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(隧道脇の急斜面を這い上る。斥候には得意競技だ。アスレチックを繰り返し、引き離してやる。大回りして戻れば、行動表判定への介入も)「いてぇ!」
走っていたら何か背中に突き刺さった。
しまった。追手の中に【投擲】持ちがいるようだ。
しかも移動中使える。足音は三人のままだ。
予定変更。崖登りはいい的だ。じゃどうする?
隧道入るか?
そこでどう戦う?
使えそうなのは、以前拾った範囲型の幻惑薬くらいか。
使い捨てだし場所は密室、効きやすいはずだが、サングラスか曇り眼鏡がいるんだよな。
死んだ斥候の懐を検め取り上げる時間が、あの時なかった。どうする?
決めた。それだ。
俺は隧道にたどり着くや、扉に肩を当て押し開いた。
同時に片手槍を落として扉が閉じぬよう楔代わりにする。
腰籠から小石でも出せればよかったが、その一手がもったいない。
奥へと走りこんで術を使う。
《1:2》
あわわ
《5:5》
最初に距離稼いでいて助かった。
一瞬後に女三戦士が駆け込んでくる。
最後に入った美人戦士が楔になった槍を扉から蹴り飛ばし、逃げ場のない密室に変えてくれた。
そして俺が範囲型幻惑薬を床に投げつけた。
曇った視界を通しても、投げた場所から虹色の光が広がったのが分かる。が、敵方の敵意が変化なし?
薬の効果が出ていない?
麻痺してるのか? いや、美人戦士がその持つ薙刀で薙ぎ払った!
味方の背中を!
あ、これ敵味方分からなくなる奴だ。
なら殺し合いの結果を待てばよい。手近で動くのに攻撃するはずだ、死ね死ね殺し合え。
その間に俺は傷を治し槍を拾いに行く。
半透明の壁を常に幻惑効果のある虹に向けておかないといけないので、なかなか難しいがな。
この壁はなにかって?
エスタの背中だ。
【指先通話】で呼び出した彼女の背中は、俺にだけは半透明で、物を見えづらくしてくれるのだ。
だから俺だけは幻惑に…
《3:3》?
おぁ? なんだ?
半透明の背中から数字が浮き上がってきた。
… ああ! パーティメンバーの体の一部を呼び出すと、そこに判定の数値が出るのか! 一度も戦闘中に見てないから、気が付かなかった!
慌ててどこか見やすい場所、と思って盾もつ左手の手首あたりに、5人のメンバーのうなじの一片を並べた。
しまった、術の再構成で幻惑光が目に…
入ったけど今そばにいるの全員敵だわ問題ないな。
手首に並べたメンバーのうなじの皮も、敵か味方か分からないスライムに見えるけど、多分正気の時にうなじだけ見ても分からないだろうから問題ない。
ともかく左からジーネ・チリリ・エスタ・ビルト・ウヒョウだ。理性で分かっていればそれで済む。
あ、ウヒョウに《6:4》 …どっちでも豪打+4だな。当たってろよ。
ジーネに《5:6》 …え? どっち? いま何人と戦ってるんだ?
…ああ、迷ってる間に消えた。
しかたない。その間に俺は背中を治す。《3:5》はい全快。
前を見ると曖昧で忌まわしい造形のが3体、武器らしきものを振り回して戦っている。
俺は一応魔術抵抗を取得しているんだが、それでも幻惑薬には抵抗を突破されたようだ。
消費アイテムは強いね。
あ、一体が結構強打したみたいだぞ。
あいつら見てるとだんだん腹が立って殴りたくなる。影響受けてるな。
手首みてよう。
半透明の幻も変形して見てるが、まだ我慢できる。
ジーネが《6:5》またかよ。今度は6だ。雷撃も完全治癒もあるんだ。
チリリが《6:4》意味はないな。でも頑張れ。
直後チリリに《2:3》あ、盾受け失敗!
エスタが《2:3》うーむ、不安だ。
ビルトが《6:6》これも意味ないな。次なんか取ってくれ。
ウヒョウ《1:5》よし豪打だ。当たるかどうかは別もんだが。
ん?
部屋の真ん中が光っている! 何か出る!
…何か出たが、なんだかわからん。ヤバい、幻惑のせいで正体不明。
しかし一匹だけだ。強敵か?
いや、スライムが一匹の時もあったな。全然わからん。
だけど幸い、魔物は人数の多い女戦士のほうに進んでいった。
たちまちどれがどれか分からなくなる。
殴られた奴がやり返さずに別のやつを殴るのは、酒場の喧嘩に似てる。
手首の上では、
くそ、またチリリが盾受け《3:2》で失敗。
なんだこの色? 《1:6》 あ! 6!
チリリの【喰いしばり】が発動してる!
急いで目の前のやつらを片付けないと!
俺の目の前では、異形同士の戦闘が続き、一匹が振り回された尾だか触手か長柄の武器で、飛沫を吹いたように見えた。しかしそいつが挫けることなく、別の一体に攻撃を仕掛ける。対象が転倒した? これはチャンスじゃん。
俺は腰籠から『嫌われ者』をとり出してそいつに投げつける。
戦士であっても転んでいれば被命中率は上がる。実際上手く当たった。
もしかしたら魔物にぶつけた可能性もあるが、まあいいだろう。
お、ビルトソークがまた攻撃してる。
ジーネ《1:3》 頼むぞ出してくれ。【完全治癒】を。
ん?
終わりか?
手首から数字が登らなくなった。
勝ったんだよな? それとも全滅?
死体のうなじを見ているわけではないよな?
あ、またジーネ、《2:3》
おいおい、大丈夫か?
【喰いしばり】は意識があるだけで、瀕死であるのは変わらないんだが。
まあ様子は見るけど、目の前を殲滅しないと外に戻れないな。
だんだん幻惑薬の光も弱くなってきたし。
あ、忌まわしいモノが一匹倒れた。
魔石とかにならないのは、人間だなアレ。
取りあえずフリーになったぽいのに攻撃するか。
俺が片手槍でどつくが、巧みに受け流される。
しかし別の一体がそいつの背中から攻撃し、液体を吹かせる。
そしてジーネが《1:4》
タイムリミットだぞ。チリリ死んだか。
そのあと数字がまったく浮かばなくなった。
その辺からだんだん、怪物に見えていたものから歪みが消えていき、人間の姿に戻ってきた。
いや、一匹はクレイゴーレムだったわ。人間戦士に混じって撃ちあってるのに残っていたのも納得。頑丈だからな。
床に倒れているのは普通顔の姐さん。
俺が対峙しているのは美人さんだった。死にかけてるけど。
不美人さんはクレイゴーレムと戦っている。
さっき俺が『嫌われ者』をぶつけたのは彼女みたいだ。
不美人さんがクレイゴーレムの装甲を砕いてる間に、俺は美人さんの太ももに槍をつきとおす。抉って引っこ抜くと、悪い顔色がなお蒼ざめる。
それでも彼女はめげずに俺目がけ薙刀を振るった。盾、《3:2》おい
袈裟懸けに入った刃先が鎧を裂いて血を飛ばす。
その横ではクレイゴーレムの反撃が決まり、煉瓦の拳で殴られた不美人さんは、顔面を血に染めていた。
脳に衝撃を受けた彼女の攻撃はまったくゴーレムにかすりもせず、逆にさらなる追撃を食らって不美人さんは吹っ飛んだ。
胸が大きく陥没している。もう駄目だな。
いや、蘇生薬でもあればまた別かも。
俺の目の前の美人さんは、俺を袖にしてクレイゴーレムを一撃した。
あちらの一発が明らかにデカいからだろう。
技は不明だが《6:6》と見えた。
デカい当たりで、頭部の一角を破片と粉塵に変えて見せた。
俺も追随してゴーレムに一撃する。もうこいつも長くない。
しかし魔物の一発が美人さんの胸を砕いた。
短い共闘だったな。
次の俺の一撃でクレイゴーレムは崩れ去った。
◇ ◇ ◇
取りあえず【賭け治癒】で体力を戻す。
《4:4》《3:6》《3:4》《5:1》《5:6》
2回ほどダメージ喰らったが、全快。
クレイゴーレムの残した宝箱を検める。
セラミック製の真空二重構造断熱マグカップだった。
電子レンジ対応。
売れはするだろう。魔術的な武器はないのか。
そのあと女戦士たちの装備をすべて剥ぐ。
蘇生薬や治癒薬の補充ができたのはありがたい。
味方の遺体であれば常衣は残す慣習があるが、敵は腰布まで剥すのも普通である。布は高いのだ。
鎧・武器・盾とえらい荷物になったが、すぐに外なのだから頑張って担ぎ、運び出した。
待ち構えるのは敵か味方か、悲劇か祝宴か。
泣いても笑っても、外の現実と向き合うとしよう。
◇ ◇ ◇