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俺たちは低い丘の上にあるボロ家に向かい上って行く。
城塞都市から一番近いミニダンジョンは、単に『廃屋』と呼ばれていた。
俺も来たことはあるのだが、というか結構通わされたのだが、宝物や魔石は落ちないので、いつもは実にさびれている場である。
間近に城外民集落があるが、そこの子供たちも危険な場所と教えられて、近づくことはない。
エスタ「日頃は弱いオークやスケルトンが出るけど、集落に死者が出ると、それが襲ってくることがあるとか。
いかにもお化け屋敷だな。屋敷というほどのサイズじゃないけど」
ジーネ「こんな開けて明るい場所にあるのが不思議ね」
確かに見晴らしのいい場所で、すぐ脇に大河があり、子供たちが貝拾いしたり、平底船が行きかったりしている。
見渡せば北極山も見える。白くおぼろで、すそ野が広がった柱のような巨大建造物で、北の御柱ともいう。太陽までつながっている。もっとも上の方は細くかすんで、見えてはいない。
北にあるというか、これがある方を北と呼んでいる。
後ろを見れば城塞都市の偉容がある。現代人のセンスで見ると乱脈に膨張した未開スラムだが。
幅広の堀のこちらには、さらに貧相なスラムがあり、世にいう城外民集落である。テルミナの家もここにあるはずだ。
燃料にされるので、丘に木の類はなく、しかし人の往来は少ないから草が腰ほどに生え、風がその上を薙いでいった。
俺「その死者というのが問題でさ、まあゾンビなわけだが、たまに生前戦士の奴も混じるわけで。ミニダンジョンの割に敵が強いことがある。特技まで使う奴はあったことがないが」
ウヒョウ「詳しいな」
俺「去年の終わりくらいは大体連日ここに通っていたな。そこの集落の親分さんの厄介になっていてさ」
エスタ「稼ぎなんかないだろ?」
俺「だからさ。
集落のそばなのに殆ど誰も狩りにこないから、悪霊が溢れて周囲を襲ったり、ヘンゲが生まれたりする。うちの親分の末息子もヘンゲに殺されていて。再発防止のためにも俺含めて3人が連日ここで狩りしてた」
ジーネ「ふーん。親分さん、可哀そうだね」
エスタ「んー? ここの親分って3人いたよな…」
俺「構造はこないだのイダルミ隧道に似てるな。3部屋しかないが。
ただあっちより閉鎖が緩くて、敵が残っていても次の部屋に行くことはできる」
ジーネ「逃げられるの良いね」
俺「そうでもない。殿を置かないと追いかけてくるからな。次の部屋で戦闘が起きてても入れてしまうから、さらなる乱戦になることもある」
エスタ「外まで逃げだしたら?」
俺「溢れかけのときとか、追いかけてくることがある。そのまま城外民集落に行ったりするから、数減らしは必要なんだよな」
正直担当になったばかりの頃はきつかったが、ほとんど人間に見えるゾンビどもを殺しまくったお陰で、今躊躇いなく生きた人間でも殺せるようになったのは助かっている。
ガドム親方には感謝の念がないわけではない。
たとえあちらに(死ぬならそれもよし)という思いがあったとしても。
ふと上に目をやった。
ジーネもつられて上を見て、
「今日は誰かいるみたい。珍しいんでしょ?」
俺「抜け出したアヤカシ… ではなさそうだな」
ウヒョウ「怪我してるようだぞ」
エスタ「大丈夫かアンタら?」
草を分けながら降りてきたのは若い男二人で、片方がもう一人をおんぶしている。
背負われてるほうは血まみれだ。着ているのは常衣。
背負ってるほうは薄い皮鎧に盾を首から紐で吊るし、槍で杖突きながら来たので戦士だろう。
向こうは声をかけられて初めて気づいたようで、ギョッとして立ち止まった。
エスタ「薬がいるなら初級を20で売るけど?」
初級治癒薬は20ギル前後で売られているので、利益なしの善意である。
「どうする?」
二十歳程度の戦士風の男が後ろの男に問いかけた。こちらへの目線は外さない。
「買ってくれ。痛くてどうにもできないよ…」
背負われた男はハァハァ息を継ぎながら、小さい声を出している。
若いというか、こっちは俺と変わらないくらいか。
「ならば」
と戦士が荷を下ろし、懐を探って銅粒を出してきた。
受け取ったエスタが軽く手の上で跳ねさせて、
「ちょっと軽くね?」
「そこに20ギルと刻印されてるだろ」
と戦士。
エスタはこちらに粒を投げてよこした。
俺「打たれてるのは17ギルだな。まあ死にはしないだろう」
戦士「待て! 俺も字は読めないが、20ギルと言われたんだよ!」
ほんとかー?
金銀銅は秤量貨幣で、手のひらに乗った重さで見る癖はたいがいの人が持っているのである。これは軽い。
粒の重さを計って一応の刻印がされているが、文盲は多い。
商売人なら秤を使う。
「ちゃんと後で出すから、払ってくれ!」
怪我人が主張している。
「わかった!」
戦士も応じて、ギルの実を3個さらに差し出した。
エスタも溜息をつきながら、初級治癒薬を手渡す。
こうした経験を繰り返し、人は迷宮で何倍も吹っ掛けるようになるのだろう。
ウヒョウ「恩寵願いか?」
戦士「そうだ」
怪我人が治癒薬を飲んでる間に、ウヒョウが尋ねる。
◇ ◇ ◇
探索三職以外でも職業に応じた特技は得られる、のが普通だが、取り方は探索者とは違う。
希望する特技を神殿で願うと、『どこそこの迷宮のどのコアに触って来い』と答えがあるのである。
触ってくればその特技が得られる。
どこに行かされるかは近場のうちからランダムだが、希望の特技のレア度により、難易度に修正が入る。またすでにその技を持つ先達に神殿で立ち会ってもらうと、半々の確率で先達と同じ場所が選ばれる。
こうした先達も後見人と呼ばれる。
新成人が職を得るときの儀式と大差ないので。
一度願ったら、その恩寵を得るまで次の願いはできない。
なお探索者が同じ仕方で恩寵を願うことも、特定の条件に限れば、あることはある。
◇ ◇ ◇
俺「護衛一人じゃさすがに守り切れんだろ」
戦士「客に銭がないと言われたら仕方ない。それにゾンビの数が多かったんだ。
あんたらは魔物の数減らしに来たんか? ならもう少し見回っといてくれ」
ジーネ「ん? それじゃないよ」
俺「新メンバーが入っての、連携の確認だよ」
戦士「そら慎重なこって」
怪我人「なあ、まだ傷が痛むんだが…」
薬を飲み終えた若者だが、不満そうにしてる。
初級の回復量は1D6。結構な傷だったし、最大値でも出ないと全快はしないだろう。
戦士「そらしかたない。命があっただけめっけもんだよ」
怪我人「これで金払わないといけないのか?」
戦士「そういう契約だろ! 顔見知りだから受けてやったんだ、いまさら言うな!」
怪我人「なあまだ薬あるのか?」
今度はこっちを見て言う。
エスタ「これ以上はこっちも使うからな。あとは寝てれば治るぞ」
怪我人「なら持ってるんじゃないか。そこをなんとか」
戦士「これ以上は代払いせんぞ。さっさと働いて銭を稼いでくれ」
怪我人「稼ぐためにも怪我を治したいんだよっ。頼むよ。寝てたんじゃ使うばかりだ」
そろそろ行こうぜ、と声をかけようとしたら、なんだか物言いたげなウヒョウと目が合った。
ウヒョウ「なあ、俺もいくらか出すから、治してやってくれないか?」
ジーネ「え? なんでウヒョウが出すの?」
びっくりしてジーネがきょとんとした表情をウヒョウに向ける。
ウヒョウ「いや…、俺たちと違って、戦いに慣れてない人は痛みに弱いものだろう。そうしたものを見るのはどうも嫌でな…」
なんだか思い出すものがあるらしい。
俺「薬はこれ以上譲れん。しかしどうしても、っていうなら【賭け治癒】なら使えるぞ」
怪我人「なんだいそれは?」
戦士「発動にしくじると死ぬこともある術だ。勧めてくるんだから率はいいんだろうが…」
俺「自分にも使ってるからな。嫌ならおさらばしよう」
怪我人「 …待ってくれ! やっぱり治してもらわんと、寝てる暇はないんだ」
2秒くらい迷って、決断したようだ。
俺「じゃあ、死んでも恨むなよ」
戦士「死んだら俺が丸損なんだが」
俺「そこまでは知らん」
触れてみると怪我人のHPは現在7。まあ運がよければ一発だな。
《4:3》《4:2》《2:1》《5:2》《6:1》
7→4→2→1→6→10
俺「ふう全快」
戦士「 …結構しくじってなかったか?」
俺「たまたまそういうこともある」
ジーネ「顔が強張ってるね。揉む?」
ジーネ、余計なこと言わない。
ちょっと怪我人がギャーギャーうるさかっただけや。
元怪我人「クソいってぇ。2度とこの術は受けねぇ…」
俺「支払いだが」
元怪我人「先に何も約束してないよな! なら払わなくていいよな!」
俺「…稼げるようになったら時々孤児や老人に恵んでやってくれ」
元怪我人「そういう断りづらいのよせよ…」
ジーネ「うわー、よかったの助けて? ウヒョウ?」
ドン引きした彼女はエスタの影に隠れ、エスタも嫌な顔をしている。
ウヒョウは少し失望した風だが何も言わず、戦士は(こういうやつなんだよ)と何か遠くを見ていた。
戦士「お前も鍛冶屋なんだから、独り立ちした後は安く受けるくらいのことは言えよ」
元怪我人「安くはできないけど、順番優先くらいはしてやるぜ」
それ横入だわ。ぜってい揉める奴やん。嫌だよ。
ウヒョウ「何の恩寵を願ったんだ?」
空気を換えるつもりか、そんな問いを発した。
元怪我人「【鉄の加熱】だ」
俺「基本だな。じゃあ今年成人したばかりかお前。
というかそれあれば薪代減るんだから安くできるだろ」
元怪我人「浮いたぶん懐に入るからいいんじゃないかっ。なんでそれを客に分けなきゃなんないんだ!」
まーそうだが。
ちなみに【鉄の加熱】は【金属の加熱】シリーズの一つで、融解するまで対象の温度を上げる。
時間がかかるうえHP2以上の生物が近接してると効果が出ないので、戦闘では使えない。
鍛冶屋の基本的な恩寵ではある。
しかし、なかなかミニダンジョンのコアで済むわけではないので、良い後見人に恵まれたようだ。あと運と。
ジーネ「ねぇ、出てきた魔物に危険そうなのはいたの?」
問われてなにやら戦士は言いよどんだ。
戦士「ガキのゾンビばかりなんで、アンタらには問題ないだろ。余裕があるなら成仏させてやってくれ」
死者の霊は迷うと迷宮に惹かれたり野良の悪霊と接したりで、魔物のもととなる。
しかし大した恨みもないようなら、何度か倒してるうちに消えてしまうものである。
恨みが凄かったり長年放置してると、なかなか消えなくなるが、生前の原型を残してるなら、たぶん最近の死者だろう。
俺「そういや最近は見回り減ってるのか?」
戦士「年末ごろに逃げたやつがいるらしくて、残りも逃げ出したらしいぞ」
俺「ほー。負担増えるものな」
少しばかり身に覚えあるわ。あいつらどこに行ったんだろうな?
エスタ「まあいいや。じゃ気を付けて帰れよ。
あたしらも行こうぜ」
ジーネ「そうね」
戦士は一応の礼儀をもって、鍛冶屋はにこやかに大きく手を振って別れの挨拶をした。
いや鍛冶屋は女子二人に選択的に挨拶してるだけだな。
◇ ◇ ◇




