48
ジーネと最初に合った飯屋に入り、奥まった席に集まる。
早速いくらか注文を済ませ、ジーネの持ってきた木のボールに山盛り唐揚げを載せて返すと、とりあえず乾杯を済ませる。
テルミナ「あたしも食べていいの」
俺「いいぞ。好きなもん注文しろ。代わりに質問に答えてくれ」
チリリ「エスタ、今日はあまり飲まないって」
エスタ「ごめん、気づいたら注文してた。この一杯だけ」
ジーネ「平気だよ。今日はマショルカが【剛力】もらったから」
そうなのだ。
先に寄った神殿で、戦士として恩寵を願ったのだが、結果得たのが+二人分の【剛力】だった。
さらにコストを払えば出力増大できる。
ただ、一見、三人前の力持ちとは凄い、と思うだろうが、このパワーなぜか戦闘では生かせない。説明にそうある。
具体的には、武器や鎧は常人のものしか活用できないし、物理追加ダメージが着いたりもしない。
あくまで荷運びとか、戦闘以外の分野で使える常動特技である。
戦闘中になると切れるわけではないで、担いだ荷物が三人前のままでも普通に戦えはする。
意識して観察すると、うすぼんやりとした黒子のようなものが二人、荷を担ぐのを手伝ったり、俺に重なって同時に持ち上げたりするのが見える。
精霊のようなものなのだろう。
こいつらが重い武器をふるう時などは手伝わないので、戦闘には使えないのだ。
だからエスタとジーネが酔いつぶれても、担いではいけるのだが、できれば直接戦闘に有利になるものが欲しかった。
なおほかのメンバーだが、
ジーネが【窒息3】(要詠唱。詠唱は「カバディ」連呼)
チリリとエスタは何もなし。まあ仕方ない。霊格上昇の恩恵はそうこない。
ビルトソークが【賦活7の4】。
ウヒョウが【庇う4】。
【窒息】は単体維持型攻撃魔術で、最初のラウンドの最後に1点、次のラウンドの最後に2点と、だんだん大きくなる仮ダメージを蓄積させていく。
この仮ダメージが現有HPを越えると気絶する。
これは一種の瀕死状態で、さらに3ラウンド維持すると死亡する。
維持をやめると仮ダメージは消滅するが、すでに気絶していたらそのままだ。
基本呼吸する生物にしか効かないし、その間維持する必要もあって、使い勝手がいいというわけではない。
しかし術者側に維持するつもりがあるなら、解除の難しいタイプでもあり、また仮ダメージは【治癒】の対象にならないという点もある。
それに特技の中には発動条件として掛け声や詠唱のいるのもあって、そうした場合は阻害要因となる。
ただ今回は、得られたものが要詠唱で、維持してる間は「カバディ」と連呼してないといけないのが…
術者のジーネのが窒息しそう。
【賦活】は能動特技で、発動成功すれば固定点数、自分のHPを回復するというものだ。
ビルトソークのは7点が回復する。
行動表に、うまく条件付けして入れておけばそれなり使えるだろう。
【庇う】は物理攻撃の対象を自分に変更させるものだ。
カリテイモの【身を挺す】に近いが、普通に防御行動をとれる。
上級ダンジョンに魔術師や斥候を連れて行く気なら、この種の特技を持つ戦士がいないときつい。
こう見ると少しだけ死ににくくなった。
死ににくくなるのは悪いわけではないのだが…
戦士系諸君、もっと攻撃力あるの取れよ。
俺もだけど。
エスタ「なんか時間かかってたけど?」
ジーネ「幾日か前に魔術の試し打ちで事故あったらしくって」
ビルト「今後は神官か人物鑑定士の確認を利用するように、という通達があったようだね」
受け取った恩寵の効果は本人も漠然とわかるから、神官や人相見の【特技鑑定】に頼らず、とりあえず使ってみて大丈夫そうならそのままというものはいる。
そんなこんなで、神殿近くの空き地で試し撃ちしたやつが事故ったらしい。
まあ、ちゃんと鑑定しても、その鑑定判定での達成値不足やファンブルもある。
また低レベルの鑑定能力だと、説明文のすべてが読めるわけではない。
むしろ全部読める奴は珍しい。
だから事故はなくならないとは思うが。
エスタ「神官に鑑定頼んでも、説明がよくわかんないことあるよな。もっと深いところで恩寵貰ってないとダメなんだろう」
チリリ「マショルカが鑑定してくれるの助かるわよね。特にジーネは魔術師だし」
ジーネ「この雑炊美味しいね」
のんびり飲み食い会話しているようだが、一応クルベルトワらの襲撃を警戒はしている。
あいつらが襲撃するとしても、ここのように、ほかに戦士らがいる場所を襲えば、範囲型攻撃ならだれかを巻き込む。自然と味方が増えるというものだ。
俺以外がそこまで考えてるかは知らない。
ズロイ「よーすっ、置いてくなよ」
そしてズロイのおっさんがやってきた。
持ってる特技=【パーティメンバー検知】と、未だパーティを抜けていない様子から、合流する気があるのかと思っていたが、やはりそうだったようだ。
垢を落としてそれなりの二枚目になっていた。
服も洗って、その辺の焚火を借りて乾かした感じだ。
が、ひげは伸びてるし、やっぱりまだ臭う。
ビルト「あの子たちの跡を追う方が急ぎだと思ってね」
ズロイ「見つかったのかい?」
ビルト「らしい子がいたのだが様子が変で」
店主の親父「ながっちりなら、なんか注文してくれー」
チリリ「それはそうね。ビールにする?」
ズロイ「酒はなあ、急に味悪く感じるようになって。まあ一杯だけ」
ウヒョウ「死んだクルベルトワたちの、悪霊に憑りつかれたようにみえた。取り払えるならよいのだが、逃げられたよ」
ズロイ「そんなことが! いや聞いたことがないわけじゃないが… どうにかできるのか?」
エスタ「うちの村で悪霊憑きの騒ぎになったことあるけどさあ。あの扱いを子供にしたくないよ」
俺の村でもあったな。
むしろ俺がそうなりかけたっけ。
ウヒョウ「先の話では、憑依の手段によって、対処法が替わるようだが?」
ウヒョウはこちらをみてそういった。
いま集中してるんでちょっと待て。
チリリ「はいビール。
一般的な悪霊退散法では子供には無理よね。もたない。
専門家がいるそうだけど」
ズロイ「ありがとさん。
わしもこの雑炊と、茹でソーセージをもらおうか。
しかしとことん子供にたたるやつらだ。 …ぷはぁ、うめぇ!」
チリリ「どうしたの? 一気飲みして」
ズロイ「なんだろう、お嬢さんに持ってきてもらったせいかな。今までの人生で一番うまい酒だっ」
エスタ「お? なんだ、体磨いてきたのは、くどく気か?」
エスタがきゅーっとジョッキを空けながら問いただす。
俺としてはそれ何杯目だと問い質したい。
チリリもあきらめ気味だが。
ズロイ「そんな気はないのだがなあ。わし妻一筋だし」
俺「よしっ。ズロイのおっさん、いなくなった二人の子供の顔、絵を描いてくれ」
ズロイ「なんだと? わしそんな絵が巧いわけではないよ」
ウヒョウ「神殿によっては、絵を描くのは禁止だが」
ズロイ「それは平気だけど」
俺「まあ試しに。
親父ぃ、テラの葉ある?」
親父「裏口出たら生えてるぞ」
数枚持ってきて鉄筆とともに渡す。
「わしにできるかなあ?」と言いながらズロイのおっさんが筆を動かす。
モンタージュのような絵が描きあがった。
エスタ「すごいじゃん、なにこれ?」
チリリ「簡略なように見えて、巧いわね」
テルミナ「みせてー」
それまで豚足の旨煮をほおばっていたテルミナが、弟妹の絵と聞いて覗き込んだ。
テルミナ「わ、ほんとだ、そっくり」
俺「そっくりなんだな。そうか、これで探しやすいな」
ズロイ「わしこんな才能あったんだ… びっくり」
だろうな。『絵心73』が出るまでずいぶんかかったよ。
これで見知らぬ幼児に近寄られて奇襲を受ける可能性が格段に減った。
先ほどチラ見したとはいっても、全員が顔を把握したとはとても言えなかったからな。
なおペリヨンの目指す『絵師』との違いは、金になる絵かどうかだ。
絵師は達成値に応じた価値の絵を描ける職業である。
テルミナ「ねぇおじさん、あたしの絵も描いて」
ズロイ「おお、描くよ描くよ。この一杯飲み干したらな」
俺「みんなもこの顔を覚えてくれ。見かけたら警戒してくれ」
ビルト「警戒して、そのあとどうする?」
俺「そのあとどうするか、そのためにもおっちゃん、クルベルトワが使ってた魔道具屋を知りたいんだが」
ズロイ「ん? わし昼ぐらいまで飲んで、ごろごろしたいんじゃが」
俺「元はといえばアンタの喧嘩に巻き込まれたようなもんだぞ。手伝えや」
ズロイ「仕方ないなあ」
酒とつまみをやりながら、テラの葉に何やら絵をかいて上の空である。
このやろう。
俺「ともかく、その店でどんなものを連中に売ったのか。聞き取ってくれば対応もできるだろう」
チリリ「教えてくれるかしら」
俺「確かに高額商品について、このなりでは答えてくれないかもしれないが、その場合はこの護符を譲ってでも訊くよ」
エスタ「子供達のために頑張るじゃないか」
違うぞ。子供は二の次だ。
敵なんだよ今あいつらは。
テルミナもいるから言う気はないが。
ビルト「そういえば、さっき、あの少年からなにか譲り受けていたが」
俺「あれな。当初は憑依の魔術を使うための何かかな、と思ったんだが」
俺は懐から、くだんの棒を取り出した。
両端がつかみやすい形状、中央から分けて白黒半分に塗られた以外は、特に変わったものでもない品である。
俺「テルミナは、この棒に見覚えあるか?」
テルミナ「うん。何度かある」
俺「何度かか」
テルミナ「あの辺で水売りとか商売してた子は、一度は触ってると思う。
こっちの白い方を握って、なにか感じたら、それを全部押し出すつもりになりなさい、って言われた。
反対側はサブリーダーが持ってたのよね。
そうするとお弁当を一食くれるの」
俺「弁当一回分ね」
チリリ「なんなの、それ?」
俺「うーん、ちょっとテルミナ、手のひらを見せてくれ」
テルミナ「えー? こう? なんで?」
エスタ「平気だ。この兄ちゃんは別にすけべ、いや、凄いスケベだな。大丈夫か?」
俺「風説の流布やめろ」
手相見は世間を欺いてるだけだ。
俺「この棒は子供たちからある種のパワーを吸い上げる魔道具なんだ。君も損傷を受けている」
テルミナ「ほんと?」
ちょっと疑わし気だ。
自覚症状はないのだろう。
チリリ「治るの?」
チリリは信じてくれているようだ。
俺「この魔道具を使えばある程度は。詳しい話はもう少し分かってから」
テルミナ「うーん、クルベルトワのおじちゃんたち、ユベルとジメには特別に何度もこの棒握らせてたな。でもべつにおかしくならなかったけど」
ウヒョウ「今おかしくなってるじゃないか」
まあそうだけどちょっと黙って。
俺「憑依された二人にか。何度も? 一度ではなく?」
テルミナ「うん、何度か。そのたびに奢ってくれたし、それ以外の時も二人のこと気にしてくれたよ。仲良かったんだ。だからそんな悪い人じゃないと思うんだけど」
この娘は、あの幼児二人が憑りつかれていることには半信半疑のようだ。
異状は起きていない、とは信じたいのだろうが。
俺「一度で十分のはずだが。
いや、違うか…
もしかしてその時、テルミナの弟妹には黒い方を握らせていなかったか?」
テルミナ「え? どうだろう?」
俺「もう片方を握ってたのは誰だ?」
テルミナ「あの辺にいる年上の子」
実のところ、この魔道具、霊格を一方から他方に移植する代物である。
送る方の自発意志が必要であり、
その時に未使用の枠を譲ることができる。
PCなら任意の点数、
NPCは1点・全点・ランダムのどれかとなる。
送る時点で魔道具の発動判定を行い、失敗すると点数は無駄に失われる。
子供は成人と違いすべての霊格が未使用なので、すべて奪える。
譲らせる相手として最適といえる。
テルミナの霊格がゼロなのは、恐らく生まれによるのではなく、騙され奪われたのである。
とはいえそれをこの場で言えるかといえば難しい。
テルミナに衝撃を与えるにとどまらず、これほど利用価値ある魔道具の存在は、誰かの悪心を掻き立てることもあるからだ。
◇ ◇ ◇




