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ときどき口笛を吹いたり腕をさすったりしつつ、ジーネと草を掻き分けながら丘を下っていく。
しばらくして彼女が、つくづく賛美の情こもった一言をもらした。
ジーネ「あーあ、ヤッド君は可愛かったねぇ」
俺「ジーネも相手して欲しかったか?」
ジーネ「ううん。あたいは婚約者いるからね。ただイケメン鑑賞は好きなの」
出会った時にも夜の稼業を辞めたと言ってただけあって、好きな相手がいるらしい。
俺「そういえば彼氏を紹介してもらってないな」
ジーネ「別のチームに属しているからね。【鉄壁】エイトック、って知ってる?」
俺「いや、聞いたことないな」
ジーネ「朝夕に組合行ってれば、会えるんだけど」
俺「あー、すまん、俺がウデンタ回避してるせいか」
ジーネ「うちらみんな絡まれてるんだから、それは気にしない約束だよ」
俺「人数増えたし、あと2回くらい全員成長すれば対等に交渉できそうだ」
ジーネ「全員と言っても、チリリとエスタはもう…
ビルトソークやウヒョウは巻き込まれたくないっていうかもしれないでしょ?」
その辺で草むらを抜けて、土の道に出た。
城外民が城塞都市内で仕事をするとき往来するものだ。
俺「そういえばこの棒があったな…」
俺は懐から、ペリヨンから取り上げた棒を取り出し、口ごもる。
ジーネ「そういえばって? それなに?」
俺「昨日寄った家にあったもの。クルベルトワやサビョンデイルの悪用していたもの」
ジーネ「悪用?」
俺「ん-、あそうだ」
何を悩んでいたかというと、一つには、これを使えばチリリとエスタの霊格不足を補えるな、ということだ。
俺は手間はかかるが自力で霊格を増やせる。
それを譲ればいいのである。
しかし、なぜそれをできるのか? という説明が思いつかないでいた。
ジーネ「なんか考えてるんだね?」
俺「まず先に説明すると、これは霊格を譲るための魔道具なんだ」
ジーネ「え? 怖い。凄い?」
俺は歩き出し、ジーネも付いてきた。
俺「凄いも怖いもある。
こちらを持って念じると、そっちの端を持つものに、未使用分の枠が移る。
ある限り全部・一枠・その間のランダム、いづれかで移せる」
ジーネ「でも自分の持つ枠を譲るなんて…
おじいちゃんおばあちゃんが孫にあげるとか? あるのかな」
俺「ありそうだな。枠が残っていれば。
生涯の最期に、魔道具との結縁を切れば余裕の出る人もいそうだ。
ただしクルベルトワらのしていたのはもうチョイえぐい。
子供たちに昼飯と交換に、その霊格全部を譲らせたようだ」
ジーネ「ええ?! ひどい! でもなんでそんなことわかるの?」
俺「テルミナから話を聞いた。あの子の霊格はゼロだ。彼女以外にも同様の誘い方をしていたようだ」
最初はゲームの初期のころのルールで霊格ゼロなのかと思ったが、この魔道具がある以上、そうではない可能性が高いだろう。
ジーネ「わああ… テルミナどうなっちゃうの?」
俺「まあ俺みたく1の奴もいるし」
ジーネ「1と0と凄く違わない? 天職もらえない」
俺「何とかできないこともないと思う。成人まで時間あるし」
ジーネ「なにかあるの?」
俺「ソロでしてたぶん、変な知識は仕入れられるものなんだ」
ジーネ「それならいいけど。
そういえばその棒の事みんなの前で言ってないよね?」
俺「それなんだよなあ…
今言ったような機能があるから、高額で売れそうなわけだが、悪用もできる。新規に入ったメンバーや酒飲みおじさんの前で言って大丈夫かという…」
ジーネ「そうだねぇ… そうかな? やっぱり駄目だよ! おじさんはともかく、ビルトソークとウヒョウはもう仲間でしょ。信じないと、信じてくれないよ」
俺「うーん、そうか?」
連中いいやつっぽいが、ビルトは武家の論理で動くようだし、ウヒョウは信心深そうで、信心深いやつは前世日本人としては信じきれんのだよな。ゆるふわ信仰くらいじゃないと。
ジーネ「伝わるよ?」
俺「そうかもしれんが」
ジーネ「子供を助けるために二人とも動いたでしょ」
俺「そうだな」
しかしビルトは、憑りつかれた幼児を殺すのにはためらいなさそうだったが。
それは俺もか。
俺「しかし売るその前に、チリリやエスタの霊格を増やすのに使えそうで」
ジーネ「あ! そうだね。あたいが二人に分ければいいんだ」
俺「え?」
その発想はなかった。
俺が自分で増やした分をちまちま譲る気だったのだ。
ただその言い訳に悩んだだけなのである。
俺「あー… あ、でもそのアイデアはいいな」
俺が霊格を成長させてから譲っていくと、日数がかかる。
その間にチリリとエスタが死んでいるかもしれない。
空きのあるジーネがごっそり移した方が早い。
ジーネ「でしょ! だよね」
俺「二人の霊格が二けたになれば、生き延びるチャンスは激増すると思う。
でもジーネはいいのか?」
ジーネ「だって、二人がいなかったらあたい死んでたもの。
チリリは、あたいたちが稼げなくても奢ってくれたの」
まあ3人のうちでは万人受けするのはチリリだろうしな。
ジーネはクール系美青年に見えるポンコツ。好きな人には好かれるだろうが、需要は少ない気がする。
ジーネ「エスタからは、えっと、元気貰ったし」
あれは厄介ごとに巻き込む方。
俺「本人が納得ならいいや。ただ俺のいないときにはやらないでくれ。魔道具の発動率が低いんだ。鑑定しながらじゃないと、まずしくじる」
ジーネ「マショルカが持ってるんだから、いないと使えないって」
俺「そうだけどさ」
町の門がそろそろ見えてきた。
俺「後の問題は、移す量か。全部は論外として、1点ずつ移すと早く魔道具が劣化する。ランダムだと渡しすぎることが」
ジーネ「ん-、職業追加していけば、空きの枠ってすぐなくなるんでしょ。
残り7~8点になってから全部移すのは?」
俺「おう、それは確実だな。
今ジーネの持ってる呪文が5つで、職業二つ。今日中に職業八つにすれば、使用枠41だわ。6点移せる。チリリを平均戦士にできる」
ジーネ「その場で一つ職業辞めたら、エスタも増やせるね」
俺「そうだな。職業八つ目を削ると8点の空きになるが…
アイテムと結縁して調節できるか。二人とも同点にしたほうがいいと思うし」
ジーネ「そうだね」
俺「ただしこれは最良の場合な。たぶん半分は失敗するから。ただ霊格が失われる」
ジーネ「余裕あるからいいよ。二人が生きてるのが大事」
しばらく黙ってぽつりと言った。
ジーネ「それならマショルカも出て行かないでしょ?」
俺「ん?」
ちょっとどきりとした。うまくごまかせたと思う。
ジーネ「チリリが言ってたの。距離を置かれてる。たぶん去るつもりだろうけど、恨んだらダメだよ、って」
俺「そういうのは本人に言ったらダメだろ」
ジーネ「言わないでいたら、父ちゃん死んじゃったもの。だから言うの。大事なことは」
チリリとエスタは既に成長限界に達し、それでも脆弱だ。
今日生きているのは偶然でしかない。
たとえ初級ダンジョンとはいえ、探索をしていくうちには、その日がやってくる。
いわば3~4枚のコインを投げて、すべてが裏向けば終わりというようなものだ。
その日に悲しみたくない。遠くでその噂を聞くにとどめたい。
その心情が俺にはある。
よき知り合いが死ぬのをそばで知るのは、つらいのだ。
しかしコインが10枚に増えたなら、しかも俺がコインのタイプを選べるのだから、そう簡単には死ななくなる。
彼女たちの死を遠ざけるため、もうちょい一緒にいるのは悪いことではないように思えた。
俺「まあ当面その気はないさ」
ジーネ「よかった。一緒に生きようよ。仲良しは大事だよ」
俺「そういうことなら、さっさと職を加えて、二人に空き枠を譲ろうぜ」
ジーネ「うん!」
半分は取り繕うだけで言った俺の「その気はない」だが、素直に出た様子の「一緒に生きよう」には縛られるものがある。
天然にしてあざとい。気をつけねば。
そんなこんなで俺たちは、街の門まで急ぎ足になった。
◇ ◇ ◇