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戻るとガドム親分から「ようやった!」と激賞された。
さっそく宴会の支度を整えるから、一休みしておれという彼の言葉を、イルドムが押しとどめ、先に神殿で戦死者を見送ることになった。
俺「ズロイは休ましてもらっていいか?」
ズロイ「あの辺で崩されてたの、わしの使ってた宿なんよ。帰るところもないわ」
ガドム「安心しな。傷負って帰ってきたもんを、その辺に打ち捨てようとは思わねぇよ。しばらく泊ってけ」
ジノ「ヨッソフも手当てしてな」
ヨッソフ「足腰は問題ないぞ」
ジノ「おクスリやってるじゃないのさ」
ヨッソフ「意識が混濁するようなものではない。むしろシャッキリしてる!」
イルドム「キメたまんまで神殿に来るな、っていってんだよ。クスリより常識が必要だろおまえ」
ズロイを指定された部屋、というか基本的にテントなので垂れ幕で間仕切りされた一角に連れ込み、低い藁ベッドに乗せていると、ビルトソークがやってきた。
ビルト「全員戻れてよかった。すまんな、ついていけなくて」
ウヒョウ「気にするな」
俺「それより紹介状はもらえたのか?」
ビルト「そっちは済んだ」
俺「ならもう行くか」
ウヒョウ「いや、弔いにはせめて参加すべきだろう。ひと時とはいえ戦友だったのだ」
俺「うーん、まぁ…」
ラドバくらいは見送ってもいいか。向こうは俺にいい印象なかったみたいだけど。
ズロイ「わしこのまま一人残されて殺されたりしないよね?」
ビルト「さすがにそんなことはしないだろう。名折れだ」
組のため働いたものをさっさと見捨てては、誰もついてこなくなる。
俺「むしろイダルミ隧道の仲間たちのが怖いって。親分のため働いたという話が広まるまでは、ここにいたほうがよくね?」
ズロイ「いくらなんでも長い付き合いだよ? 銭のためなら無茶しそうな奴は、…いるか」
俺「そんなことより、クルベルトワのところのサブしてた魔術師、あれ【回避テレポ】持ってたか?」
ズロイ「… もってたね」
ウヒョウ「? あっさり倒されていたが… 今日の怪物ほど、粘る可能性もあったということか?」
ズロイ「魔術師には向かないんよ。親しいチームと模擬戦をしてみて、まるで使えないと封印したらしいわ。跳ぶ先がランダムだから、敵のど真ん中にも飛び込んじゃうんだそうな」
ウヒョウ「なるほど」
ズロイ「そのうえコストとして、体力をドンドン削っていくから、魔術師じゃたいして持たないとか」
あのスライムが終盤回避テレポしまくりだったのに、ヘロヘロになったのはそのせいか。コストがHPだったんだな。
ウヒョウ「ん? もしかして、あの魔物を作った悪霊が、クルベルトワとサビョンデイルだという話をしているのか?」
俺「だってラドバが読み取ったあれの特技が、聞いていた二人のそれとそっくりだぞ。ズロイとウヒョウの名前に反応してたし、ズロイの宿に出現して、そこから一日動かなかったんだろ」
今思えば、最初は屋内で待ち伏せでもしようとしていたスライムが、ウヒョウの名前を聞いて飛び出したような気がする。
ウヒョウ「とくに狙われた気はしないが」
俺「目玉めいた器官がなかったからな。触覚・聴覚・嗅覚で判断してたのかも」
ビルト「ニオイなら追えそうだが」
俺「人間の時の嗅覚の記憶の残滓じゃな。
ズロイは急に体洗うようになったし、ウヒョウは体臭きつめとしても清潔感あるから、朝一だとわからない」
ビルト「なるほど」
ウヒョウ「体臭きついか?」
俺「訂正。ちょっと強め」
いかん。思った以上に落ち込んでる。
ウヒョウ「… それより、クルベルトワらの魂なり霊体なりがスライムになったとして、ではユペルとジメはなんなのだ?」
お、切り替えた。子供がそれほど心配か。
俺「うーん、売った店に行って確認する必要はやはりあるが、記憶だけを移すものだったのかなあ?」
ビルト「それって特技は継承してないということかい? ならば取り押さえるのは簡単だな」
かもしれんけど、元に戻すなら、憑依されてるほうが簡単だったな。
『個性』の一種になるので削除できる。
ウヒョウ「流し込まれた記憶を消せばいいのだな。やり方が分からんが」
俺にもわからんよ。
ゲームで同種の事件はあったが、『混ぜるは簡単。分離は無理』そうした形になったはず。
あの子たちに魂があればどうにかできるが…
◇ ◇ ◇
これまでも時々出てきた魂というものだが、これは万民が持っているわけではない。
敵幹部クラスならそれなり、一般モブならごくまれ、プレイヤーキャラなら大概、所持しているという代物である。
しかし魂の有無についての自覚は、この世界の住人にはない。であるから、万物が持っている、あるいは人類に限っては持っている、そのように信じているものが多いようだ。
ウヒョウの戒律だと、選ばれし者のみ、となるようだが。
機能としては
①精神支配系の魔術に対する抵抗の機会を増やす。
②魔術をかけられたとき、気が付く。
③魔術で改変できない。
④転生する。以前の転生の記憶を保持してる
(通常は思い出さないし、利用できない)
⑤モノノケの核となる。
こんなところか。
もともとは精神支配系の魔術にプレイヤーキャラがやられた時に、回復する手段がないというのが、かなりストレスになったため、救済ルールが設定されたのが起源である。
殺されるのは我慢できるが、自分のキャラが敵の好きなように動かされどうにもできないのは耐えがたい、という人はいるのだ。
NPC化して味方を攻撃するダイスを振るのに限定すれば、喜んでる奴はいたけどさ。
毎ラウンド行動順が来た時に、維持されてる敵の支配魔術への抵抗をできることにしたのだ(一応言っておくと、敵対的な維持魔術への抵抗はNPCだってできる。能動行動としての選択がいるが。支配や魅了だと、そうする気が起きないのが問題)。
が…、雑魚モブまで全員そんな判定は面倒くさい。主要キャラだけでいいだろう。となり、
特別なキャラだけが抵抗できることにしよう、と魂が設定されたのである。
TRPGでいうと、トーグのポシビリティ能力みたいな感じ。
魂なしのキャラは、肉体と霊体のみがあり、魂があるとこれにくっついてる。
通常時は霊体と魂の意識が完全同調しているが、精神支配系魔術をかけられたとき、それは霊体にのみ作用し魂に影響しないので、そちらの自意識で術を破る抵抗できる、という設定。
体を動かすのは霊体なので、かかってる間は敵の命令に従うのは、モブキャラと変わらない。
この付属物はプレイヤーキャラ固有のものではないので、持たずにプレイすることも可能ではある。しかし通常はみな所持を選択してたし、俺もそうだった。
NPCが魂を持つかどうかはそのキャラの作成者に任されたが、俺の場合はストーリー上必要なら持たせるし、さもなくば216分の1、くらいで作っていた。
冒険仲間たちは基本モブとして生まれる。
現に今のチームに魂もちはいない。
彼らは死ねば来世はない。
◇ ◇ ◇




