40
パーティの再結成をしたあと、ウヒョウの顔を隠させて、外に戻った。
先に休んだ場所がまた空いていたので、そちらへ向かう。
その途中で見回していると、離れたところで樽の補強をしてる一行が見えた。
エスタ「前回はウヒョウ、もっとガッツ出してたな。やり返してやる、って」
チリリ「あんまり煽るのやめてね」
ウヒョウ「前の時は仲間を残したし、女性も捕まっていた。
今回は俺が刺されただけだ。
腹は立つけど、いますぐ誰かの命が掛かってるわけじゃないんだ」
ジーネ「そのうちいいことあるよ」
ウヒョウ「あの綺麗な腰袋はもったいないけど。あと銭と」
ノンキなんだか未練がましいのか分からん人である。
チリリ「街に戻ろうとすると、彼らのそばを通ることになるわね。
あからさまに避けるのは良くないし、彼らが帰るか、迷宮に入ったら街に戻りましょう。こちらも疲れているから、何かあったら不利になる。
ウヒョウは目立たないようにしてね」
車座に休んで昼飯をとる。
例によって俺が唐揚げを出す。
一部のメンバーはパンの残りの半分に載せ、ジーネはテラの葉に載せ。
そういえばこれ、無判定で出てくるな。
代償に寿命差し出してるからか?
ウヒョウ「なんだい。これは?」
初期の三人娘同様、貧しい食事をとろうとしたウヒョウが、配られた唐揚げに困惑していた。
しかし喰うと、他のメンバーが最初に喰ったときのように喜んだのだった。
ウヒョウ「美味いなあ」
ただ、ウヒョウがもつ気味の悪さの一端がわかった気がする、
表情筋の使い方がおかしい。
笑顔がとても気持ち悪い。
真顔は悪くないんだ。
笑い方の練習したほうがいいんだろうな。
食べてるあいだ、何人かはウヒョウの元チームの樽直しを眺めていた。
エスタ「あれ被るの狭苦しそうだな」
ウヒョウ「廃樽を補強・改造しただけだしな」
ビルト「けっこう防御力はありそうだが」
ウヒョウ「覗き窓や、突き棒突き出す穴もあるから、弱点も多いんだよ」
ジーネ「そういうの塞いじゃえばいいのに」
ウヒョウ「それだと、うまく注目されないらしい。
薬を使ったうえで、魔物と目を合わせたり、向かってくるのを棒で突いたりしないといけない」
「持って帰るのも大変そうね」
とチリリが言ったが
「いや、昨日は午後も遅くなると、壊れすぎて補修もきかなくなった。今日も損傷はそう変わらないから、多分棄てていくと思う」
とウヒョウ。
来るたび使い捨てのようだ。
ジーネ「ウヒョウがいなくなって、交替で入るのかな?」
チリリ「そうね、そうかしら? 割を食う人がいるのかもね…」
俺「『この狩りの方式だから、子供でも雇うんですよ』、という偽装のためのものだから、あのメンバーだけだと持ち歩くだけかも」
ウヒョウ「クレイゴーレムが出た時には、怪我人が減るから意味がないわけじゃないがね」
そのとき別のチームが隧道に向かって行き視線を遮ったので、なんとなく話題がずれていった。
さて喰い終わって竹筒から水を飲んでいると、ビルトソークが険しい顔をしている。
その顔向く側を見ると、例のチームが樽型個人要塞を運んで行くところだ。
別段斥候の危険感知に反応するところも
ん?
6人目がいるぞ。
それも小さい。
と、ビルトソークの背中が脇から視界に入り、進んでいってしまう。
だから何か言っていけと。
相談もなしに行動するやつだな。
そこで他のメンバーに顔を向けると、ウヒョウが立ち上がっていた。
「リーダー、せっかくチーム入れてもらったが、蹴りだしてくれ。話し合いに行ってくる」
「先にビルトが動いちゃったし、もう遅いよ。意思統一したいのに」
チリリが仕方ないなあ、と首を振る。
「しゃーねぇな。子供好きのチリリも結局動いたろうし、行って来いよ。ケツは持つ」
とエスタ。
「なに? 何の話?」とジーネ。
「彼ら、今から子供を囮に使う気らしい。
できれば揉めずに済ませたいなあ、と思うが。
俺もいってくる」
俺も立ち上がって、ウヒョウのあとを追った。
◇ ◇ ◇
「その子供もダンジョンに連れていく気かい?」
ビルトソークの詰問の声が、こちらにも聞こえた。
「だれだ? 貴様が口出すことではないが? なにを言いたいんだ?」
近くにいた黒マント、サブのサビョンデイルが、あまり良くない御面相を歪めて実に不快気に問い返してくる。
「戦いの場に連れていける年齢じゃないだろ。なにひとつまだ職を貰っていないはずだ」
ビルトソークが怒る。
「待ちたまえ、何か誤解があるようだ」
先頭にいた親しみの持てる笑顔の男戦士、クルベルトワが爽やかに透る声で応じる。
「この子は自分から望んだんだよ。お金を稼ぎたいとね。だから一番安全な仕事をさせてあげるつもりだ。その上での危険は本人も覚悟している。なぁ?」
男戦士の声に応えて、運ばれている樽の向こうから下をくぐって、小さな子供が現れた。
「さっきはありがとう! 弟妹も喜んだよ。だから次は自分のお金で買うの。一人前の戦士と同じ分け前貰えるんだって!」
テルミナやんけ。
「残念だが君は死ぬ。たとえ生き延びても、そのお金を払ってもらえるとは思えない。
げんに俺はその仕事をして、ダンジョン最後の部屋で、そこにいるリーダーに背中を刺されて金を奪われたよ」
そこでウヒョウがビルトに追いつき、子供にそう告げた。
お、そういう説明するか。でもカリテイモの贄と言われるより分かりやすいな。意外と考えている。
それともさっき「カリテイモの話はするな」といったせいか。
ならなおさら考えている。
あちらの大人5人が、彼の顔を見て固まった。
が、すぐににこやか戦士が復帰する。
「ウヒョウじゃないか。無事だったのか嬉しいよ。
ところでなぜそんな出鱈目を?
我々が君にも金を分けるさまは、街の組合でも皆が見てることだよ」
「少年、君が今下げてる腰袋は、先に俺に渡されたものなんだ」
戦士を無視してウヒョウがテルミナに言うが
「今はあたしのもんだから渡さないよ。
あとあたしは女だ」
「あ、ごめん」
「勝手に抜けてったのはテメェのほうじゃねえか。
いまさら妙ちきりんなアヤつけてくんな」
美人戦士がカッとしてウヒョウを怒鳴りつける。
そういう過去があった設定らしい。
「たとえ本人が望んだといっても、あまりに小さすぎる。自分が向かう危険を理解しきっているとは言えない。
我々の領主は、未成年に迷宮への立ち入りを禁じているはずだ」
ビルトソークが更に言う。
「だがその領主は、飢えた子供を救ってるわけでもない」
と魔術師が反論し
「あたしらだって、喰いっぱぐれて、うちのリーダーに拾ってもらわなかったら餓死してるよ」
と美人が続け、
「御立派な鎧のひと、あなたが財布をはたいて孤児を助けたらどう?」
と普通顔が乗ってきて
「きれいごとはやめて」
と不美人さんが締めくくった。
「孤児には河での貝拾いなど、優先的にできる仕事がある」
なおもビルトソークは主張する。
「そんな規則誰が守ってるのさ。通達を出して終わりだろ」
と美人。
「衛兵のいる範囲だけじゃない、いくらか気にしてるのは。
そこで拾える貝だけで、食べていけると思ってるの?
孤児同士でも縄張りあるのよ」
と不美人。
「お互い見解の相違というものはあるでしょう。
しかしそれをぶつけ合って喧嘩をするものではありません。
食べるために子供であっても危険に挑む。
たとえ飢えようと決して子供に危ないことはさせない。
どちらも正解です。
なぜなら、すべての子供に豊かで安全な暮らしを与えることが、我々の誰にもなしえないのだから。
何を諦めるのか選んだ時、ほかの選択をした人を非難すべきではありません。
どちらも正しい。
わたくしは貴方の考えを非難はしない。
あなたも、この子の選択を否定しないでください」
向こうのリーダーはにこやかにベラベラと長いこと喋った。
「いや、僕が言いたいのは…」
ビルトソークが言いよどむ。
ウヒョウがバトンタッチした。
「前提が間違っている。
君たちはこの子を殺す気だろう。
探索の仲間としてではなく、ただの囮として」
「なにが君をそこまで捻くれさせたんだ」
にこやか戦士が嘆息して見せた。
「探索というものは命がけなんだ。危険がゼロじゃないのはこの子だってわかっている。
しかし、この仕事だけは子供にだってできる。他に同じように稼げるポジションがあるかい? 戦士と一緒に魔物に切りつける? その方がよほど確実に死んでしまうよ」
そのとき周辺の他のチームから、声が掛かった。
「クルベルトワのチームに入った子供が全部消えてる事実だろう。
いい加減、疑われる行動とるのも潮時ってところなんじゃないのか?」
「待ってよ!」
普通顔の姐さんが野次馬に反論する。
「私たちだってリーダーに拾ってもらった孤児なんだからね。利用されて使い捨てなんて言いがかりやめてよ、迷惑だわ!」
「そらお前さんらが、その色男の女だからだろ。選に漏れたのが消えてってるだけだ」
と野次馬。
「うるせぇ! もてない奴が僻むな! 悔しいならリーダーくらい女引き連れて、見返してみろ!」
美人姉さんが激怒する。一番尖がってるのがこの人だな。
「喧嘩すんなよ」「子供に囮役させるのは違法じゃねぇだろ。違法だっけ?」「よそでやりあえ。実力が正義だ」「いまならクルベルトワに勝てるんじゃないか?」「勘弁してくれ。オカミに睨まれて、妙な決まり事、また押し付けられるだけだぞ」「守ったことねぇんだから一緒だろ」「御触れとか読めねーし」
野次馬どもが姦しい。
俺も口を出した。
「こっちも揉める気はないんですよ。ただこちらは」とビルトソークを示して「見たとおりのひとでしてね、
どうです? ここで、この先は仕事の仕方を変えてみるというのは。
そのあたりが落としどころというものでは」
とりあえず争わない方向で言ってみる。
勘当浪人ビルトソークはまだ、パッと見なら、金コネ持ってる指導階層なはずである。
ここで引くなら過去のことは問いませんよー。
「困るんですよねぇ。今の手法が一番誰も怪我をしないんです。慣れてしまったやり方を捨てるというのは、そんなに楽なことじゃない」
色男リーダーがわざとらしく首を振る。
「しかし、世間から見てどうも誤解されている、ということも今日は理解しました。新しいやり方も模索して見ましょう。
しかしお嬢さんのご不満はどこに持って行きましょうかね?」
そう、膝を曲げてテルミナの肩に手を置く。
「そうだよー。今日の分の稼ぎ分くれんのかよ」
「飯はおごってやる」
「ほんとかー?」
「弟妹の分の土産も付けてやる」
「嘘ついたら針千本だぞ」
「だから今日のところは納得しろ」
少女と俺のやりとり。
唐揚げやればいいだろ。寿命の半分だしただけあって、無尽蔵だし。
「待て。彼らの行動を縛るものが何もない。口約束だけか?」
せっかく話がまとまりそうだったのに、ビルトソークはまだ不満のようだ。
正直、どうせクルベルトワら、止める気などないとは思うけど、喧嘩したくないのだよ。
今日だけやめてもらえばよい。
たとえ同格の探索チームだったとしても、やりあえばどっちも死傷者が出るんだから。
「神殿で誓おうじゃないか。決して子供を迷宮に連れ込まないと。神に約束し、今後を改めるというなら、俺も今日のことは忘れるとする」
しばらく黙っていたウヒョウが発言した。目がマジだ。
「そうだな。誓約の内容はあくまで未来だ。これならできぬという理由もあるまい。
お互いに一言一句同じことを神殿で誓い、来世を縛ろうではないか」
ビルトソークが続ける。
「「おー」」
と何かしらんが野次馬が盛り上がる。
「誓約の強要とは図々しい」「言ってることは真っ当だろ。ときどきガキどもが一掃されてるのは、気になっちゃいたぜ」「ガキを使うと大金稼げるんか?」「クルベルトワは装備良いよな」「いや、先月より装備悪いぞ。売ったんじゃね?」
誓約を要求してウヒョウが刺されたんだから、効果あるってことでよいのだろうか?
単に「うるさいこと言いだしたな」でやられた可能性もあると思うが。
…というか、こっち二人が納得すればよいのだ。
あっちが破る気満々でも殊勝な演技してくれるなら酒を奢ってもいいわ。
「それでいいんじゃないですか。神様に誓って、それでお終い。わだかまりも水に流し… え?」
俺が言いかけてクルベルトワ・リーダーを見たら、表情が一変していた。
真剣に不快感をこらえている様子なのである。
「それはいけない。全く駄目だ。
あなた方はまったく重要なことを理解していない」
「神に誓う事の何が不満なんだ? それとも守る気がないからできないというのか?」
こちらもウヒョウが不快そうだ。
「そうではない。神殿でそうした誓いを行った、ということから広がる噂がダメなんだ。
それではワタクシたちが、悪事をなしていたと認めたことになるじゃないか。
事実無根であっても悪評は二度と剥せないものです。そんなものを背負って生きろと? あまりにひどい話だ」
向こうのリーダーは本気で怒っている。
「すでに十分悪評はあるようだが」
ビルトソークが腕を回して野次馬を示しながら言う。
「探索者同士の悪口などいくらもあること。実力があれば撥ね返せます。神殿での誓いとは重みが違う」
もう笑っていないリーダーが首を振って拒絶した。
「もういいだろう、クルベルトワ。実力で黙らせた方がいい。探索者ってのはそういうものだ」
醜悪な顔の魔術師が、後退しながらリーダーに提案した。
うーん、結局やりあうか?
「まてまて。刃傷沙汰は勘弁だぜ。かかってくるなら俺は逃げるよ。そしてコネあるところに駆け込むね。そしたらアンタラお尋ね者だ。
そんな風になりたくないだろ。話し合いのがいいはずだぞ」
おれはまだ争いにはならないように、手のひらで抑えるポーズをとりながら言ってみた。
クルベルトワの顔がしかめられる。
「いいぞー、ゲス野郎」「後ろ盾に泣きつくってのか? 糞カッコわりい」「実力で決めろ、よそのやつらを引っ張りこむな」「俺がションベンしてる間に何があったの?」「俺たちも混じる?」「やめとけ、マジで駆けこまれると巻き込まれて大やけどだぞ」
なんか俺の告げ口宣言は野次馬の受けが悪い。
「魔術師倒せー、一番に」「でも女たちが最優先で庇うし治すだろ」「あの坊ちゃんぽいのがどこまで腕が立つかだな」「残り二人は貧相だわ」「あっちにいる女たちも坊ちゃんの連れだよな」「クルベルトワの盾は相手の武器を壊すぞー」
味方っぽいのもいるけれど。
「ようは神殿で誓うのは神罰が恐ろしい、というだけだろう。つまらない言い訳だ」
すでにビルトソークは柄に手を置いており
「なるほどそういうことか。隠れた行いも神は見ておられる。その裁きは公平なのだ。人の世の噂より来世を恐れるのだな」
ウヒョウも盾を持ち上げた。
「神が善良ならこんな争いだらけの世の中をつくるものか。踏みつけられるのが悪い、そう造ったのが神々だろうが」
あちらの魔術師が罵る。
「オジサンたちー、あたしらが勝ったらあそこにいる女たちを好きにさせてやるからさー、こっちにつきなよ」
美人戦士が野次馬にそう宣伝するが、
「うまく気絶させられるの?」「俺はアンタとやりてーわ」「行こうかな」「やめとけ、チームから蹴りだすぞ」「終わるころにはミンチだろ」「ひとりでも逃がすとなあ」
反応は幸いいまいちのようだ。
しかし今後は分からない。
手信号で三人娘に、『自由行動、ただし逃亡するなら俺の行動のあとで』と送る。
「子供は逃げてろ。巻き込まれても迷惑だ」
「う、うん。あとで奢ってよっ」
俺が手で払うようにすると、テルミナは逃げていった。
あれは生き残って欲しいという激励と思っておこう。
「後ろのメンバーが逃げる時間が欲しい」
俺が小声で、でも相手に聴こえるよう言うと
ビルト「巻き込んでしまったな。できるだけ稼ぐぞ」
ウヒョウ「最初からこうなるとは思ってた。彼は冷徹な詐欺師だ」
どちらも覚悟は決めてる様子だった。
向こうのリーダーがフゥ、と深くため息をつき、後ろにあった手を剣の柄に置いた。
「話しあえたはずだったんですけどね。
官憲や神殿を交えたら、
…拗れるに決まってるだろうが!」
怒鳴り声で戦闘が始まった。
◇ ◇ ◇
まず敵側女戦士三人が、都市側への道を遮る形で走り出した。
目的は三人娘の逃亡阻止だろう。
寸前のクルベルトワの手信号で出された指図に違いない。
あのため息や、もったい付けた態度は、『心構え』に一言書き加える時間を与えるためだったはずだ。
『逃げるものがいたら追う。追いついたら~』といった感じのことを。
ところが向こうには驚愕、こちらには、たぶん8~9割でそうなると予測したことだが、三人ともがビルトソークやウヒョウのいる戦場に駆け付けたのである。
逃げ出したのは一人だけだ。俺である。
都市に向かって? いやとんでもない。
隧道のある丘に向かってだ。
追手の予測を外した移動で、距離を稼ぐ。
『逃げるものを追う』という予定を組んだ女戦士三人が、変更できないまま俺を追いかけてくる。
よし分断に成功。あとは人数差で圧倒していただきたい。




