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俺「さてあらためて『廃屋』に入ろうと思うわけだが、ウヒョウはたとえゾンビでも子供は殺せないのか」
ウヒョウ「いや、それはない。
…さっきはとっさに躊躇ったんだ。いると分かれば大丈夫だ」
エスタ「悪霊はなり立ての方が、輪廻に戻りやすいんだろ。倒してやるのが功徳だと聞いたぞ」
ウヒョウ「神官はそういってる。俺もそう信じる」
ジーネ「功徳かぁ。あの子ら殴って、天界に行きやすくなるのも不思議だね」
ウヒョウ「…それはわからんが… 魂というものは…」
俺「子供が嫌なら大人のゾンビとか、オークを優先で倒してくれたらいい。大人には戦士が混じってることあるから、その時はちょっと手ごわいだろうけど」
ウヒョウ「そのほうが気兼ねはないな」
『廃屋』ダンジョンの入り口に戻り、再び扉を押し開ける。
開けたのはウヒョウだ。
覚悟を決めたようだ。
内部は、外見の廃屋っぽさに合わせて、板敷き板壁のがらりと空いた空間である。
住居というより、倉庫とか道場と言いたくなる空っぽな広さだ。
窓はないけど破れた屋根から陽が落ちてる。
エスタ「よし、ジーネはあそこに。他はその前でジーネを守るんだ」
この指示に従い、ジーネを角に置き、その前に俺とエスタ、ウヒョウが移動した。壁を背に中央をにらむ。
ほどなく霧が巻いて6体の魔物が現れた。
全部が子供ゾンビだった。
戦闘経過はいいだろう。蹂躙と虐殺にすぎない。
◇ ◇ ◇
エスタ「しっかりしろい、子供の魂が迷宮に深く捕らわれる前に、救うには必要なことだぞ」
ウヒョウ「大丈夫、まだ迷いがあるだけだ…」
エスタがウヒョウに気合を入れてる間に、俺とジーネが離れて喋っていた。
ジーネ「さっきの子供たち、その前の子供たちと同じ顔ぶれじゃなかったよね」
俺「一人は重なってたと思う。まあ別グループだな」
ジーネ「それだけ子供が死んでるということなのかな。悲しいね。ここに呼ばれるほどの罪なのかな」
俺「どうかな。流民だとかっぱらいくらいはしてそうだが」
実際には、悪霊となる理由なんて割とその場の都合だったので、悪いことをした罪の償いとも限らないと思う。
たまたまダンジョンのそばで死んだから。
そんなのも結構あるだろう。
エスタ「お前らなんでちょっと離れてるんだよ」
エスタがやってきた。
俺「戦列並べて思った」
エスタ「うん」
俺「おしっこくさい」
エスタ「何言ってるんだ! 匂いと記憶は連動してるんだよ! これを嗅ぐとヤッドの顔が鮮烈に思い出されるんだっ。あの熱い眼差しとか! 負けない勇気とか!」
奴のは実力をわかってない無謀だと思うんだが。
ジーネ「手当に使われるのは嘘じゃないしね。それに奇麗な子だったし。うん、悪いイベントではなかった」
俺「お前らたまにはクワンのことも思い出してやれよ」
エスタ「いい奴だよ」
ジーネ「いい子と思うよ」
礼儀正しく無害っぽい。そうなるよな。
俺「まあいいか。ヤッドも嫌そうにしていたわけではないし。というかエスタはお礼としてヤッドに『抱いてけ』というかと思ったよ」
エスタ「思ったよ。でもうちの神殿の戒律がなあ」
ジーネ「『未成年者との性交禁止』『世界の根源は地水火風の四大元素であると公言する』の二つだもんね、うちの村」
ウヒョウ「小水を浴びるのも何かの戒律かと思った」
ウヒョウが入ってきた。
俺「四大元素うんぬんなんてしてたっけ?」
ジーネ「議論にならない限り言わないよ。神官様は毎日やるけど」
エスタ「未成年とだって、相手がしてくるのはOKなんだよなあ。あの二人が無理やりしてくれてたら」
ウヒョウ「いやだめだと思うが。禁止なら例外はない」
エスタ「そこは、未成年側は禁止されてないから…」
ウヒョウ「神官はそれで停職するだろう」
俺「戒律って、神官が守ればいいことであって、一般信徒は関係ないぞ」
エスタ「そうなんだけどさ。ずっと神官の教え聞いてるからな」
ジーネ「気にはしちゃうよね」
俺「破って職務停止になるのは神官だけだ。贖罪を求めて得られるのも神官だけだろ」
ウヒョウ「それはその通りだ。だけれども俺は守る。贖罪の機会を与えられないならなおさらにも」
やべーなガチ勢だ。俺だけが異端者で空気悪くなってきたし。
俺「そういえば各人の戒律は聞いておいた方がいいか。何かのおりに齟齬が出る前に」
ジーネ「うちらはチリリも含め同じ村、同じ神殿だよ」
エスタ「そういうマショルカんとこは?」
俺「俺のところは『性交禁止』『外だし禁止』『嘘をつかない』『魚食禁止』」
『外だし禁止』の元ネタは聖書にある、オナンの罪である。
戒律の元ネタは実在や創作の宗教から結構とってる。
そのうちからダイスを振って3つくらい、各神殿ごとに選ぶのである。
うちの神殿は4つだが、『振りなおしてさらに二つ選ぶ』が出たようだ。
ウヒョウ「結構あるな」
エスタ「…あれ? 『性交禁止』はよくあるけど、『外だし禁止』と重なるときつくないか? 若い男どうすんだよ」
俺「だから俺の村には、女神官と、よそから来た高齢男性神官しかいなかったよ。村人にはさすがに『性交禁止』要求せんかったな」
ジーネ「どこでもそういうのは神官にしか求められないものねぇ。村が全滅しちゃう。だからかマショルカが戒律軽視するのは」
俺「一部を人間の都合で解除するのは変だろ。なら全部解除すべきだ」
別にそんな考えもないが、とりあえず乗っとく。
エスタ「あれ? アンタあたしに手を出さないのは?」
俺「おおそういえば恩師の教えは守らないと」
エスタ「ぜってー嘘だわ! 『外だし禁止』を守れよ!」
俺「まーまー。
それでウヒョウは?」
ウヒョウ「『子供を守る』『魂は選ばれた者のみにあると公言せよ』『嘘をつかない』『結婚相手以外との性交禁止』『飲酒禁止』『神殿に詣でるごと、所持金の1割を献金』」
ほか3人「「「多いな!」」」
ジーネ「一カ所でそんなに戒律つくことある?」
ウヒョウ「一カ所ではないからな。恩恵を受けた神殿すべての戒律を守っている」
俺「並の神官だって、そんなことせんぞ」
ウヒョウ「それはそうだ。神官が身を捧げていない神殿の戒律を守るのはむしろ不義だろう。しかし探索者をしていると、あちこちの神殿で恩恵を求めることになった。いちいち地元に戻るわけにはいかない」
エスタ「禁止事項が重なったりはしないんだ?」
ウヒョウ「重なってるぞ。いろいろある戒律を整理するとこうなるんだ」
俺「ああ、そういえば『子供を守る』があるから、子供ゾンビでも手を出しにくいんか」
ウヒョウ「いや、」
ウヒョウはどう答えようかと迷うように天井を見上げた。
ウヒョウ「守れる戒律を選んで、それから恩恵受ける神殿を選んだんだ。
『初子を贄とせよ』『獣人を贄とせよ』といった戒律ある神殿を否定するわけではないが、好んでそれをなしたいとは思わないから」
エスタ「子供を守るのも、まず自分がそうしたいからなんだな」
ウヒョウ「俺はいつも迷ってばかりなんだ。だからやるべき時に躊躇わないよう、戒律で心を型に嵌めておくんだ」
ジーネ「うーむ、参考になるかも。
マショルカも人としてやってはいけないことをしそうになったら、禁止してる神殿に詣でるのもいいかもよ」
俺「すでに助かってるぞ。うちの神殿は嘘を禁じてる、といえば信頼されるから」
ジーネ「だめだこりゃ」
そうした神殿だから、俺が子供のころ嘘をついているとみなされると、目をつけられたわけだが。
俺「OK。じゃ以後配慮はするわ。戦闘に関係しそうなのは『子供を守る』くらいか。『嘘をつかない』は黙ってならいられるよな。ほかのメンバーが交渉してるときは口を閉じてくれ」
ウヒョウ「それは、わかった」
そういえば、といったふうに、ジーネが俺の方を向いた。
ジーネ「それにしてもさー、エスタが他の男と仲良くして、妬かないの?」
俺「何この場で突然? あれ魔術の実験に協力してもらってる感じだからなあ。顔見ながらしてるわけじゃない、ってのもある」
エスタ「なになに? 聞こえたぞ」
エスタが割り込んできた。
エスタ「どうしても、ってんなら考えるよ。
でもまだこいつと抜き差しならぬ関係にはなってないぞ。だって抜き差ししてくんない」
こいつとは俺のことである。
ジーネ「エスタにとってはどうなの? このひと」
エスタ「『かかってこいや』してるのに手を出さないヘタレ。まあいいけどさ。それにこいつも今言ったけど、顔が見えないから、ポルターガイストに痴漢されてる感じでさ。こいつはそのマネージャーのような」
俺「というわけでエスタの邪魔をする気はない。日照りっぽいし」
エスタ「ちょっとねー、最近色々あって。
致命的に匂いが恋しい。体温が欲しい。抱きしめられたい。でもマショルカのも大好きだよ。今後ともお願いします」
俺「まあいいけど」
エスタ「このあとすぐもお願いします」
俺・ジーネ「は?」
エスタ「マッサージの間に別のこともされてるって妄想したいじゃんっ」
ジーネ「それ絶対あいつら誘われちゃうでしょっ」
エスタ「誘ってないですよ。結果として何が起きても文句はないですけど」
俺「あとで種明かししたら、あいつら怒りそうだな」
エスタ「いいねー。ばれるの。呆れられたい。罵られたい。下克上大好き」
下克上、するのが好きってキャラはいるが、されるの大好きは初めてだよ。
ウヒョウ「さっきから何の話だ?」
ジーネ「うーん、とね」
俺「エスタがマッサージを受ける間、ウヒョウはどうする? 俺たちは出かけるんだが」
ウヒョウ「ん? なんなら俺一人で子供の霊を冥界送りしていてもいいが」
俺「痩せ枯れたオークでも、数出たら危ないからよせよ。いやマジで」
ウヒョウ「オークが出るようなら、子供たちは成仏したということで結構なんだが」
エスタ「途中でエッチ始めるかもしれないけど、そしたら参加してもいいぜ」
ウヒョウ「…そうはならんだろ。あの二人が? 戒律は?」
ジーネ「何事も可能性はあるということで」
俺「信徒がどこまで戒律守るかは、本人の勝手だよ。他人が口出すことではない。何なら神官が守るかどうかも、その神官の勝手だ」
ウヒョウ「まあ、そうだな…
次の間で子供だけなら、ひとり周回しよう。そうでないなら日向ぼっこでもしてるさ」
エスタ「さっきも言ったが、したきゃしていいぜ」
ウヒョウ「さっきも言ったが、戒律で無理だ」
エスタ「子づくり以外はOKだろ?」
ウヒョウ「止まるべきところで止まれるかわからん」
俺「一度結婚して、ことのあとで離婚する手もあるが」
ウヒョウ「それはズルだ」
ジーネ「ルールを守りながらうまく回避する神官も多いし、失職しないよ」
ウヒョウ「することもある。いやそれはどうでもいいんだ。誓っておきながら抜け穴を探すべきじゃない」
ここでウヒョウはいったんため息をついた。
ウヒョウ「自分の戒律について譲る気はないが、他人のありように介入する気もない。違法や迷惑行為でない限り、気にせずやってくれ」
俺「できれば周囲の警戒してくれ。マッサージなんて無警戒状態になるだろうから」
ウヒョウ「どうせ一人休みしてもすることだから問題ないな。最初に子供たちの悪霊に接して無様をみせたこともある。引き受けよう」
ジーネ「それは気にしなくていいよ」
俺「とりあえず… 次の部屋行くか…」
エスタ「マショルカ、最優先で魔術の掛けなおし。いなかったらもう一周な」
俺「敵の様子に寄るって」
ウヒョウ「子供が出たら長引かせる気はない。次は子供を一撃で見送るを心掛けたい」
ジーネ「早く天に返したいもんね」
◇ ◇ ◇




