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隧道のある近辺は岩がちな荒野だったが、街に寄るにつれ、土地が平らかになり、畑が広がりだした。
この辺で作っているのは主に街で日々消費される野菜類である。
日持ちのする穀物・イモ類は遠方から運ばれる。
街道の上はそれなりに人流があり、この辺で襲撃するのはもう無理だろうと思えた。
低確率だが、街道に乗ったあと子供たちが街から離れる方に行った可能性もある。
しかしその場合、街道合流時の足の向きは偽装ということになる。
それができるくらい知恵の回る子供なら、きっと生き延びられるだろう。
少なくともパーティを分割して捜索するほどの価値はない。
左右の道端を歩く斥候の一人である俺は、街道を外れる足跡を確認しながらも、同時にズロイとテルミナのうなじを【指先通話】で呼び出した。
視線のチョイ先である。
凝視して主要データを確認する。
一人はある意味共闘者であり、もう一人は救助対象だったが、だからと言って味方とは限らない。
その結果、
ズロイ 24-17-9
人間。男。44歳。斥候。暗視。回避。HP13(10+1+1+1)
自然薯検知。パーティメンバー検知。結縁:小袋
暗視持ちか。戦士並みの回避力もある。
自然薯検知は今どうでもいいな。折れずに掘り出すと高価だが。
テルミナ 23-18-0 人間。女。11歳。
年齢は嘘ついていないな。
ん? 霊格がゼロ?
じゃこの子初期バージョンか?
最初のころ、霊格の最低はゼロだった。しかしそれでは何の職にもつけず得意技能値が無意味になるから、1に変更したことがある。
過去に出たキャラまでは修正しないことになったから、ゼロのままのキャラもいたのだが、それは第1王朝時代の人々だ。みな死んでるはず。
今は第8王朝。何百年もたっている。
この世界のルールって、ひょっとしたら廃止ルールもありなんだろうか?
さすがに廃止ルールなんて覚えていないぞ。
…でも、データとしては残しておいたからなあ…
いつかまた参考にするかもと言って…
廃棄ルールまで実装されてるなら、なかなかまずいことになりそう。
それにこの子供の将来はそう明るくないな。
どうにもできんが。
俺(いや待てよ?)
ビルトソークの無駄な職業を削ったのだ。
ということはキャラのデータを改変できる可能性はないか?
俺「よし、試すか。おっちゃんで」
ズロイ「呼んだか?」
俺「何でもない」
将来のある子供より、将来のないアル中で試験するほうが人道にかなうだろう。
違うかもしれないが、気にしない。
テルミナ「何かあった?」
ウヒョウ「すごい凝視しているな」
俺「いや、問題ない」
呼び出したうなじを睨み、いろいろ試した結果、
種族・能力値と霊格は変えられない。これは予想通り。
作成後、プレイヤーの好みでこのへん可変ならゲームがガタガタになる。自分のプレイでもしたことがない。
新しい任意の特技の獲得。無理。やはり神殿などゲーム的に用意された手段でなくては得られないのだろう。
年齢。ダメだった。実質フレーバーなので変えられそうだし、変えられたら優れて有効と思ったのだが、できなかった。一部の特技でコストとして加齢したり、若返りのアイテムがあるせいかもしれない。
名前。変えられた。これこそフレーバーだものな。
キャラメイク後、プレイ中でも「なんか気に入らんから変えていい?」「どうぞ」ということはあった。他人のキャラ名なんてそうは気にしないのである。
フレーバー能力値。どうも無数にあるらしい。しかし、いわば深いところにあって、よほど凝視し、かつどれを見たいか指定しないと浮かび上がってこない。
とりあえず『酒好き』はないかと睨んでると、『20』という数字が浮かんできた。
平均的な人間だと10になる。
何とか下げられないかとやってるうちに『8』になった。
もう少し上げるかと頑張ったら『3』になった。
次に『12』。『11』『6』。
あ、これ振りなおしてるわ。
全然自由にならない。
一回ごとに結構疲れる。この辺でいいか。
道の向こうでぐいっ、っとヒョウタンを傾けたおっさんが
ズロイ「あれぇ?」
と声を上げてる。
ビルト「どうしたズロイ殿」
ズロイ「…」
テルミナ「どうしたのおっちゃん」
ズロイ「いや… 酒ってこんなにまずかったかなと思ってな」
ズロイのおっさん、首をひねっている。
ウヒョウ「体がもう無理だと思うと、とたんに酒がまずくなるというぞ。よかったではないか。禁酒を勧める神殿は多いぞ」
ズロイ「そういう坊主の説教わし嫌いなんだがなあ。
虫でも入って味が悪くなったんかなあ?」
なんだか妙にさみしげだ。しかたない。上げなおすか。あとで。気が向いたら。
エスタ「ズロイのおっちゃんは酒を断って体洗えば、見栄えするのにさ」
ズロイ「…」
チリリ「ズロイのお父さんは目鼻立ちは良さそうなのよね」
ズロイ「…」
ウヒョウ「信仰にもよるだろう。生涯体を洗わぬ戒律の神殿もある」
ズロイ「なあもしかして、わしのことズロイって名前と思っとる?」
みんな固まった。
エスタ「え? 違うのか?」
テルミナ「どうしたの? ずっとズロイのおじさんだよ?」
ジーネ「偽名? でもなんで今言うの?」
チリリ「記憶の混乱? 酒毒の影響?」
ビルト「脳の血管が切れると」
ズロイ「わしムンゲタイタンって。さっきも名乗ったよね!? どうしたのテルミナちゃんまで? いきなりのドッキリ?」
テルミナ「どうしたのおじさん?! 真顔で言っても面白くないよっ」
ムンゲタイタン「いや、面白くないのはわしよ。ズロイとかいうなんか変な名前にしないでくれん? 全然違うでしょ。親からもらったわしの名前、ちゃんと覚えて」
エスタ「うーん? ま、聞き間違えにしちゃ長さ全然違うが、それならそれでいいや。
で、何て名前なんだっけ」
ムンゲタイタン「だからズロイよ」
みんな「「「ズロイじゃん」」」「めんどくせー」
おっさん、つまらんジョークをながながやって、とても評価を下げる。
しかもオチを付けた後の困惑ぶりがくどい。お笑いを一から勉強しろ。
それはともかく、名前の変更は本人の記憶を書き換えるが、周囲の者の記憶には影響しないようだ。
特に何かに使えるわけではないが、覚えておこう。
くそう、年齢書き換えられた方が、ずっと役に立ったのにな。
とりあえずズロイの『酒好き』を振りなおす。『31』になった。
ついでに『清潔』も『15』にしておく。
そんなことをしている間に街の防壁と北門が見えてきた。
城塞都市は人の背丈の3倍ほどの防壁と、その外側の、浅いが幅のある水堀に守られている。
南北に橋と門があり、西側は北流する河に接して港がある。
堀にかかった橋の右=西側に、罪人を括りつけておく首枷台があるが、今日は利用者がいないようだ。
カラスや野犬に噛みつかれてることも多いが、生きていれば通りかかると泣きつかれるので、メンタルダメージがある。
ウヒョウ「まずは街に入る前に、お前たちの住む場所に戻っていないかだな」
テルミナ「行ってみるっ」
ウヒョウが真っ当なことを提案して、テルミナが駆け出した。
水堀が河に開いたあたりに、城外民集落があるのである。
つまりは食いはぐれの人間たちの吹き溜まりなのだが、一部探索者の暮らす場所でもあり、領主としても黙認するところである。
溶け込んでしまえば、生きていけないわけでもない。
俺も一時期は住んでいた。ちょっといろいろあって逃げ出したが。
ズロイ「わしも行ってくるわ」
ビルト「ズロイ殿もそこが住居か?」
ズロイ「今日は銭あるから街に行くがな。なんかにわかに体の汚れが気になってきて。河で洗ってくる」
ジーネ「これだけ女の子いるとね。気にしてもらわねば」
エスタ「ところで、住処に小さいのがいたら、テルミナは戻ってくるのかな?」
チリリ「来ないかもね。門番に小さな男女の子供が入って行かなかったか訊いてみましょ。保護者ナシなら目立つはずだわ」
女子だけで尋ねた方が答えてくれやすいだろうと、三人娘が橋を渡って行った。
まもなく戻ってきて
チリリ「当てはまりそうな二人の子供がいたって」
ジーネ「門番も問いただしたけど、親は先に街に入ったとか」
エスタ「追おうにも、顔を知ってる二人がいないとな」
ビルト「なるほど。お、噂をすればテルミナ嬢が駆けてくるな」
ウヒョウ「しかしこの後も追う必要があるのか? さらわれたわけではなさそうだが」
チリリ「そうね。特に誰がついていたわけではなかったそうだし」
エスタ「男の子は丁寧口調だったし、女の子はふてぶてしかったらしいし、心配すべき態度はなかった、と言ってたからな」
ジーネ「脅かされてるとかじゃないよね」
そうしてことを言ってる間に、テルミナが着いた。
テルミナ「みんなといる小屋にはいなかった」ハァハァ息している。
チリリ「門番さんに訊いたら、当てはまりそうな二人の子供が街に入っているわ」
エスタ「だけど顔がわかんねぇとな。口調は男が丁寧、女が柄悪いでいいのか?」
テルミナ「全然違うよっ。ユベルは木刀であたしたちを守るというくらい、やんちゃだし、ジメは人見知りして、なるたけ人の影に隠れる子だし」
ジーネ「じゃあ別人? あれ?」
ビルト「街中でその子らが目的にしそうな場所はあるのか?」
ウヒョウ「知り合いの家とかな」
テルミナ「…! ペリヨン兄さんの家かも」
俺「その家や、周辺を探すのを手伝ってもいいが、クルベルトワとの揉め事は言わんようにしてくれ。喧嘩してる暇はないからな」
テルミナ「うん。黙ってる」
チリリ「ズロイさんはどうしようか?」
テルミナ「ペリヨン兄さんとはそりが悪いから」
クルベルトワとぶつかってたものな。
俺「じゃあ置いていこう。もともと街までの約束だったし。
それより弟妹の外見を教えてくれ」
テルミナの説明を聞きながら、俺たちは街へと入って行った。
◇ ◇ ◇




