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ウヒョウ「それに問題の魔物について、ほとんど情報をもらっていないんだが」
イルドム「おめぇどういうつもりでそんな態度でかいんだよ」
ウヒョウ「それはさっきも言ったが――」
イルドム「時間もねぇからまあいい。そしてそんなことは気にするな。お前ら二人に選べるほど特技があるなら別だが、どっちも突っ込んで殴る以外できねえだろが。だったら悩まずそうしろ」
ウヒョウ「なにか気を付けることぐらいは」
イルドム「昨日相手したもんの中には、あいつの体の中の泡に入った胃液かなんかで、ひどいヤケドで今日来れないやつが出た、ってことくらいか。でも聞いたところでどうにもならんだろ。全部の攻撃よけるってのは変わらんのだから」
ウヒョウ「まあそうだけど…」
ちょいと広い空き地に出た。家を作るような資材が放り出してある。
八又のジノ「近いよ」
ズロイ「あの家の中だな!」
まず八又が声を発し、斥候が見回してズロイが発見した。
俺もモッタリした粘液が引っ込む前に見つけたが、この辺の奴らに自分が斥候であるとは言っていないので、黙っておく。
イルドム「よしっ。マショルカとウヒョウは突っ込め。ほかはまずあの家周りを引き倒せ」
薬中ヨッソフ「ねえ! 薬! クスリ!! ちゃんと我慢したんだから! 早く!」
イルドム「おおっと忘れてた」
イルドムが懐から竹筒を取り出してる間に、禿のラッソウが走って行き片鎌槍を振るって一軒のあばら家の隅を叩いた。
この辺の家は竹と藁で作ったテントみたいなものなので、縛ってある綱を切られるとあっさり崩れる。というかそのための片鎌槍か?
この広場、藁と竹材が転がってるが、昨日の戦いで崩した家の残骸か。
いやそれよりも、イルドムの声に反応して怪物が飛び出してきてるじゃないか。人間二人分ほどもサイズある。
別の家を崩しに向かってた背中傷のテイゴが、慌てて背中を見せる。というかお前も戦士なんだから迎え撃てや。あーあ、斬られた。
斬られた?
あのアメーバ、剣と盾装備してるんですけど。
ウヒョウ「なんだアイツは?」
イルドム「いいから突っ込め」
そういうイルドムの向こうでは、薬中美女ヨッソフが竹筒に詰まった噛み煙草みたいのをちぎって口に運んで恍惚としている。
八又のジノが後退してこちらを警戒する。ニッ、と笑ってよこした。笑ってるけど逃げたら切る気やん。
ズロイの投げた石がスライムにのめりこむ。彼に【投擲】はないはずだが、敵にも回避力がないようだ。
いや、いまスライムの上に数字が出たような? 対処特技を持っている?
イルドム「おう早く行け! 根性見せろ根性!」
イルドムがこっちに叫ぶ中、様子見のウゴンが怪物の出た家の綱を切っている。
仕方なしと見たウヒョウが逃げてきたテイゴと入れ違うように突っ込む。《1:4》
俺のフォローで豪打+4になった。
と思ったらスライムごときが盾を持ち上げ《5:5》
受けきりやがった。
やむなく俺も走りこむ。
そして槍を突きだし、お? なんか気持ちよく入った? あ、核。
二つある核の片方に突き立ち、潰してしまった!
親分の補助魔術があったな。あれのおかげ?
敵も盾をこちらに向けようとしたが《1:5》で間に合わず。もう一つの受動特技も1が出た。
俺「やった?」
ジノ「やるじゃない!」
イルドム「やりやがった!」
と、身を震わせたスライムが剣を振るってこっちはとっさの回避!
その剣が地面にあった材木2本を叩き斬り、大地である岩盤に撃ち当たって粉々に砕け散った。
え? なにこの豪打? 今《5:5》と見えたな。行動表そのあたりに結構な強打の特技置いてる?
そして俺の背後でラドバが投石。そんなもんより【戦術看破】使え。しかも石は外してるし。
その間にスライムは太めの棒きれを拾ってる。
というかイルドムも絶好のチャンスだろさっさと号令かけろ。ホンマにこの世界の住人は決心変更ができんな。
おかげでウゴンやテイゴは端の方で怪物の様子を見ながら、ちょいちょいと家を潰して待機中。
ウヒョウがスライムの背後から斬りつけ《6:3》
スライムの受けが盾《5:3》特技《5:1》
今度こそ豪打+4が決まった。
これにスライムが反撃で斬りつけるが、ウヒョウが地面をけって回避する。
と、なにやらスライムに《6:3》の数字。
この色は能動系と見たが、何?
あ、あかん。潰した核が回復していってる!
ヨッソフ「泡立って、核が形を戻した!」
イルドム「再生能力持ちか!?」
ラッソウ「これは両方一度に潰さんとダメなタイプだぞ」
だからとっととお前らも突っ込んでいれば、片が付いたかもしれんのだが!
というか3の目で再生したぞ。一度に潰すしかないぞ!
俺「おらあ!」
くらえクリティカル2連続!
ハイ出ませんでしたー。
いや当たりはしたのでちょっとは削った。
盾もあるけど、なんかもう一つの受動特技が怖い。ずっと片方1の目が出て発動してないけど。
ズロイが足元の石を拾おうとして滑ってこけてる。
イルドム「ズロイ! 先に拾っておけよ! 第2陣、突撃!」
ズロイ「すまん!」
よっしゃやっと来たわ。
というかズロイがコケてあの命令が出るあたり、最初の「誰かか倒れて」の条件と変わらんやん。
またスライムが身を震わせた。
それはさておきラドバが《1:6》
さっそくフォローして【戦術看破】を使わせる。
これは対象の行動表に並ぶ特技の名称が読めるというもの。プレイヤーが持っても意味ない特技のひとつだ。
ただし敵がこれに成功すると味方NPCの行動を読まれ、対応して戦術を替えられるフラグになったりしてた。
ともあれ、敵の抵抗を突破してくれたら読み取れたはずだが?
ラドバ「食胞、豪打4、憤怒の剣、盾割り!」
うわぁ名前上げるだけか。いや意味はある。食胞はスライムの得意技、だから等級は2だろう。あとは順番通りだなきっと。1つ空きがあるが。つまり《5:5》で出したのは【憤怒の剣】? クルベルトワの使った? このスライム絶対HP高いぞ。死ぬとこだったわ。ズロイの投石で条件満たしたか。
続けてラドバが数字を出すが、これは《2:3》
石を投げたにとどまった。
ここで薬中娘のヨッソフが駆け込んできて奇声とともに片鎌槍を振り下ろす。顔面が喜悦に染まっている。こっちもうれしくなるわ。当たっていればもっと良かった。
その影に隠れるように禿のラッソウもやってきて斬りつける。いぶし銀の仕事ぶり。スライムは盾受けに失敗して、例の受動特技が《6:3》
へ?
スライムが消えた。
誰かの【見えざる盾の4】が発動! に《3:3》で失敗。
ズロイ「ぎゃあ!」
見るとズロイがスライムに捕まっている。
慌てて足を引き抜いて転がるが、右足首から先が血にまみれて草履が腐って落ちた。
食胞だ。
イルドム「奴は転移するぞ!」
だから先に言えや。
え?
しかもまたスライムの上に数字が浮かんだぞ。《5:4》
あ、白雲!
スライムと戦っていた者に白雲がまとわりつく!
とりあえず俺はガドム親分の【見えざる盾】を成功させる。
他のメンバーの【見えざる盾】は、一度に数値出てフォローできない。
逃れたり抵抗したり盾が発動したり。
遠見のラドバ、親分次男イルドム、薬中ヨッソフ、様子見のウゴンがお休みに。
そのうえ俺は寝ぼけよろけたヨッソフに槍の柄をぶつけられ、もろとも倒れる。
おいこのスライム魔法まで使うぞ。【眠りの雲】だわ。
ジノ「あー、だれかみんなを起こしてやって!」
叫びながら八又の娼婦戦士が片鎌槍を振り回し、けん制してズロイを守る。
言われたからじゃないが、俺はまずヨッソフの体を押しのけ立ち上がり、走りこんでイルドムの背中を踏み切りにジャンプしてラドバに着地した。
イルドム「ぐはっ! 誰だ貴様許さんぞ!」
俺「戦場で寝てる場合じゃないでしょが!」
イルドム「! 寝てたか! 昨日と同じだ!」
だったら対策考えとけよ。
あと一人ウゴンが眠っていたが、イルドムとやり取りして起こし損ねる。
一方ズロイが転がりスライムから逃げ切った。
そしてウヒョウが突っ込むが、またしても例の受動特技が発動して掻き消える。
背中傷のテイゴの側に出現して彼に悲鳴を上げさせた。
だが彼もさるもの、悲鳴を上げつつ片鎌槍の石突で突く。
それを盾で受けられる。
ヨッソフ「誰だ俺が寝てる間に、尻を叩いた奴は!」
俺っ娘だったのか。その怒りは敵に向けろ。
と思ったら駆け寄って見事命中。《4:4》を出したうえ敵の盾と瞬間転移の特技もすり抜け一撃加えてる。やるな。確か豪打+6。
だが魔物が閃光を放った。
振り回されたビームを【見えざる盾】で弾いたりで、当てられなかったのは俺とズロイとラドバだけ。それと寝ているウゴン。
あとは一瞬盲目となった。
さらにスライムの偽足が伸びて俺っ娘の甲高い悲鳴が響く。
見えなくては回避は無理だ。
そのうえ取り落した片鎌槍を奪われる。
そのスライムをにらみつけたラドバが《4:6》
ラドバ「回避テレポ、眠りの雲、閃光、打撃反射、魔法妨害!」
イルドム「なんだそりゃ!」
ラドバ「二つ目の核です!」
ジノ「うっそ、強すぎる」
俺「…」
その間に俺は駆け寄ってスライムに斬りつける。そして様子見のウゴンの上を走り抜けた。
正直こいつを起こすのが目的で、スライムはついでだったが、案外奇麗に嵌ったようだ。
急いでスライムから距離を取りながら、ちょっとした仕掛けをしてみる。
その間にズロイが放った石で魔物の【回避テレポ】が発動し、怪物はラドバの側に転移した。
硬直したラドバの頭上にヨッソフから奪われた片鎌槍が振り下ろされる。上の数字は《5:6》
おそらく【憤怒の剣】が発動し、頭蓋が飛び散り胸骨が割れ、ハラワタが裂けて腰骨まで砕けた。
さようならラドバ。こんな集落でも生真面目だった、アンタの性格嫌いじゃなかったぜ。
しかもまたスライムが閃光を発する。
これに当たらなかったのはヨッソフと様子見のウゴンだけ。ほんまいい加減にしろよこの糞スライム。
ヨッソフ「武器、武器はないかっ。あとやけどの治療!」
ウゴン「うおおおお!」
さすがの行動表も、素手攻撃するのは不自然と判断したか。ヨッソフ攻撃パス。
そしてウゴンによる攻撃は、テレポの誘発だけで終わる。本人は空振って転倒。
頭を振ったジノがウヒョウの側にスライムを見つける。
ジノ「そこ!」
この一撃は入らなかったが、ウヒョウに敵の位置を気づかせた。
ちらつく視界に耐えながら、振るった剣が片方の核を打ち砕く。
一瞬テレポしかけた怪物だが、ちらついただけで元の位置のままだった。
運が悪いとまれによくある、転移先が同じ場所だったケース。
ウヒョウ「核が潰れた!」
ジノ「やった!」
イルドム「よしいけ! 今がチャンスだ!」
いいつつ下がる親分の息子。突っ込ましたろかお前も。ベベスのあと、追うか?
言われて様子見のウゴンが突っ込み振り下ろす。そして《6:5》
おっとよくやった。豪打+5と両手打ちで10点。
と思ったらスライムが《4:6》
【打撃反射】が起きて跳ねた片鎌槍が使い手の額を割った。やはり4の目は【閃光】じゃないな。
さすがに戦士だ、死にはしなかった。が、後ろによろける。
ズロイが牽制で石を投じるが、これがウゴンに誤射。
ひっくり返った。
やべー。まだ死ぬのは早いぞウゴン。
そこへカバー。する気があるかは知らないが薬中美女ヨッソフが突っ込む。拾った棍棒横殴り。この軌道なら必ず残った核に当たる! ってほどきれいな一振りだったが、【回避テレポ】で逃げられた。
くそー。あの特技コストかかってないのか? 有能すぎる。
イルドム「またウヒョウの側だ、好かれてるな。お前が倒せ!」
またスライムがブルリと震えた。
そこに影のように滑り込んだ禿のラッソウが突き立てるが、今度はズロイのもとに転移。
ここでスライムが動き、やばいズロイ死んだかと思ったが、したことは閃光の一薙ぎだけだった。
つまり今壊れているのは戦士の能力ある核か。
この閃光を避けるか抵抗できたのは、俺とウヒョウと禿のラッソウの3人。
範囲魔術に対する【見えざる盾】への操作。自分の分しかできん。味方の分もできる練習せんとあかんな。
そしてスライムが《5:3》
がああ、また核が再生した!
俺は「ズロイ、無事か!」 と叫びながら駆けつけスライムに突き刺した。
テイゴ「お前に言われるとはな!」
ウゴン「薬、治癒くれ…」
またスライムがびくりと動いた。
やっぱりこいつ、ズロイという名に反応してる。たぶんウヒョウにも。
俺「イは逃げろ!」
ズロイ「おう」
俺のプレイヤー能力で今は『イ』と改名してるズロイが転がっていく。
このスライムの転移能力はタダでも厄介だが、後衛の至近に飛ぶことがあるのがさらに困る。ジーネ連れてこなくて正解だった。
そこにウヒョウが走りこんでビルトソークから受け継いだ利剣を突き立てる。キレイに当たって豪打+4。
イルドム「そろそろ出番だな!」
うわぁこいつスライムが削れてきたと判断してとどめ刺しに来たな。
功名が欲しいんだろうが、まあ頑張れやクソ野郎。
それでも《4:5》 【豪打+7の4】持ちなので助かるは助かる。
【回避テレポ】されたがな。
どこだ?
背中傷のテイゴがジノの後ろにいるスライムに気づき、叫びながら片鎌槍を振るう。
《1:6》
だけどまた【回避テレポ】してウヒョウの脇に来る。
気づいたヨッソフが棍棒で打ち据える。消化液で肌が溶け、血がこぼれる右腕が痛々しい。
攻撃は当たったが特技発動はなし。
ほとんど死にかけのウゴン(今は改名してズロイ)が、自力で6ゾロを出し豪打+5。しかもこれがちゃんと通った。やったな偽ズロイ。おめでとう。
次の禿のラッソウの攻撃は転移を誘発。またジノの側に移るが、これを彼女が迎撃。特段の特技はないが着実に傷つけていく。
俺「ズロイ、あともうチョイだ!」
テイゴ「指図すんなっ」
ウゴン「早く… 血が」
おっとスライムの注意をそらせたからか、また核が潰れたぞ!
イルドム「よくやった! 次行け!」
しかし次に動いたのはスライム。《5:5》で片鎌槍をテイゴに打ち付ける。テイゴの【見えざる盾】が《3:3》 すまんフォローできんかった。
テイゴの鎧が裂けて内臓が飛び散った。
【憤怒の剣】、弱くなってる。だがまだ人間一人分のHPあるな。
そして潰れた核は《1:6》回復失敗。これは結構。
イルドム「チィ! だがこれで終いだ!」
と振るった槍で転移し消える。ん? どこだ?
ウヒョウ「お前の後ろだ!」
俺「おっと!」
ウヒョウのしてくれた牽制は外れたが、俺の一撃が入ってそろそろ命日が見えてきた。
だが最後のあがきで奴は偽足を振るい、自ら食胞を破いて中身をまき散らす。
狙われたウゴンは動きが鈍ったか盾を上げるのが間に合わず、顔から肩に浴びて悲鳴を上げた。
本物のズロイが石を投げ、スライムの受動特技が《6:5》
【打撃反射】して投げ手が鼻血を吹く。
続くラッソウ、ヨッソフ、ジノの攻撃を転移で回避し、たまたまだろうが本物のズロイを踏んずけて、さらにイルドムの攻撃も避けきった怪物は、浜に上がったクラゲのようになってヨッソフの前にたどり着き、彼女にとどめを刺された。
ヨッソフ「手間取らせやがって。誰か、治癒薬もってないか」
俺「殊勲賞だな。残念だがそのヤケドは普通の治癒が効かないぞ。水洗いして自然治癒を待つことになる」
ヨッソフ「痕は?!」
俺「残るだろうな。
おーい、そっちも水筒使え」
俺は、本物のズロイに声をかけた。今のうちにズロイとウヒョウの名を戻しておこう。
ヨッソフ「畜生!」
イルドム「顔じゃなくて良かったろう。なんなら俺の女になるか?」
ヨッソフ「そっちの仕事はしてない!」
ジノ「3人死んじゃったね」
イルドム「ウゴンもダメか」
ジノ「最後に胃液浴びたのがいけなかったね」
イルドム「せめて神殿で祈るくらいはしてやるか」
おー、そのくらいはするのか。
しないとそこそこ化けて出る世界ではある。が、
しないやつはしないものだが。
イルドムが遺体の髪の毛を一束ずつ切り取る間に、ジノが死者の片鎌槍を集める。
見るとヨッソフはへたり込んで竹筒から黒茶色の噛み煙草様のものをつまみ出し、くちゃくちゃと至福に酔っていた。
まあ痛みはまぎれるかもしれん。麻酔効果はないと思ったが。
俺とウヒョウが肩を貸し、ズロイを立たせる。
ラッソウ「俺が持とう。お前さんはそっちの酔いどれ小娘を引っ張ってきてくれ」
ジノ「あたしだってアンタから見りゃ小娘なんだけどね」
ラッソウ「おう、そりゃそうだな、お嬢さん」
ジノ「ふん。女には紳士なんだよねー」
ラッソウ「ヨッソフがもう少し若くて、男だったらな。世の中ままならんね」
禿のラッソウがジノから片鎌槍4本を受け取り、肩に担ぐ。
イルドム「では凱旋としゃれこむぞ!」
イマイチ働いてないリーダーが、元気に声を上げた。
◇ ◇ ◇




