32
イダルミ隧道は城塞都市からほど近い、禿げた丘のふもとに口を開けていた。
周囲は枯れた岩がちの地面で、都市から近いにもかかわらず、地質のせいで農地化は諦められているらしい。
代わりに燃料補充地として扱われているのだろう、丘も周囲も禿げているのはそのせいだ。
入り口には二集団ほどの探索者が既にいて、見てる間にも中に入っていった。
周辺には傷を手当てしたり、一服しているものもいる。
入り口は二つに分かれ、片方から血に濡れた探索者たちを吐きだしていた。
「内部は12の部屋に分かれ、数珠つなぎに繋がっている。
部屋に入ると入り口が閉まり、何かが起こる。戦闘とかね。起きないこともある。
戦闘が終わったり、何も起きずにしばらくたてば、二つある出口のどちらかに行ける。
右の口は外へと出る道だ。正面に進むと次の部屋。最後の部屋にコアがある。
ということだ」
下調べしてきたビルトソークが勇んで解説する。
まあそんな感じだよな、一本道ダンジョン。
「知ってる知ってる。来たことあるもん」
エスタが普通の調子で言う。チリリは配慮して黙っている。
「なんでわざわざ帰る専用の道を造ってくれたんだろうね。通過した部屋を帰らせればいいのに」
ジーネが不思議そうに言う。
「それだと、後からはいったグループとかち合うからじゃないかな」
とビルトソークが推測する。
「なるほどー」
とジーネが感心。
実際には某有名3Dダンジョンゲームへのリスペクトだった気がする。
「ではいきましょう。一応ここでパーティの再結成をします」
とチリリ。
「「「応っ」」」
そして俺たちも、左の口から内部に入っていった。
◇ ◇ ◇
なんと8室目までは空っぽで何も起きず。
一見石造りの墓室のような空間に、ヒカリゴケがあるばかりで、殺風景そのものである。
最初あった緊張感もだんだん薄れて、機械的に入室、壁際に散って、扉を閉めて中央を監視、を続けていく。
ちなみに扉はほっといても締まる。ゆっくりと。
9部屋目で2体のスケルトンが出現して、ごみの様な魔石を残して逝った。
しょばい。
そして10室目。
それまで同様、俺とビルトソークが向かいの壁まで行って振り返り、三人娘が扉を閉じる。何かが起きるのを待つ。
これは俺にとり、三人娘の頭上に浮かぶ数字が見えやすいからである。
ビルトソークは特技なしなので、盾こそ持つが優先順位が下がる。
特に説明していないのだが、別に誰の反対もなかったので、都合よくそうしているのである。
そして待っていると部屋の中央が輝き、6つの白い影が煌めいて実体化が始まった。
「離れろ」
いいながらビルトソークが自ら俺との距離をとり、『嫌われ者』の薬を地に落として踏み砕いていった。
かねてより、5匹以上の敵が現れたらそうすると言っていたのである。
光の塊から空飛ぶ黒い獣となった魔物たちが、素早く蛇行しながらビルトソーク目がけて襲い掛かる。
噂の蝙蝠だ。
そのときジーネの頭上で《1:4》の数字が躍った。
なにも起きない。
【ホコリ巻き】は、発動成功しても風が舞うまで間があるのである。
俺も間近を飛ぶ一匹目がけ槍を振るうが、掠りもしない。
さすがに飛ぶ奴は避ける。
それでも俺の振るった武器を嫌って2匹はコースをゆがめる。
残る4匹がビルトソークに噛み付きかかるが、さすが名門御曹司、3匹までを華麗にかわし、剣を振るい(スカッ)、最後の一つも盾撃ちで返す。
まあ最後のは《1:6》で俺の助けが入ったが。
そして駆け付けたチリリが棍棒一閃。
普通にあたって一撃死。
飛べる奴なんて大概脆弱である。
さらに走りこんだエスタが横殴りの槍で《2:6》
過剰な暴力でデカブツを真っ二つに引き裂く。
デカブツ?
ひょっとして今の、ほかの5匹と違ってた?
まあいい。
遅れてジーネが先ほど招いたつむじ風がやっときて、残った4匹、とはいかなかった、たった1匹のコウモリをキリキリ舞いにする。
巻かれたコウモリも地には落ちたが生きていて、かなり不発に近い結果に。
しかし続けてジーネの魔術がさく裂し《6:6》
雷撃が舞っていた一匹を粉みじんに打ち砕く。
エスタは《2:2》を出したが、それでも普通のコウモリに槍を当て、それを絶命させる。
チリリは確実を狙って地に落ちた一匹を踏み砕く。
俺が最後のやつを槍で討ち、なんと無傷で戦闘が終わってしまった。
「楽勝ではないか!」
ビルトソークが感動してる。
まあ囮を頑張ったのだから素直に賞賛すべきだな。
「空飛ぶ敵とは言っても、そこまで当てにくいわけではないようね」
チリリが棍棒の振り心地を確かめている。
「初級ダンジョンだからなー。そこまで無茶言わんのでしょう。
というかエスタの討ったの、一般よりでかくなかったか?」
俺が確かめると、やはり魔石が5個に加え宝箱がある。
「いたな。吸血大コオモリ。
まれに熱病をうつすからな」
とビルトソーク。
「お? 聞いていないが?」
「見かけたらこの薬を使うから大丈夫だ。病気持ちでも、すぐ発症するわけではないから今日は持つ」
この薬というのは魔物の敵意を買う『嫌われ者』のことだ。
熱病対策の薬を持つのかは訊き逃した。
どうも6匹の敵を見たからではなく、吸血大コオモリの出る予兆を見て『嫌われ者』を使ったようだ。
というか、ビルトソークって思った以上に覚悟完了しているな。
武門の名家とは皆そんな感じなんだろうか。
なんとなく彼だけが、これに関してもずれてる、って気がするが。
「つまりその大物を倒したあたしが今日の殊勲賞か? ご褒美期待するぜ!」
エスタが吠えてる。
「こうした場合、分配率を変えるのは良くないよ」
ビルトソークが諭してるが、多分彼女の望みは違うぞ。
俺「あ、そういえばまた【指先通話】してないわ」
エスタ「なんでだよっ」
ほら。
俺「やっぱ無駄な一手挟んでおく気には」
エスタ「無駄じゃないでしょーっ。あたしのやる気スイッチっ」
俺「ミニダンジョンならともかく、初級から上の迷宮じゃ危険よ、心構えに入れとくのは。
帰ってから使えばええやん、安全第一」
エスタ「ぐぬぬ」
たぶん帰ったらチリリから「やるな」言われるけど。
「なぜ彼女は彼の胸倉掴んで揺すぶっているのだ?」
ビルトソークは尋ねるが、二人の女子は両手を軽く広げて処置なしのポーズをするばかりである。
宝箱の中身は某焙煎ゴマドレッシングだった。
ビルト「これは知ってる。食通垂涎のものだぞ」
買取でも1000ギルくらいは堅いそうだ。
やはり調味料系は求められている。
「あなたも食べたいの?」
とジーネが問うが
「無論あれば頂くが、大金払ってというほどではないな。売るべきと思う」
とビルトは返したので、そこまで食にこだわりないようだ。
尋ねたジーネは肯定してほしかった顔しているが。
「では次の部屋で最後、無傷でいくわよ」
チリリの声で、みな次の部屋に向かう。
入る前にエスタから「最後の部屋だからね、お願い」と小声で念を押される。
えー
そして次の部屋はスライムが一匹だけ出た。
「うわぁ! あたしが殺っちゃったぁ!」
初手、エスタにより粉砕。
エスタ「ねぇマショルカ、間に合った?」
俺「間に合うも何も、心構えに入れていない」
エスタ「最後の部屋だよっ、入れとこうよっ」
俺「むしろ後半ほど入れたらいけないような」
一本道ダンジョンで後半ほどきつくなるのは、あるある。
ここがそうかは知らん。
「宝箱、でたぞ」
ビルトソークが俺たちの漫才を中断させた。
俺「スライムで宝箱?」
さすがに首をひねる。弱敵はせいぜい魔石なんだが。
というわけでプレイヤー能力で見てみる。
3割の確率でミミックか。
斥候能力で罠鑑定。『不明』。
俺「まあいいや。開けるから離れてくれ」
言ったのにジーネ以外はそう離れない。
俺「なんで?」
ビルト「異常事態だろ」
チリリ「逃げても結局密室だし」
エスタ「とりあえずぶん殴る用意さ」
俺「まあそうかな」
いいつつピッキングツールをズブリ。
ミミックだぁ!
さすがに警戒していたので避けるのに成功。
斜め前にいたチリリが盾の下縁を突き立てる。
ミミックが宝箱の補強金属枠でこれを受け、盾にビキリとヒビが入った。
チリリの可愛い顔が引きつった。
ミミックを取り巻きフワリと白い煙が沸き上がる。
これはジーネの【眠りの雲】か。みごと自力で出したようだ。
しかし達成値が低かったのか耐性あるのか、魔物に眠る様子はない。
次のビルトは普通に当てる。
さすが人類最高レベルの基礎能力。
と追加物理ダメージ+1。
飛び下がり、地に置いた槍を掴んだ俺が、そのまま地を這うように箱の脇腹をつく。
カニの様な脚を繰り出し立ち上がって避けようとするが、その足に当たる。
どうにか頑張る平均人類俺。
と追加物理ダメージ+2。
そこに満を持して放たれるエスタの愛槍。
頭上に《6:3》と見え、刺さった槍が外壁をブチ砕き中の味噌を掻き乱す。
おやまだ生きてる?
と思ったらエスタが内をえぐって箱を蹴り飛ばした。
ひっくり返って虫の裏のようなのを見せたミミックは、そのまま霧へと解けていった。
◇ ◇ ◇