44
俺「じゃあ二人の遺体を迷宮に食わせて、帰るとしようよ」
ウヒョウ「誰も遺髪を取りに来ないな」
ジーネ「あたいたちで弔ってあげる?」
ビルト「子供殺しを弔いたくはないな。悪霊となったらまた叩き斬ってやろう」
それはもっと強くなってから言え。
まあ殺した俺たちが弔っても、ありがたがらないだろうが。
そんなわけで俺たちはクルベルトワとサビョンデイルの全裸死体を隧道に投げ込んだ。
さて帰るかと見回すと、テルミナが不安そうに立っている。
ジーネ「どうしたの?」
そんな顔して。という言葉が続きそうなニュアンスで尋ねている。
俺「飯食わすって約束したもんな。いいぞ」
テルミナ「弟と妹がいないの!」
突然、切羽詰まった風に叫ばれて、口を出かけた言葉が止まってしまった。
テルミナはズロイを見つめている。
ズロイ「ユベルとジメが?!」
ビルト「知っているのか?」
ズロイ「そりゃあこの娘のあとついてくることもあったからな。まだ六つくらいだが、このテルミナ同様、そんなに悪くもない家から転げ落ちてきたんだろう、礼儀のできた子供たちだ」
ジーネ「この辺に魔物や野獣は出るの?」
ズロイ「悪霊を外に出すほど溜まりすぎた迷宮はないだろうし、野獣はむしろ狩りの対象だ。気にすべきは人さらいだろうが…」
チリリ「ズロイさんの目から見て、さっきの騒ぎで座をはずした、悪いことしそうな人はいる?」
このタイミングで誘拐も不思議ではあるけど、あるいは、俺たちがテルミナを助けたことで、クルベルトワと縁のあった連中が何かの意図をもってさらうこともあり得るかもしれない。
ズロイ「いやぁ、その手の連中は、さっき隧道から戻ってきた数人だなあ」
女性陣が嫌な顔をした。
俺が戻ったあと、倒した女戦士の遺体に体温あるうちに、と連れ立って第一の部屋に入っていったものがいるのである。
今はすっきりした顔で、その間に分配した戦利品を獲た連中と、少し分けろだの喧嘩しているが。
チリリ「ならばまず、その子供たちのいた場所に案内してもらいましょう。マショルカ、頼める?」
俺「痕跡があるかは見てみるけどね」
ズロイ「わしも斥候だから見るぞ」
ウヒョウ「あんた斥候だったのか」
ズロイ「意外か?」
ウヒョウ「いや、そうでもないな」
小狡い行動には斥候感ある。
ビルト「では君、その子供のいたところに案内してくれ」
テルミナの案内に従って、隧道の丘から離れ、荒涼とした大地をちょっとだけ歩く。
すると街道や隧道前広場から目立たぬところに、斜面を掘って居場所としたらしい穴についた。
脇にある泥の乾いた蓆は、かぶせて人目を避けるためのものだろうか?
テルミナ「いつもはここにいてもらうの。でもさっき見に戻ったらいなくて」
ジーネ「トイレとかではなくて?」
テルミナ「ジメは自分のお人形を置いていくことはないの」
見ると、最前チリリの作ったテラの葉の舟とならんで、薄汚れた、しかしもとは丁寧に作られたっぽい犬のぬいぐるみがあった。
ズロイ「何かに追われてるな。走っている」
地面の跡を探して彼が言う。
俺「だが何にだ? 何に追われている? 追うものの足跡がないが」
ズロイ「確かに。なら飛ぶもの? 浮くもの?」
カリテイモか? 迷宮を出た? あれは女悪魔だが、飛べたっけかな?
いや、違うな。
あれなら子供が逃げてる余地がないだろう。
俺「逃げたのは向こうだ。行ってみよう」
ウヒョウ「よくわかるな。こんな乾いた地面で」
俺「君らは周囲の警戒を」
子供を走らせて、追うこちらを襲撃するものもあり得る。
…その場合テルミナは演技の可能性が強くなるが…
だとしたら芸達者とほめておこう。
しばらく行くと、小さな盆地状のところに一カ所、真新しい穴が開いている。
そばに折れた小さな木刀があった。
テルミナ「あ、これはユベルの刀だ」
ズロイ「それで掘ったんだな」
テルミナ「あたしとジメを守るんだって、大事にしてたんだけど…」
ジーネ「埋まってた何かの形に跡があるね」
俺「革の破片がある。長く埋めておいた革袋といえばそれっぽい」
ウヒョウ「サイズ的には財布だな」
俺「そのあとはこっちに向かっている」
ズロイ「まだ速足だが、速度は落ちているぞ」
さらに追っていくと、街道に合流した。
まばらとはいえ人影があり、俺たちへの襲撃目的の可能性は低くなった。
さて街道は踏み固められており、こうなるともう追うのは難しくなるが、方向くらいはわかる。
俺「街に向かってるなコレ」
ズロイ「もうこの辺ではまるきり歩いとる。逃げてる様子はないぞ」
一同黙ってテルミナを見た。
テルミナ「え? つまりどういうこと?」
姉ちゃん切り捨てて、へそくり掘り出して逃げたみたいだぞ、
とはちょっと言いにくかった。
エスタ「いやいや。なにか事情があったのかもしれんでしょ。まずは街まで行ってみようよ。どうせあたしたちも帰るんだし」
ここしばらく黙っていたエスタが、ちょっとカラ元気ぽく言った。
たぶん俺と似たようなことを考えたのだろう。
ウヒョウ「そうだな。行けばわかるだろう。
おい少女、お前の住んでいる場所は?」
歪んだ無理した笑顔でウヒョウが問うた。
こわいって。
この男は無表情の方がまともな顔なんだよな。
テルミナ「テルミナだよ。家は城外民集落。ほかの親なし子と一緒に住んでるんだけど…」
ビルト「小さいのはその場所に置いてこれなかったのか?」
テルミナ「昼間に小さいの二人じゃさらわれちゃうよ」
俺「お前も小さいけどな」
テルミナ「もう11だって。自立できてるもん」
俺「まじか」
8歳くらいの体格だぞ。
ズロイ「テルミナは働き者だが、食い扶持分けてたからなあぁ。育ってないんだ。特にこの一年くらいは弟妹を世話してたからな。
わしも気が付いた時には食い物やるきだったんだが、気づくと酒に化けててなあ」
ジーネ「反省するならまず最初に食べ物買おうよ」
テルミナ「クルベルトワのおじさんには、時々食べるものをもらっていたんだ。最近は二人もなついてたし。殺されちゃってどうしよう、って思ったけど、まだ二人に言ったわけじゃないのに…」
む。大切な栄養補給源の一つだったのか、あの連中。
そういえばさっきから受け答えはズロイがメインで、それ以外との会話では強張ってる感あるな。
こっちは助けたつもりでも、テルミナには、飯をくれる知り合いをぶっ殺した連中でしかないんだ已むなし。
ズロイ「クルベルトワには下心あったんだから、ああなって仕方ないんだ。今はユベルとジメのことを考えようじゃないか」
俺「じゃあズロイのおっさんは道のそっち側を見ててくれ。俺はこっち側で道を外れる子供の足跡がないかみるから」
ズロイ「いいけどよ、街までは俺とテルミナをあんたらのチームに入れてくれ。そっちもだが、こっちも賭け事で懐あったかくてマズい」
俺たちがチリリを見ると、
チリリ「… そうね。街までだけどご一緒しましょう」
パーティの安全と言い分の妥当性を考慮したうえでそう結論したようだ。
何らかの襲撃があったときにズロイらが敵対したら、最初に蹴りだす心構えもしたのだろう。
そうして俺たちは、パーティを結成しなおして、街へと歩き出した。




