64
なんとか泥酔する前に二人の呑み助を店から引っ剥がし、宿へと戻った。
すでに夕刻。天頂不動の太陽も、その赤い色を衰えさせつつある。
玄関を入り受付に挨拶した時、奥の壁に似顔絵を描いたテラの葉が張り付けてあるのに気が付いた。
ズロイの描いたものだ。ちゃんと貼ってくれたようだ。
そして女子部屋の前にくる。扉を開けた。
ジーネ「ただいまー」
チリリ「なぁに? エスタ酔いつぶれてる?」
俺「飲み足りないから足が動かんとかいうんで担いできた」
エスタ「うぅ、日々の活力…」
拗ねているのである。
それより部屋にはチリリのほかに、ビルトソークやズロイのおっさん、テルミナまでいた。
みな表情が暗く、硬い。
テルミナなんて涙ボロボロで、ズロイが背中撫ぜてるし。
ジーネ「何があったの?」
ビルト「テルミナの家族が、皆殺しにされた」
ジーネ「えっ、…子供たちの集まりのことだよね」
チリリ「うん…」
20人ほどが城外民集落の一角で助け合っていたはずである。
エスタ「ちょっと、降ろして」さすがに素に戻る。
俺「おう。
手口は?」
ビルト「毒殺だ」
ジーネ「もしかして?」
俺「ペリヨンは…」
ビルト「死んでた。これも同じ毒だ」
気づいて確かめてくれていたか。
エスタ「細かい経緯を話してくれないか」
チリリらの目線がズロイのおっさん集まった。
ズロイ「わし、昼くらいまで博打場の宿で寝てて、いつもの宿に戻ったのよ。
そしたらその辺で魔物が出たとかで騒ぎになってて、収まるまで寝る場所求めてパーティメンバーのとこ行こうと考えたんだわ」
このおっさん、同じパーティメンバー探す特技を持ってる。
ただしいま探せるのは日頃付き合いのある連中ではなく、俺たちになるが。
ズロイ「一番近くにいたのがテルミナで、逢ったら泣いてた。みんなが毒入り饅頭食べて死んじゃったってさぁ」
チリリ「それで二人で、私たちのところに来たの」
ズロイ「廃屋にも光はあったんだけどよ、そっちいくのはなあ」
その時を思い出したか、おっさんまで泣き出してしまったので、彼女が話を引き継いだ。
チリリ「あなたたちと合流しようかと最初は思ったのだけど、先にペリヨンという子の生死を確かめた方がいいんじゃないかってなって」
ビルト「そうだな。
行ったら死んでいた。食いかけの饅頭があり、家探しのあとがあった」
ジーネ「たまたまテルミナの家族が狙われたわけじゃないね」
一方だけなら他者の犯行もあるが、城外の孤児たちと城内暮らしのペリヨン、偶然同時はあり得ないと思われる。
あの二人によるものだろう。
ビルト「衛兵たちに通報したので、そちらの取り調べで時間を取られた。
しかし悪霊憑きとなった子供について説明し、ズロイが似顔絵を描いて渡したので、対応はしてくれるはずだ」
チリリ「してくれたらいいんだけど…」
ウヒョウ「城内犯罪とはいえ、被害者は借家人だからな」
この城塞都市の身分制度は、
領主一族・家臣団・土地持ち市民、ここまでが正規の住人で、
借家人(コネが必要)・城内宿住まい(俺たち)・城外民は、部外者である。
部外者の命は軽い。
チリリ「こちらの出せる悪霊憑きの証拠も、言葉使いがヘンとか、その程度なのよね。
こうした告発はそれなりあるらしくて、あまり取り上げたくないらしいわ」
確かに一歩間違えれば、前世の魔女狩りになりかねない。
それでも悪霊が実在するので対処は必要だが、グレーな案件では慎重な判断が求められる。神官の暴走は俺の村でもあったし。
ジーネ「おっちゃんは何枚似顔絵描いたの?」
ズロイ「8枚描いたよ」
エスタ「じゃあ一応でも探す気はありそうだな」
ビルト「城内見回りは現状8組16人だから、数は合う」
俺「城外までは見てくれるだろうか」
ウヒョウ「親分さんにいうだけじゃないのか?」
城外民は2000人ほどいるのだが、それには一種の自治が許されている。
というか実力者に仕切りを任せることで、管理の手間をケチっている。
その親分さんが三人いて、互いに突出できないようバランスを取らされている。
俺「似顔絵8枚見回り8組ということは、親分さんの分がないな。
テルミナの住んでるところはどの組の仕切りだ?」
ズロイ「ガドムの親方だなあ」
俺「そうか…」
ジーネ「あれ? どっかで聞いたことあるよね」
エスタ「いやあいつだよ。あたしらが城外から出た理由」
ビルト「僕の家で仕事を頼んだことが何度かある。顔は知ってる」
テルミナ「親方は子供が死んだって動いてなんかくれないよっ」
涙をぬぐって少女が声を発する。
テルミナ「私が昨日のうちに帰って、みんなにあの子たちのこと言えばよかったんだ。そうすればみんな死なないで済んだのに…」
ビルト「そうではない。殺した者が悪いんだ。履き違えてはいけない。気落ちするより悪人を裁くことを考えよう」
テルミナの言うように、もし先んじて彼らの家に戻り孤児たちが情報共有したなら、助かるものも出たかもしれない。
しかし、テルミナ含めて皆殺しにしていたかもしれない。
実のところ彼女を引き留め長く飯を食わせ、酒を飲ませて宿に連れ帰ったのは、そうさせないためである。
ズロイが合流するまで、幼児二人の顔を確実・明確に覚えているのはテルミナだけだったから。
ジーネ「ねぇ、その亡くなった子供たちってたぶん…」
エスタ「うーん、あとにしよう。会いに行かれたら困る」
二人がこそこそやり取りしている。
そういえば最初に見た子供ゾンビには、俺たちに襲い掛かるより集落に向かうのを優先にしてたのがいたな。
思いが残るからこそ悪霊になるのであり、あの子供が何かをテルミナに伝えようとしたから、ということもあり得んことはない。
テルミナじゃなく、自分を殺した幼児二人を嚙み殺すつもりだったのかもしれんが。
ビルト「そういえば君らの行ったダンジョンが近くにあるな。迷って出なかったか?」
俺「いや… 普通に痩せオークだったぞ。あと老人犯罪者」
余計なこと言うなや。
さっきズロイも口を濁したのに。
テルミナ「お別れでいいから来てくれたらなあ」
チリリ「死んでしまったら、なるべくまっすぐ神様のもとに行くのがいいの。神様たちに許されたら、あちらの世界でいつまでも暮らしていけるのよ。テルミナは長生きしていろんなお土産話を携えて、ゆっくり逢いに行きなさい」
テルミナは手に握った結ばれた髪の束を見つめ、ぼんやりと沈黙した。
切り取った遺髪だろう。
神殿で弔いがなされたなら、先ほど見た子供ゾンビのいくらかは、消え去ったのではないだろうか。
なおウヒョウはいったん席を離れ、井戸に向かって魂について講義して戻ってきた。戒律的にギリギリである。
俺「話を戻すが、親分さんが個々の子供たちの生死に関心ないとはいえ、20人からの子供が殺されたとなると、さすがに騒ぎになる。上に聞こえれば治安維持の能力なしとみなされるし、並び立つ二つの親分さんから何かと揶揄されるネタになる。
したがい全く動かないということはないと思う。
ならばズロイのおっさんの似顔絵を渡しておけば、活かしてくれるのではないかな」
聞いたおっさんはちょっと考え、
ズロイ「ガドム親分にその話もっていけば、魔道具屋への紹介状ももらえんかな?」
俺「あったほうがいいか?」
ズロイ「最初はこちらの若様が」とビルトソークに目線を飛ばし「いいところの縁者かと思ったんだが、勘当されてるそうじゃないか。根無し草では交渉が難しいだろう」
俺「代価を払ってもだめかな」
ズロイ「ぼられるぞ」
エスタ「勘当されたからと言ってもコケにすれば、実家が黙ってないんじゃないの?」
ズロイ「コケにすればな。取引を断ったり、値を吊り上げるのは文句いえねぇぞ」
ビルト「じゃあそれも含めて、明日ガドムのところに出かけようじゃないか」
ズロイ「にしてもさっき、そちらのお嬢さんたちが、親分とあまり関係よくないように言ってたようだが…?」
床に胡坐かくズロイに、テルミナが寄り掛かって家族の遺髪を眺めているのだが、なんだか眠そうでもある。夕刻は燈明のない家庭にとってはもう寝る時間だ。
その背中をズロイが撫ぜている。
チリリ「親分さんとはみかじめ料でちょっと揉めちゃって」
エスタ「それと末息子がなあ。ただでやらせろって五月蝿くて」
城外民集落の治安維持しているのは親分さんたちだが、住民も応分の資金提供を求められる。取れるところからとる、で毟るので春を売る商売に負担がかかりやすい。
それではスラム脱出の資金もたまらないので、こじれることもよくある。
俺「ならこっちにいた方がいいか」
ズロイ「末息子なら問題ないぞ。死んだからな」
俺「あー、ベベスな。死んだわ」
エスタ「え? 死んだの? いつ?」
ズロイ「10月ころかな…」
ジーネ「じゃあ行っても平気かな?」
俺「いや… むしろダメだろう。ベベスは英雄として死んだぞ。親分も深く衝撃受けてた」
チリリ「彼が? それは想像しにくいわね…」
ウヒョウ「あー、思い出した。集落にはぐれヘンゲが迫ったとき、親分の息子が一党率いて立ち向かい、相打ちながら倒したとかで評判になったことある」
ビルト「ほぅ、そんなことが」
ズロイ「そういえばそうだな。英雄だった。それ以外の評判が悪いんで忘れておったわ」
俺「手勢8人で時間を稼ぎ、親分たちが人数集めるのを待つ手はずだったんだが、一人が咥えられると助けるために率先して突っ込んだんだ。
生き延びたのは3人で、ヘンゲは討ち取った。
親分さんは末息子の死を嘆くことしきりで、だけどその勲しは組の格を高くした。組内じゃよく思い出話になって、ずいぶん立派な人物となってるよ」
ウヒョウ「詳しいな」
俺「生き延びた一人が俺なんだ」
裏話はいろいろあるのだが、この場で言えることはない。
エスタ「そうなんだ。知り合いの悪口言ってごめんな」
俺「別に構わん。人として欠陥だらけだったのは事実だし」
ビルト「だがその息子と不仲になった人間は連れて行かない方がいいな」
俺「最後に一花咲かせたせいで、親分にとってはとんでもなく美化されたからな」
ジーネ「うーん? ならなんでマショルカはこっち来たの? 親分の下で出世できそう」
俺「なんというか、ベベスの英雄譚の証言者であると同時に、『なんで代わりに死ななかったんだ』、と睨まれる立場でもあるんだよ。語り手として求められるとともに、いづらい環境にもなった」
ビルト「なるほど。英雄の影の部分を思い出させる人選はよくないな。3人にはこちらに残ってもらおう」
チリリ「テルミナもこちらで預かるわ」
エスタ「マショルカも残るべきじゃね。逃げた口だろ」言いながらあくびする「ごめん、酒飲んでるから眠たくなった」
俺「それはそうだが、こっちはじかに世話にもなってるからな。ここで顔出さないとそれはそれでまずい」
俺は城外民集落の親分配下から勝手に抜けているわけだが、この行動だけなら問題ない。
というのは領主府の指導がそうだからで、自立できる奴が城内に移るのを邪魔できないことになっているのである。
さもないと城外民集落のボスたちが力をつけすぎるからだ。
小さな集落に親分が3人もいるのもその指導によるもので、一人に権力が集中するのは許されていないのである。
うっすらと義理を欠いてはいるので、会えば嫌味くらいは言われるだろうが。
ウヒョウ「ばらけて問題ないか? 戦力は集中させた方がいいかもしれん」
ビルト「しかし今のところ、あちらは毒を使うばかりで特技を使ってはいない。持っていないのではないか?」
ウヒョウ「それはそうだが…」
俺「特技は発動するかわからんし、範囲攻撃でも全員を巻き込めるとは限らない。毒で騙し討ちのが確実だったって考えもあり得る」
ウヒョウ「そういうことだ。まだ相手が特技を保持できたのかはわからない」
ビルト「そうか… 持っていると考えて対応すべきか」
俺「まったく持っていないとしたら、俺なら逃げ出している。あるいは憑依したことを隠してこれまで通り暮らす。特技か、それを補う魔道具は持っている公算が高いと思う」
ズロイ「連中そこまで知恵者でもないぞ。理屈より怒りで動き、ヘマも結構してたもんだ」
ビルト「口は達者だったが」
ウヒョウ「あれは論点をずらしていただけだ」
俺「とはいえガドム親分に会いにいくなら男性陣だけで行こう。全員で行き途中で女性陣が分かれて待つという考えもあるが、そしたら女性陣が襲撃受けるかもしれん」
ウヒョウ「それもそうか。了承した」
皆もうなずいた。
チリリ「では明日に備えてもう休む? 君は私たちと一緒に寝ましょうね」
そういってチリリが、いつの間にかズロイの太ももを枕に眠っていた少女テルミナを抱き上げる。
テルミナ「かぁ様…」
つぶやくのを、チリリは優しく微笑んで胸に寄せた。
いや泣きそうな笑顔だ。つられてこっちも辛くなる。
俺「エスタはこのあと欲してる?」
エスタ「さすがに知り合いの知り合いが亡くなったばかりじゃな。気が失せる。
弔いは済んでるんだよな? 済んでるならいくらかは成仏…」
言いかけて止めている。
ビルト「遺髪だけは慰霊してある。遺体はそのままだ。検分があるかもしれないからな」
ジーネ「知り合いが祈ってくれた方が、効果あるんだよね」
ズロイ「集落に検分なんぞこんよ。きたら驚きだわ。親分がたの手下なら見には来るが、調べる才能あるのはおらんだろ」
俺「あったら城内に移るだろうしな」
ビルト「建前としては来ることになっているはずだ。 …余力があれば」
建前だけなら迷宮内だって王法・領法が適用されるのである。実際には都市内や主要街道沿いくらいしか対象にならんけど。
あとは郷法・家法・無法の世界である。
ウヒョウ「ともあれ今日は休むとしよう。ズロイ氏はどうするんだ?」
ズロイ「わしも今日はここに泊まるよ。まずここに入るときに銭取られてるんだわ。しかも定宿のほうじゃ、何か騒ぎが起きててなあ」
そして俺たちは男女の部屋に分かれ、翌日に備えその日は就眠した。
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