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次の日神殿前の待ち合わせで、お祈りしていたビルトソークを拾ったのだが、ここで駄弁るのは迷惑だろうと、場所をいつもの飯屋に移している。
組合待ち合わせにしないのは、ありていに言えばウデンタと揉めたくないからである。
そこで朝飯を頂きながら、今日の計画を練ったりそれ以外をしたり。
「おやっさん、こんなのどお? 看板に彫って、吊るしてみたら」
「なんて書いてあるんだ?」
「めしや」
「ダメだな、俺に読めねぇし、ここに来る客も読めねぇ。今あるんで十分だよ」
「そっかあ」
書家の才を得たジーネが、テラの葉にそれなりの達筆で書いた文字を、看板にどうだと売り込んでみたが、店の主人には残念ながら不評のようだ。
確かに往来を行く者の多くが読めないのでは看板の意味がない。
なお今現在の店の看板は十字架である。
十字架=救世主=メシヤ
なお十字架が救世主を意味する理由、現地人、知らなかったりする。
俺「それで新しい通話術についてだが」
チリリ「ほんと勘弁して」
ジーネ「あたいもちょっとなー」
エスタ「あたしはOKだよ。むしろ24時間切る必要なし」
ビルト「なんの話だ?」
朝粥など喰いつつ、質問してきた。
知らんのだから当然ではあるが。
エスタ「論より実践。さきっちょ舐めてやれ」
俺「本人の承諾なしにはちょっと」
ジーネ「ありならいいの?!」喰いつき良いな。
ビルト「だから何の話だ」
チリリ「先日マショルカの頂いた恩寵の使い方についてね、デメリットが深刻で」
チリリ「もうその術はエスタだけを対象と限定しましょう。それでこの話は終わり」
ジーネ「エスタも結局暴走止まっていないし」
エスタ「すまん。ふぅ、ちょっと落ち着かんといかんね」
俺「エスタとの実験で、これなら巧くいく、というのが見つかったら別だけど」
チリリ「その場合もちゃんと一言断ってから使ってくださいね」
俺「あれ敬語?」
チリリ「少し距離感出来ましたから」
うわぁ。
そういえばジーネも視線合わせないような。
「まあいい。それより今日はまた野豚街に行くのかな?」
ビルトが話題を替えた。
「先日いろいろあったから、今日は別の場所に行きたい気がする」
チリリが言うのは、バスティオスを消したことだろう。彼の実家が調べに来ていないとも限らない。ほとぼり冷めるのを待った方がいいはずだ。
「ならば、近くにイダルミ隧道というのがあるが、そこはどうだろう?」
とビルトソークがいうが、俺としては反対したい。
「あそこは、危険を避けて通れない一本道迷宮だろ…」
「冒険で危険を避けてどうするのだ。また利益も上がるはずだ。寂れた迷宮ではないときく」
「私たちも確か行ったことあるわよね」
と首をひねるチリリ。
「あるよー。二人は結構頑張ってたと思うけど」とジーネ。
「ああ、思い出した。同行者が敵と相打ちになって引きあげたんだ」
思わず声を上げたエスタ。
そのあと三人で落ち込んでた。
嫌な方の想い出だったらしい。
「それが冒険というものだ」
一人前向きな感慨をもつビルトソークだが、こっちは反論する。
「冒険したいんじゃないんだ。最低限の危険で喰って行きたいんであってね。ほかにないからこの稼業はするけど」
俺が代表というわけじゃないけど、三人娘も方針は変わらんと思う。
「ではよその初級ダンジョンにする? たとえば距離はあるけど…」
別の提案をしようとするチリリだが、
「かなりの格上が敵として出ても、1~2回ならどうにかできる消費アイテムがあるんだ。それが尽きたら、次は別のダンジョンに行く、というのはどうだろう?」
ビルトソークが粘る。
「なんでそんなにその迷宮にこだわるんだ?」
とエスタが訊く。
「何より近場だからさ。そして一本道だからコアの場所を探してさまよう必要もない。一日2回は神殿で恩寵を願えるんだ」
「またマラソンするのかー」
チリリが天を仰ぎ
「それお前にはいいけど、あたしにはメリットないぞ」
とエスタがブスくれる。
「あれ?」
とビルトソークが戸惑った。
彼はエスタの枠が満杯だとか知らんからな。
「まあ、ジーネが育つなら損はないわ。
ホントにあなたの言うように、その消費アイテムで一度は安全確保できるなら」
チリリが考えを改めた。
「でもあの隧道って、コウモリ系をよく見たと思うよ。武器を振るっても避けられてた憶えあるんだけど、大丈夫?」
とジーネが不安の声を上げる。
多くの魔物は回避を不得意としていて、これはゲームでそのほうがストレス感じないからという理由だが、飛行系は例外が多い。
その分HPは低めだが。
「当てられるとは思う。戦士としての技量は高いらしいよ。僕」
とビルト。
自信家だな。
初期メイクで技能値最大出したといっても、劇的に良いわけではないのだが。
最強でも最弱に負ける可能性があるように、と造ってたから。
ビルト「一応このあと市場で薬を買っていこう。予備があれば安心できる」
チリリ「治癒薬?」
ビルト「いや…」
「そういやジーネが【ホコリ巻き】貰ってたな」
思い出した俺。
「あるけど。4級」
「飛ぶ魔物に追加効果あるんだよな」
敵につむじ風を巻き付けて嫌がらせし、一回休みにする。
貰えたのが4級で【眠りの雲】より発動しやすいのと、
巻き込まれる敵の割合が多めで、
空を飛ぶ魔物を落としてダメージを与えることがある特色がある。
ただし効果が出るのが遅い。
あとジーネの持つ【眠りの雲】は効果範囲が広いタイプで、これも蝙蝠には効果あるだろう。
ジーネ「発動すればねー」
俺「なんとかなるべ。最後はビルトソークに期待するわ」
ビルト「任せてくれ」
そのあと親父がジーネに木の器を示し、ジーネが俺に唐揚げをねだる。
冷えるだろうに。冷えてもいいのかそうかい。じゃあここの飯代と相殺で。
奢った形になったので「やっぱ頼りになるなぁ」とジーネに言われた。
エンゲル係数高いからね、この娘。
というか迷宮での活躍より唐揚げ評価されてるな。
「そういえば、あなたの従者さんは見つかった?」
さりげない調子でチリリが尋ねた。
聞くべきか迷ってたようだ。
「いや。全く影も形もない。
そういえば宿の預かっていた荷物を見たら、あのものの持ち物はなくなっていたな。
どこでどうしていることやら」
そっかー。
主人の彼も恨みに思う様子は見せないので、この件はこれでお終いだな。
まさか逃げられたと分かってないということはないと思うが。
なんとなくしんみりして、話題も止まったので、市場に向かい物資を補充することにした。
◇ ◇ ◇
俺「チリリたちは信じてるようだが、奥の手ってのは具体的になんだい?」
三人娘が朝方の市場で気になる布地を発見、それを今買うか、荷物になるから後にするかで議論しているので、その隙にビルトソークに尋ねてみた。
「さっき補充したが、この『嫌われ者』と、以前から持ち歩いてる別の品の併用だな」
ビルトソークが手のひらを開いて見せてよこした。
『嫌われ者』の薬は、使用者が魔物の攻撃目標となるアイテムだ。
効果の強度は値段に寄るが、最低のでも、今日行く場所程度なら有効だろう。
使った者は当然、死にやすい。なので不人気で安く売られている。
俺「うーむ、しかしそれだと、単に君が一番で死ぬだけだろう。こっちが死なないというわけではないが」
ビルト「昨日のうちに調べたのだが、イダルミ隧道で出る強めの怪物というと、吸血大コオモリという。人が一撃で死ぬわけではないそうなので、盾と鎧が硬く回避もできる僕が的になっている間に、みんなに叩いてもらえばよい」
俺「なるほど」
ビルト「今まで出たうちで最強はカリテイモという怪物だそうだが」
俺「うーん? 聞いたことあるような?」
ビルト「この場合はこっちも併用する」
そう言って護符を見せた。
俺「そいつは?」
ビルト「【喰いしばりの1】だ」
それはチリリが持つ唯一の特技と一緒か。
ビルト「これを結縁装備していれば、死ぬほどの重傷となっても、まだ戦える」
俺「その間に背中撃ちで倒せと?」
ビルト「そう言うことだ」
俺「なんでそんなもん持ってるんだ?」
ビルト「武家であれば持たされるぞ。主君を守るとき、粘り抜くためのものだ」
そかー。覚悟が必要なんだな、名家も。
あ、でもその護符使えるには、霊格に空きがいるじゃん。
ビルトソーク以前は空き枠無駄職で使い切ってたろ。
そら家追い出されるわ。
◇ ◇ ◇




