第二十二話 グミ攻めの朝
「というわけで、これといって教養もなければお前の今後にあまり役立つとも思えない昔話だ」
なっくんのお話はこれにておしまいである。
そうか、俺は食べるのが大好きなナイスガイだったのか。確かに食べるのって楽しいね。ていうか変な話。
「そうかぁ、課長さんは気の毒だったなぁ。で、その後課長さんの家族はどうなった?」
「知るかよそんなこと。親父に聞け。いや、やはり聞かなくていいだろう。よその家庭のことだ」
なっくんは意外にも思慮深い。
「その後、街角とかでたまにお前の親父に会うことがあったんだけど、どういうことなのだろうか。仕事に行く時やそうでもない時でも、やっぱりクーラーボックスを持ってるんだよな」
はて、どういうことだろう。クーラーボックスが大好きなおじさんなのだろうか。父の情報もまだまだ不足しているな。
ボーイズトークをしている内にも家に到着だ。
「じゃあな。ちゃんと送ったからな」
「おうよ、またいつでも送ってくれよな」と愛想よくジョークの一つも飛ばしてみる。
「うるせぇ、次からは道を覚えて一人で帰れよ。グミや俺に甘えんな!」
なっくんは帰って行った。なんだかんだで面倒見の良いヤツなのだろう。
その日はすっかり疲れてしまい、すぐにも寝てしまおうと思ったところで姉から「不潔よ!お風呂に入りなさい」とうるさく言われたのでそうも行かなくなった。言う通りに風呂に入り、次には布団に入った俺は、すぐにも夢世界に潜り込むことになる。思えばこれが記憶を失った後初の夢。感覚的には人生初夢だ。
その内容は実にしょうもないものだった。
俺はどことも分からない場所にプカプカと浮かんでゆっくり進んでいる。
すると上から雲に乗ったけったいな女が出てきた。
「私は超女神よ」
「超がつくのか。そもそも女神とは?」
「うるさいバカ人間ね。女神の前で勝手気ままに意見しないでよね。そんなのじゃモテないわよ」
「え~今の発言のどこにモテる、モテないを判断するような要素が?」
「だからうるさいわよバカ人間」
こんな感じのアホな会話の中で、俺は初対面の女にバカにされるのだ。
「ところでだけど、あなたが落としたのはこのグミ?それともこちらのグミ?」
女神の左右の手のひらには、パッと見て同じにしか思えないグミが乗っている。お菓子の方のグミね。
「何が違う?」
「それが分からないのがおバカな証拠」
女神におバカ認定を受けた。ムカつく女だなぁ。
「じゃあ右手の方かな」
「ファーストアンサー?」
「え?」
「じゃあファイナルアンサー?」
「おう、そのアンサーで」
アンサーを終えると女神は右手を閉じ、腕を大きく振り上げると俺の口めがけてグミを投げ込んだ。
「んごほっ!」
見事グミはお口にイン。
なんて乱暴にねじ込みやがる。でも、美味しい。これは確かに、うむ、良いではないか。
甘く、噛みごたえがあり、つるつると舌触りも良く……うん、良いグミだ。とても良いグミだ。良いグミだ。グミだ……
ここで目が覚めた。
「おはよー」
眼の前にある顔が挨拶してくる。そう言われるとこちらも挨拶を返したいと思うが、言葉が出ない。口がなんかおかしい。
「んごぉ!」
口の中に何かある。吐いてみた。
「グミじゃぁあ!」
グミ攻めの刑にあっていた。眠っている間にグミを口内に詰められるという幸せな処刑が執行されたのだ。嬉しいヤツには嬉しいのだろうが、俺からすると結構ムカつく。絶対に真似してはいけない。
「何しとんじゃお前!」
起床後一番に見た人間もまたグミだった。なぜ俺の寝室にいる?
「いや~朝が極まったのに太郎くんが夢世界から帰ってこないからさ。口にグミを詰め込んでみました」
「いやお前おかしいだろうが!まぁ美味しかったけど」
「へえ~そんなに?私の指が?」
グミは指を見せてくる。べったり濡れている。
なるほど。分かったぞ。起きた時に俺が咥えていたのは、グミを掴んで口に詰め込む作業中のヤツの指だった。女子の指を舐めしゃぶって迎える朝とは、なんとも新鮮で刺激的。
「とか思っている場合ではない。まぁ指しゃぶりの事故のことは置いといて。なんで部屋に入って来てるんだ」
「そりゃお姉さんが入れって言うからさ」
何?お姉さんといえば、あのマイアのやつか。いたなそんなの。
目線を部屋の入り口に向けると姉の姿があった。ニコニコしながら手を振っていた。困ったお姉様だ。
「で、部屋に入ったら朝もすっかり極まっているというのにまだぐ~すか寝ているから、これはもうグミ攻めにするしかないと思ってね。ちょいと顎をつまんで下に引っぱればお口が間抜けに開いてちょっと面白い感じに、ぷぷっ!」
なるほど。そうしてグミをホイホイと詰め込んで楽しんだと。危ない女。
「で、これが太郎くんのお部屋か。なんかありふれていてつまんないね~」
奇遇だな。俺もそう思ったけど他人に言われると良い気がしない。
「さてさて、太郎くんの性癖チェックといくか。こういうのはだいたいここに情報が~」とか言いながらグミはベッドの下をチェックする。
そういえばそこは俺も見たことがない。ベッドから降りて一緒に見てみる。
埃をかぶった本が出てきた。グミが中身をパラパラと捲る。
「なるほどね。太郎くんは野獣フェチとね」
グミが床に投げた本を見ると、なんとも愛らしいモンスター達の絵が描かれていた。
「これは、ボケぇ~とモンスターズの完全攻略ガイドブックではないか」
全く知らんけど表紙に書かれたタイトルを読み上げてみた。無駄に分厚いから鈍器としてもいけそうだ。
「最近流行りのケモ耳女子とかでなく、獣そのものに魂の高まりを感じるというわけね。難しいお年頃の男子から生まれたなんとも愉快な趣味ね」
グミはほくそ笑みながら俺の中に愉快な性癖を見出した。どこまで本気で言ってるのだろうか。