第十五話 森のムーたん
キュッとブレーキをかけてグミは自転車を停めた。ここまで来る間、俺はかなり走らされた。疲れる。
「はぁはぁ、グミさんや。どうした、もう家ついたの?」
「うんまぁね。家はすぐそこ。あの角の所だよ」
そうかそうか、旅の終わりはあの角の所か。すぐそこに家があるのは分かったが、ここからだと角度的に家がどんなだか見えない。
グミは自転車を降り、スタンドを立てて駐輪する。すると道から外れて林の方へと歩いて行く。
「おいおい、ここまで来て寄り道か?家はすぐそこに」
「すぐそこだからこそ、ちょっとくらい許されるってのものだよ。それに君にとって有益な事かもしれない」
どういうことだろう。
「えっと、ここだな」
グミは林の中のここと当たりをつけた箇所に、そこらへんで拾った木の棒を突っ込む。
「すーすすすす~」
謎の鳴き声を発し、林に突っ込んだ棒をかき回す。ガサガサと音がする。
しばらくすると、棒が届く範疇よりずっと遠くからもガサガサという音が返ってきた。
音がこちらに近づいて来る。そのすぐ後には、近づくのが音だけではないと分かる。
草むらの中で姿は見えないが、明らかに何かがこちらに向かって移動している。それもそこそこデカい何かだ。
「おわぁ、何か来てるって!お前何を呼んでんだ!」
こいつ、獣使いだったのか。さっきの謎の声は、この中に棲んでいる何かを呼び出す合図だったのか。
「まぁまぁ、その何かを見せるための一連の流れだよ。見てなって」
グミはとても落ち着いている。
やがて草むらを割ってニュッと知らない顔が飛び出た。
「わぁ!なんだコイツ!猫……かぁ?」
真っ黒な顔が飛び出した。目があって耳がある。
「何言ってんねんワレ。ワイは熊や熊」
猫と思ったそれは自分は熊だと答えた。
「熊?そうか熊なのか、猫にしてはちょっと大きいものな」
「太郎くん、感想はそれだけ?」
「え、感想……他には~、うん?熊って喋るんだっけ?」
「私が会ったことがある熊はこの子だけだから詳しくは知らないんだけど、多くは人間の言葉を喋らないと思う」
「だよな!なんでこいつ喋ってんの?え、熊だぞ、獣だぞ。てか待って、コレって喋る熊が出てくるようなファンタジーな感じでやって行くものなのか。もっとリアル路線でやって行く話なのでは?」
びっくりした俺は、びっくりした勢いのままに、自分でも何を言っているのかびっくりするようなびっくり内容をついつい喋ってしまった。まったくびっくりな青春だぜ。
「何を言ってんねんこのガキ。ちょっと頭疲れてるんじゃないの?」呆れ顔で熊が言う。
「うん、彼ね、実際に頭にちょっとダメージが行っちゃって記憶が吹っ飛んじゃったの」
「なんやそれでか。まぁ吹っ飛んだ物は落ち着いて探して拾い集めていきんしゃい」
熊に諭されたぞ。おっさんみたいなヤツだな。
「太郎くん太郎くん、この子は見ての通り熊のムーたんだよ」
そうかコイツはムーたんというのか。間抜けなお名前。
「なんで顔だけしか出て来ない?」
「アホやな。全出しすると近隣住民の皆さんがびっくりするやろが。こうして顔だけ出してればちょっと毛深い森に棲む無害なお友達って感じで馴染めるだろ?」
「確かに」
ムーたんは結構思慮深い。
「で、ムーたんが何だって?」とグミに聞いてみる。
「ムーたんにも手伝ってもらおうと思ってさ」
「へ?」
「ムーたん。この太郎くんの事について覚えていることあるでしょ?」
ムーたんはこちらをじっと見てくる。
「ああ!お前タロきちかぁ!ここのところ見かけなかったもんだからワイも忘れてた。大きくなったなぁ」
「ムーたんは俺の事を知ってるのか?」
「知ってる知ってる」
意外。この俺に熊の知り合いがいたとは。では森の仲間から助かる情報を聞いてみようじゃないか。