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第三話 うなじに宿るかつての情熱

 というわけで、山田グミと出会って俺の物語は動き出した。


 まだ分からない事は一杯だが、あまりにもたくさんの事を一度に知りすぎると頭の中がパンクして大変だし疲れる。それに俺というヤツは意外にも冷静というか、良い意味でテキトー人間らしく、こんな四方八方ワケワカメ状態でも面倒は一旦置いて休みたいと思っていた。この問題については焦らずに行こう。


 俺の症状だが、目立った怪我があるわけでもなく、体は問題無く動くということで、頭のこと以外はすっかり無事だと診断された。なので、起きたらさっさと帰っても大丈夫だと医者から許可が出た。


「というわけだ。じゃあ帰ろうか太郎くん」

 

 ん?今何と?

 グミは俺を見て太郎と言った。


「ここ、見て」


 ここなる場所をトントンと叩くグミ。見ればそれは患者の名札だった。ベッドの脇にそんなものがあったとは気づかなかった。


「ろく、はんだ?太郎」

 名字が読めないがとりあえず発声する。


「ノンノン、それで読みは、むたんだたろう、だよ」


 俺は俺を知った。俺は六反田太郎むたんだたろうだったのだ。


「ええ~、マジか。今日日珍しい名字、その下にはいにしえからスタンダードとされるあまり、逆に最近だと名付けるのが珍しくなった太郎。これで俺の名前か?」

「そうだよ。魂に刻んだ名に嘘はない。君が記憶を失っても失わないでも、もっと言えば、生きようが死のうが、君という人間はどこまでも六反田太郎くんそのものなんだよ」


 うるさいなぁ。そんなに言わなくても名前について文句を言ったところでどうしようもないことは今ある俺の記憶でも理解している。何をどうあがいてもこればかりはどうしようもない。今後俺は六反田太郎としてやっていく。


「で、帰るってどこへ?」

 誰しもが必ず持つわけではないその場所について俺は問う。


「安心しなよ。太郎くんには帰る家がある。覚えてない?」

「うむ、覚えていないな。『帰る』というのワードから特定の場所が思い浮かぶことがない。俺は自分の家というものを記憶していないらしい」

「あらら、それは困った。でも私は知ってるから連れて行ってあげるよ」

「そうか。じゃあ頼む」

「いいともさ。夕ご飯には間に合うようナビゲートしようね」


 グミは俺の手を引いて連れて行こうとする。

 記憶喪失でも俺は知っている。この歳になって女子に手を引かれて道を行くのはちょっと恥ずかしい事だと。


 

 夕方が近づいている。いつも見ていたはずの空が、今はとても新鮮なものに見える。

 

 グミはポニーテールをご機嫌にフリフリしながら道を行く。左右のフリフリの隙間にうなじがチラチラと見える。俺は半歩下がった位置でそれを見ながら彼女に着いて行く。


「うなじへの視線が熱い。太郎くん、どうやら良い趣味の少年だったようだね」


 おっと、肌でも感じ取れる熱視線だったらしく、振り向きもしないでヤツは俺の視線が向く先を割り出した。


 夕方迫る空、丘を彩る緑、遠くに見える山々、辺りを見れば美しいものはたくさんあった。その中で俺は、少女の体の一箇所のみをやたらと見ていた。これだけ眺める対象が視界に散らばる中、一点のみに長い間注目したことから、俺は彼女が言う通り良い趣味を持っている少年だったらしい。


「隣、来なよ。バッチリ後ろに着かれるのってなんか嫌じゃん」


 なんか嫌らしいので、お言葉に甘えて俺はグミの真横に位置どることにした。


「行きしに無言というのも間が持たず気まずい。何か有益な話しをしようじゃないか」俺はナイスな提案をしてみた。


「え?別に無言でいたことないし、まだ気まずい空気なんて流れてなかったよね?」


 グミの言う通り、これまでグミから無言の静かさを感じることはなく、俺も言葉に詰まって困ることもなかった。

 先んじてこういう事を言ってしまったあたり、俺は無言の生み出す圧迫感に耐えられない男だったらしい。なんかコレってあんまり良い性分ではないよね。


「で、何を話そうか?」とグミは問う。

 

 グミに何かを聞いてみようとは思うけど、今はそんなに焦ってどこかに吹っ飛んだ記憶を回収する気にもならないんだよな。

 そんな中でも今ある大きな謎を考えると、まずこのグミという女は何者か、そしてヨウコも。ここら辺りの謎については答えをもらわないといけないな。


「グミ、お前は何者だ?」

 ズバリ聞くのが俺のスタイルらしい。


「私グミこそが、日々その答えを求めて人生を邁進中なのだ」


 こいつ、やっぱり変な女だな。俺本人を除いた俺の物語第一の登場人物にして運命のヒロインのポジションのような気がするが、やはり底しれぬ面倒な曲者女な気もするぞ。


「と、冗談めいたことは抜きに、自己紹介をしておこう。私は君と同じ歳、高校二年生だよ」


 俺、高校生だったのか。どうりで体から有り余る元気を感じるわけだ。自分が元気という感覚は先程から強く感じていたのだ。


「ひつじ座のO型、左利き、好きな食べ物はポークピカタ、嫌いな食べ物はとくになし。それから、後は何が聞きたい?」

「俺との関係性は?」

「ふ~む、気になるのかい?」グミはニヤリと笑って言う。

 

 いや、そこを聞かれるのはなんとなく分かっていそうなものじゃないか。答えを急いで欲しいな。


「まぁまぁ焦れるなよ。私と太郎くんは元から知り合いだったよ」

「何!」


 こいつと俺は昔から関係性があったのか。どういう仲なんだろう。


「どんな仲だったと思う?」

「まさか……恋人だったとか?」

「いや、ないない。私、彼氏いるからね」


 どぁ~マジかよ。第一のヒロインにして運命のヒロインなら、そういう仲もあり得るのかと思ってハズいことを聞いたら違うのかよ。しかも彼氏持ちなら、今後もそういうことないじゃん。


「まぁ落ち込むなよ。良いうなじをした女なら地球の上にまだ腐る程いるって」


 うなじで女を見る殊勝なあんちくしょうだと思われているじゃないか。まぁ大きく否定はしないけども。


「太郎くんとは小学校、中学校が同じで、まぁそれくらいかな。私達、同じクラスになるとか、特にお近づきになることもなかったよ」

「なんだ、寂しい間柄だったんだな」

「いやいや、これといって寂しさもないプレーンにしてクリアな仲だったんだよ。互いに認知しているってだけのまさにザ・知り合い。それだけ」

「それは、寂しくないのか?幼馴染だってことだろ?」

「さぁ……」

 

 一瞬、グミの横顔に寂しさが見えた。というのも俺の気のせいだけの話かもしれない。


「じゃあヨウコは……?」

「おっと、ここまでだね。太郎くんの家だよ」


 家に着いたようだ。知らないから近づいても気づかなった。


「うわ~めっちゃ普通の家だ~」

 

 庶民が主人公のマンガなら、その庶民の主人公の家にこんなのが出てきそう。そんな感じで、何をどう見ても普通の家だった。


「ぷぷっ、じゃあどんな家を想像していたのさ。すんごいお屋敷かもしれない。坊っちゃんかもしれないって思ってたの?」

「いや、そんなことすら思う余地もなかった。家がどんなだとか想像する段階にも行かないくらい、今は頭の動きがスムーズではないのかもしれない」

「大丈夫大丈夫。それだけスラスラ受け答え出来てれば頭はしっかり動いているよ。じゃあ私はこれで。また明日ね」

「あ、またな」


 グミは俺を置いて去ってしまった。

 

 どうしよう。知らない家だが、俺の家だという。

 まぁ中に入る以外やることないよな。


 俺は初の我が家に踏み込んだ。

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