表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/73

55

俺「さてあらためて『廃屋』に入ろうと思うわけだが、ウヒョウはたとえゾンビでも子供は殺せないのか」

ウヒョウ「いや、それはない。

 …さっきはとっさに躊躇ったんだ。いると分かれば大丈夫だ」


エスタ「悪霊はなり立ての方が、輪廻に戻りやすいんだろ。倒してやるのが功徳だと聞いたぞ」

ウヒョウ「神官はそういってる。俺もそう信じる」

ジーネ「功徳かぁ。あの子ら殴って、天界に行きやすくなるのも不思議だね」

ウヒョウ「…それはわからんが… 魂というものは…」

俺「子供が嫌なら大人のゾンビとか、オークを優先で倒してくれたらいい。大人には戦士が混じってることあるから、その時はちょっと手ごわいだろうけど」

ウヒョウ「そのほうが気兼ねはないな」


 『廃屋』ダンジョンの入り口に戻り、再び扉を押し開ける。

 開けたのはウヒョウだ。

 覚悟を決めたようだ。


 内部は、外見の廃屋っぽさに合わせて、板敷き板壁のがらりと空いた空間である。

 住居というより、倉庫とか道場と言いたくなる空っぽな広さだ。

 窓はないけど破れた屋根から陽が落ちてる。


エスタ「よし、ジーネはあそこに。他はその前でジーネを守るんだ」


 この指示に従い、ジーネを角に置き、その前に俺とエスタ、ウヒョウが移動した。壁を背に中央をにらむ。


 ほどなく霧が巻いて6体の魔物が現れた。

 全部が子供ゾンビだった。


 戦闘経過はいいだろう。蹂躙と虐殺にすぎない。


   ◇ ◇ ◇


エスタ「しっかりしろい、子供の魂が迷宮に深く捕らわれる前に、救うには必要なことだぞ」

ウヒョウ「大丈夫、まだ迷いがあるだけだ…」


 エスタがウヒョウに気合を入れてる間に、俺とジーネが離れて喋っていた。


ジーネ「さっきの子供たち、その前の子供たちと同じ顔ぶれじゃなかったよね」

俺「一人は重なってたと思う。まあ別グループだな」

ジーネ「それだけ子供が死んでるということなのかな。悲しいね。ここに呼ばれるほどの罪なのかな」

俺「どうかな。流民だとかっぱらいくらいはしてそうだが」


 実際には、悪霊となる理由なんて割とその場の都合だったので、悪いことをした罪の償いとも限らないと思う。

 たまたまダンジョンのそばで死んだから。

 そんなのも結構あるだろう。


エスタ「お前らなんでちょっと離れてるんだよ」


 エスタがやってきた。


俺「戦列並べて思った」

エスタ「うん」

俺「おしっこくさい」


エスタ「何言ってるんだ! 匂いと記憶は連動してるんだよ! これを嗅ぐとヤッドの顔が鮮烈に思い出されるんだっ。あの熱い眼差しとか! 負けない勇気とか!」


 奴のは実力をわかってない無謀だと思うんだが。


ジーネ「手当に使われるのは嘘じゃないしね。それに奇麗な子だったし。うん、悪いイベントではなかった」


俺「お前らたまにはクワンのことも思い出してやれよ」

エスタ「いい奴だよ」

ジーネ「いい子と思うよ」


 礼儀正しく無害っぽい。そうなるよな。


俺「まあいいか。ヤッドも嫌そうにしていたわけではないし。というかエスタはお礼としてヤッドに『抱いてけ』というかと思ったよ」

エスタ「思ったよ。でもうちの神殿の戒律がなあ」

ジーネ「『未成年者との性交禁止』『世界の根源は地水火風の四大元素であると公言する』の二つだもんね、うちの村」


ウヒョウ「小水を浴びるのも何かの戒律かと思った」


 ウヒョウが入ってきた。


俺「四大元素うんぬんなんてしてたっけ?」

ジーネ「議論にならない限り言わないよ。神官様は毎日やるけど」

エスタ「未成年とだって、相手がしてくるのはOKなんだよなあ。あの二人が無理やりしてくれてたら」

ウヒョウ「いやだめだと思うが。禁止なら例外はない」

エスタ「そこは、未成年側は禁止されてないから…」

ウヒョウ「神官はそれで停職するだろう」


俺「戒律って、神官が守ればいいことであって、一般信徒は関係ないぞ」

エスタ「そうなんだけどさ。ずっと神官の教え聞いてるからな」

ジーネ「気にはしちゃうよね」

俺「破って職務停止になるのは神官だけだ。贖罪を求めて得られるのも神官だけだろ」


ウヒョウ「それはその通りだ。だけれども俺は守る。贖罪の機会を与えられないならなおさらにも」


 やべーなガチ勢だ。俺だけが異端者で空気悪くなってきたし。


俺「そういえば各人の戒律は聞いておいた方がいいか。何かのおりに齟齬が出る前に」

ジーネ「うちらはチリリも含め同じ村、同じ神殿だよ」

エスタ「そういうマショルカんとこは?」


俺「俺のところは『性交禁止』『外だし禁止』『嘘をつかない』『魚食禁止』」


 『外だし禁止』の元ネタは聖書にある、オナンの罪である。

 戒律の元ネタは実在や創作の宗教から結構とってる。

 そのうちからダイスを振って3つくらい、各神殿ごとに選ぶのである。

 うちの神殿は4つだが、『振りなおしてさらに二つ選ぶ』が出たようだ。


ウヒョウ「結構あるな」

エスタ「…あれ? 『性交禁止』はよくあるけど、『外だし禁止』と重なるときつくないか? 若い男どうすんだよ」

俺「だから俺の村には、女神官と、よそから来た高齢男性神官しかいなかったよ。村人にはさすがに『性交禁止』要求せんかったな」

ジーネ「どこでもそういうのは神官にしか求められないものねぇ。村が全滅しちゃう。だからかマショルカが戒律軽視するのは」

俺「一部を人間の都合で解除するのは変だろ。なら全部解除すべきだ」


 別にそんな考えもないが、とりあえず乗っとく。


エスタ「あれ? アンタあたしに手を出さないのは?」

俺「おおそういえば恩師の教えは守らないと」

エスタ「ぜってー嘘だわ! 『外だし禁止』を守れよ!」

俺「まーまー。

 それでウヒョウは?」


ウヒョウ「『子供を守る』『魂は選ばれた者のみにあると公言せよ』『嘘をつかない』『結婚相手以外との性交禁止』『飲酒禁止』『神殿に詣でるごと、所持金の1割を献金』」

ほか3人「「「多いな!」」」


ジーネ「一カ所でそんなに戒律つくことある?」

ウヒョウ「一カ所ではないからな。恩恵を受けた神殿すべての戒律を守っている」

俺「並の神官だって、そんなことせんぞ」

ウヒョウ「それはそうだ。神官が身を捧げていない神殿の戒律を守るのはむしろ不義だろう。しかし探索者をしていると、あちこちの神殿で恩恵を求めることになった。いちいち地元に戻るわけにはいかない」

エスタ「禁止事項が重なったりはしないんだ?」

ウヒョウ「重なってるぞ。いろいろある戒律を整理するとこうなるんだ」

俺「ああ、そういえば『子供を守る』があるから、子供ゾンビでも手を出しにくいんか」

ウヒョウ「いや、」


 ウヒョウはどう答えようかと迷うように天井を見上げた。


ウヒョウ「守れる戒律を選んで、それから恩恵受ける神殿を選んだんだ。

 『初子を贄とせよ』『獣人を贄とせよ』といった戒律ある神殿を否定するわけではないが、好んでそれをなしたいとは思わないから」

エスタ「子供を守るのも、まず自分がそうしたいからなんだな」

ウヒョウ「俺はいつも迷ってばかりなんだ。だからやるべき時に躊躇わないよう、戒律で心を型に嵌めておくんだ」


ジーネ「うーむ、参考になるかも。

 マショルカも人としてやってはいけないことをしそうになったら、禁止してる神殿に詣でるのもいいかもよ」

俺「すでに助かってるぞ。うちの神殿は嘘を禁じてる、といえば信頼されるから」

ジーネ「だめだこりゃ」


 そうした神殿だから、俺が子供のころ嘘をついているとみなされると、目をつけられたわけだが。


俺「OK。じゃ以後配慮はするわ。戦闘に関係しそうなのは『子供を守る』くらいか。『嘘をつかない』は黙ってならいられるよな。ほかのメンバーが交渉してるときは口を閉じてくれ」

ウヒョウ「それは、わかった」


 そういえば、といったふうに、ジーネが俺の方を向いた。


ジーネ「それにしてもさー、エスタが他の男と仲良くして、妬かないの?」

俺「何この場で突然? あれ魔術の実験に協力してもらってる感じだからなあ。顔見ながらしてるわけじゃない、ってのもある」

エスタ「なになに? 聞こえたぞ」


 エスタが割り込んできた。


エスタ「どうしても、ってんなら考えるよ。

 でもまだこいつと抜き差しならぬ関係にはなってないぞ。だって抜き差ししてくんない」


 こいつとは俺のことである。


ジーネ「エスタにとってはどうなの? このひと」

エスタ「『かかってこいや』してるのに手を出さないヘタレ。まあいいけどさ。それにこいつも今言ったけど、顔が見えないから、ポルターガイストに痴漢されてる感じでさ。こいつはそのマネージャーのような」


俺「というわけでエスタの邪魔をする気はない。日照りっぽいし」

エスタ「ちょっとねー、最近色々あって。

 致命的に匂いが恋しい。体温が欲しい。抱きしめられたい。でもマショルカのも大好きだよ。今後ともお願いします」

俺「まあいいけど」

エスタ「このあとすぐもお願いします」

俺・ジーネ「は?」

エスタ「マッサージの間に別のこともされてるって妄想したいじゃんっ」

ジーネ「それ絶対あいつら誘われちゃうでしょっ」

エスタ「誘ってないですよ。結果として何が起きても文句はないですけど」

俺「あとで種明かししたら、あいつら怒りそうだな」

エスタ「いいねー。ばれるの。呆れられたい。罵られたい。下克上大好き」


 下克上、するのが好きってキャラはいるが、されるの大好きは初めてだよ。



ウヒョウ「さっきから何の話だ?」

ジーネ「うーん、とね」

俺「エスタがマッサージを受ける間、ウヒョウはどうする? 俺たちは出かけるんだが」

ウヒョウ「ん? なんなら俺一人で子供の霊を冥界送りしていてもいいが」

俺「痩せ枯れたオークでも、数出たら危ないからよせよ。いやマジで」

ウヒョウ「オークが出るようなら、子供たちは成仏したということで結構なんだが」


エスタ「途中でエッチ始めるかもしれないけど、そしたら参加してもいいぜ」

ウヒョウ「…そうはならんだろ。あの二人が? 戒律は?」

ジーネ「何事も可能性はあるということで」


俺「信徒がどこまで戒律守るかは、本人の勝手だよ。他人が口出すことではない。何なら神官が守るかどうかも、その神官の勝手だ」


ウヒョウ「まあ、そうだな…

 次の間で子供だけなら、ひとり周回しよう。そうでないなら日向ぼっこでもしてるさ」


エスタ「さっきも言ったが、したきゃしていいぜ」

ウヒョウ「さっきも言ったが、戒律で無理だ」

エスタ「子づくり以外はOKだろ?」

ウヒョウ「止まるべきところで止まれるかわからん」

俺「一度結婚して、ことのあとで離婚する手もあるが」

ウヒョウ「それはズルだ」

ジーネ「ルールを守りながらうまく回避する神官も多いし、失職しないよ」

ウヒョウ「することもある。いやそれはどうでもいいんだ。誓っておきながら抜け穴を探すべきじゃない」


 ここでウヒョウはいったんため息をついた。


ウヒョウ「自分の戒律について譲る気はないが、他人のありように介入する気もない。違法や迷惑行為でない限り、気にせずやってくれ」

俺「できれば周囲の警戒してくれ。マッサージなんて無警戒状態になるだろうから」

ウヒョウ「どうせ一人休みしてもすることだから問題ないな。最初に子供たちの悪霊に接して無様をみせたこともある。引き受けよう」

ジーネ「それは気にしなくていいよ」


俺「とりあえず… 次の部屋行くか…」

エスタ「マショルカ、最優先で魔術の掛けなおし。いなかったらもう一周な」

俺「敵の様子に寄るって」

ウヒョウ「子供が出たら長引かせる気はない。次は子供を一撃で見送るを心掛けたい」

ジーネ「早く天に返したいもんね」


   ◇ ◇ ◇



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ