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TRPGに最初に触れたのは、前世の中学時代で、興味を惹かれてクラブに入ったときだ。
そのときの経験で「二度とこんなクソゲーしたくない」となったのだが、そのとき出来た友達が、「自宅で兄貴をマスターにしてみてよ」と誘ってくれた。
それが実に「これほど面白いゲームがあるのか」という体験だった。
そして「マスターの質でこれほど差が出るのはどうにかならんか?」という話になった。
以来、学校でのクラブ活動は適当にはぐらかし、もう一人の友人を加えて三人で『マスターのいらないTRPG』をつくろう、と頑張りだした。
後でローグライクというゲームを知ったのだが、それのボードゲーム版の様なものをつくろうとしていたようだ。
遊んでいるその場で、ダンジョンとかイベントを自動生成していくルール群である。
部室には先輩たちの残していった過去のルールブックやゲームブックがあり、随分と参考にさせてもらったのだ。
紆余曲折あって、能力値や技能も増えたり減ったりした結果、4つの数値、
『得意』『不得意』『霊格』『HP』
でキャラの基本は表されるようになった。
詳細な設定より、死んでもすぐ再開できることを重視した結果である。
行動が成功するかどうかは、『得意』『不得意』のいずれかにダイス目を加えて目標値と比較することで決まる。
この二つを技能値と言う。
『得意』のほうが『不得意』よりやや高く、成長しても追いつけないルールになってる。
持っている職業や技能に関わることは『得意』で判定できる。
それ以外だが出来そうなことは『不得意』で判定する。
例えば『戦士』なら近接攻撃と回避を『得意』で判定できる。
『魔術師』や『斥候』でも『不得意』でなら同じ判定はできる。
それに加えて無数の『個性』があった。
HPの加算やダメージの増大から始まり、種々の呪文や特殊能力、個別の技能・職業、時にはコネや魔道具の使用許可、呪いや病気まで。
『個性』をどれだけ持てるかは、霊格により決まる。
取捨選択してキャラらしさを出していく。
霊格によらず持てるのもあったが。
そういうのは呪いや悪霊・病気や四肢欠損といったデメリット個性が殆どだ。
どんな『個性』が付くかはダイス次第。
普通はダンジョンコアに触れたあと、神殿で祈って『恩寵』として得る。
より強くなるためダンジョンアタックを繰り返すのである。
そのダンジョンの中では何が起きるのか。
各自が数多くのイベントを創案してメモに書きだし、持ち寄った。
それに番号を割り当てる。
ダイスで出た目が次に起きるイベントだ。
自分の造ったイベントで頓死するのもよくあって、笑ったし、プレイ後は再調節もよくした。
それでもキャラの造りなおしの早さもあって、生きるか死ぬかのギリギリのバランスが好まれた。
たとえ死んでも、新キャラはダイスを振ってあっという間にできる。
持つ『個性』の数や所持金は、生き残っているPCのそれに合わせればよい。
個性はいくつか多めに振って、プレイヤーに取捨選択させるのがコツだ。キャラの方向性が出てきてそれっぽくなる。
敵の行動もダイスで決める。
魔物ごとに、1~6まで行動を設定した『行動表』がある。
ダイスを振り、二つのうちから低いほうの数字に該当する行動をとってくる。
プレイヤーが少ないのでパーティにNPCがいるのが普通だったが、彼らも基本は同じだった。ダイス目で行動を決める。
ただしNPCのダイス目のどちらを選ぶかは、低いほう固定ではなく、管理を預かるプレイヤーの自由になっていた。
これがただの敵との違いである。
◇ ◇ ◇
「来たこた来たけど、組合待ち合わせでよかったんじゃね?」
翌日飯屋でジーネを見た、俺の第一声がこれだ。
「まあまあ。だってあたいたち生活費稼がないとダメだし、それぞれ働いてるから都合があるんだよ。
朝飯まだだろ。喰ってきなよ」
「喰ってきたが」
「昼飯まだだろ」
「まだ昼じゃねぇだろ」
「あたいがまだなんだよ~。なんか食べさせて」
「親父ぃ賄いくらいは出してやれよっ」
「俺もまだなんだよ、昼前になったらな」
「しかたねぇな、なんか注文しろ。俺は薬茶と漬物な」
「チャーシューメンお肉倍乗せ入りました~」
「あいよー」
「はい薬茶と漬物。あんたの飲みもんそれだとビール注文しにくくて」
「ビールも持ってきて言うもんじゃないと思うけど」
「昨日は誰も奢ってくれなくてさ…」
「雨に打たれた子猫みたいな目で見るな」
「そんで行けるのか?」
「明日の朝一で組合に集合ってことで」
「ならええわ。何人?」
「あんた含めて4人だね」
4人? 確かにパーティは一桁台の人数が普通ではあるが。
「一応訊くんだが、鬼崩しに行き慣れているのはいるのか?」
「いたらバイト暮らししてないって」
「うーん。じゃ4人は少なくないか?」
「あたいら三人、何度かほかの人らと組んで探索行ったんだけどさ。毎回死人出して評判悪くなっちゃったんだよね。運を吸い取り生き延びてるって噂流れてて」
「それくらいはよくいるだろ。一昨日俺が言われた気がするけど」
「殆どコアにも触れていないしさ」
「それはダメだ。実力が新人並みのままじゃないか」
「それでちょっと格上の迷宮に、コア触りに行こうって」
「うーん、その触りに行くための実力がないんじゃないの?
まず格下の迷宮で成長してから挑むべきな様な」
親父「できたぞー」
ジーネ「はーい。うう、めしだめしだ」
麺類持ってきた彼女が、ちょっと涙浮かべてるのは指摘する気になれなくて、薬茶を一口飲んで誤魔化す。
それにしてもチャーシューメンか。
ゲーム内では料理名をリアルから転用してたからなあ。
食べてみると「じゃない感」が強いもののひとつである。
ジーネ「御説御尤もとは思うのですよ」ぱくぱく「でも枠埋まってしまうでしょ」ずるずるっ「そしたら結局うえ狙えないし」がつがつ
「そらまーそうだが。
しかし何にも得ていないのか? 今まで」
「なんかしらは流石に獲ってるよ」
「ほう、例えば。
いや、言いたくないならいいけど」
自分の手札を見せたくない探索者は多い。
逆に誇示するものもいる。
「うーんとね、あたい【雷撃6】と【眠りの雲5】【完全治癒6】」
「メチャメチャ強いだろそれ」
「6だよ! 5と! 使えないって! もうゴミだよ」
ゲームでは、特技や呪文の最後についている数字は、行動表に配するとき、その数値の欄より上にしか書き込めないことを意味する。
つまり6は6の欄のみ。5は6か5の欄のみ。
NPCは、二つ振ってより低いほうの目を選び行動表を参照するのだから、大きい数字はよくない。
これはこの世界でも再現されていて、2級から6級まである特技は、数字のでかいほど発動できない。
なお1の目は【通常攻撃】とか【防御専念】だ。
【待機】や【逃亡】も置ける。
「発動成功すれば強いだろそれ。
【眠りの雲】は薬と違ってスケルトンにも効くし、【雷撃】は」
「無理。6級が発動成功するなんて都市伝説だよ。あたい戦場で一度も使えたことない」
それはダイス運悪いな。
「ちょっと手相見せてくれ」
「なにそれ?」
「手のひらを見る占いだ」
「うーん、いま両手がふさがってて」
「右手の箸はともかく、左手のジョッキは手放せ」
「しかたないなー、エッチはだめだよ」
差し出された左手を、そっと持って集中する。
ずるずる啜られる麺から汁が跳んでくるが集中する。
得意技能値は、23
まあ平均か。俺より一つ下。
不得意技能値は13
こっちはクソ悪いな
霊格は47
はあっ?!
「こ、これはあくまで占いによるんだけど」
「うん、そういったじゃない」
「お前メチャ霊格高くね?」
「お? 誰かに聞いてきたな。やだなー噂になっちゃうわ」
そうか、誰かに聞いたってしたほうがカド立たないな。
「まあそんなところ。47もあったら、木っ端クズの様な恩恵集めるだけでも相当強くなれるだろ」
「あれ? 47っていったことあったかな? あったかも? 誰に聞いたの?」
「すまんが情報源を秘匿するのは取材の基本だ。ともかくっ、この数値なら、幾度か格の低い迷宮潜れば、そこそこ使える状態になるだろ」
「だからその結果がさっき言った三つの呪文なんだってぇ。もう。
せっかくみんな命がけで支援してくれたのに、使えないもんばっかりなんだもの」
「まず生き延びるためにHP増やせ。むしろHPしか増えないミニダンジョンとか行ってみろ。魔術師一人でも… あ、ダメか」
「あたいひとりで行ける?」
「無理だな。ミニダンジョンとはいえ、魔術師一人で肉弾戦続けるには、お前さん不器用にすぎる。毎回命がけだ」
彼女の不得意技能は低すぎる。
ゲームなら「生きて戻れる可能性も結構ある」と単身突っ込むところだが。
「じゃダメじゃん」
「戦士に手伝ってもらうのは?」
「生活費分稼げる?」
「うーん、俺の経験だと、ひとりで、かつ怪我しないなら最低の宿に泊まれるくらい、だわな。恩恵願っても得られない時が多いから、そこそこ成長するには何旬もかかる」
「やっぱダメじゃん」
「戦士の知りあいにまず強くなってもらう。それからそちらを引き上げてもらう」
「これはあんま広めないでほしいんだけど」
「うん」
「残りの二人とも、そんな霊格ないんだ」
「そっかー」
工夫すればどうにかなりそうだが…
それよりジーネの呪文を俺が支援したほうが早そうではあるんだよな。
にしてもNPCはランダムに作ると、こういう霊格クソ高いのがたまにできるんだよ。恐ろしい。
PCは霊格あげられるといっても、こつこつ1点ずつ成長チェック必要だから、40越えなんていつになるか分からない未来だぞ。
「そういえばあたいが不器用ってなんで知ってんの?」
「喰い方汚いだろ。ウェイトレスの仕事ぶりも見て断定できる」
「ぐぬぬ」
「じゃあ一般的な迷宮行くのはいいとして、鬼崩し選んだ理由は?」
「まず、得られる恩恵の最低が、他所よりちょっといいって話。
あたいたちはそれが欲しいんだ。
最高恩恵がそれほど良くないとかは、この際諦める。
そいで聞いた話じゃ、出てくるメインの敵がスケルトンってことなんだよね。ならオークより弱いくらいでしょ」
「それでもオークメインの迷宮より格上なんだから、理由があるってこった」
「それも調べたけど、大きくて泥まみれのスケルトンが出るらしいんだよ。
でも鈍くさいっていうから、でたら逃げて、ともかくコア目指すの優先すればどうにかならないかな」
逃亡はゲームなら判定が必要だったし、この世界の現実でもそう楽ではない。
逃げ遅れた奴は死ぬ。
それに鈍くさいと言っても、回避が不得意技能で低いってだけで、逃亡阻止は得意技能値で判定するのかもしれないんだよな。
「逃げられると思わず、戦う覚悟をしろ。
そしてそいつ、新人が振るう片手武器じゃまず傷が入らないと聞いたぞ。手下の髑髏も連れてくるというし、あまり甘い予測で行くと死ぬぞ」
「うん …やっぱり取りやめにしたほうがいいかな…」
箸を止めて顔を俯かせ、ジーネは気落ちしたようにつぶやく。
そしてどんぶりを持ち上げてゴクゴクと胃に流し込む。
気落ちしてはいないようだ。
「オークや生き物由来の魔物なら、目つぶしでもぶつけて逃げ出すやり方あるけどなあ。スケルトン系だと効かん。そういう魔道具もないんだろ」
「ない」
「【眠りの雲5】はあるけど」
「発動しないんだってっ。もう、こんなんばっかり貰えるって、呪われてんのかな?」
「うー …ん?」
しかし会話の間で、神殿に言い訳できそうなアイデアを思い付いた。
これを使えば「霊格1で特技持ってるわけないだろ」と言われたときの言い訳ができる。
つまりあまり能力を隠さないでもいられるかもしれない。
「手はないわけじゃないから、そっちがいいというなら試したいことはある」
「ほんと? 結構すがりついちゃうよ?」
「とりあえずお互いが信頼できるかどうか確かめてからな。
明日会ったときに条件言う。飲んでくれるなら加わるわ」
「あとの二人も気がいいから、無茶いわないなら大丈夫と思うよ。生き延びて、成長できたら、一番格下の迷宮で稼いで暮らすんだ。それでも安定した生活はできるはず」
「ならこれから俺はミニダンジョン潜ってくるわ。明日一番組合な」
「うん。でも一人でアレに潜れるなら、他の人と組めばいいのに」
「お前さんたちと一緒にいったとき、結果が良ければいい評判流してくれ。
今は一人が楽なんだわ」
その日の霊格成長は成功した。
これで12。一つ空欄もできた。よしよし。
◇ ◇ ◇