第二十五話 北を見る南の少女
デカ女は椅子に座っている。
俺はその前で正座している。グミはニコニコしながら俺の隣で楽な姿勢でいる。
「私、あんたを知ってるんだよ」
「え?俺を?」
女は椅子から下りて俺に近づく。
「あんた、良い男になりすぎたね。それだからバレる」
カツラを没収された。
「ようこそ太郎」
謎の女は俺の名を呼んだ。
「ぷぷ、はっはは~!」
そして女は笑い出す。
「どうしたのそれ?そんなに可愛い服着ちゃってさ。でもホント可愛いね。そりゃ他の子は騙せるわけだ」
え、なんだこの反応は?
分からないのでグミを見てみる。すると奴は、そこらに転がっていた少女漫画を読んでニコニコしていた。どういう女なのコイツ。
「はっはっ、安心しなよ。あんたの事をバラしたりなんかしないからさ。そんな危ない思いまでして私に会いに来てくれたってのにあんまりだものね。で、それはあんたの姉さんが着せたんでしょ。昔っから弟にそういことをしたがる人だったよね」
別にここだと当たりをつけて会いに来たのではないのだが。それに姉の事も知れているのか。
「おい、グミ。このお姉様が俺の事を知っていると知っていてここに連れてきたのか?」
「ううん。私、何も知らないよ。ここに来れば太郎くんなんかのことを長く記憶に留めている殊勝な女子だっているはず。そう思って潜入したの。で、ちゃんといたでしょ。大当たり~」
こいつ、そんな行き当たりばったりで俺をこんな危ない所に連れ込んだのか。
「で、太郎は南お姉ちゃんが恋しくなってここに来たのかい?」
ほぅ、このお姉ちゃんは南というのか。でも知らないなぁ。そもそも南ってのがどの方角なのかも今の俺には分からない。
「ん?あんたどうしたの?さっきから何か変だな」
南は俺の異変に気づく。南は俺が知らない俺を知っている。でも今の俺を知らない。
「この人、現在記憶喪失中でして。なので今は喪失分を収拾中なんです」とグミは説明してくれた。
「え?何言ってんのこの子」
南はグミの言動に異質なものを感じ取った。無理もない。人生において記憶喪失になった人間をしっかり見た経験がある者もそうそういないだろう。
なので状況を説明しておいた。
3分後。
「へぇ~おったまげたねー。韓国ドラマとかでなく本当にそんなことになる人っているんだ。実際になった人を前に言うのもなんだけど、ちょっと間抜けでもあるよね」
まぁね。大事な人生のメモリーだもの。ちょっと財布や鍵を落としたのレベルではない。替えが効かないという点では最重要な落とし物。というか最重要な落としてはいけない物だった。
「そうなのか、じゃあまた自己紹介だね。私は北見南。高校3年生であんたよりも一つ年上のお姉ちゃんだ」
そうか。北を見れども名は南と来たか。なんとも反骨精神の強そうなお名前。
「なんとも反骨精神の強そうなお名前、とでも思ったんじゃない?」
南は俺を指さして言う。
この町はエスパーギャルだらけなのかしら。
グミがほくそ笑みながら肘で俺の腕をコツコツしてくる。
「ぷぷっ!太郎くんってばまた声に出てたよ。多分心で言うセリフだったはずだよね」
こいつもエスパー並に読みが良いんだな。
「そうかそうか~忘れちゃったのか。私の事をね~」
南は目を細めて俺を見た。
「俺達の関係ってのはどんなだ?」
「そりゃあもうズッブズブにふっかい深い男と女の仲だよ」
ほぅ、ズッブズブにふっかい深い男と女の仲か。何とも色っぽく、そしてバカっぽくもある響き。
俺は南の唇、鎖骨、胸、腰、股、足と各パーツに目を向けた。
「じゃあ聞こうじゃないの」なんかワクワクしてきた。
ここでパシンとグミに頭を叩かれた。
「太郎くん、今の目線の配り方はさすがに品がない」
「なんで分かった?」
「各部位を眺める時間が長いの。女子の体を見たいなら、視線はささっと上から下に流さなきゃ。バレるとすごい嫌われるよ」
じゃあバラすなよバカ。しかし次から役立つ参考意見になった。スピード重視なのね。
「はは!夫婦漫才みたいだね」
南にウケた。よかった。
「この人、いつも女子のうなじをジロジロ見ているんです」
「おい、それは言わない約束だろ?」
「いや、してないよそんな約束」
あ、確かにそうだ。いかんいかん、一方的に約束を取り付けるとか面倒臭いヤツじゃないか。
「じゃあ話してあげるよ。私にとっては結構大事な思い出。あんたって人間が分かってくる話でもあるから聞いて損はないと思う」
そうして南は愛しき記憶を解放させるのだった。