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見張りの男「おう、のうのうとよう来たな」

俺「ひさしぶり。今日は親分さんに話さんならんことがあってきたんだ」


 この男は【遠見】のラドバ。ガドム親分の忠実な子分だ。


ラドバ「ふん。で、そちらの旦那は?」


 当然ぱっと見立派な鎧をつけてるビルトソークに目が行く。


俺「ビルトソーク・ヨルバインという若君」


 家族名付きということで、ラドバも察する。表情が改まった。

 もっとも本当は、今ビルトソークに家族名はないんだが。


ラドバ「こりゃあ、御見それしました。して、いかなる御用で?」

ビルト「いや、俺は」

ズロイ「昨日子供たちが大量に殺された一件あったでしょ。あれの犯人についてお伝えしたいのよ」

ラドバ「へぇー…」


「おうラドバ、お客人を中に案内しな」


 なにやらラドバが考えていると、テントの入り口から誰かが声をかけた。


ラドバ「へい。じゃこちらに」


 俺たちは案内されて、中にいた男が引き開ける垂れ幕を通って、暗い屋内へと入って行った。


 テントの中は一段高くなった木の通路があり、左右は鮮やかに刺繍された垂れ幕で区切られている。


 集落で暮らすとき、一段高くしておかないと床に雨の時に水たまりができる。

 ひび割れ、というか世界の外殻に寄ったシワに沿って水が来て、掻き出してもジワリと溜まるのである。

 攻囲軍がここを制した時に、環境悪化するように仕組まれているわけだ。

 高床にすれば対応できるが、攻囲軍に余計な負担をかけることはできる。


 グネグネと分かりにくい道を通って応接の間につく。

 抗争があり得るため、垂れ幕をしばしば張り替えて、安全な通路を切り替えるのである。

 場合によっては罠があったり、垂れ幕の向こうから刺されたりする。


「どうぞこちらへ」


 付いてきた若衆が、ビルトソークに座に着くよう勧める。

 背もたれ・ひじ掛けのある木椅子に、クッションを置いてある。

 低いテーブルを挟んで向かいには、古びてはいるが迷宮から出たっぽい、一人用ソファ。


ビルト「僕だけかい?」

ズロイ「まー、いいからいいから」


 残りの三人は集落で現在暮らしたり、暮らした過去があるのだから、あんまりでかい態度はしたくないのだ。


 そしてすぐ、目当てのガドム親分がお出ましになった。

 まず護衛数人、奥の垂れ幕を上げて現れ、展開する。

 次いで、老人というにはまだ若いがその手前、小柄な人物が現れた。渋みのある

美形親父、ガドムだ。


 彼はちらりと卓上を見て、


ガドム「おう、茶と菓子くらいは用意しろ。気が利かねぇな」


 と若衆をひと睨みした。


 申し訳ありません、と慌てて彼は脇に去る。


 そして座に着くとビルトソークに目を向けた。


ガドム「久方ぶりです、坊ちゃん。お元気なようで何よりだ」


ビルト「もう坊ちゃんではないな。勘当になったんで一門から外れた。ただのビルトソークだよ」

ガドム「なに、ああいうものは一つ成果を上げれば元通りですよ。親子の情は簡単に消えるもんじゃない。それに、多少はやんちゃしてくれるようでないと、揉め事を乗り切る腕も育ちませんや。

 して、本日はいかなる御用で?」


 そこへ若い衆が二人分の茶、揚げた河エビ、大根の漬物を届けに来た。

 この世界の栽培野菜には毒があるが、熱したり漬物にしたりで解毒できる。


 ビルトソークはガドムの勧めるままに、一切れボリボリ噛んだ。


ビルト「茶も旨いな。水がいい」

ガドム「天の恵みですよ」


 雨水らしい。


ビルト「さて、話というのは次のことだ。僕たちは昨日、集落はずれの子供らの住処で、そこの子供らがみな毒殺されているのを発見した。このことは官憲に通報したので伝わってると思う。その犯人と思われるものの情報と、似顔絵を用意したので持ってきたんだ」

ガドム「ほう…、あれを見つけたのは坊ちゃんでしたか…

 面倒がらずにお役人に届けるとは変わっておりませんな。この辺のものはどうもその辺不精ですから」


 うーん? 言葉と裏腹にあまり喜んではいないな。

 まあ自分の縄張りのことを先に役人に知られて喜ぶ親分さんはいない。


ビルト「たまたま子供らのうちに知り合いがいたんだ。で、衛兵には犯人と思われる二人の似顔絵を渡したんだが、こちらに回る分がないだろうと思って、持ってきた」


 そしてビルトソークはガドム親分がどう感じたかなんて、少しも気にかけていない。そういう奴だ。

 そしてズロイから受け取ったテラの葉を、すぐに卓上に置き、示す。


ガドム「ほう、これは?」

ビルト「子供なんだ。それは不思議に思うだろうね。でもこの二人は、死んだ悪党の悪霊によって、乗っ取られているみたいなんだ」

ガドム「さようで。それを証しする何かはお持ちで?」

ビルト「ない。ないが二人の口調が悪党たちのものに入れ替わっている。あと何かあったっけ?」


俺「悪党が埋めた隠し財産を掘り出した形跡がありました。子供が知ってる理由がありません」

ウヒョウ「憑依には魔道具が使われた様子だった。出入りしていた商人に確かめれば、クルベルトワらが購入した魔道具についてわかるだろう」

ズロイ「クルベルトワ、ってのはさっきから出ている悪党の名前でしてなー。こちらの若様一行に悪事を指摘されて逆切れし、返り討ちにあいまして」


 親分はズロイの言葉を聞き、またビルトソークに目を向けた。


ガドム「クルベルトワの名は知ってますよ。この辺にも出入りしてる割には羽振りのいい連中で。あれを片したのが坊ちゃんらでしたか」

ビルト「それで彼らの出入りしていた商人に対する紹介状を書いてもらいたいんだ。あ、あともうひとつ」

ガドム「もうひとつ?」

ビルト「そっちは君ら二人の口から」


 こっちを見てくる。あの爺ゾンビの件か。

 ちょっと俺は言いにくいので、ウヒョウに目をやった。


ウヒョウ「丘の上の廃屋ダンジョンに昨日行ったのだが、溢れそうになってる。特に生前の力を残した老人の亡霊がいたから、早く対処したほうがいい」


「おう!」


 ガドム親分の側に立ってた若衆の一人が、怒りを面に出して睨みつけてきた。


若衆「てめぇさっきからいい加減にしろよ。親分に向かってなんだその口の利き方は。ここに住んでる連中のしていいもんじゃねぇぞ!」


 ウヒョウは一瞬唖然としたが、


ウヒョウ「しかし俺は部下ではない。住んではいるが宿賃は払っている」

若衆「それが通るかっってんだよ!」

ガドム「やめねぇか!」

若衆「へぇ…」

ガドム「今日のあちらは坊ちゃんのお付きなんだぜ。お前が口出すことじゃねぇ」

若衆「すんません。出すぎました」

ガドム「イルドム、おめぇが躾ることだぞ」

別の色男「うす」


 イルドムと呼ばれたのは20代後半、優れた美貌と男っぷりの良さ際立つ美丈夫。ガドム親分の次男坊である。後継者候補の一人だが、なんだか今日は覇気がない。

 もともとここにいたころも余り関わっていないが、何かあったんだろうか。


 とりあえず拗れるのは良くないので、説明を俺が引き継ぐ。


俺「元は強盗団率いてた老人だそうで、最近首枷に掛けられ死んだようです。2回ほど倒しましたが、ゾンビの割に特技を使って来るし、手に余るので、昨日近在の住人に親分さんへの言伝を頼んだのですが」

ガドム「まあ、伝え聞いてはいるよ」


 イルドムが「お前なあ」と、俺に向かってしかめっ面をして「元はといえばお前が勝手に抜けたのが原因だろう? あの後残り二人も逃げたか死んだか消えちまった。一言挨拶くらいはできたんじゃないのか?」


 ほーら。だから俺は口を出したくなかったんだよ。


俺「あの時はどうもすいませんでした。こっちも喰えなくってきつくて」

ガドム「ま、いいさ。決め事がある以上、住処を替えるのにケチはつけねぇよ」


 城外民のボスの力を制御するために、住人が城内に移住するなら、その後は指図できないルールがある。

 とはいえ、坊ちゃんと呼ばれてるビルトソークがいなければ、もう少し嫌がらせを受けた気がする。


ガドム「それでその爺さん、見た目はどんなだ? どんな技を使った?」

俺「ブサイクな野郎でした。しかし動きは俊敏です。そして打たれ強い。使った技は豪打の5くらいのと、大声出して金縛りにかけるやつですね」

ガドム「ならイモゾーって野郎で間違いないんだが…

 実は昨日すでに、何人か送って廃屋の状況は確かめてある。

 その時は子供の亡霊も爺の亡霊も出なかったという話だ」


ビルト「子供の弔いを昨日の午後にしている。あれで冥界に行ったのではないのかな」

ガドム「かもしれませんな」

俺「あの老人、まだほかに特技持ってました?」

ガドム「ぅん?」

俺「あ、いや」


 戦闘した時、なにか受動の技を発動失敗したようだったのが気になったのだが、この親分は俺個人を嫌ってるようなので、反応が悪い。


イルドム「あれは【空蝉】って技が使えたらしいぞ」

俺「さようで」


 どんな特技だったかな?


ガドム「そちらの話はここまでで?」

ビルト「そうだ」

ガドム「では次は、こちらからいくらか話さねばならんことがあります」

ビルト「うん。なんだい?」


 ガドムの視線が、俺・ウヒョウ・ズロイの上を流れた。


ガドム「一つは昨日の子供らの毒殺」

ビルト「うん」

ガドム「あれをやった犯人に関する証言です」

ビルト「僕らのほかにも、この子らがしたという人がいたんだね」

ガドム「ではなく、坊ちゃんの背中にいる、ズロイとウヒョウに対する告発です」


ズロイ「なんと!」ウヒョウ「俺が? どんな?」


ガドム「坊ちゃんの持ってきたこの似顔絵。そっくりでしたな。この子供たちが、そこの二人の持ってきた饅頭を食って仲間が死んだと、そう訴えておるのですよ」

ビルト「そんなバカなことはない。明らかに罠だ。幼児に憑りついた悪党たちが主張してるだけだ」

ガドム「坊ちゃんのことは信じたくはあります。しかしほかにも告発はある。ウヒョウがズロイと組んで、雇い主を殺し身ぐるみを剥いだとね。これは日頃クルベルトワと同じ迷宮に通っていた者らの証言です」


 おー、あいつらとつるんでる探索者がいるとは、ズロイが言っていたが、あの場で切りかかるんじゃなくこういう搦め手を使ったか。

 貰うだけもらって、いやな奴らだなあ。俺でもそうするけど。


ガドム「時に坊ちゃん、お腰につけておるのは、クルベルトワの持ち物ですな」

ビルト「その通りだ。盗賊を倒した以上、その持ち物を取り上げるのは問題ない。

 あー、もし元の持ち主がいるというなら、適正価格で買い戻されても構わない」


 相変わらず微妙にずれたことを言ってる。


ガドム「さよう。それが真実なら問題ない。

 されど、わしは坊ちゃんが勘当された理由を知っておりますし、後ろの三人の力量も憶えております。

 マショルカは霊格1。ズロイはただの斥候で、ウヒョウにもそこまでの力量はありません。

 クルベルトワらは財布も分厚く、霊格も高い。人数もいる。まともにやって勝てますかな?」

ビルト「ん? 真正面から斬りあいして勝ったぞ?」


 ガドム親分もちょっと興ざめした様子を見せた。


俺「どれだけ霊格高くとも、特技が発動せず倒されることはありますよ。今回はぎりぎりでした。でも勝った」

ビルト「彼が向こうの女戦士3人を引き付けてくれたんだ。それで人数で圧倒できたんだよ」


ガドム「ふむ。マショルカ、おめえは変わらず小細工して戦ってるようだな」

俺「まあ、そうすかね?」

ガドム「だがおめえにも、告発が来てる」

俺「え?」


 確かにクルベルトワたちと言い争ったが、名前をどこかで言ったかな?


ガドム「【遠見】の」


 親分が視線を【遠見】のラドバに向けた。

 俺もそっちに目を向ける。

 友達、というほどではないが、ここにいたころの知り合いで、真面目な人情家、小器用な雑用係といった人物だったはず。

 【遠見】は迷宮内ではいまいち使えないが、集落内での揉め事を見つけるには向いているので、暇な限り見張り台に張り付いてる奴である。


ラドバ「へい」


 ラドバが一礼して、俺の方を睨んだ。


ラドバ「マショルカ、おめえ昨日、子供殺したろ」

俺「はぁ!?」

ラドバ「丘の上の廃屋の方でなにか動いてると目をやれば、おめえが子供の首を折るのが見えたんだよ」


 何言ってんだこいつ? いや、そういえば


俺「あれは子供のゾンビ、亡霊だっての! 俺らが行ったときに溢れたんだよ!」

ラドバ「そのあと別の子供らを痛めつけていたな。ゾンビをわざわざ拷問するのか?」

俺「いやあれはちゃんとした理由があって」


 ヤッドを踏みつけたときか。うわ説明めんどい。


ウヒョウ「あれはこっちが助けたつもりだが」

イルドム「今はお前たちが疑われていることを自覚しろ。助けたというなら、その者たちはどこにいる?」


俺「あの場所のコアに特技をもらいに来た奴らがいて、ガキどもを囮にしたんだよ。あいつらの怪我の手当てや飯食わせたりしてやったんだぞ」

ラドバ「争った後は廃屋の向こうにいったから、それはわからない。俺は見えたことを話しただけだ」


 石のベンチ置いた奴も、スラム街なんか眺めていたくないものね。眺められたくもないし、死角に設置するわな。

 今の俺らには不都合だが。


ウヒョウ「相手の名前はヤッドとクワンだ。来年成人と言っていた。コアに触りに来たのは鍛冶屋で、戦士の知り合いがいるはずだ」

イルドム「…確認はしてやる」


 ヤバいな。あいつら二人金をもらいに行くと言っていたが、逆切れした相手に消されてないだろうか? 小銭はともかく、囮に使ったというのは評判下げるし。

 姿が消えた場合、冤罪確実か?


ラドバ「だいたいなんで4人の男女が半日もあの迷宮に用がある? 二人は街まで行ったり来たりだ」

俺「よく見てんな」

ビルト「それなりの理由がある」

ガドム「その理由とは?」

ビルト「この場にいない者に関わることはいえないな」


俺「俺の分は言えるぜ。ちょっとばかり呪いにやられちまって、それを押さえるのにミニダンジョンに行く必要があるんだ」

ガドム「なに!」イルドム「!」


 なぜだか二人が激烈に反応した。


ガドム「あの廃屋に呪いを抑える効果があるのか?」

俺「違う。あー、違います。俺の呪いがそうだってだけです。解呪の仕方が独特なの、あったりするでしょ」

ガドム「ねぇのか…?」

俺「どなたか掛かってるんで?」


 親分は無言になって、こちらから視線をビルトソークに向けた。


ガドム「もし、強度3以上の呪い外しの石があれば、買いますぞ」

ビルト「呪い外しに強度1以上はないよ。

 呪い解きなら実家にはあるかもしれないが、僕の口利きは無理だな」


イルドム「どこで呪いにかかった。どんな呪いだ」

俺「寿命が半分になるやつと、夜中にマキビシ撒かれる奴ですね」

ウヒョウ「あれは痛かった」

イルドム「糞みたいな代物だな。それはいらん」


 後半のセリフは小声だったので、斥候じゃないと聞こえなかったかもしれない。


俺「だいたいお前見てたんなら、確認しに来いよ。誰かに来させればいいだろ」

ラドバ「あの時は別件で忙しかったんだよ! みんな出払っていた。お前ら4人を押さえつけるとなれば、8人は連れて行かないとダメだからな」


ガドム「この【遠見】のラドバはワシに対して嘘をつきません。そして今のやり取りを聞いても、そちらの彼らの行動に疑いの余地あるのは分かりますな?」

ビルト「僕ら疑われているのか。しかし彼らの行ってることに嘘はないと思うぞ」

ガドム「坊ちゃんとの付き合いも長いですからな。あなたは正直でしょう。しかし、後ろの彼らとの付き合いはいつからです?」

ビルト「うーんと、4日前か。こちらの二人と出会ったのは。ズロイとは一昨日からだな」

ガドム「では何もわかりますまい」

ビルト「そんなことはない。付き合いは長さより濃さだ。戦友として信頼できる」

ガドム「では一昨日の晩から昨日の昼まで、ズロイとウヒョウはどこにいましたか?」


ズロイ「わし? 酒場で飲んでたか、寝てたよ?」

ビルト「ズロイは知らないな。ウヒョウは同室で寝てたよ。朝別れた」

俺「俺はずっと一緒です」

イルドム「お前も疑われているのを忘れるな」

ビルト「ズロイは酒場の女将とか証人いないのかい?」

ズロイ「昼頃小部屋で目を覚ましたけど、放り込まれてただけだからね」


ガドム「ラドバ?」

ラドバ「マショルカと女の一人は街との間を往復したのを見てます。ウヒョウともう一人の女はなにをしていたのか分かりません。常服の子どもらしき二人も、その後わかりません。4人が降りて行ったのは昼頃です」


 エスタはナニしてたわけだが。

 ラドバは、クワンとヤッドが降りていくのは見過ごしてやがるらしい。

 いや集落全域を見渡してるなら、見逃すのは仕方ないんだが。


ガドム「つまり午前中、坊ちゃんの目を盗んで何事かなすことはできるのです」

俺「あー、待ってください。毒殺事件の第一発見者は、同じ家で暮らしていた少女です。その子が家族の死体を見つけたのは早朝ですから、殺害されたのはそれ以前です」

イルドム「その子はどこにいるんだ?」

俺「仲間が保護してます。打ちのめされてるんで」

ガドム「その話は聞いてねぇな。

 坊ちゃんらが第一発見者ではなかったんですな」


 衛兵からの又聞きになるから、どっかで情報は変質するだろう。


ビルト「違うよ。泣いてるテルミナをズロイが保護して、そのあと僕らと合流、みんなで確かめに行ったんだ。そして衛兵に連絡した」

ガドム「ふむ」


イルドム「だがズロイ一人でなら犯行はできるな」

俺「でもその場合は、幼児二人の証言とずれるでしょう。ズロイとウヒョウの顔を見たというなら」

イルドム「夜中に二人で行動したのかもしれん」

ビルト「夜間にウヒョウが黙って外に出てということ? 人が扉を開けたらさすがに気づくぞ。僕だって戦士だ」


 言い返されてイルドムがしかめっ面になる。

 死んだ弟のベベスは激発しやすく粘着質だったので、兄もそうかもしれない。


ガドム「…ふむ。この件はその少女からも話を聞かんとなりませんな」

ビルト「そもそも僕らが子供たちを殺す理由がないだろう」


 ガドム親分はそういわれて一口茶をすすった。


ガドム「聞くところでは、坊ちゃん一行は子供を殺す殺さないで、クルベルトワのチームと喧嘩したそうですな。

 事実クルベルトワの周りでは子供の失踪、死亡が相次いでいたとか。

 そして彼らの常駐していた迷宮、イダルミ隧道は、そこまで実入りのいい場所ではありません。

 となると彼らは子供の死を銭に換える、何かの手段を持っていたのではないのか?

 後ろの彼らは、クルベルトワらの持ち物を合切頂きましたな」


 ビルトソークは言われて考え込み、なるほど合点がいった、と明るい顔になった。


ビルト「あー、つまりそうした魔道具を僕らが得た、クルベルトワのしていたことを今している、ということか。よくできてるな。しかし僕らはそんなものを拾っていないぞ」

ガドム「さよう。坊ちゃんは拾っていない。看板だ」

ビルト「言ってる意味が分からないが」

ガドム「下劣な悪党でも神輿を担ぐときは身だしなみを整えるものです。あなたは人を信じすぎる」


ズロイ「あいつらが子供を殺してたのは、囮に使ったからでしょっ。それ以外に何があるのよ!」


 ズロイ、興奮のあまりかオカマ言葉になってるぞ。


ガドム「それは生き延びる役には立つ。だが銭が増えるわけじゃなかろう」

ズロイ「ぐっ、いや怪我の回数が減るから」


ウヒョウ「子供を殺してたのは、あ」

イルドム「なんだ? 言ってみろ」

ウヒョウ「いや…、なんでもない…」

ガドム「いえんのか」

ビルト「言えない。それより彼らが信頼できる理由を言ってみよう。

 マショルカは勘当されて行き場をなくしていた僕を受け入れてくれた。これは運命の出会いになった。

 ウヒョウは無償で人を助ける者だ。2回それを見ている。

 ズロイは、これはよくわかんないけど」

ズロイ「ちょっと若様、なんか取柄あるでしょ」

ビルト「絵が巧い。たぶん悪事が許せない。そうだよな」

ズロイ「そうよ!」


ガドム「そうですか。坊ちゃんはわが目でそれを見たから信じると。

 ではその善人ぶりを、わしらの前でも見せてもらいましょうか」


 なんか嫌な方向に振ってきたな。


俺「何かをさせよう、ってんで?」

ガドム「お前らの評判が、今言った内容で悪くなってるのは理解したな?」

俺「それを広めてる奴がいるんじゃないですか?」

ガドム「だとしても、悪くなってるのは事実だ」


ビルト「しかしこの絵の子供の証言に無理があるのは分かってくれたように思ったけど?」

ガルド「坊ちゃん、この絵の子供らの言い分に多少の間違いあったとして、それで悪霊憑きと言い立てては誰も納得しませんぞ。あり得ないことではない、しかしなればこそ誰もが見てわかる証拠がなくては。

 今見えている姿は、大量殺人を生き延びた5~6歳の子供二人が犯人について証言し、その疑惑の相手から逆に『悪霊憑きだ』と決めつけられているということです。

 わしらが坊ちゃんに忖度し、家族を殺された幼子に罪を着せた、と言われるようなことはできません」


イルドム「あんたの付き人だからこっちは手を出さないが、本来ならその3人、ひっとらえて問いただすところなんだよ。

 ウヒョウやズロイが街に移るならこちらの手から離れるがな。でもそれなら、急に実入りが増えたとみんな考える」


ビルト「うーん、君ら街に移る?」


 ビルトソークよ、たぶんガドム親分らはそういうことを言ってるわけではないぞ。


ウヒョウ「噂の内容は間違いだ。である以上、金が湧いてきたりしないぞ。街宿を利用し続けるわけにはいかないんだが」

ズロイ「わしのチームはこっちに住んでるからね」


俺「殺人犯を探して、見事役所に引き渡すのが、一番親分の男を上げるんじゃないですかね?」

ビルト「そうだな、それが一番だ」


ガドム「おうマショルカ、てめぇでも信じてねぇことを口にするんじゃねぇよ。わしらがこの地を任されるうえで、一番大事なことはなんだ、言ってみろ」

俺「えー、」

ビルト「真実じゃないのか?」

ガドム「違いますな」

俺「騒ぎを起こさないこと、ですかね」


 ガドム親分はこっちをにらみつけてた目線をビルトソークに戻した。


ガドム「わしらに出来るのは捕物の真似事でしかありません。そうした技量あれば壁の中に行く。そしてここで子供が殺されようと、壁の中から検分に来る方はいない。

 そういうことです。

 揉め事を起こさないのが一番であり、起きたならさっさと取り鎮めること。これがお上がわしらに求め取ることなんです」

ビルト「真犯人を見つけるのが大事じゃないのか?」

ガドム「違いますな。捕らえた犯人で世間が納得する方が大事です。細かく説明しても、きちんと理解できるような奴はこの辺じゃまれですよ。『ああやっぱり』そういうやつが捕まったり殺されたりしたほうが、ここの連中は落ち着くんです」

ビルト「それはひどくないか?」

ガドム「お武家様がされてることも同じでしょう。どれほど道理に合うことも、看板に傷が入るなら選べません。まず外面を取り繕う、それはそれとして問題を解決する。お父様もそうされてるはずですぞ」

ビルト「しかし事件が再発するだろう?」

ガドム「しなくなることもあります。真犯人だったのかもしれないし、目的を果たしたのかもしれないですな。

 それにこの絵の二人は、今後とも見張りますよ。何かあれば始末します」


ウヒョウ「待ってくれ。その子らは悪霊に憑りつかれているだけなんだから、除霊すれば元に戻るかもしれないんだ。安易に殺してはダメだ」

イルドム「おめぇは人の心配する立場か。疑われてるんだぞ」

ウヒョウ「疑うのはそっちの勝手だ。言うべきことは言う」


俺「というより、何もなくても殺すでしょ。子供二人消えるのはよくあること。悪霊憑きの疑いあるのを野放しにしておくような親分さんじゃない」

イルドム「口が過ぎるぜ。こそつきの」


 このままだと冤罪背負って死んでくれと言われかねんからなー。

 初級のダンジョンでどうにか食ってるレベルの探索者が住むこの集落だが、親分の護衛ともなれば多少は腕が立つはず。生き延びるにはどうすべきか。


ビルト「本当かい?」

ガドム「さて? これは『こそつきのマショルカ』と言われるほど、小狡く立ち回って生き延びてましたからね。陰険な発想が慣れてるんですよ。それが役立つこともある。坊ちゃんだったら殺しませんか?」

ビルト「僕は生前の悪霊を知っているからね。この場にいれば斬る」

ウヒョウ「まず救える手段を探すべきだ」

ズロイ「それがあるかどうか知るためにも、クルベルトワの贔屓にしていた魔道具屋への、紹介状をいただきたいと来たわけなんですがねぇ…」


ガドム「ウヒョウ、お前だって神殿で生贄に子供を使うことには、反対しないじゃないか」

ウヒョウ「それは神の命ずるところだからだ。人の意志で子供を殺すのは、できる限り避けるべきだ」

ズロイ「憑依にはどうやら魔道具を使ったようでしたから、その性能がわかれば、対応の形も分かるんじゃないすかね?」

ビルト「魔道具を調べて無力そうなら捕らえて除霊だね。その前に会ったら斬る」


ガドム「まあそのへんは、調べるようなら紹介状くらいは書きましょう。城内民である商売人に、わしなんぞの書付がどの程度効目あるかは知りませんが。

 それより話がずれました。

 その者たちの扱いです」


俺「いや待ってくださいよ。この組の立場のために、冤罪で殺されるとかまっぴらですからね」

ガドム「誰もそんなことは言ってねぇよ」

俺「え? 違うの?」

ビルト「ん? そんな話はしてないぞ」


 してないと思ってるのはビルトソークだけで、ウヒョウやズロイもそんな話の流れかと考えた表情してるぞ。


ガドム「お前らだってそれを求めても、ハイハイと応じちゃくれねぇだろ。

 そんなことをしなくったって、この集落のため汗を流して見せればいいんだよ。そうすればわしらも噂を押さえやすくなる」

ズロイ「ようは仕事を手伝えということですかな。無償ですか?」

ガドム「紹介状を書いてやる。お前たちの大量殺人の噂を抑えてやる。代償としては十分だな」

俺「できますかね」

ガドム「できる」


 なにやら勝算があるらしい。


ウヒョウ「まず仕事の内容を聞いてからだ。筋が通ったことなら反対する気はないが」

ガドム「世間に恥かくようなことじゃねぇから安心しな。

 さっきラドバの話にも出たが、昨日からちょいとした厄介ごとが生まれてる」

俺「ほう」

ガドム「ズロイ」

ズロイ「はい?」

ガドム「おめえのヤサの近くだ。魔物が暴れてる」


ズロイ「あー! なんか騒がしいと思った! 酔っぱらって帰ろうとしたら」

ビルト「どんな奴だ?」

ガドム「人ほどのスライムだそうですな。核が二つある。知恵があるようで、モノノケかもしれません」



 モノノケというのは魂のある魔物で、並より知恵があり特殊能力があることが多い。また同タイプを見かけることがまれである。


イルドム「人に張り付き酸で溶かす。武器や魔法を使う。まだ死人は出ていないが、難敵だ」


俺「俺らじゃ無理では?」

ガドム「昨日も戦って傷はつけてある。肉片は残るしヘンゲなことは間違いない。弱ってるうちに叩くのだ」


 魔物は大きく2類あり、悪霊が迷宮のチカラで形を得るアヤカシと、その辺の生き物に憑りついてなるヘンゲである。

 アヤカシは倒すと消える。毒は効かない(毒魔法は効く)、回復が早い(というか一旦姿を消して再度現れると全快してる)などの特徴がある。

 ヘンゲは血肉を持っているので、そうは回復しない。

 が、


ビルト「スライム系は傷の回復が早いと聞いた。見てみないと分からないな。代わりに核を撃てばすぐ死ぬとも」

ズロイ「おお、あと火に弱いとか!」

イルドム「アホか。ここで火が使えるか」


 確かに周囲一円可燃物の家屋ばかりである。


ガドム「火を使えぬ分は手数で補う。手伝ってくれるな?」

俺「こっちの連中、これという特技あるもんがいないんですが」

ガドム「あの手合いは質より数よ。何本も槍を打ち込むうち、どれか核に当たればパンと潰れる」


 そらまールール的にも、クリティカルで死ぬタイプなんだろうけど。


俺「そういや親分さん、白兵での豪運付ける呪文持ってましたよね」

ガドム「昨日は魔物の確認する前に送り出すとき、別の付けてな、しくじったわい」


 ガドム親分は魔術師である。才能はない。

 しかし最初に拾ったのが【見えざる盾の付与】であり、これが強運だった。

 この維持系の呪文をパーティに付与すれば、それだけで仕事は終わったと言ってよかったからである。

 攻撃を通すには頼りない腕でも、味方を支援する魔術を使う分には、さほど問題ではないからだ。


 便利使いされながら銭をため、恩寵石を買い求め、支援系の特技をそろえた。たぶんいらない特技を消すことも何度かしているのだろう。

 そして今では、拠点にいながら手勢の力を高めることで、集落三巨頭の一角を占めるに至ったのである。


 ということで俺たちこき使われるというなら、支援のおねだりをする権利はあると思うのだ。


ガドム「心配せんでもちゃんと使ってやる」

イルドム「俺が指揮を執る。お前らは黙ってついてこい」


 次男坊がいくなら、パーティごとの防御呪文はちゃんとかけてくれそうだな。


ビルト「それの退治はいつ行くんだ?」

ガドム「いや、坊ちゃんはこちらでお休みください。疑い晴らさにゃならんのは、後ろの三人です」


 立ち上がるビルトソークを慌てて押しとどめている。


ビルト「それはできない。彼らとは対等な仲間であり戦友なんだ。一緒に戦うのが当り前さ」

ガドム「そうなりますと、かえって連れて行くわけにはまいりませんな。いや残念、せっかく悪い噂を打ち消すチャンスなんですが」


 言いながら親分、こっちに目をやり促す。

 うーん、ビルトソークがいるといないじゃそこそこ違うんだがな。


ズロイ「まあまあ若君、ここはわしらに任せてください。さもないと親分の立場もありますから」


 こっちがためらってる間に、ズロイの方が抑え役に回ってた。


ビルト「僕も今では一介の探索者だ」

ズロイ「それでも、ここはどうかひとつ」


 この後もしばらくごねたが、どうにか抑え込む。

 この集落に巣のあるズロイとしては、親分に睨まれるのが困るのである。


 そこに若い衆がひとり、やってきてイルドムに耳打ちした。

 彼はガドムを見る。


イルドム「人手が集まったようです。さっそく出かけたいと思います」

ガドム「おう。

 では坊ちゃん、すぐ戻りますんで、しばしこちらでお待ちください。のちほど昔話でもいたしましょう」


 ガドムがビルトソークに告げるその間に、イルドムが俺たち三人に顎で合図し、付いてくるよう促した。



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