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 下段のベッドが大変に不機嫌な空気となり、びくびくしながら就寝する。


 その前に【指先通話】の説明文をようやく読む。

 一文字ずつ追っていく感じだから、ひとり集中できないと難しいのである。

 闇の中でも読めるのは助かるが。


『パーティメンバーの背中などの幻を呼び出せる。これに指などで文字を書くことで、相手に連絡する。触感以外は伝えることはできない。ダメージを与えることなどはできない。幻は術者にしか感知できず、術者の肉体でしか触れられないが、術者のオーラを含んだ物体は例外とする』


 フワッとした説明だな。「など」が多すぎる。最後の一文は意味不明だし。


 そういえばこれ、実際に背中に書いて文字を当てるルールだったような。

 15年以上前だからはっきりしないんだよな。


 ゲームメンバーの妹さんが参加したときに、直じゃまずいと筆を使ったことがあったの思い出した。

 最後の一文はその時の書き込みか。

 曖昧なルールということで、恩寵テーブルから外す場合も多かった気がする。


 曖昧な分、検証が必要なのは事実かもなあ。


   ◇ ◇ ◇


 夜中に何度か、リズミカルな振動に目覚め、何事かと警戒し、気づいたことに気付かれてはいけないタイプのそれと気付いて寝たふりをする。


 いや、気づいてもよかったのか? エスタ開けっ広げだし。


 ともあれ翌朝こっちはやや寝不足で、エスタは相変わらず拗ねていた。


「特技を消耗させないためには、戦闘で使うしかないじゃん。あたしも戦場についていったら、そっちで手を抜くわけにいかないじゃん。またお預けになるじゃん。やだかんね。

 マショルカが一人でいって、あたしが満足するまで検証してこい! そしたら午後ジーネを連れてってやるよっ」


 毛布をかぶって寝籠もりしてるので、どうすっぺと残り三人顔を見合わせた。


「当初は二人で行く気だったし、まあいいけど」

 と俺が言えば

「いえ、万一があるわ。私が一緒に行く」

 とチリリが言い出す。


「買い物に行くんでしょ?」

 と申しわけなさげなジーネ。

「一人で行くのもなあ、と思ってたし、いいよ。

 エスタ、朝食は?」

「食べる!」ばっと毛布を蹴り上げた「それとこれは別。他はさておき喰うのも戦士の仕事だ!」


「とはいえ、エスタは残るならわざわざ着替える必要もないよな。

 ジーネと二人で、見繕って買ってくるよ」

「ならお願いね。それと今日の洗いものは私のでいいかな。昨日斬られたから、繕いも頼みたいし」


 そういえばチリリはバスティオスの一撃を受けている。

 今日の買い物とは、新しい服だったのだろうか。


 そして二人で朝の屋台を巡り、四人分の食を確保してきた。


「なんかすまんね。さっきは頭ゆだってた」

 戻るとエスタが幾らか落ち着いていた。チリリに諭されたのかもしれない。

「その分なにしてきてもいい。怒らない。むしろして。しろ」

 腰はゆだったままらしい。


「ひとりで寝ててもいいけど、きちんと閂は締めておくのよ」

「あいよー」


 食事を終え、エスタにチリリが諸注意を残して、俺たち三人は宿を出た。


   ◇ ◇ ◇


「エスタは男に食い物にされないか、心配になるな」

 城門に向かって歩きながら、つい口にしてしまう。蔭口になりかねないな。


「ああ見えて、そんなに悪い男と付き合っていないから大丈夫よ」

 とチリリは言う。

「裏表なしに言いたいことを言う自由人だし、ガサツでやりたいことを曲げないし、それに合わせてくれる人しかくっつかないものね。そういう人でも剥がれちゃうのが難点だけど」

 ジーネが補足する。


「そうか。かえってダメ男は寄ってこないのか」

「でもあれで付き合う相手には尽すところもあるんだよ」

 とジーネ。

「そうかー」


 気が強く性欲の強いドMとだけ見てはいかんな。

 この属性だけでも十分な気はするが。

 いやいや探索者としては「信頼できるか」がすべてだな。


   ◇ ◇ ◇


 城塞都市近くにあるミニダンジョンは、5×5=25の天井なし部屋が並んでいる。これでも、隣室との出入り口は壁になったり開いたり、人がいないうちに改装されるため、立派に迷路にはなっている。

 スライムと弱体化オークしかいないし、罠もない。二人も戦士がいたならまず安全にコア探しができるのだが、実入りもまるで乏しいので、まったく不人気であった。


 今日も我々だけのようである。


「じゃあなるべく戦闘長引かせてください。その間に【指先通話】発動するんで」


 などと悠長に実験する余裕もあった。





「怪我をしたの?」


 スライムとの戦闘後、俺が左手の甲を舐めていると、気にしてチリリが尋ねてきた。


「いや、通信する相手の皮膚を、俺の体に貼りついた形で出せないかと思って。

 最初のイメージだと、目の前のこのあたりに対象の背中が浮かぶ感じだったんですよ、スクリーンみたく」


「すくりいん?」

 不思議そうにジーネが訊き返す。


「あー、板みたく」

 この世界日本語が使われてはいるが、まったく見かけないものの名称は、やはり知る人少ない。

 たとえ日本語でもなにかの専門用語だと、知らない人がいるようなものなんだろう。


「でもそれだと戦闘中とか邪魔で。

 それで手の甲とかにくっついて出せないかなと思って、試したら出来ました。

 最初のは多分眉間からの相対位置が固定で、そうした基点は自分の体のどこを指定しても良くて」

「ふーん。ところで敬語」とチリリ。

「おっと済まない」


 やっぱりリーダーと思うと敬語になってるんだよな。


「でもそのサイズで文字は書けるの?」とチリリ。

「叩いた回数で連絡とるとかは簡単にできるんじゃないかと」

「なるほど。三人並べれば一度に伝わるわね」

「あとは擦った方向とか回転とか」


 そう言って俺は手の甲、の上のエスタをさすって見せた。


「なんで舐めてたの?」とジーネの疑問。

「こう見るとどう見える?」

「膜が浮いてる。これツバキ?」

「そう。俺の唾液だ。これ指先同様、俺の体の一部らしい。

 乾くにつれ急速にそうじゃなくなるみたいで、あ、ほら、落ちてしまうけど。

 体から出たものは、しばらくは俺のオーラが残ってるのかなと。

 抜けた髪の毛もしばらく俺として扱われるらしい」


「その意味は?」とチリリ。

「特に思いつかないけど、気になったので。そのうち何か思いつくかも」

「ふーん」


「ところで、そこにエスタの一部があるんだよね」とジーネ「どこ?」

「この辺に膝の裏とかウナジとか」

「ほほう」

「一度に何カ所も呼べるのか試したけど、できるね。

 複数人数可能かどうか調べるの、協力してもらえると…」

「舐めてたのは?」

「多分一番敏感なところ」

「うひぃ」

「文句言われるのも飽きたから、それなりしとくよ。こっちからするとイボでも弄ってる感じだけど」


 味もニオイも相手の声もないので、反応は帰ってからのお楽しみである。

 表情は見ることができるが、あえて知らん。


「お手柔らかにね」

 ため息のチリリ。

「お手柔らかだとまた怒るからなあ」

 とジーネ。


 異なる人の部位を同時に呼べるかの実験には、ジーネが協力してくれて成功した。


 そのあと2戦してコアを見つけ、速足で都市へと戻っていった。


 神殿での祈りの結果は『農民』

 ジーネがっくりうなだれる。

 俺も霊格が上がらず項垂れる。


「ねぇ、なんでマショルカまで元気なくしてるの?」とチリリ。

「呪いの関係。気にしないでくれ」

「ほんとに呪いの影響でミニダンジョンに行くのね…」


「まだまだ。今日は三人いるからあと2回は挑める。元気出して行こー」

「むしろ行き来がきついよね…」とジーネ。

「まあそうだが、一人だとまれに中もきついからな。ましと思って慣れろ」


 城門を出てしばらくしてから、チリリが寄せてきて、小声で尋ねてきた。

「ねえ、ビルトソークにしたように、ジーネの余分な職を削れるの?」

「あー、今ならできる」


「じゃあ農民重ねて頂いたはずだから、そうしたら?」

 チリリ、今度はジーネに言う。


「あぅ、二つとも削ってもらおうかな」とジーネ。

「いいのか」

「土地ないとムリだもん。土地が買えるほど探索者で成功したなら、農民なる必要ないんじゃないかな」

「じゃ削るわ、ほれ」

「おぉ、え? ふざけてる?」

「ふざけてない。実感ないだろうけど、もうないぞ」

「ぇえぇ?」


 やり取りを見ていたチリリが、抑制された声で言った。


「それって、私の【喰いしばり】も削れる?」

「いらないのか?」

「5級ではね。イザというときのためのものなのに、まったく頼れないもの」

「多分削れると思う。

 しかしやるなら、一度霊格を満杯にしたあと、高いクラスのコアに触って神殿で祈る直前がいいのでは?

 手持ちの恩寵よりいいものが得られる、という寸前までは、もっていた方がいいよ」


「そうね。そうするわ。

 そういう発想が出るくらいには、その能力について考えてたのね」


 また妙に鋭い指摘をチリリから頂いたが、モゴモゴとごまかす。


 それを見たジーネが訊いてくる。

「さっきからずっと、しゃべりにくそうだけど?」

 つまり実際にモゴモゴしているのである。


「これはエスタ姐さんの一部を口の中に呼んで、舐めてる」

「うへぇ」

 呻いたジーネのみならず、無言でチリリも引いたんだが。


「さもないと戦闘も成長もエスタの満足も、と全部はできないって。

 両手は使うんだから」

「エスタはどう感じてるんだろう… エスタだからいいのか」

「感じてるだろ。ずっと硬いままだ。嫌ならパーティ抜ければ済むし」

「それもそうか。 …マショルカは平気なの?」

「口の中にデキモノあるのが一番近い。邪魔だから無意識でもずっと舌で弄ってしまう。 そうなるようにしてるわけだが。

 うっとおしいんだけど、あちらの機嫌治るならいいか、くらいだね」


 内腿や膝裏なら平たいから邪魔にはならない。しかしそれだと舐めるのを忘れてしまうのである。


ジーネ「いいならいいか」


 ちなみに今、口の中に在るイボは3つだ。

 舌先にひとつ。口蓋に二つ。

 少なくとも同じ人間から呼んだ部位は、互いに物理障害になるとわかった。

 こーりこり


「エスタにはあとでたっぷり今日のツケを払ってもらいましょう。さもないと納得できない。行くよっ」

 チリリの掛け声でまた速足を始める。


 そしてミニダンジョンを再クリアし、神殿にとんぼ返り。


ジーネ「今度書家だって…」

俺「書家? またレアな職業を…」

チリリ「あら? 見てみたい」

俺「テラの葉がまだあるけど、一日たってるから発色が悪いだろうな。野外でも生えているから見かけたら試そう。ではこの職は残しておく?」

ジーネ「うーん、まあ今のところはね。でもそこまで興味ないかなあ」


チリリ「それにしてもまた落ち込んでる?」

俺「いや、まあ。もう一度チャレンジできるだろうから、ミニダンジョンに向かおう」


 内心ちょっと神罰ではないかと思えていたのは事実である。

 ジーネは戦士を獲れないし、自分は霊格が伸びないし。


 やっぱりずっと、エスタの一部を口蓋に貼りつけて弄りながら神殿詣したのがまずいのだろうか。


 半分くらいの神殿は、性交渉を禁じたり、夫婦間以外ダメ・子作り以外ダメとか、性的制限あるからな。

 ここの神殿どうだったかな?


 なお余談だが、戒律を守らんといかんのは神官だけだけど、その言動に社会的な影響はあるわけで、何らかの形で性的に厳格な人は多い。

 我がパーティでも、チリリは割とそんな気がする。

 春を売る仕事は仕事として。


 それはともかく今日最後の挑戦に行くぞー。




「また『農民』…」

「これはジーネは農民が向いているという天の意志かしら」

「なんど『結構です』といってもまた送られてくる感じ。神様怒ってる?」


「いーや、ランダムランダム」

「一転今回はマショルカ明るいわね」

「神罰とか無いとわかった」


 エスタ舐めながらでも祈れば霊格あがったからな。

 神はいない。ダイスだけがある。


「ビルトソークみろ。俺も大変だった。狙ったら出るまで挫けない。そうしないものに道は開けない」

「ビルトソークは早めに挫けたほうがよかったケースと思うけど」

 チリリは異論ありそうである。


「つまり今日はダメでも次があるさということで。

 飯でも食って帰ろう」

「休みのはずがかえって疲れたわ…」とチリリ。

「付き合わせちゃってごめんね。今度はお買い物一緒に行こ」とジーネ。


俺「そういえば途中テラの葉を毟ってきたから、鉄筆で書いてみるか?」

ジーネ「食事処でね。転職する気もないからなあ」

チリリ「本格的に仕事にするなら、どこかの流派とらないとダメみたいよね。私たちの潜れるところなら手伝うけど」


 流派知識とて先達から教わるより、恩寵で獲得するほうが確実で身になるのである。この世界。


 さてもうエスタだって、いい加減満足したろうと、あとはいつ消耗して切れてもいいやと【指先通話】を平時ながら使用しつつ、飯屋に向かった。


 戦闘中使用するなら消耗しないので、今までそのタイミングでエスタの部位を交替していたのだが、ミニダンジョンから神殿に戻ってまたミニダンジョンに入るまではずっと同じところが口にあって飽きる。

 今まではおへその下からお尻の穴までの何カ所かをローテしていただけだが、向こうも飽きたろう。帰宅までにいろいろ試そう。

 

   ◇ ◇ ◇


「起きろー、エスタここ開けてー」

 チリリがとんとん扉を叩くが、いっこう内部で動く様子はない。

 エスタが閂を開けてくれないのである。


「中で死んじゃってないよね」

 ジーネが心配する。


「ダイジョブだろ。対象が死んでたら術が解ける… いやどうかな?」

 そんなルールないな。


「君まだ舐めてたの」

 チリリから呆れられた。


「どうにもならないなら、閂を鋸で切ってもらう?」とジーネ。

「自殺者が出たとき宿がそうすることもあるけど…

 そうだ、その前にマショルカがエスタの耳を呼んで、それに呼びかけてみたら?」

「おー

 しかしそれ出来るなら【指先通話】の名が泣くな」


 面白い提案なので、早速試してみる。

 口の前にエスタの耳を浮かべ、呼びかける。


 結論から言うとこれは失敗で、俺が触れていないとアチラに感覚は発生しない。空気の振動では幻の鼓膜は動かないのだった。


 しかしならば我が体に密着させればよい。

 口蓋にエスタの右の耳道を二つ割にして広げて張りつけ、舐めまわした。

「おきろー」

 べたべたにした耳道は、唾液が振動するのか音が伝わるようである。


 中で「んごんー」とでもいうような呻きが上がり、こっちが「帰ってきたんで閂あけろ」というと、ごとんごろごろずりずり、と何かがホラーチックにこちらに寄ってきた。


 がちゃん、と閂が抜けて戸が開く。


チリリ「ちょっ」

ジーネ「まずくない?」

チリリ「みんな中に入る!」

俺「え? こん中に?」


 名状しがたい異臭の籠もる室内に踏み込み、猿ぐつわした疲労困憊のエスタを抱えて動かす。

 というか猿ぐつわは多分エスタが自分でしたもので、異臭のもとは彼女が垂れ流したいろいろなものだが。


チリリ「窓を開けてニオイを追い出す! 二人はタライと桶2杯の水を持ってきて」

ジーネ「はい」

チリリ「そのあとマショルカはエスタのシーツと寝藁を持ちだして」

俺「結構ニオイあるけど」

チリリ「マショルカの寝藁とシーツでくるみましょう」

俺「俺の?」

チリリ「責任の半分は君よね」

俺「ア、ハイ」

チリリ「シーツを洗って代わりの寝藁を持ってくるのは君。

 その間にエスタを洗って部屋の掃除を済ませておくから」

俺・ジーネ「らじゃー」


 しばらくのち、俺とエスタは床に正座してチリリの説教を受けたのだった。

 正座文化も俺たちが作ったアカシだよなあ、と現実逃避していた。




「いつまで続くんだよこの地獄、って思ってた、特に昼頃の」

 そうですか。うれしそうですね。

「あー、ダンジョンから神殿行ってまた入るまでだな。長時間そのままだから、効きの強い2カ所にした」

「こっちはともかく、こっちは何で思いつくんだよ」

 前世の映像文化だよ。器械なら届くよ。

「ここも凄かった」

「裏表同時だとどうかなと」

「あと終盤のはだめだろ。直腸や膀胱は。あれのせいだぞ」

 その前から漏れてたと思う。

「内臓もできるのかなと思ったんだ。結論から言うと、人間は凸凹のある筒だ。胃袋や食道も、内側からなら舐められるな」


 チリリがいない場でエスタと検証の確認を行っていたのだが、聞いてたジーネがドン引きしていた。

 特に終盤、それまでの引きが200メートルとすれば、2光年くらい引いてた。

 今話しかけても4年くらいは返事が来ない気がする。


   ◇ ◇ ◇



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― 新着の感想 ―
[良い点] ここ、性癖がすごすぎてわろてまう
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