど、行き着くことが不可能だったのだから仕方ないと諦めてもらうしかない。
ウトウトした所で、体がふわっと浮かぶような感覚がした。下から力が働いている。
ドンドン、ドンドン。テンポ良く下から叩く音がし、振動が伝わる。これは、一体どういうことだ。
「やいそこにいるのは分かっているんだぞ!出てこい!」
なに!住人の目が届かない屋根裏にいるのだぞ。それがなぜここにいると分かる。一枚板を挟んで下にいる世界の人間にはそれが見えている。つまりは素人ではない。
まずいぞ。武力を持った同業者が相手なら、まだ駆け出しな上に体力がすり減った私のような忍者など直ぐ様討たれる。
ここで「ぐぅ~」と腹も鳴る。
くっ、こうなると応戦どころか、逃亡も無理だ。たくさん動ける状態ではない。向こうが体力マックスな玄人で、おまけに数も用意出来たとしたら……考えるだけ絶望だった。
忍は引き際が肝心だ。忍ぶとは、我慢と駆け引きの世界でもある。
応戦、逃亡、それ以外で取れる方法で先の二つよりもこの状況をやり過ごせる策はこれしかない。
私は薄い板を抜いて顔を出した。
「降参する」
降参。これがベストな選択肢だと思った。
勇ましく戦って散るも戦場の美だが、その美を後に更に育てたいなら、少々の汚名を着ても未来へと希望を託す方が良い。
戦場に出るにあたって胸に抱く私なりの美学をまとめたところで相手に姿を晒した。そしてビックリ。相手の姿が予想外なものだった。
「え……高3なの?チビに見えるけど……」
驚いた顔でそう言うのはなんと少年。私と同じ年くらいに見える。
手には青い竹。その先端にはタオルがグルグルと巻かれ、こんもり丸く盛られていた。これでドンドンと天井を叩いたようだ。
「えっと、私は今10歳です。小学校でいうと、4年目の年かな」
勘違いを解いておいた。