第十六話 CASE ムータン:黒との衝突
暑い暑い。今日が世界で一番水浴びが気持ち良い日なのかもしれない。
では水浴びに行こう。そう思って重い腰を上げて三歩進んだ時、チビとぶつかった。
「あっ、ああ!すげぇすげぇ!」
チビはこちらを見てすごい発見をしたように喜んでいた。
「ちょっと待ってて、マジで待ってて」
言い残してチビは駆け出した。じゃあちょっと待っててみるかな。
数分後、足音と声が倍に増えて帰って来るのが分かった。
「お父さん早く~すげぇんだよ。いたんだよ。探してたらちゃんと見つかったんだよパンダ!真っ黒なパンダ」
「え、パンダだって?しかも真っ黒だぁ?おいおい、このクソ暑い太陽の下だ。せっかくだから白いパンダもこんがり真っ黒に日焼けしてしまうって思う事もまぁあるだろうさぁ。それでもよっぽどの事でもない限り真っ黒はないだろ?」
チビがお父さんを引っ張ってきたぞ。
「ほら、ちゃんといただろパンダ!」
チビは連れてきたおっさんにパンダをしっかり見せるのだった。
「わぁ!いたねぇ。でも彼は、どうだろうか。ちょっと失敬」
お父さんと呼ばれるおっさんはこちらの頭や腹をさすってくる。
「ふぅむ。この田舎で、地球に棲む仲間の事を一番よく知ってるのはお父さんだ。その立場から言わせてもらうとね、彼は日焼けしたパンダじゃなくてクマさんってやつだよ」
「クマさん?誰?」
「だから彼だよ。ほらこの真っ黒の彼」
そう言っておっさんは、真っ黒な俺の肩をぽんぽんと叩く。
「パンダは知ってるけどクマさんは知らないなぁ」
「ははっ、この子ったら家の裏山にでもいる地球の仲間の事を知りもしない内から、もう遠くの中国のお仲間の事を先に学んでいるのか。グローバル思考でよろしいってもんだな。はっは~」
チビはクマを知らず、おっさんはよく分からないノリで笑っていた。
「やぁ君、ウチの子に良い学習となる機会をくれた感謝ってことでこいつをご馳走させてくれよ」
おっさんは棒状の黄色い何かを取り出す。黄色を剥がすと、中から白い棒が飛び出す。
「こいつはきっと美味しいぜ。進化の可能性がたっぷりのこの森でだって、まさかバナナが採れたことはまだないだろう?」
バナナという食い物らしい。もらって食ってみる。
するとコレが美味い。何だこれは。
この森にはたくさんの食い物があるが、こんなものは食ったことがない。
「はっは~真っ黒の君、良い食いっぷりだね。じゃあもう一本おまけしようかな。あ、気をつけなよ皮を踏むと滑るよ」
て、説明が遅い。聞いた時にはお尻と地球がごっつんこだ。
「ははっ、転んでら~。はっは!」
チビがめっちゃ笑っている。
まぁいいか。二本目のバナナも美味かったし。
それから数分、この親子と噛み合わない会話をした。特にこの父の言う事は要領を得ない。
「じゃあねクマさん。息子が世話になったね。また遊んでやってくれよ」
「ばいばい~」
親子揃ってこちらに手を振り去っていく。
美味い物を食って満足したところで、水浴びに行くか。
しかし珍しいものと言えばバナナだけではなかったな。この大きくて黒い体を見てびっくりして逃げない人間なんてあの親子が初めてだ。森に色々な事があるように、人里にもいろんなヤツがいるんだな。
その日浴びた小川の水は、心にまで滲みて黒き巨体を癒やしてくれた。