34
次の一周は初回よりはしょぼかった。
一部屋目でスケルトン。
次の間でオーク、3部屋目でクレイゴーレムが一体。
跳んで8・9の部屋でオークとスケルトン。
終了。
「うーん、魔石だけだったね」
チリリが残念そう。
負傷が残ることもなく利が出たのだから、そう悪いわけではないのだが。
「クレイゴーレムで槍が傷んだな」とエスタ。
「スケルトンも堅い。戻ったら研ぎに出さねば」とビルト。
必要経費もかかっていそうである。
しっかりした作りのビルトソークの持ち物より、俺や姐御戦士らの武器のが損耗が激しい。
「クレイゴーレムから得た魔石は、ちょっと色合いが違うようではあるが…」
と俺。
「なんか違ってる? 高く売れそう?」とジーネ。
「塩の召喚の時、効果が大きくなるようだ」
『塩魔石』と読める。
神殿には参詣者に恩寵をもたらすモノ以外に、物資の召喚を行うところがあった。
塩や砂鉄など、一部の物資が、魔石の奉納と交換にもたらされる。
砂糖も得られるが、微妙に土臭くイラッとする。
わざと添加物入れて不味くしてやがる。
ビルト「塩か。生活必需品であるけど、それだけに高くは買ってくれないだろうな」
チリリ「普通の魔石と変わらない?」
ビルト「むしろ神殿に行くと『功徳を積まれては?』と勧進されるよ」
ただでよこせ、の意である。
まあ塩をトンデモ暴利で売るようなこと、神殿はしてないので、そうしたことを言うのもそこまでへんでもないが。
「切り替え切り替え。反省点もないし、次行くために一休みしよう」
エスタが手を打ち、また外に戻って休んだ。
休憩してると、素焼きのツボを頭に乗せて水売りの子供がやってきたので、ビルトソークが銅粒を渡して購入しようとした。
だが子供は釣りがないという。
このへんはビルトも悪い。
荒野価格とはいえ、竹筒満たすのにギルの実一つがいいところだろう。
ギルの実は通貨の基本となっている木の実で、クルミに似ている。
保存がきき、豊凶はあっても生る数が上下するだけで、実のサイズは変わらないので、価値基準になる。
銅粒は秤量貨幣ではあるけど、大体重さが揃えられていて、10ギルくらいの価値がある。
「なあ、他に飲むものはいないか? 奢るけど」
ビルトソークはいうけど、ちょっとためらう。
一服盛られる可能性もあるので、全員が飲むのは反対である。
「なあ坊主」
俺は呼びかけた。
「坊主?」
「名前知らんし」
「いいけどさ。なに?」
「喰いもんやるから、その分こっちの兄ちゃんに水やってくれ」
子供は不機嫌そうにいったん黙り込んだ。
「釣りなしで銅粒貰うのがいいけど」
そりゃそうだけどさ。会ったときのジーネ思い出すわ。
「まあ試しに喰ってみろ」
まだ持っていたテラの葉に唐揚げを乗せる。
日が経ってもう書き物に使えないだろうが、こうしたことには使える。
「うわっ、素敵な匂い… あつっ」
「それで水一杯な」
「えぇと、もう一個かな」
「お前なー、これ都市で喰うと2ギルだぞ」
「わ、あつ、おいしい…」
指をぺろりと舐めて、媚びるような視線を寄越す。
「このやろう」
図々しいが可愛げもある。たぶん8歳くらいで苦労もしてるだろう。
もうひとつ支払って、無事取引は成立した。
「あたいもお腹空いたー」
「ちょっと早いけど飯にするか」
風下のジーネとエスタが食欲中枢を刺激されたらしい。
チリリ「パンは半分だけにしない?」
エスタ「そうだな。残りはあとで喰おう」
ジーネは全部喰う気だぞ。
例によって漬物パンを開くヒナたちに唐揚げを配っていると、子供がごくりと喉を鳴らして、それでも素知らぬ顔でその場を離れようとした。
「待って」
チリリが呼び留め、パンを半分に割り、片方を差し出した。
俺もむちりとパンを割ってチリリに押しやる。
負担は半分こといったところだ。
嬉しそうに目を輝かす子供に、
「ただし取引だ。2~3の質問に答えてくれ」
「ひひひょ、まに?」
さっそく齧りだした子供が、口いっぱい含んだまま聞き返す。
俺「この迷宮で最強の魔物は何か、聞いたことはあるか?」
もぐもぐ、ごくん、と飲み込んで、子供はちょっと考えた。
「たしかカリテイモ、って名前と思うよ」
俺「どんな怪物で、どんな異能を持つか、知っているかい?」
以下子供と俺のやり取り。
「女に見えるらしいよ」
「ふむ」
「打撃はそう強くない」
「弱いのか」
「当てるのも下手」
「怖くないじゃん」
「でもこっちの攻撃は全部避けられるとか」
「ほう」
「魔法が通じないとか」
「おや?」
「ともかくタフ」
「結構嫌だな」
「子供のスケルトンを連れ歩くとか」
「眷属まで」
「どうにかして動かなくできれば、何とかなるらしいよ」
「どうにかして?」
俺はビルトソークと目を合わせた。
これ誰かが囮になっても、倒すの無理じゃね?
この迷宮は勝負がつくまで出られない、ってのが痛い。削り殺される。
俺「どのくらいの頻度で出るんだ?」
水売り「殆ど出ないそうだよ。何年も見ていないって」
出会って生き延びたのが、何年もいない、って方じゃなかろうな。
「ではなんで、それに関して情報があるんだ?」
不思議そうにエスタが尋ねる。
水売り「ずっと前に、狩ったおばさんがいたんだって」
ジーネ「そのおばさん今では?」
水売り「クルベルトワって人と付き合ってたけど、いつの間にか消えちゃったって。
男のほうは自分のチームつくって、今日も来てるよ。樽持ち歩いてるひとたち」
また何人かが顔を見合わす。
覚えがある。
ビルト「そのチームは、カリテイモを狩るノウハウを継承していないのか?」
水売り「全然そういう話はないみたいよ。だって、カリテイモがそもそも現れていないし。
ただ羽振りはいいチームよ」
ビルト「一応は聞いてみるか」
エスタ「聞いて答えるとも思えないが」
「それに次ぐ強さのは?」
喰いかけのパンに唐揚げを押し込んでやると、
「クレイゴーレムかな。あとは吸血オオコウモリ」
「そいつらならもう遭ったな」
俺「じゃあもう一つ質問だ」
水売り「なに?」
俺「ここにいる探索者で、なんか問題行動起こす危険人物はいるか?」
子供は商売もんの水をすくって飲んで、またちょっと考えた。
「ズロイ、って人かな? 午後になるとお酒飲んで騒いでる」
「騒ぐだけか?」
「さっき言ったクルベルトワって人がリーダーのチームに、よくケンカ売ってる」
「なんて?」
「子供殺してるって」
「殺してるのか?」
「さそって、迷宮潜りにつれていくのは本当。たぶん死んでるのもいる。
だけど取り分は大人と等分で、成功して街に住んでる子供もいるし、あのチームのうち3人は、リーダーに孤児から引き揚げられた、って言うから、そんな酷いわけじゃないと思う」
うーん。
迷宮で子供にできる仕事って、あれだよなあ。
みるとビルトソークも渋い顔をしている。
ビルト「領主は、未成年が迷宮入りするのを禁じてるのだがな」
水売り「でもしかたないよ。食べるためだもの」
ビルト「孤児だけに許可された仕事がいくつかあるが」
水売り「それにも付けないのもいるんだ」
行政が孤児の生存に予算を付けてる様子はまるでない。
法律違反で子供を働かせたとしても、それを悪とは言い難い面がある。
「ありがとう、美味しかった。じゃあまたよろしく」
そういうので、手を振って、頭に水瓶載せた子供を見送った。
ビルト「やむをえないともいえるのか」
チリリ「みんながお腹を空かせないですむ、そんな奇跡を神様くださらないかしら」
なんかしんみりした空気の中、差し出されるジーネのパンの残りに、唐揚げを載せている俺。
ビルトソークがまったく不思議なものを見る目で感心している。
「同類の恩寵を聞いたことがないが、どこで得たのだ?」
話題を替えたかったのかもしれない。
「ミニダンジョンだな」
ビルトソークのパンにも載せてやりながら、うっかり口にしてしまう。
「「「「えっ」」」」
全員が驚いてこっちを見た。
「あ、しまった」
ジーネ「しまった、ってなに?」
チリリ「あ、でも訊かない約束してたっけ?」
エスタ「これは口滑らしたのが悪いだろ、中途半端で気になる。きりきり吐け」
ビルト「ミニダンジョンで特殊な異能を得るなんて聞いてないぞ…」
ないだろうな。普通得られない。
俺「… 以前こっちの三人には言ったんだけど、俺【使える呪いにかかりやすい】という呪いにかかってるんだよ」
いつものようにその場の思い付きで雑にごまかす。
俺「たぶんそのせい。それで普通の人なら躓かない切っ掛けで、呪いにかかってしまうんだ。ミニダンジョンだったのもたまたまに過ぎない」
聞いていてビルトソークが首をひねった。
「なんで呪いの話をしてるんだ?」
ジーネ「あれ? まだ聞いてないっけ? マショルカが唐揚げ出すのは呪いだよ」
ビルト「なんと!? そんな話は聞いたことないぞ」
チリリ「それは、呪いの種類っていっぱいあるから、たぶん専門家じゃないと…」
ビルト「それもそうだね」
ジーネ「でもあらためて聞くと都合のいい呪いだなぁ」
むむ。おのれジーネ、痛いところを。
俺「始まりの呪いはたまたまじゃないんだ。
喰いっぱぐれてあちこちのチームを転々としてるときに、安い恩寵石を渡されて、『これの使い勝手を教えろ』と言われたんだよな」
恩寵石というのは迷宮で見つかる宝物のひとつ。それを消費することで『通常なら神殿で得られる恩寵』を得られるというもので、事前に鑑定してあれば、なにが得られるか分かるので利点がある。
ただしレベルの低い迷宮で見つかるのは、ほとんどがゴミのような恩寵か、呪いが入っている。
ビルト「人体実験じゃないか。断れなかったのか?」
俺「こっちも切羽詰まっていてね」
エスタ「マショルカは、…あ、これ言わないほうがいいか?」
俺「いや、結構知ってる奴いるわけだし。
俺、霊格1なんだよ」
ビルト「ほう、 …それは、なんというか…」
俺「後がないんだ、だから試しにやってみた。すると心構えを度忘れするかわりに、戦況に応じた行動をとりやすくなったり、手から唐揚げ出せるといった、変わった呪いにかかるようになったんだな」
ジーネ「そのくれたひと、自分で使えばよかったのにね」
俺「たぶん俺がうまく使いこなせるかどうか見てから、自分で使う気だったんじゃないかな?」
ビルト「そうすると、同じ呪いの付いた石を複数持っていたことになるが?」
俺「そうなんじゃないか?」
チリリ「『呪い外しの石』が、キグヅリ鬼崩しで見つかるようなものじゃないかしら」
俺「そうそう」
エスタ「拾ったのを鑑定したら呪いの品だったんで、無駄遣いするよりはと押し付けたのかもしれないぞ」
俺「かもなあ」
しばし考えたビルトソークが、真面目な顔で尋ねてきた。
ビルト「有用な石かもしれない。その人物に会ってみたいな」
俺「残念ながら、そのあとの冒険で死んでるよ。パーティ壊滅」
ビルト「え? 知り合いとか残っていないかな?」
俺「どうだろう? 少なくとも俺は、名前も憶えてないよ」
ビルトソークは天を仰いだ。
ビルト「霊格が極端に低かったり、まったく良い恩寵に恵まれなかったものには、役に立つかもしれないのに、残念だ」
俺「【いざという時ウロが来る呪い】とかのがそうした人には向いてるだろ。そっちなら売られてることあるし」
ビルト「そうだが、あれは戦闘に使えないから、武家には向かない。君のなら使える可能性がある」
俺「やめとけ。そこまで言われたら言うけど、俺の受けたデメリットは寿命半減とか、頻々とミニダンジョンに潜らないと不調になるとかもあるんだ。
呪いの効果は運しだい、全く分からない以上、簡単に人に勧めていいもんじゃないぞ」
ビルト「… そうだな。君が表にそうしたものを出さないから、安易に『使えそう』と判断したようだ。すまなかった」
俺「いやいや全然、気にしないでくれ」
嘘ばっか言ってるんだから、気遣われると罪悪感出るんで。
エスタ「でも、呪いでもいいから特技を増やしたい、ってのはあるわな」
チリリ「うん。神様の配った札で勝負するしかないけどね」
霊格極少派は、そうなるよなあ。
ジーネ「うー、なんかすいません」
エスタ「身近に霊格膨大なのいたわ。使いこなせてねーの。ぷぷ」
ジーネ「なによぅ」
エスタ「泣き言言わなくなったら文句言っていいぜ」
ジーネ「ぐぬぬ」
ビルト「今気づいたが、もしマショルカの呪いが得られるなら、僕も欲しがったかもしれない」
チリリ「え。最初からそれで質問してるのかと思ったわ」
エスタ「お前霊格高いけど無駄に使い切ってるだろ」
ビルト「なんとなく前のまま余裕がある気がしてるんだ」
ジーネ「ビルトって時々ポンコツだよね」
そんなところでこの流れはお開きとなった。
俺を噂の発祥として、ミニダンジョンに挑まれても困るのである。
俺と同様な異能を得るものなど、現れないからだ。
それで噂を遡ると俺がいた、となれば、領主や神殿から「ちょっと顔かせ」と言われかねない。
迷惑なことである。
◇ ◇ ◇




