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チリリ「今日は盾の使い勝手がなんかいい気がする」

エスタ「ほんとだね。うまく遮れてる感じ。見えない経験が積まれてきたのかな?」

ジーネ「あたいひとり置いてきぼりで、世界が進んでいってる…」


 いかん、なんか慢心が始まってる気がする。


 同一パーティNPCの盾の発動判定も、担当プレイヤーが介入できるのだが、それをしてるせいで前列二人がうまく攻撃を受けきっているのだ。


 特技と違い盾の等級は住人の認識するところではないけれど、大体は見た目の面積に対応している。

 チリリのは4級でエスタのは5級だ。


 盾の判定は受動的に発生するので、タイミングの見極めは行動表のより難しいのだが、前列二人だけを目にしているなら何とでもなった。

 1年数カ月、それなり経験を積んでいるのだ。


 また、能動的な行動表判定と、受動的な特技の発動判定、盾の発動判定は微妙に書体・色合い違うのだが、それも最近では見分けがつくようになっている。


 プレイヤーが選択できるデータは、それ以外よりずっと見やすい。これは助かる。


 とくに受動判定がなにを意味してるのか分かるというのは、実際のプレイで何を判定するのか宣言してから振るのを反映しているのではないだろうか。

 振ったあとで「あれは盾のだった」「あれは特技だった」と言い出したらキリないからね。


「あたいだけ活躍できてないー」


 後ろのほうで約一名嘆いているのがいるが、雑魚2~3匹ならそっち見てるより前列3人に集中するほうが安定なんだよな。


「あたしだって一度も【豪打】してないから。ちょっとだけ盾扱いが巧く行ったってだけだから」


 エスタがフォローしているが、ちょっとニヤついてるのがいやらしい。


俺「さて先を偵察した結果だが、右の道は4体のスケルトン、左は牛と人の骨が絡んだスケルトンが1体だ。

 後退して別の道を行くとしても、コアに近づくにつれ強いのにあたるのは必然と思う」


 なおコアの位置は、ときどき高所に登って確認している。


チリリ「4体か。後ろに回られるね」

俺「道幅からして、3人いればそれは阻止できると思う」

エスタ「牛は強そう?」

俺「肉がないから軽くはなっているだろうけど、それでも四足の突進はきついだろうな。背中に半分埋まった人間は、片手でも長柄のフレイルを振り回していたから、あれも結構ヤバいと思う。

 一体化したことで、力が牛並みにあるかもしれない」


 女戦士二人が顔を見合わせ、次いでジーネを見る。


ジーネ「貢献度ゼロのあたいには如何なる意見もございません…」


チリリ「そんな落ち込まないで。

 これからもっと強いのに遭うかもしれないし、牛のほうで力試ししてみようか」

エスタ「いいんじゃない。ぶっ壊してやるよ」


チリリ「ならまず、私が先にたって相手の攻撃を受け止めるわ。一番盾が頑丈と思うし。

 あなたたち二人で左右から攻撃して。

 ジーネは後方で魔法が出るのを祈りましょう」

ジーネ「次こそ頑張るよ!」


 チリリを見ていて思うのだが、この女性は他人をフォローし、また率先して血と汗を流そうとする。

 そしてチリリがひきつけたところを、エスタが棍棒を両手に持ち替えて殴りつける、というのが一つのパターンだ。


 俺の様な単独の新人を受け入れるところには、消耗品扱いにし、囮や肉壁に利用しようとするところもそれなりある。

 此処もそうじゃないかと最初は警戒していたのだが、そうした手合いとは一線画しているようなので、だんだん安心してきたのである。



 それで左の道を進んで人牛一体のスケルトンが見えたとき、注意を引こうとちょっと早く右に飛び出し、岩壁を背にへばりついたのだ。


「せいっ!」

 チリリが腰を落として盾を構え身構える。


 挑発に応えて牛の骨が笛を鳴らすような音を立てて疾走しだす。

 その背には、右半身を牛の背骨にのめり込ませて癒着している人の骨があった。

 たぶんこの状態で岩津波に押しつぶされたのだろうが、進路左側だけを残る片目でみつめていた。


 つまり俺の担当側だ。


 先んじて前に出た俺は、その視線を横切る。背中の骨は、片腕ながら強靭な腕力でフレイルを振り回して殴りつけてきた。

 が、俺に当たるより先に、俺が背にして立った岩壁を叩いて、クズを飛ばしただけで弾け戻る。


 フレイルは扱いにくいうえに、片目で距離感掴めないだろうと思ったのだが、まあ結果としては上手くいったようだ。


 そしてチリリが構えた盾の数値は《5:1》

 5を選択。

 正面から突撃の衝撃を受けきるが、それでも彼女の体が後ろに数歩分、ズズッと下がった。

 ノックバックで行動キャンセルか?


 左からエスタが両手で長柄棍棒を叩きつける。

《3:5》

 いくらかの骨クズが飛び散った。


 後ろでジーネが牛をにらむ。

《3:4》

 また平常運転である。


 再び背中のが俺目がけ武器を振るうが、また回避。


 向こうでエスタが打ち込んでいる。

《1:3》

 ちょっと当たりも浅かったが、それでもダメージは入った。

 このまま通常攻撃で倒せそう。


 ジーネ。

《3:3》

 ダイス替えろ。

 ゾロ目にも意味はあるのだが、今回は関係ない。


 牛がまたチリリを突く。

 チリリ盾《5:6》

 突進の勢いはないので、余裕で打撃を吸収。


 チリリ反撃の一発。入るけど片手棍棒、それほど痛撃ではないだろう。


 俺も踏み込んで背中の人骨を砕く。

 牛の背骨までヒビが入ったが、フレイルを持つ左手は残った。


「あともう少し!」叫んで振り上げようとしたチリリの棍棒が、運悪く牛の骨に絡む。すっぽ抜けた。「しまった!」


「そろそろ逝けやぁ!」

 叫ぶエスタの一撃が背骨を砕く。《3:5》

 牛の骨もヒトの骨もガラリと崩れて動かなくなった。


 うむ。普通の一撃の積み重ねって大事だね。


    ◇ ◇ ◇


ジーネ「まただ。まただよ、呪われているよあたい…」

チリリ「いやー、私だって棍棒飛ばしちゃったしね。巧くいったり失敗したりだよ」

エスタ「チリリには一番きついところを担当してもらってるからな。あの突進受けたんじゃ、手が痺れちゃっても仕方ないよ」


 反省会だか愚痴だか慰め合いだかを彼女らがしているうちに、俺は牛の残した宝箱にチャレンジする。

 事前情報通り初心者レベルの仕掛けだ。楽なもんだった。


「魔石の9くらいかな。あと蘇生薬がヒト瓶。マイナス7まで有効だな。

 おっ、コーヒーがある?!」


「コーヒー?」

 不思議げにエスタがのぞき込んでくる。

「この袋が?」


「『かなりとのあるわい』? 意味わかんないね」

 とジーネ。


 ここの住人は仮名文字・数字以外は読めない。

 だから印刷されたアルファベットや漢字を飛ばして読んでいる。

 出土品でそれなり見ているはずだが、研究されてるわけではないようだし、ゲームの設定を維持するため認識阻害がされてるのかもしれない。


 そんなことよりだ!


「ももも貰っていいかなっ」

 思わず声が上ずった。転生後初めてのコーヒーだ!

 夢の中では何度も飲んだあれだ!


チリリ「えー? それはダメよ。確かそれ結構いいお値段するもの」

ジーネ「そうなの?」

チリリ「お客の一人がこの手のものが好きで、朝の一杯を私も頂いたの」

エスタ「旨いのか?」

チリリ「香りはよいけど、味は苦いだけね。でもとても頭が冴える霊薬よ」

エスタ「それを独占しようたぁ図々しい」


「霊薬というような効果はないぞ。目が醒める効果はあるが。

 そうじゃなく単なる嗜好品だ」


 いやまてよ前近代だと嗜好品は贅沢品だな。


 今回出た袋入りコーヒーの様なものは元のゲームでは、銭そのままばかりではつまらんとタマに出していた換金アイテムで、商品カタログを参考にダイスを振って決めていたのである。


 基本、単に金に替わるだけだが、それでも店によっては高額買い取りされたり、運搬中に汚損したり、時には錬金術の材料に指定されたり、ちょっとした味付けにはなっていた。


 今はそこらの魔道具より輝いて見える。

 換金アイテムに現代商品を入れといた俺たち、最高だ。


「それでどのくらいの価値あるの?」


 ジーネが問うので思い出そうとする。

 この袋なら千円しないはずだ。

 カタログの価格のそのまま使い、円をここの通貨のギルに替えるだけのルールだ。

 そして1ギルは百円相当。


「すいません結構しました」


 謝罪して袋を差し出す。

 預金を引き出せば足りはするが、手持ちで払える額ではなかった。


 いや、ここは持って逃亡すべきか。

 信頼や友情とコーヒー、どっちが大事だ?

 コーヒーだよな。

 ん? それでいいんだっけ?


ジーネ「マショルカにも四分一の権利はあるんだからさあ。持っててもいいけど、何なら分けても」

俺「あかんわ! 開けたら香り飛んじまうじゃねぇか! 密閉容器を手に入れるまでは開封禁止だ!」


「怒鳴らなくてもいいじゃーん」

 ジーネはちょっと涙目だ。他の二人も引いている。

 というか迷宮内で大声出すな俺。


「すまん、ちょっと頭に血が上ってる。久しぶりにこのパッケージ見たもので」


「それにしても不思議ね。マショルカはいつその袋を見て、中身を味わったの? そこまで懐かしむほど」

 チリリが首をひねる。貴重品を底辺探索者の俺が知ってるのが不審なのだろう。


「呪いだ」

「「「呪い!?」」」


「これのトギ汁をもう一度飲みたいと望みながら死んでいった男の思いが、俺の頭にこびりついているのだ。この人生で一度も飲んだこともなく、見たこともないけど、記憶にあるんだ」


 広い意味で言えばウソではないことを、俺は告げた。


「呪いかあ。呪いじゃ仕方ないね。譲ってあげるわけにいかないかなあ?」

 ジーネが躊躇いつつ、残り二人を見る。


エスタ「まあしゃあねぇ。マショルカいなけりゃ開けなかった宝箱だしな」

チリリ「そうね。その代わり、他の取り分はこちらを優先してね」


「すまない。いや、もう、これさえ頂けるなら他の取り分いらんですハイ」


 金銭的な問題ではない。宝箱から出るモノがランダムな以上、二度と手にできないかもしれないのだ。

 コーヒーの一滴は血の一滴。交換しても惜しくはない。


   ◇ ◇ ◇



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