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中庭に出ると、男女合わせて五人の戦士が待っていた。みな集落民らしく、貧相な生成りの貫頭衣と、胸当て草刷り。全員がそろいの片鎌槍を持っている。少々先端が重くなるが、刺すによし叩くによし、スライムの核を一撃ちにするつもりなのだろう。
ここで振り向いてちょっと尋ねた。
俺「お前も来るの?」
ラドバ「スライムじゃあ、不意打ちかけてくることもあるからな。先に見つけるのは俺の仕事だ」
イルドム「ズロイも斥候だが、見る目はいくつもあったほうがいい。
おい、居場所はあれからずれちゃいねぇか?」
問われて女の片方が答えた。
「動いていません」
なかなかブサイクなオナゴで、乳はそれなりあるが、おばちゃん体型。まだ20代のはずである。酒か薬物か病で体が色悪くむくんでいる。
確か八又のジノといい、これでなかなか話すと楽しく、結構もてた。
二つ名も一度に付き合った人数で、特技の【追尾】を使うらしく、互いにかち合わないようにしていたのだが、さすがにばれて色々あったらしい。
今の青黒い体色も、荒淫逸楽の結果だろうか。
それはともかく、その【追尾】があれば、一撃ちした相手の居場所、方向と距離を常に把握できる。
イルドム「よし」
別の女「それより、早く薬を寄こせ、約束だぞ…」
そうイルドムに言ったのは、こっちはたいそうな美人だ。しかし顔色悪く手が震えている。スタイルは標準。やや乳が控えめか。
イルドム「まだ早ええよ。寸前なったらくれてやるから、我慢しとけ」
そこに親分が護衛を引き連れてやってきた。
ガドム「おう、揃ったな。ではイルドムをパーティリーダーとする。出る前に祝福かけてやる。全員同心せよ!」
言われて俺たち三人、ラドバ、待っていた五人、イルドム、ガドムが手を重ねる。
「「「おう!」」」
一声かけてパーティが結成された。
ガドム「では次に、【見えざる盾】と【白兵戦への豪運】を付与する。みな抵抗するなよっ」
「「「はっ」」」
ガドム親分が念じると、その背後にいくつもの魔法陣が生まれ、異音を発して回転しだす。なにやら僧侶の集団読経のようにも聞こえる。
しばし時が流れて魔法陣が薄れて消える。
同じことがまた繰り返される。
この親分の使うパーティ付与呪文は、みなこのようなのだが、何か理由あるのだろうけど分からない。
それはそれとして、俺も【指先通話】を掛けなおす。《6:6》OK。
みんな今なら確実に抵抗しなくなってるからね。
いや親分が抵抗する可能性はあったか。しかし幸い術は掛かった。
この【指先通話】はパーティにかけるタイプなので、誰かが抵抗意志を持っていると弾かれる恐れがあるのだ。
なお、同一パーティからの術には無抵抗が基本状態である。
抵抗しておくためには警戒心が必要だ。
ゲームだとファンブル値+1のペナルティがあり、現実化した今では、精神的な疲労となって現れる。
まあ見たところ親分以外に魔術師はいないからな。わざわざ呪文失敗の可能性上げる警戒行動はとらないか。
これでビルトソークや三人娘との連絡は切れてしまう。だが仕方ない。現状では複数のパーティに属する手段がない。
使い魔や奴隷との主従関係など、例外的手段もあるのだが。
さて親分が何度か発動に失敗してる間に、パーティメンバーの能力を見ておく。
【指先通話】で呼び出した相手のうなじの幻をにらむと、手相を見たとき同様そのデータが見えるのだ。
まず親分自身は、…結構呪文持ってるな。
持ってはいるが、戦闘中も維持するためには行動表に乗せておかないといけない。
つまり最大5つまで維持できるが、今回、実際してくれるのは二つだけのようである。
今回魔術師たるガドム親分が我々に付与してくれるのは、まず【見えざる盾の4】強度1。
付与対象が盾を持っているのと同じ効果がある。
この盾の阻止力は、強度以下の敵性魔術にも有効である。
強度というのは、ゲームでも後発で付けたされた要素だ。
確か、どんな毒でも同じ毒消しで無効化されるのは変だろうとなり。
毒と毒消しに強度が設定され、毒消しの強度以下の毒しか消せなくなった。
さらに毒消しの対象も細分化された。
その後『強度』は、呪いや病・対抗特技にも採用されていった。
初期のころできたデータには当然強度などないのだが、それはすべて『強度ゼロ』が省略されている、ということになっている。
初期のものは細分化される前で汎用性が高いので、これでバランスはとれている。
たとえば初期に出た万能薬はどんな病も強度ゼロなら癒せるが、強度1の水虫は治せない。強度1以上の水虫薬が必要、とかそんな感じ。
その次は【豪運の付与(白兵戦)】。
これは白兵戦での攻撃判定にクリティカル+1してくれる。
ささやかながら重要な上昇ではある。
スライムの核を攻撃するのに有用なはずだ。
まあこの世界の住人が『クリティカル』とかいう形で意識してるわけではないが。
ともかく運がよくなる、という認識と思う。
親分以外も見ていく。
【遠見】のラドバ。斥候だから後列から投石か。それでも運があれば核に当たる。あ、【戦術看破5】があるやんけこいつ。二つ名だが【遠見6】。発動率悪いが、ずっとかけっぱなしなら問題ないか。
薬中ヨッソフ? 男っぽい名前だがあの美人だ。うわぁ『状態異常:ヒロイン中毒21』がある。このヒロインは女主人公とかじゃなくて、ヒロポン+コカインの造語だ。この世界の麻薬の一つ。あの手の震えはこれですな。
多少のHP増加と【豪打+6の4】しかない。あ、この女霊格5か。腕は立つのに。
様子見のウゴン、背中傷のテイゴ、この二人は雑魚。
こいつらには昔酷い目に遭った。
ベベスのチームにいるわけでもないのに絡んできて、つまらない嫌がらせを何度もされた。
底意地悪く嫉妬深い、しかし上には媚びるウゴン。
臆病なのに高慢でコミュ障の老人テイゴ。ウゴンにおだてられ、巧く使われている。
能力的に先がないストレスを、後ろ盾のない俺で晴らしてた連中だ。
この二人が参加するって、今回の兵力陣容が薄いな。
戦力出払ってるか、すでに損耗してる?
にしてもなんだか様子見のウゴンよそ見しまくってる。イルドムから殴られて止めたが。
何かに気づいた? 特技に検知系はないが… ほかに…
…げ。こいつ魂持ちか。
こいつに対してはうかつに魔術使えんな。
というか、うかつに新人がいるときにパーティに魔術かけるのはあかんか。
八又のジノ。おや? 【手料理】【マッサージ】 持ってる? あ、娼婦+戦士だわ。あの容貌とスタイルなのに、結構もてたのはそのせいか。交渉系特技はないから、話して楽しいのは天性だな。
娼婦として喰ってくにはキツイが、恋愛に生かすにはよかったんだろう。
戦士系特技はちょっとしょぼい。しかし今回は【追尾6】を使えている。この発動率で運が良かったな。
霊格48。ジーネを超える。もし活用しきれたら凄い英雄になれたろう。
だけど出会ったころの彼女と同じで空欄ばかりだ。しかも病気もち。長くない。
禿のラッソウ。ぱっと見は人好きのする美男子のおっさん。性格も悪くない。ただ一つの悪癖として、ショタリョナ好きという業を持つ。
何度か話したことはあるんだが、ヤッドとか見たらブレーキ利くんだろうか?
持っているのは【四肢落とし3】【毒牙5(強度1)】。
これ対人用特化じゃね? 【四肢落とし】は対象人間限定と思ったし、【毒牙】は治りにくいが、その場で倒しきる魔物相手には意味が薄い。
今回参加は数合わせか?
でも行動表に載せてるな。両方。
ん? あ! 行動に条件がある。
こいつイルドムが『第2陣突撃!』と叫ぶまで待機だわ。
同パーティから逃亡者が出たときには、それを対象に攻撃。
見直すと、様子見のウゴン、背中傷のテイゴ、八又のジノもおんなじだ。
まだ見てなかったイルドムのデータを確認する。
『第1陣の誰かが倒れたら、「第2陣突撃!」と叫ぶ』とある。
それ以外は待機して観察し、自分が標的となったら通常戦闘だ。
これはつまり、俺たちが先に突っ込んで、常連の皆さんは督戦隊というわけですね。
信用されてないのか、死んでも構わないのか。両方か。
とりあえず
『第2ラウンドで「第2陣突撃!」と叫ぶ』
に書き換えておく。
これなら不自然じゃないだろう。
禿のラッソウの特技も外しておこう。凡人として素直に魔物と戦ってくれ。
ついでに【遠見】のラドバの、【遠見6】も外す。
これをすると戦闘開始とともに、今維持してる【遠見】が切れるのだが、彼のもう一つの特技【戦術看破5】を活かしたいので仕方ない。
不自然だろうと術が切れてる理由は分かるまい。
にしてもイルドムのデータ… んー? 霊格の割に特技が… あ。
ガドム「よしっ、気をつけていってこいっ」
おっと時間切れ。親分の術掛けが終了した。
イルドム「はい!
お前たち、盾は置いていけ! 親父の【見えざる盾】がある!」
俺とウヒョウに向けた言葉だ。そういえば残りのメンバーは最初から盾がない。
うーん。自前の盾と2段階防御ある方がいいんだがな。
両手で攻撃できるのは強力だから、しかたないか。
イルドムの指図で拠点の囲みを出る。
逆茂木の下はやはり樹脂で止めてあるようだった。
細い路地を草鞋で歩き進む。
さすがに歩行中はデータが読みづらいな。専念すればできるけど。
イルドム「ズロイ、ラドバ、先に立って警戒しろ。戦闘になったら後退して投石だ。マショルカは無駄に考えるな。逃げることは許さんぞ」
俺「そんなつもりありませんが、もし逃げたらどうなります?」
イルドム「お前が子供殺しの主犯であるという噂が確定するだけだ。街の中でも魔道具狙いの誰かに刺されるだろうよ」
俺「あの坊ちゃん(ビルトソーク)の知り合いでもダメ?」
イルドム「あの方がいたからその場で始末しなかったんだろうが。お前らが罪着て死んでくれるのが、こっちには都合がいいんだぞ」
ウヒョウ「幼児に憑りついた悪霊はどうする気だ」
イルドム「そっちはあとで片づける。事実かどうか知らんがな。容疑者全部消しちまえば、その中に犯人はいる。それがここの本来の流儀だ。あの坊ちゃんのお陰で命助かったんだ。感謝してこの魔物退治くらいはしっかり働け」
ウヒョウ「そうではなく、除霊すればいいだろう」
イルドム「誰に言ってるんだ。俺たちがそんなまだるっこしいことをするか」
俺が「はぁ…」とため息つくと、イルドムはどういうわけか笑った。
イルドム「お前、親父に嫌われてると思ってんだろ」
俺「違いますかね?」
イルドム「弟の件があるからな。それでもお前の戦い方を見て親父は、『面白い組み立て方をする奴だ』って感心してたんだぜ。心構えが柔軟だってな」
俺「その割には廃屋迷宮張りつけって扱いで、きつかったっすが」
イルドム「死んでもいいとは思ってんだろ。だがまあ、半分は気に入ってるってのは嘘じゃない」
そんな気に入り方されてもね。
イルドム「今回はお前が言われるほどこそつく奴かを見定めてやる。お前のせいで弟が死んだと見分けたら、突き殺してやるからそう思え」
俺「心しておきます」
このチームが味方じゃない感じ。懐かしいね。
生きてやる。生き延びてやるって、そういう気になるよ。