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ペリヨン兄さんの家は、城内貧民街の一角にあった。
貧民街とはいえ、税の払える地主の管理下にある領域ではある。
古い長屋の一房だが、孤児が暮らすには立派なものである。
というか俺なんかまだ宿暮らしだし。
城内では借家に住むのも、それなりのバックが必要なのだ。
テルミナ「ペリヨン兄さん、開けて!」
テルミナが建付けの悪そうな引き戸をドンドン叩いていると、中から「待て待て」の声があって、閂を抜く音がして入り口が開いた。
顔を見せたのは優れた美貌の少年である。
姿勢もすらりとかっこよく、前世なら芸能界にスカウトされてて不思議ない感じだ。
少年「テルミナか。さっきお前のところの小さいのが来てたぞ。
それでそいつらは?」
彼はまず少女の顔を見てそういい、それから後ろの俺たちを見て片方眉を上げた。
テルミナ「一緒にユベルとジメを探してもらってたの。それで二人は?」
ペリヨン「すまん。ちょっと舐めた態度とるもんだから、怒鳴りつけて追い出しちまった」
テルミナ「なんでー? まだちっちゃいんだよっ?」
ペリヨン「クルベルトワさんやサブの真似するからさ。俺がカッとしやすいのは知ってるだろ」
テルミナ「子供相手に大人げないって」
俺「その子たちは何か言ってなかったかい?」
俺は一歩前に出て、後ろ手に手信号で『交渉する』と送りながらそう言った。
ペリヨン「あんたらに答える筋合いあるのか?」
本人もカッとしやすいというだけあって、視線が剣呑になる。
俺「俺たちはクルベルトワとは知った仲さ。カリテイモはわかるか?」
ペリヨン「あー、あっちのつながり?」
俺「そうだ」
ペリヨン「あいつらはワンドを、あ、いや…」
あと一歩と見えたので、振り向いてビルトソークを呼ぶ。
ペリヨンから見えない位置で手信号により『沈黙維持』と彼に送る。
俺「彼を見てくれ」
ペリヨン「なんだよ。名門さんか?」
俺「この剣に見覚えあるか?」
ペリヨン「! 最近クルベルトワさんが使ってるやつだ」
俺「目印にしてくれと預かってきたんだ」
ペリヨン「クルベルトワさんは自分の武器どうしたんだよ」
俺「互いの武器を交換したからに決まってるだろう」
ペリヨン「ああ、そうか。で?」
俺「その子供たちが言ってたのは本当なんだ。俺たちが頼まれたんだが、たまたまその場にいた子供たちが先走って自分たちが伝えると駆け出してしまったんだよ」
ペリヨン「ん-。クルベルトワさん自身か、サブが来るところじゃないのか?」
俺「今どうしても別件で忙しい。暇だった俺たちに頼んだのさ。
カリテイモを知っていて、剣を預けてよこす仲だぞ。お前は信じないのか? クルベルトワは大丈夫だと言っていたんだが」
ペリヨン「うーん、ちょっと待ってくれ」
目に見えて迷いながら、彼は引き戸を開けて中に入って行った。
テルミナも戸惑いながら、やはり中へと入る。
俺とビルトもそれに続く。
俺「ほー。すごいな」
内部は3分の1ほどが土間で台所になっているが、一段上がった板の間はたくさんの絵画が広げられていた。
正直巧くはない。
だが描こうとしていることは面白い。
ビルト「何の絵だ?」
俺「いや、面白いだろこれ」
近いところではエッシャーのだまし絵だ。
この世界には前世の物資が入り込むから、何かの縁で見たのかもしれない。
ペリヨン「だろ! いずれ絵師になるんだ! クルベルトワさんは後見人を探してくれると言ってくれてる。何か聞いてないのか?」
部屋の数少ない足の踏み場を器用にうろうろしていた彼が、にわかに喜色を浮かべて叫んでよこした。
俺「いや。『大きな夢を持った少年だ。自分の目で見て驚いてくれ』とは言ってたけどな」
成人のとき絵師の後見人がいれば絵師になれる。そうなれば金になる絵を描けるようになる。
ペリヨン「そうか。何日か前にユベルとジメの面倒を見てもらうことになるといわれた時には、この部屋に子供置いて絵を描けるか、とちょっと腹を立てたんだが、忘れられてたわけじゃないんだよな…」
テルミナ「うちの弟妹の?」
ペリヨン「ああ。いいものを食わせないとな、って」
テルミナ「あたしには何の相談もなかったのになあ。だからここに来たの…? え? でもじゃあなんで兄さんは追い返してるの?」
ペリヨン「だからついカッとなって」
俺「それで彼らの要望したものは?」
ペリヨン「うん。
なあ、クルベルトワさんから俺の生活費を預かってきてないか?
最近いい紙を見つけて買っちまって、結構やばいんだ。切羽詰まってる」
俺「あー、特に言われていないが、立て替えてやるよ。魔石でいいか?」
ペリヨン「頼む」
俺「俺とアイツの仲だからな。問題ないけど、後でそっちからも伝えてはおけよ。当座千ギルくらいでいいよな」
ペリヨン「助かる」
俺は帯から下げた小袋の一つを開いて、中からなけなしの魔石、合計100点分ほどを板の間に置く。
俺「おい、そっちも用意してくれ」
ペリヨン「わかった!」
彼は板の間からの降り口にきて、床下に手を入れた。蹴込み板がなく素通しなのである。
ペリヨン「こいつだ」
ちょっと小奇麗な棒を一本差し出す。
俺はそれを受け取り凝視する
俺「これは違うな」
ペリヨン「大丈夫そうだな。ちゃんと特徴を聞いてきている」
彼はいったん土間に降りて、水瓶を傾けいくらか転がした。
動かした後に埋まっていたものがあり、ひもをほどいて袋から出した棒を、こちらに差し出した。
俺「 …こいつだ」
ペリヨン「では確かに預けた」
俺「預かった。
この後も心当たりを探すつもりだが、ユベルとジメが戻ってきたら、ちゃんと泊めてやってくれよ」
ペリヨン「わかった。懐が心配でイラついてただけなんだ」
そういうわけで、俺は困惑するテルミナとビルトソークを促して外へと戻って行った。
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