第十三話 姉と自転車とシュコシュコ
「というわけで、なっくんは私のうるさい従兄弟なんだよね~」
なっくんはグミのうるさい従兄弟だと分かった。静かな従兄弟を与えなかったのは、神がこいつに与えた一つの試練なのかもしれない。
そんななっくんは公園の出口でギャンギャンうるさいので、二人してクールに振り切ってバイバイしたのである。ちょっと不憫な扱いだったかもしれないが、ああもうるさくお喋りせずともグミからこうして一言説明があればなっくんの事は十分理解できたので良いだろう。
なっくんと別れた俺達は帰路についている。俺はまた道行くグミの後ろに着き、素敵かと聞かれれば強く否定も出来ない例のうなじ風景を見ていようと想ったのだが。
「太郎くん、しつこいよ」
と強めに言われたので、後ろに回り込む事は止した。今は二人肩を並べて歩いている。
俺の肩の位置の方がやや高いか。グミの小さな肩は俺の肩より数センチ低いところにある。
「グミ、お前って結構デカいんじゃないのか?」
「どこの情報をもってしてそんな意見をするのさ?」
さぁどこだろうか。なにせ俺には記憶がない。
「まぁまだ大きくなる途中ってところさ」と言ってグミは胸を張って見せる。
ふむ、確かにまだまだ未来にたっぷりの可能性を見ることが出来る元気な……ておいおい、そっちではない。
「いや、おっぱいの話でなくて背な」
「なんだそっちか。男子の視点からってことで、全体の話よりも一箇所に絞った話なのかと想ったよ」
こいつ、男子を何だと想っている。そんなに物の見方が一点集中型なスケベマインドだらけだと思うなよ。それに俺はどっちかというと一点に絞るならぐるりと後ろに回ってお尻派なんだな。
「へぇ、おっぱい星人よりもお尻地底人なんだね」
あちゃ~、また口に出ていたようだぜ。我が口が行き過ぎたお喋りなのか、それともグミって女は俺から本心を引っ張り出すのに長けるのか。てか星人、地底人とは何の話だ?
「まぁ学校でも結構大きい方だと思うけどね。組体操でも下の方になるし」
ほう、とは言っても土台にしてはか弱く見える。これの上を登って行くもっと小さな女子は不安ではなかろうか。
「太郎くんはもっと小さな方がお好みかな?それとももっと大きい?」
「いや、好みはそこで決めることじゃないよ」
「おやおや、それだとなんだか良い男の良い裁量で女を見る殊勝な心がけがあるように思えるね」
どうやら俺は諸々弁えた良い男なのかもしれない。
「で、ちょっとは自分の事が分かったり、何か思い出したりした?」
「いやそれがなんとも。古くからの知人だと言う今泉から聞いた話も本当に俺の事なのかって感じでしっくり来ない」
そう言えばグミは俺の事についてもっと色々知っていないのだろうか?
「なぁグミ、お前にとって俺は一体どんなだったんだ?」
「やだなもう、乙女に何を言わせようってのさ!」
嘘臭く照れた乙女感を漂わせ、グミは俺の肩を強めに叩いた。
「痛っ、そういうのじゃなくてさ。お前、おふざけが好きな女だな」
「ふふ、乙女ってのはぶりっ子してるのもいるけど、大抵の子は楽しいおふざけをしたいって想っている。そんなものさ」
乙女の口から聞く意外なる乙女の真実が分かったぜ。
「私は君は大した仲じゃない、はずだよ。もっと自分自身で思い出すのが良い」
そんなものなのか。こうも親しく口を利くグミだもの。そんなに俺達は何でもない関係だったのか。
「それに最初聞いたヨウコってのは……?」
「まぁまぁ、そんな設定もロクに練れていない女の事なんて今はいいからさ~」
「は?今なんつった?」
「あ、それよりも家に着いたよ。太郎くんの城だよ」
無駄喋りが、本来もっと長いであろう移動時間を短縮させた。
気づけば目の前には我が城。だが城と呼ぶにはちょっとボロくて古臭い感じもする。
玄関ドアの前には姉の姿。それから赤い自転車。
ポンプをシュコシュコ言わせて姉は自転車に空気を送っている。空気は地球に棲まう全ての命の共同財産だ。好きなだけ送り込むがよかろう。
「あ、太郎。丁度良いわ。お姉ちゃんに代わってあんたがシュコシュコしなさい」
何が丁度良いんだよ。