第一話 俺、どうしたんだ?
瞼は軽いぞ。
ただ黒が見えるだけの世界に飽きた俺の目は、光を求めてパッと軽やかに開く。
見えるのは白い世界。天井だなコレは。しっかり見たが、知らない天井だ。
起き上がろう。体はそんなに軽くない。が、いつまでも転がっているわけにもいかず、俺は腕を支えにして、ゆっくりと起き上がる。
白いベッドの上。体には白い毛布がかかっている。床、壁、そしてまた戻って天井。どこも白だ。
「どこだここは?」
自然と発した己の声にまで違和感がある。
「あれ、コレ俺?え?」
ちょっと待て待て。俺はこんな声なのか。初めて聞くようなこの変な感じはなんだ。
両手を見る。デカい手だな。バスケットボールでも掴めそうだ。この手も見慣れない。
「そもそも、俺はどうした……誰なんだ」
起きてしばらくして気づく。ここがどこなんて話じゃない。そもそも俺が誰なんだ。
頭は鮮明、思考にモヤがかかることはない。ただ、心地よいくらい謎についての答えがなにも出てこない。それに関して俺の頭は空っぽだ。
「ふむ、なるほどな」
起きてちょっとのことだが、俺は割と冷静沈着な男なのだと分かった。だって状況整理がスムーズに行くのだもの。
「これはアレだな。記憶喪失!」
次々浮かぶ謎が全く溶けないという謎が解けた。俺は何も知らない、覚えがない。だから何かが分かるだけの力もない。
なんてこった。記憶喪失なのか。この俺がかよ。さすがにびっくり。
でもそれで間違いないだろう。なんでここにいるのか、ここがどこか、自分の名前、年齢、どこで何をしてこれまで過ごしてきたのか。考えても何も答えが出てこない。
なって初めて気づくが不思議なものだ。このような困った状態のことを「記憶喪失」と呼ぶという記憶はあるんだものな。
現状、元あった記憶のどれが喪失し、逆にどれが残っているのかもまだよく分からない。
それにても記憶喪失かぁ~。こんなのまるでマンガやドラマみたいだ。
実は自分は幽霊なんです。実はあなたの兄弟なんです。こういうことを誰かに言われるびっくりな出会いと記憶喪失は、人生のどこかで遭遇出来れば刺激的でちょっと面白そう。常々そう思っていたんだよな。望んだびっくりイベントの内一つが、どうゆうわけか舞い込んで着たぜ。
で、ここでも不思議。昔からそんな事を思っていたという記憶は残っているんだな。
とりあえず起きよう。こんなベッドの上にいて何かなるわけでもない。
横になっていた時間が長かったようで体がなまっているようだ。俺は立ち上がると伸びをした。
「あっ、起きたの?起きても大丈夫なの?」
しっかり体を伸ばしたその時、謎の人物に声をかけられた。
「え?あっ、まさか幽霊とか、実は俺の妹だってことはない?」
「は?まだ現世をお楽しみ真っ最中だし、私は一人っ子」
アウチ。初めて会う女性に何を聞いているんだ俺は。先程のおバカな記憶がそのままスムーズに言動へシフトされちまった。結果、俺がなんともおかしなおバカさんに映ってしまったじゃないか。
さあここからまた頭をフル回転だ。急に来たこの女は一体誰だろう。俺がここにいると知っての訪問のようだ。俺は何も思い出せないが、彼女は俺の関係者のようだ。
彼女を見てみよう。下から上に向かって、ゆっくりしっかりとだ。
ふむふむ。スカートから伸びる足を見るに、程よく筋肉が詰まって引き締まっている。形良く、肌質も良し。これは世に言う美脚というヤツに含んで良いのだろう。
なるほど。おしりは良い感じに出ていて、そこから緩急をつけて腰はキュッと引き締まっている。で、また嬉しい膨らみが胸部を賑わせている。
「ふむ。なんとも健康体。若々しくてよろしい!」
「えっ!病人が診察する側みたいなこと言わないでよね」
おっと、また口にしようと思う前にも思考が声になって飛び出る。女性の体の事を、男がとやかく言うのはなにかとよろしくない。マナー違反に触れる。
おっ、こんなジェントルマン思考が残っているのか。俺は結構色男気質だったのかもしれない。まぁ、たった今ジェントルマンらしからぬことを口にしたばかりだけども。
「で、君は誰なのさ?」
見ても考えても分からないので俺はさっさと向こうに教えてもらうことにした。