第十七話 山田家の食卓
「あっはは!熊を見て真っ黒なパンダだってさ~。あはは!おっかし~」
あそこで腹を抱えて笑い転げているおバカはとりあえず放っておこう。
「で、ムーたん。その後、俺はどんな感じ?」
「ああそうやな、それからも何度かタロきちは遊びに来たてたぞ。主にどんぐりを鼻の穴に詰めたりとか、あとは……まぁどんぐりで遊んでいるガキだったな」
「はぁ、どんぐりねぇ……」
発想が貧困だったのか、幼い俺はどんぐりくらいでしか暇潰しの方法を思いつかなったらしい。
「あとお前の親父やけどさ、どこに行くにもクーラーボックス持ち歩いんてんだな。釣った魚とか入れとくやつ」
新流主パパは釣り人なのである。
「話している内にもまた一段と日が暮れてきたな。こっちも飯の時間や。じゃあまたな」
別れを告げるとムーたんはガザガサと音を立てて草むらの中へと引き返して行った。
「ふぅ、じゃあ帰るか」
そう言うと、たくさん笑ってスッキリしたグミは公道に戻る。そしてまた我が家の自転車に乗るのだった。
その後をついていくこと1分程でグミの家についた。
「やっと着いた。結構走って熊と話して疲れた~」
背中からケツまでたっぷり汗で濡れていた。
「ははっ、お疲れ様。ちょっと上がって行きなよ」
「おいおい良いのかよ。会って間もない男を乙女の小部屋に引き入れようだなんて。でもまぁいいか、じゃあお邪魔しよう」
「何言ってんだよ。ちょっと玄関先くらいまでだよ。それでお茶くらい出すからさ。もう乙女の聖域に上がれる気でいるとか甘いぞ。ていうか乙女の小部屋って、ぷぷっ。どこでそんな笑えるダサいワードを仕入れてくるのさ?」
はて?どこだろうか。
ガラリと玄関が開く。中からとんでもなく良い香りがするではないか。なんだろうかこれは。
「めっちゃいい匂いするね。肉だねコレは」
グミは靴を脱いで廊下をまっすぐ進む。そして居間らしき部屋の扉を開ける。
「おぅ、おかえり」
グミの家族が勢揃いでお迎えだ。
玄関と居間は直線上に設置されている。玄関に立っていても、扉が開けば居間の内部がしっかり見えた。
部屋の中の机を囲んで座っているのは、グミの祖父、祖母、母、父、そして知った顔の男子が……
「あっ、お前ら!」
向こうからこちらを知っていると声を発する。
この声、顔は……確かそうだ。
「なっくんじゃないか」
なっくんがそこにいた。
「うるせぇ!お前になんてなっくんて呼ばれたくないわ!」
なっくんは怒っている。
「皆どうしたのコレ?」
机の上には鍋。それを見てグミが問うのだ。
「ああ、なっくんの家でアレがそうなってこうなってで、とにかく良い肉をおすそ分けできるくらい景気が良いんだってさ。それでなっくんが肉を持ってきてくれて、それを今からすき焼きにして食おうってのさ」
じいさんが説明してくれた。
「で、そちらに突っ立っているなかなかの男前さんは?」
俺を見つけたばあさんが尋ねる。
「あちらはかくかくじかじかの末、送り狼になり損ねた六反田太郎くんだよ」
グミは面倒をすっ飛ばした最速の紹介をしてくれた。ところで送り狼ってなんだろう。なにせ記憶が飛んでいるもので、意味が思い出せない言葉もまだまだ多くあるのだ。
「なるほどね。じゃあ彼、お茶の一杯とすき焼きのどちらでお迎えすれば良いの?」と母がグミに尋ねる。
「どっちがいい?」とグミ。
「じゃあ肉の方で。腹減ったし」
今の俺には肉が必要だった。
「お前、図々しいだろうが!茶の一杯と肉一枚の単価の差を考えろやい!」となっくんの怒声。
「そうは言っても、今の俺にフルパフォーマンスで算術を行うコンディションは整っていないわけで。と説明すればきっとなっくんは怒るだろうからここは黙って肉を食って帰ろう」
「おい、全部声に出てるぞ。聞かれたくなきゃ鉤括弧を外して喋れ」
おっと、鉤括弧の使い所には注意だな。
「はっは、なんだか面白い坊主だな。いいから上がって肉食っていけや」
酒を飲んで上機嫌な父にそう言われ、俺は山田家にお邪魔することにした。