第十二話 なっくん、来るよ
遠いな。結構遠い。
大声の男は、30メートルくらい向こうから俺達を見つけ、そこからズンズンと歩いて来る。その間も硬いパンをコンポタに漬け、柔らかくしてから食う俺の手と口は止まらない。
「おいお前、お前だよお前!」
男がお前お前と言っているのは、どうやらこの俺の事らしい。なんだろうコレは。誰だろうコイツは。
「お前、何をそんなに美味そうに食ってるんだよ!」
おや、知らないのかな。
「コレはコーンポタージュ、そしてこっちは硬いパンだ」
俺の丁寧な説明を受け、男はもっと機嫌の悪そうな顔つきになった。
「知ってるわ!」
最低限物を知る男は、次にはグミに目をやる。
「おいグミ。この駄メンズは一体どこの誰よ?」
駄メンズ?なんですかそれ?ダルメシアンのお仲間ですか?
「なんだと!ダルメシアンの仲間なワケがないだろうが!」
怒られた。というか思っただけのつもりが声に出ていたようだ。俺ってば結構コレをやっちゃうユニークな人間性を持っているんだものな。以後気をつけよう。
「彼は六反田太郎くんだよ。絶賛記憶ぶっ飛び中だから、ぶっ飛んだ分を拾い集めるあれこれの手助けをしているところなんだよ」
グミの説明は丁寧だ。そして今の所は手助けの成果が出ていない。
「それでコンポタと硬いパンで一杯やっていると?」
「そうそう」
説明が終わっても男は納得いかないという顔をしていた。
「あ~分からん!簡潔すぎて逆に分からんぞ。記憶がぶっ飛んだだと?なんだそれ。なんでその回収をグミが手伝うのさ?」
「え~なんか面白そうだし」
なんか面白そうで俺は手伝われていたのか。助っ人のありがたい好奇心に感謝しておくべきなのかな。
「で、うんたらかんたら五郎よ」と物覚えが悪いが男。
「いいや、俺は六反田太郎だ。五でなく六を名に持つ男だ」
「何でも良いんだよ数字なんて!」
そんなに怒られてもなぁ。どうしたんだろうコイツは。
暑いってだけでもイラつく理由には足るのかもしれない。しかし、こうも人に噛み付いてくるのはちょっと普通ではないのではなかろうか。
「聞くがいい。俺は八巻七緒。五よりも六よりも上の七と八を名に持つナイスガイだ」
うわぉ、すごい偶然。数字続きなお仲間が現れたぞ。でもナイスガイではない。
「お前、ナイスガイの部分に疑いを持ったな?」
「おっと、お宅はエスパーボーイで?」
「舐め腐った奴だな、六太郎」
こんな事を話している間にも、俺の食事は止まらない。
「まぁまぁ揉めることなんてないでしょ。欲しいならなっくんも座りなよ」
「お!じゃあお言葉に甘えて」
グミのお誘いに簡単に乗ったなっくんこと七緒は、俺たちの宴に加わることになった。
「がはっっは。美味い美味い!グミお手製のコンポタ最高」
七緒は豪快にゴクゴクとやっている。
暑い。ただでさえ暑い中、狭いベンチに暑苦しい男が追加されたら涼しくなるはずなどなく、もっと暑くなる。
「おい!狭いし暑いわ!お前、どけろよ!」
後から来たくせに遠慮なく文句を言うなっくんだった。
丁度涼しい所に行きたいと想ったタイミングで、俺がどこかに行けば助かるなっくんがいる。じゃあそろそろ引き上げるか。
俺は立ち上がると公園の入り口出口兼用の門を目指す。
「え!待てって、帰るのか?」
なっくんはこちらの行動をしっかり確認したがる。言われて思い出す。そういや帰り道を覚えていない。
グミに向かって手招きする。
「なになに?」と言ってすぐ来る素直な女。
「帰り道が分かんないや。連れてってくれ」
「もう~仕方ない忘れんぼうだな~。今度ザックリな街の地図でも書いてあげるよ」
まるでガキのような扱いを受けてしまった。しかし絶賛忘れん坊中なもので、言われた事を強く否定出来ない。
二人して公園を後にしようとする。
「おい待て~い!」
後にしようとしたところでまたお声がかかる。
「おいおいちょっとお前色々おかしいだろうが!」
「え?何がよ?」
なっくんも公園の出口まで来る。俺とたくさんお話したいようだ。
「お前、だからなんでグミがママみたいにお前を連れて帰って、世話して……それに俺よ!俺の事、何か聞くことないの?存在感出して登場したと想ったのになんで……あ~もうマジなんなんだお前!ワケワカメな奴だな!」
なっくんはご乱心なのか。とにかく不満があり、困惑もしているようだ。そして何のワカメだって?
「で、どうしたのよなっくん。もう帰るよ俺」
「いいや帰さん!え、誰がなっくんだって?」
バカだな、お前さん以外どこになっくんがいるんだよ。
「何ぃ、バカだと!お前また生意気な口を!てかなっくん言うな!」
おっと、またまた思考がそのまま口に出てしまったようだ。