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今日は違う店で飲み食いしたあと、あまりはしゃがず宿に到着する。疲れていたからである。
俺「それでなにか言いたそうなんだが」
鼻息荒いエスタ、渋い顔のチリリ、もう忘れてそうなジーネのうちから、最初のひとりに訊いてみる。
「【指先通話】だろー。使ってみてよ」
なんだかエスタは嬉しげである。
「うむ… じゃあエスタにな」
使おうとすると《6:4》
平時の使用ではピンゾロで消耗してしまうので、まずはよかった。
そして目の前に半透明な、裸の背中が浮かんでくる。
俺は今、ベッドのはしごに腰を掛けているのだが、首を振るとそれに応じてその背中が左右に振れる。
俺の頭との相対位置が変わらないようになっているようだ。
俺「風を切って動いてる感じする?」
エスタ「しないな」
ベッドの柱に当てる。
いや、のめりこんだ。
「これだと?」
「いや? なにも」
手のひらを当ててみる。
「ひゃ、触ったのわかる」
頭を下げる。エスタの背中、の写しが俺の鎧を抜けて腹に当たった。
「この辺が何かに触れてるな」
「俺の肉体以外はすり抜けるみたいだ」
「うん…」
どうでもよさそうだ。
「じゃあ書くぞ」
指先を滑らせて、その背中に一文字ずつひらがなを書いていく。
「うひひひひひ」
なんだかくすぐったそうなエスタに対し、面白そうなジーネと、やっぱり渋い顔のチリリだ。
「そうか。女の子の背中に文字書くのって、考えたら問題行動だな」
と俺が気づくと
「それだけならいいのよ。でも今目の前に、エスタの背中が見えるのでしょ?」
とチリリが確認してくる。
「半透明だけどな」
「私たちには見えない。そしてパーティメンバーの姿を、いつでも呼び出せるのよ、その術者は」
「ん?」
「だからさー」とエスタ「お前の好きな部位をさ、呼んでみなよ。背中じゃないとこ」
「お?」
そういうので、今度はエスタのお腹を呼んでみた。
俺「へぇ。背中以外も呼べるんだな」
「弄っていいぞ」
そう言うので脇腹をくすぐった。
「あひゃひゃひゃっ! ふぅ
… 違うだろ! 好きなところと言ったらここだろ!」
「あ、はい」
「めくらないの」
チリリが注意した。
ジーネ「え? 本人の承諾なしに触ってるの?」
チリリ「パーティから抜ければできないけどね」
エスタ「いちいち承諾とったら連絡とれんだろ、遠隔通話用なのに」
治癒やバフは大体パーティ参加した段階で事前通達なしでも抵抗されない。
これもそうということだろう。
「抵抗するつもりでいれば、できるよな、抵抗」
と俺はゲームを思い出しながらいったが
「それはそうだけど、常時気を張ってるくらいならパーティ抜けたほうが早いわ」
とチリリ。
「それはそうだな」
抵抗するのがデフォか、しないのがデフォかの違いは大きい。
チリリ「触るのも問題だけど、まだそっちは気付けるの。
呼び出してただ見てるだけだと、全然わからないのがね…」
俺「あ、チリリはそういうのに遭ったのか」
チリリ「む~ん」
エスタ「あたしのほうに来ればさー、ぎりぎり何しても構わないってのに、お前は好みじゃないとか抜かしやがって許せんっ」
ジーネ「そんなのパーティ組んだ人にいたっけ?」
エスタ「全部見られてるし、なんなら余さず弄られてるぞ、寝てる間に」
チリリ「なにかおかしいとは思ってたのよね」
ジーネ「うえええぇえぇ?!」
まあそういうことがあったらしい。
人名も出たが俺の知らん人なのでどうしようもない。
「ということで、チリリから話を聞いて、そいつのことはぶちのめしたけど、同じ術の使えるやつと会えないかなとずっと思ってたんだ」
エスタが言えば
「私はもういや。こちらは手を出せないのに何かされてるのって耐えられない。絶対やらないでね」
と断固否定派のチリリもいる。
「もちろん承諾なしに使う気はないけど、戦闘時に必要なら別だよ」
「それはしかたないけど…」
「チリリから危ない技と聞いてはいたけど」と考え込むジーネ「実感ないからなあ。ただしあたいに使うときは背中限定ね。あと腰帯から上で。信じてるからね」
「ということだ! マショルカが術を使う対象はあたししかいないっ。さあ存分にやりたまえっ」
パン
「まあそういうことなら」
俺はエスタの一部分を呼び出してじっと見つめてみた。
半透明だが形はそのままである。
それとエスタ自身の顔を重ねておき、やはり見つめて、エスタがどきどきした様子をみせて、変化の様子から、リアルタイムに連動しているのを確認する。
そしてそっと手を伸ばし、指でつまんで左右にグッと開く。
「顔やんけ!」
エスタが怒った。
「上の口だろがそこは!」
「確認しやすいのはこっちなんだって。
表情も連動してるし。触り心地は人の体そのままだが、体温は感じられないな。
こっちを引っ張っても、そっちの口が開くわけじゃないが、感じてはいるんだよね」
「感じてはいるぞ。指に挟まれて軽く引っ張られてる感じ」
ぶすっくれてエスタが返事をする。
「触感だけ伝わるとあるから、痛みや温感は刺激しないんじゃないかな」
「ちょっと思いきり抓ってみて」
「こうは?」
「痛くないな。逆にこれは」
「噛み付いてる? こっちにも痛くはないな」
「噛み千切る勢いでしたけど、切れた様子ないな。押し戻される感じ」
「怖いわ。こら。
口の中はぬるぬるした感じだが、唾液も体の一部扱いなのかな」
やり取りしてると、チリリらから一言あった。
「検証もいいけど、まず鎧を脱いで、体を拭くなど、くつろぎましょう。休む場所ですよここは」
「そうだな。歩いて視界に邪魔にならないか確かめてくる。ついでに水を汲んでくる」
俺は術を掛け直して立ち上がった。
「私も行くね」
とジーネがついてきた。
こうした場合、全員では部屋を空けない。宿でも窃盗はあるからである。
そんなこんなで、汲んだ水で体を拭いたり、下着の洗濯したりしてみたが、半透明の人体の一部、視界にあるとかなり邪魔とわかった。
「しかも作業してると、物は通過するのに手はぶつかるんだよな」
「思いきりぶつかったとしても、痛くはないみたいだぞ。ちょっと鼻の骨折る勢いでパンチ入れてみてくれ」
部屋で休んで、エスタのベッドに二人で座って会話してると、目の前のジーネが会話を聞いて恐れおののいていた。
「いや、そう引くなってジーネ。多分軽い圧迫感だぞ、今までの様子だと」
「というか、むしろ急停止する俺の拳だけ痛めるんじゃないかなコレ」
「よし、次はエロに使えるかどうかだな」
「せめて明日のお昼にやって。私は買い物に行くつもりだから」
向かいの上の段からチリリが言ってよこした。
「俺は明日ミニダンジョンに行きたいんだよなあ」
「なんでまだ行くの? もう私たちと一緒だから、もっといい迷宮行けるのに」
ジーネが問うてくる。
「これも呪いだな。いかないとダメなんだ」
実際には、霊格成長のためだが。
ほぼ安全だし回数こなせるのだから、ミニダンジョンは外せない。
デメリットは、まああるが。
「呪いかあ。都合よく言い訳に使ってるときない?」
なかなか鋭い指摘がチリリからくる。
「いやあ、ミニダンジョン通いなんて、ほかに理由ないだろ」
「 …そうね。言いがかりだった、ごめん」
言いがかりじゃないけどね。
「あ、そういえばあたい連れてってくれるんだよね?」
とジーネが言い出した。
「ああ、戦士を獲りたいからか」
「そう。大丈夫?」
「ちょっと待って。冷静に考えてみると、俺一人で守り切れるかな?」
「だめ?」
「一人だと斥候職だから、忍び足で進めるし、奇襲もやれるが、二人だとかえって怪我しそうな…」
「だめかあ」
「いや、多少殴られて痛い目みてもいいというなら、今日の成果で治癒薬は入ったからどうにかなるけど」
倒した連中の懐から頂いたものである。
「戦士になることを勧めたの俺だし、早めになったほうが本人の安全が確保されるのも事実ではあるよなあ。
よし、一緒に行くか。
だいたい雑魚オーク1~2匹だし、殴られることはあっても死にはしないだろう」
「やったぁ」
「ただし俺の指示に従えよ。こっちは慣れてるんだから」
「もちろん」
「なんならあたしも付いてこか?」
エスタが言う。
「三人いれば確実に安全だな」と俺。
「代わりに今夜は検証三昧な」
「いや、寝かせろよ」
「火がついてんだよっ。消してけや!」
「ここでHはダメってチリリが」とジーネ。
「明日事故があるよりましだから、その範囲で、というならやむを得ないけど」
諦めるチリリ。
「よっしゃ、お許し出たぞ」
「あくまで検証の範囲だからな。あ」
《1:1》
「消耗した」
「うがぁ!」
◇ ◇ ◇




