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第一の部屋から右側の通路に出る扉を押し開け、戦利品をそのへんに投げ出す。
音を聞くがヒトケはない。
丁字になった場所まで進んで再確認。
出口の方にざわめきがある。
まあそうだろうな。
どちらが勝ったにせよ、出口で待つのが確実だ。
忍び足で明るいほうに向かってみると
ジーネ「あ、出てきたぁっ」
ビルト「これは驚きだ。仇討ちする覚悟でいたのに」
ウヒョウ「神は見ておられる」
チリリ「よかった。でもどうやったの?」
エスタ「ほらみろ。こいつはちゃんとプランあって連中引き寄せたんだよ!」
なんかいっせいに言われた。みな駆け寄ってくる。
最後のエスタの叫びは、周囲を囲んだ野次馬に向けたものである。
なおプランはあったが破綻したんだけどな。
「いや単に逃げただけだね」「まじかよなんで生きて出てくるかなぁ!」「よくやった! ほれみろ、俺の一人勝ちだ!」「最初のほう見逃したんだが」「三人相手に向こう傷は一つだけか? なにこいつヤリ手?」「おいおい美人も殺したか? もったいねー俺に寄こせよ」「みろ、クルベルトワについたらやばかった」「女は? 装備は?」
「生きていたのか!」
こっちも驚いて、主にチリリを見ていった。
「うん? お前ひょっとしてチリリ死にかけたの知ってる?」
エスタが気づいて不審げに訊いてきた。
「えー… 中に入って状況不明だから、【通話】使ったんだ」
「へー…」
なぜ、何を疑っているのだ彼女は。
「それは納得いく理由ね。認めます。今はカットしてあるよね」
「うん」
チリリの澄んだ瞳に、俺は正直に答えた。
返事と同時に遮断したので嘘ではない。
「間に合ってよかったー」
ジーネが吐息をついたので
「間に合ったのか?」
と問うと
「うん」
あれ?
「ジーネの治癒、そんな発動しないだろ」
「しなかったけど、戦闘は終わってたもの。治癒薬飲んだし、エスタにも浴びせられたのよ」
とチリリ。
…そりゃそうだ。
使える回復手段を一度に使うという、当たり前のことをしていただけである。
ジーネ「なによぅ、そんな言い方。あたい頑張ったのに」
俺「あ、すまん」
チリリ「ジーネの本気は嬉しかったわよ。涙流して力を尽くしてくれたわ」
なんかドラマがあったらしい。
◇ ◇ ◇
みんながいろいろ話してくれたのを総合すると、俺が抜けたあとの経過は次のようだったらしい。
なお『みんな』には、こちらに好意的な野次馬も含まれる。
たとえば俺に賭けて儲けたズロイのおっさんとか。
まず俺に引っ張られて女戦士三人が抜けたのに、敵のリーダーと魔術師が『しくじった』という反応をした。
その間にも三人娘が駆けつけてくる。
身構える二人へ、ビルトソークが魔術師に、ウヒョウがリーダーに斬りかかる。
そこは二人がかりで魔術師に行け、と思うのだが、やっちまったものは仕方ない。
両方命中したが、ウヒョウは【豪打】が発動せず、かすり傷に終わった。
と、激怒した敵リーダーが特技を発し、利剣をビルトソークに叩きつけた。
恐るべき一撃で、ビルトソークの頑丈な盾を打ち砕き、彼の体を後方に弾いて、その体に結構な重傷を負わせる。
これがたぶん【憤怒の剣】。
同じ戦闘でHPが減らないと使えないが、発動すると物理ダメージを、その時点の自身のHPと同点にする武術だ。
さらにいくつか派生があるが、鎧のHP増加分も足せる奴だとかなり死ねる。
ウヒョウの与えたのがかすり傷だったのがまずかった。
盾受けにしくじったらビルトソークは脱落していただろうと思う。
俺の助けなしにそれを成した彼を誉めたい。
そして魔術師は自身に治癒薬を使って回復する。
彼は魔術を使えなかったときには、『負傷者がいたらそれに治癒薬を使う』という心構えをしていたそうだ。
うちだとジーネは、魔術発動しない時は待機だものな。
ただしこの戦術には、資金力が必要で、従来の三人娘ではムリだけど。
魔術師はマントの下に良い皮鎧を着けてたとのことで、初級と中級の治癒薬を二つの腰籠に入れていた。
さらに女戦士たちは、彼が負傷した時にはその回復を最優先とするのが役割だったという。固まっていられたらこちらの勝利はなかったろう。
しかし初手で魔術を使えなかったのが、あの魔術師の失着となった。
殺到した三人娘が彼に襲い掛かり、エスタの両手持ち豪打とチリリのフレイルを食らって轟沈したからだ。
初手【眠りの雲】でビルトソークとウヒョウを眠らしていたら、三人娘の戦力では難しくなっていたと思う。
またもろもろ計算すると、魔術師の使った治癒薬が初級で、回復量が1か2だったはず。あとで皮鎧を見たが、全快してたらHPが2残るはずだからだ。
結構ぎりぎりだった。
敵リーダーはこの間ピヨッたビルトソークを追撃して殺しかけていたが、以後魔術師にとどめを刺したチリリ一人を狙うようになる。
なおジーネは魔術をしくじって【ホコリ巻き】を消耗させていた。
これが敵魔術師の【魔術妨害】によるものかは不明だ。
自爆としても、らしいっちゃらしいし。
ウヒョウが敵リーダーに豪打する。
エスタも槍で突くが、これが盾で受けられて折れ飛んだ。
あまりのショックでエスタはこの戦闘で起きたことの殆どが記憶から飛んでるらしい。
それでも体は動くあたり、行動表の力は偉大である。
俺ならウロが来てたかもしれない。
続いて敵リーダーがチリリを打ちのめす。
とはいえ特技の発動なしな様子だったのが幸いだ。
こちら側は多人数で囲んで攻撃するが、クルベルトワは回避し盾受けて、容易にスキはなかった。
エスタも間に合わせにナイフを抜いて攻撃する(武器を抜く行動は近接攻撃に含まれるから可能)。
ウヒョウの豪打が盾受けされて槍が砕け散り、以後彼はコブシで殴りだす。
ジーネの【眠りの雲】がくるが、効果なし。
たぶんこのへんが、俺の介入の始まりと思う。
これほっといて【眠りの雲】になったときだ。【雷撃】にしとけばよかった。
次のタイミングでジーネの【雷撃】が敵リーダーに命中。それでぐらついたスキをついて、エスタとチリリの武器が当たる。
だが敵の強打もチリリに入った。
さらに敵の追撃強打をチリリは盾受けに失敗し、【喰いしばり】が発動する。
幸いなのはクルベルトワの【憤怒の剣】が、自分の負傷に従い弱体化するものだったこと(チリリの受けた強打が【憤怒の剣】かほかの特技だったかは不明だが)、2度も【食いしばり】の判定をせずに済んだことだ。
ビルトソークが敵リーダーの背中を刺し、幸いこれがとどめとなった。
その後はエスタが魔術師のマントを引っ剥がし、腰籠から治癒薬を見つけチリリにぶっかける。チリリも渡された薬を飲む。ジーネが泣きながらなんか頑張る、という展開だったわけである。
これら大体の展開は、ズロイのオッサンからの受け売りだ。
戦ってた本人たちはそこまで全体把握していなかった。
俺「おっちゃんよく記憶してるよなあ。天才なんじゃね?」
ズロイ「いいか坊主、賭け事ってのは観察力と記憶力だ。見たとこ先に立った男ら3人のうちで、お前さんが一等何やら考えていた。だからお前に賭けて大儲けというわけよ。ガッハッハ」
俺「その天才様にあおられて、こっちはきわどい勝負に突っ込まされたものだよ。話聞いても全滅の可能性あった。
知らなきゃ揉めずに済んだのに」
ズロイ「だけど子供は助かったろ」
俺「その子供の知り合いがまず助けろよ」
ズロイ「そう胡散臭げな顔で見るな。俺だってお前らのため努力はしたんだぞ」
俺「努力って、応援? できれば参戦して欲しかったね」
ズロイ「だからその参戦を止めてんだよ。
よそのチームでも、この手の喧嘩でクルベルトワについておこぼれ貰ってきたのがいるんだ。
誰とは言わんけどアレとかアレとかアイツとか」
俺「指をさすな」
ズロイ「そいつらに、『お上の詮議となったらめんどくさいぞ、一人でも逃げたらあの坊ちゃんの家が動くぞ』って囁いてたのよ」
なるほど。
たしかに野次馬の会話の中にも、端々にそんな連中の声混じっていたな。
このおっさんだけじゃなく、クルベルトワに批判的な人間は、結構いたみたいだわ。
ズロイ「だから3人抑えたと思えば、ずいぶんな功労者だろ。もはや3人分の働きをしたといって過言ではない」
俺「子供らを救えた、ってだけで十分だよな、おっさんなら」
ズロイ「それはもちろんだ。
しかしわしの懐広くてな。感謝の品なら入れられるんよ」
ズロイのおっさんはもうどうでもいいとして、
俺たちは戦利品の結構な部分を、その場で処分していた。
一品ずつ出しては、野次馬たちにジャンケンさせて勝者にくれてやるのである。
持ち帰れない量ではないのだが、野次馬の中にはこちらに敵意を向けるものもいくらかいて、そうしたメンバーが他を誘って帰路に襲ってくることもあり得た。
しかし多少でも戦利品の分配を受ければ、気分は共犯者だ。
大多数はそれで戦意を失うものである。
町で売れば銭になるのだが、その損は仕方ない。
発案はチリリである。
水商売で、それなり揉め事をこなした経験からの知恵らしい。
魔道具は、大体手元に残したが。
その残した戦利品、それなりには数あった。