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「さすが先生、ここぞというところでの先生の武技なくして、我がチームは成り立ちませんなあ」
俺がわざとらしくおだて上げると
「ぬふふ、今宵のロンギヌスは血に飢えておるわ」
エスタも乗ってきた。
夜じゃねぇしロンギヌスは人名だろ、という苦情は受け付けない。
「ねぇ、ビルトソーク? これなに?」
と、魔物の消えた場に落ちていたものを拾って、ジーネが問う。
実家裕福な彼のほうが知るはずと思うのだろう。
ビルト「いや、知らんよ」
ジーネ「『ホヤの』?」
ビルト「貴殿、字が読めるのか!?」
「うちで読めないのはあたしだけだよ」
とエスタ。
「ほんとうか! それは凄い…」
なんだか後半しりすぼまりなビルトである。
「マショルカは知ってる?」
チリリが訊いてきたので、物品を見てみる。ラベルがある。
「ホヤの塩辛の瓶詰だな。食べたことはない」
「これも食べモノなんだ」とジーネ「薬かと」
俺「酒好きが好むとは聞いたけどね」
「なぜ貴殿が知っている?」
例によりビルトソークが不思議がる。
「わけあってちょっとね。例の占い能力と関係ある。たぶんまだ聴かないほうがいいだろう」と俺。
めんどくさいので雑に質問を封じておく。
エスタとチリリがなんか言いたそうだが無視だ。
「それでおいくらくらい?」とジーネ。
「そんな量ないし、酒の肴に過ぎないし、500ギルくらいじゃないのかなあ?」と俺。
「あまり売れそうもないなら、あたしらでアテに」
「いいよねー」
なんか呑み助のエスタ・ジーネが言ってるが。
「さすがにそれはお金が余ってからにして」
とチリリに釘を刺されていた。
次の部屋にはコアがあるが、以前の経験から俺は警戒しながら室内に入った。
この隧道、墓を意識してるのか、最後の部屋では、古びた壁画に取り囲まれる。昔は極彩色だった感。
描かれるのはザクロの実だろうか。
中心にあるのは棺ではなくコアだが。
「最後の部屋で魔物と遭遇した例は原則ないそうだよ」
とビルトソークはいう。
だがねー、『遭遇したものが誰一人助かっていない』という可能性もゼロではないのだ。調べようないし。
「ちょっと待って。いま原則って言ったよ。例外は?」
ジーネが気づいて指摘した。
そういえば言ってたな。
「ズルして裏からコアに触りにいってはいけないようだ。
他のチームが出てくるのを待って、すれ違いに逆入りしたものは、皆消えてしまったという」
やっぱり何かいるじゃないか。
「面白い発想ね。する気はないけど、もし出口を開けたままでコアに触れたらどうなるのかしら?」
とチリリが問うと
「ここのは知らないけど、同様のタイプだと、密室状態にならなければ、コアからの恩恵は得られないと聞いたね」
とビルトソークが答えた。
まあズルはするなという事だろう。
しなかった俺たちは特に問題なく、コアに触って出てこれた。
◇ ◇ ◇
横の扉を出ると、右に向かっている細道トンネルがある。
遠くが明るい。外だ。
「では早速神殿に向かおう。そちらで昼食をとり、また戻ってくれば…」
恩寵を欲するビルトソークは喜んでいるが
チリリ「ちょっと待って。やっぱりこれじゃダメよ」
エスタ「だよなあ、採算とれないぞ、これ」
彼より現実の見えてる女性陣から、待ったが入った。
「え? どういう」
「というか、ビルトの財布は、まだまだ重たいのか?」
俺が疑問をぶつけてみた。
「そうでもない」
「こっちもだ。
なのに一回ダンジョンくぐっただけで都市へと戻り、午後にまた来てまた戻る、なんてしてたら、稼ぎがなさ過ぎて干からびるぞ」
「そういう面もあるか… いや数日間なら」
ビルトソークは追加職業に関してもそうだったが、スイッチ入るとそれしか見えず、執着する性質があるようだ。
今は特技を得るのが楽しくなっているらしい。
最初からこうならコイツ追い出されていないのにな。
「ともかくいったん戻ろうよ。ここ狭苦しいし、おひさまの下で話そ」
ジーネの促しで、みな外に向かうことになった。
道々行くと、右側にいくつもある扉からほかのパーティが、慌ててだったりよろよろしたり、出てくることがある。
「結構挑戦者がいるものだな」
ビルトソークが感心の声を上げた。
「たぶん何度も入り直して稼いでるぞ。傷ついたらすぐ撤退できるのは魅力だが」とエスタ。
「事前に次の相手の情報が得られないのが難点ね。キグヅリ鬼崩しではマショルカが先行調査してくれて助かったけど」とチリリ。
逃亡不可、という欠点は、行動表に縛られるこの世界の住人には、致命的な欠陥とは意識されないようだ。結構でかいと思うんだが。
それに俺の重要度が減ってもいるな。斥候職の意味が宝箱開けくらいしかない。
まあそれは別にいいか。
外に出ると、適当な場を選んで一服した。
歴代の先輩たちが、具合の良い石をそろえて円く並べ、座りやすくしてくれているのである。
隧道の入り口を中心に、そうした場が半円状にいくつかあり、利用もされていた。
水売りの子供らがいたりして、たくましい。
軽く休憩とった集団が、様子を見て隧道に向かって行く。
なにやら樽の様なもの修繕?してるものもいる。
竹筒を傾けて口を湿したビルトソークが提案した。
「では休まず周回して、十分稼いだとなったら神殿に向かい、時がまだあるなら再挑戦に来てはどうだろうか。やればできそうだが」
「見た感じ、それはルール違反になりそうだな」
戻り道をきたチームで、すぐ入ろうとするのがいないのを眺めつつ、俺は言った。
「ルールはわかんないけど、12部屋を警戒しつつ通過して、すぐ次というのは、けっこう疲れるんだけど」
とエスタ。他二人の女子もうなずく。
「思わぬしくじりも起きかねないわ。一巡したあとみんな休憩しているのは理由があるのよ」
チリリが言う。
「あといったん帰ったら、また来るの結構嫌だなあ」
とはジーネ。
確かに一日の大半を移動だけ、それも同じ場所の往復に使うのは精神に来る。
「うーむ、思ったより不評か」
思惑通らずしょんぼりのビルトソーク。
「どうしてもというなら、ビルトソークだけ神殿とここ往復する手もあるけど?」
とチリリが気を使った表情で確かめる。
「いや、それは、僕がここを今回勧めたからな。
何かないとも限らないから、戦力を削ることになる選択はしないつもりだ」
ビルトソークの表情が穏やかなものになった。切り替えたようだ。
「ここがもっと都市に近かったらよかったんだけどね」
とジーネ。
「これより近いのはミニダンジョンと呼ばれるのくらいだな。実入りが乏しく恩寵も少ないところだ」
律儀に返答するビルトソーク。
「ああしたミニダンジョンは、昔は普通に稼げたともいう。
それが長年探索され続けて、力が擦り減った結果ああなったのだとか。
都市の近くにしか、ああいう弱いダンジョンはないものな」
あー、都市近郊にだけミニダンジョンがある理由として、前世、そんなことを言ってたような。
公式設定にしたわけでもないので、この世界でも漂っている噂くらいになっているのかな。
実際には単に、神殿から遠いミニダンジョンなんて誰も使わないから設定しないだけなんだが。
「あら、私たちの知ってるミニダンジョン、あそこもここくらい都市から距離あるわよ」
とチリリ。
「そういうのもあるが。
近いのだと、城門でて20分くらいだけど」とビルト。
チリリ「そんなに近いの?」
ビルト「ああ。3部屋しかなく、まったく実入り無いのと、敵の数に幅があるのでまるで利用されてないけどね」
ここでチリリの目線がこちらに走って、どういうことか説明しろと言ってる様子なので、慌てて言い訳した。
「あそこはここの隧道と同じ構造で、敵が出たら逃げ場がないんだよ。
より正確には、逃げると外まで魔物が付いてくる。
ミニダンジョンの割に敵が強い。
しかも数出ることがそれなりある。
危険すぎて使いものにならない」
チリリの怒りが収まった。
「ならしかたないか」
「でも戦士二人もいれば多分平気だぞ」とビルト。
「戦士だけならな。ジーネも連れてくから3匹以上敵が出たらまずいんだ」と俺。
「ああ… それならわかる…
部屋の角に位置すれば、二人でも守れないか?」
む?
案外可能な気がしてきた。
ゲームだと基本、抽象戦闘で、敵味方、数の多いほうに合わせ、前列の人数をそろえるのだったが、それでも通路だと『ここでは前列は3人まで』『二人まで』といった制限がつくのはよくあった。
えーっと、あれと同じだな。
むしろルールと現実のすり合わせであるこの世界、当たり前に気づくべきだ。
あ、いけない、チリリがじーっとこっちを見ている。
これは話題を替えねば。
「ねぇ、あのチーム、不思議なものを持っていくよ」
何処かを見ていたジーネが、振り向いて告げた。
よくやったジーネ、良いタイミングだ。
見ると今から隧道に入ろうと向かっている6人グループで、チームシンボルか、みな派手な色の腰袋を付けている。
そして樽を改造したようなのを、4人ほどで運んでいるのだ。
ジーネ「何か隧道クリアに向いた作戦あるのかな」
ビルト「うーむ…」
エスタ「あちらさんが持ってる特技にもよるだろうしな、こっちが真似できるとも限らないさ」
ビルトソークは何か察したようだ。
俺もあれかなとは思ったけど、合意の上でしてる分にはありだと思うので、とくに言わなかった。
「ねぇ、あの向こうにいる人、この前出会った人じゃない?」
チリリが気づいた。
俺も気づいた。えーっと、ウヒョウ?
しかし俺たち二人以外が気づく前に、中に入ってしまった。
エスタ「まあいいか。
あと再挑戦の前に小便しとかねぇか?」
確かにどうでもいいことではある。
彼だって新たな仲間をみつけ、どこかで働くに決まっているのだし。
荒野で身を守るのは自分たちなので、トイレも集団で行くのが普通だ。
さすがに男女に分かれるが。
それで小さな崖の上でビルトソークと連れションしながら、ちょっと思ったことを言ってみた。
「あの魔物寄せの薬はまだあるの?」
「あるぞ、必要数は分からないからな」
「一つ分けてくれないか」
「いいけど、使うのか?」
「そっちが使って死に掛けたら、こっちに引き寄せるよ」
「そうか。 …女性陣を守ってくれ。まあ、なるたけ倒れないようにするよ」
「そりゃあもちろんだ」
なんとなく、一人だけカッコいいのが気に食わねぇ。
行動表のない俺は、いざとなったら使うの躊躇いそうだが。
状態異常『逡巡』は常時発動中。
◇ ◇ ◇




