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上るにつれ、快適というにはやや肌寒い風が、緑の波を作っていった。
季節的には冬と言ってもいいのだが、この土地の気候は冬でも涼しい程度なので、結構草が伸びてる。
春秋は蒸し暑く、夏は糞蒸し暑いので、ある意味冬が一番過ごしやすい。
エスタ「マショルカって人がいいな」
俺「さっき無償で助けたことか? 議論する時間がもったいないと思ったまでだよ。そっちこそ買値で薬を分けたじゃないか」
ウヒョウ「さっきはすまなかったな。善意を強請るようなことをしてしまった」
俺「コストかからんと言っても、平時に使えば消耗もありえるわけだし、次から控えてくれ」
ジーネ「みんな善人だよね」
エスタ「よせやい。この話やめやめ」
頂についた。
廃屋の周辺を回ったが、やはり人はおらず、それでも誰がここまで持ち上げたのか、ベンチ替わりに平たい岩が置かれていた。
時期によってはここで涼むのも悪くないのかもしれない。
俺「足跡の数が多いな。さっきの二人だけじゃない」
入口近辺の草の踏まれているのを見て、そう伝える。
エスタ「まだ2月だしな。新人が練習に来ても不思議はないか」
この世界は年頭にひとつ歳を取る。15になれば職に就ける。
ルール的には急ぐ必要はないが、遅らせて利もないので、すぐに職を選ぶ。
つまり新人探索者が一番見られるのが1月だが、今ぐらいにくるのもいるのだろう。
俺「たぶんさらに二人。ほとんど間を置かずに入ってるな」
ジーネ「今戦ってる最中?」
ウヒョウ「外から知る手段はなさそうだな」
エスタ「扉を押せばわかるだろ。いくぞ」
俺「事前に話した通り、まず左の角にいこう。ジーネを奥に三人で守る」
俺が言ってるまに、エスタが扉に肩を押し当てた。
扉が開き、
小さい影が二人飛び出してきた!
エスタ「なんだ? 子ども? お、何をする!」
一人がエスタに飛びつこうとして盾に阻止される。
俺「ゾンビだ! 殺せ!」
ジーネ「え? 子供の?」
ウヒョウ「大丈夫か? 見分けがつくのか?」
常服の少年だが、目の光が違う。肌が違う。
生きた薬中かもしれんが、かかってくる以上敵だ。まず殺せ。
二人目の小さい影がさらにエスタに襲い掛かって、彼女が一歩後退する。
できた隙間を通って、扉から3体の小さい人型が飛び出した。
ウヒョウ「眠らせてくれ、頼む!」
ジーネ「狙っては無理だよ!」
エスタ「ジーネは下がれ!」
さらに二人、血だるまで槍を持った子供が飛び出す。
「逃げろ!」
片方が叫んで、ウヒョウの腹を突き刺した。
俺「ち!」
ウヒョウの奴、戦闘状態に入ってない! これでは棒立ちサンドバッグだ。
もう一人がウヒョウを避ける。側面に回る気か。ジーネが危ない。
俺「せい!」
俺がその子供を突き刺す。同時にウヒョウが受動特技を使った。《6:1》
とっさに支援して、
俺「なに!」
俺の槍がウヒョウに突き立った。
こいつ【庇う】を非戦闘状態で使いやがった。
回避も防御もできはしない。
ウヒョウ「話してる! 血が赤い! 生きてる!」
うるせえ抉るぞ! 何してんだこいつ!
その時ジーネが呪文を使った。《2:5》【眠りの雲】
戦場にいる俺たち以外の過半に霧が巻き付き、子供ゾンビの3体が眠りにつく。
二人の槍持ち血だるま少年もその場に崩れる。
目覚めてる2体が、あ、俺たちを避けて駆け出した!
俺「一人も逃がすな!」
集落に逃げ込まれると、怪我人くらいは出る。
向こうでエスタが目の前で寝たゾンビのうち大きい方の少年を突き刺す。
《6:6》
無駄に高い火力で背骨を粉砕。そのまま振り上げて、死体が宙に飛んだが、途中で霧に還った。
しかしそこに、閉まりかけた扉を引き開けて、さらなる子供ゾンビがエスタに殴り掛かる。
エスタ「クッソ、お前のパンチなんて痛かねぇって!」
彼女も子供相手にやりにくそうだ。体は勝手に応じるが。
俺は逃げる子供のうち、小さい方に追いついて槍を刺す。
それなら俺の火力でも一撃かと思ったからである。
予測通り、その女の子は霧になって消えた。
エスタの前のが駄々っ子パンチで彼女を狙うが、嫌な顔をしつつも余裕で避けている。
ジーネ、《4:2》と出るが数字が崩れる。お? ファンブルか? 行動表の2はどうせ待機だからよいが。
エスタ、やりにくそうにしつつも槍をふるう。
《6:5》。叩きつけられた頭蓋が割れて飛び散り、霧になって消える。
ふもとに駆け下りていく少年ゾンビの背に、俺の投げた槍が突き刺さる。
転がり落ちるそれに追いつき、立ち上がったところに手に持ったままのボーラで殴りつける。
石の一つが耳を撃ち、紐の一本が首に絡んだのを、ぐいと引き寄せ、盾の上縁でのどをついた。
首の骨が折れ、ぐらりと草むらに倒れながら消えていった。
残りの寝ている連中は、すぐ片が付いた。
◇ ◇ ◇
終わってしまえば楽勝である。戦闘経験のない子供の亡者に負けるわけがない。
俺「落ち込むなって、エスタ。ジーネも」
俺は最後のまだ寝てたゾンビにとどめを刺して、それから二人に言った。
二人ともキてるが、眠らせたジーネより叩き潰したエスタの方がメンタルダメージ来ているようだ。
エスタ「わかってるけど、子供はクるな…」
俺「ゾンビじゃないか。迷宮にとらわれた魂は、生前の罪を償ったら天界に戻るというだろ。殺してやるのが功徳なんだろ」
エスタ「そうなんだけどよ…」
ジーネ「この子たちにどんな罪があったのかな?」
実際の死後、あの世がどうなっているのかは曖昧である。
作り手三人の設定で矛盾が生じても、「諸説ある」で済ませてたから当然だ。
その方が「らしい」し。
だが神殿は、最終的には常人であれば救われる、多少の悪をなしても、迷宮で罪を償えば転生できると教えるケースが多いようである。
さらにいえば、この世も罪を償う場なのだそうだが。
俺「ウヒョウも、そういう話は聞いたことないのか?」
ウヒョウ「あるとも。しかしいざ子供を前にするとな… それに実際二人は普通の子供だったじゃないか」
俺「まあそうだったんだが。それでこっちはどうする?」
俺は話題を替えた。
草むらでうつ伏せの少年がそのままなのだ。
エスタ「血まみれなんで危うくゾンビと間違えるところだったぜ」
ジーネ「新人さんなんでしょうね。傷だらけなのは、子供ゾンビ相手に戦う覚悟に移れなかったからかな」
俺「うーん? 戦士の腕はなかったように思うが」
装備は槍だけだ。最低限の皮鎧、安い盾すらもない。
とりあえず事故があってはたまらないから、槍を取り上げる。しっかり握った指をはがそうとすると
「痛って。う、」
呻いて目覚めたそいつと目が合った。
「なにすんだ!」
槍を引っ張るので裏拳で顔面を殴った。
ちょっと新しく血を吹いたかもしれない。
俺「お前名前は?」
「ヤッド。誰だよお前」
俺「状況わかるか?」
ヤッド「状況? あ! クワン!」
あおむけに倒れ槍は手放したが、土を投げてきたので、石突でくるぶしをつく。激痛でひっくり返った。
俺「狂ってしまったか」
ジーネ「えー? そうかな?」
ヤッド「狂ってねぇよ! もう一人は無事か!」
エスタ「そいつはもうチョイ先で寝てるぞ」
「うるさいなあ。なんでヤッド捕まってるの? またなんか悪さした?」
草むらをガサゴソもう一人が、四つん這いで出てきた。
ヤッド「無事だったかクワン! あとこいつらやっつけろ!」
クワン「え? 無理。腰抜けちゃった」
ヤッド「気合でどうにかしろ!」
俺は気合でどうにかなるものか、相方を見てるヤッドの背中を踏みつけ、うなじに石突あてて体重を載せてみた。
ヤッド「ぐええ」
ジーネ「死んじゃうから」
エスタ「正気だろこいつら。放してやれよ」
俺「めんどくさいぞこいつ。亡者に憑りつかれた設定にしない?」
ウヒョウ「少年たち、君ら何か勘違いしていないか?」
クワン「すいません。僕がヤッドのぶんも謝りますから許してやってください。きっと僕たちを助けてくれたんですよね。気絶する前見た気がします」
エスタ「そういうこった。少しは感謝するように。
あとマショルカもそうカッカするな。勘弁してやれよ」
俺「しかたないなー」
と俺が圧を緩めてやると、体を反転させてヤッドが俺の持つ槍をつかみ、ぐっと引いてきた。
素直に俺も体重を預け、ヤッドのみぞおちに石突を当ててやる。
ヤッド「ぐええ」
ジーネ「死んじゃうから」
クワン「ヤッド! まず『ありがとうございました』でしょ!」
エスタ「これまた繰り返すのか」
その後股間に草鞋を当ててゆっくり潰し始めると、急に「ごめんなさいごめんなさい!」言い出したので、ようやく尋常の会話に入れた。
◇ ◇ ◇




