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「おい、あんたら」
「なんだてめぇ」
俺が血の跡をたどって着いた入り口に立ち、中に声をかけると、三人の男がこちらを見て嫌な顔を見せた。
いくつもの遺体から物を剥ぎ取っている最中であり、また奥のほうに二人の女が縛られ転がっていて、尻だけ剥き出しにされていた。
「バスティオス・イドルって旦那と知り合いか?」
俺は一歩下がりながらそう問う。
「待てお前ら、
なんでお前その方を知ってる?」
三人のうちでは仕切り役らしい赤ら顔が、他の二人の暴力的機動を制して、問い返してくる。
なお残りの二人の特徴は、口髭と色黒。
「その旦那から言伝さ。揉め事になってるから呼んでるようだぜ」
「まあまて。逃げるんじゃねぇよ。そこの死んでるのは追いはぎを返り討ちにしたまでで、おめぇをドウコウするってんじゃねえんだ。
それで旦那はどこにいる。どうされている?」
赤ら顔が部屋から出て、俺の前にくる。残り二人が左右に広がり、逃げ場を断つようだ。
「そこの血の跡たどった、その先の部屋さ。いるのはな。
6人ほどのグループと揉めていて、通りかかった俺たちに伝言頼んだんだよ。
そのせいで切った張ったが始まったから、急いでやってきたんだがね」
「案内しろ」
「だからこの血の跡を」
「いいから先に行け。走れ。
お前の仲間はどうした」
「残ってるって、そこに。
とりあえず金持ってそうなアンタらに味方したけど、戦闘で付くかどうかは話次第だぜ」
「十分出すから心配するな。坊ちゃんに怪我でもあったら許さねぇぞ」
「俺は」
「だから走れ!」
その場に残れるかと思ったが、先導して走ることになってしまった。
まあ血の跡とは言っても、迷宮ではそうした痕跡は急速に消滅するので、もう消えかけている。
雇い主の危機に迷子になってるわけにはいかないから、俺が案内を強要される想定もあった。
俺を信用できないのもあるだろうしな。
赤ら顔から「速く速く」と急き立てられつつ、十字路まで来て左を見る。
「あ」
赤ら顔「どうした。あ」
口髭「おめぇは!」
色黒「その兜!」
しばらく前方に、ウヒョウが一人槍を持って立ち、そしてその兜はあのバスティオスのものなのである。
しかも血に濡れ割れている。
「そこまでだ! すでにお前たちの主人は取り押さえた! 貴様らも大人しく縛につけ!」
思った以上の演技力で、魅力のない風貌が冷徹非情な印象を際立たせ、なかなかの武者ぶりであった。
赤ら顔「ち、救い出すぞ!」
俺「え? 俺も?」
背中を押されて俺が驚く。
口髭「当たり前だろ!」
色黒「さもねぇと刺すぞ」
俺「まあまあ待て」
抑える形で広げた俺の手から、何かがぽとりと地に落ちる。
それを踏み砕いた。
電撃的衝撃が俺たち4人を襲った。
範囲型麻痺薬である。
赤ら顔・口髭・色黒・俺「「「「ぐわあああああ!」」」」
そこに死角となっていた十字路後方から、他の4人が襲い掛かった。
たちまち俺たちは制圧された。
◇ ◇ ◇
俺「なんで俺まで殴られてなきゃいかんのだ」
エスタ「だからごめんて。人が重なって見分けつかんくてさ。【豪打】発動せんでよかったよね」
計画では最良の場合、
俺が連中を騙くらかして送り出し、
十字路で奴らがウヒョウの姿に気をとられ、
その口上で身動き取れなくなったところで、
俺が範囲型麻痺薬を後方から投擲し、
痺れたところをみんなで殴る、という手はずだったのだが。
チリリ「大体は予定通りだったし、至近距離からの麻痺薬は確実な効果上げたんだから、結果としては最良だったのよね」
まあ確かにな。あるいは投げそこなってたかもしれないし。
ビルト「ウヒョウはなかなかの演技だったぞ」
ジーネ「思った以上にそれらしかったよね。感心しちゃった」
俺の演技は?
誰も見てなかったね。見てたの生きてねーわ。
あの三人は皆殺しである。
この世界のルールの縛りで、行動表にないことをするのは難しく、いっぺん戦いになってしまえば、殲滅することになるのが一般である。
あいつらは女を捕えていたから、『気絶させる』とか『気絶したものを捕える』とかの行動を入れていたとは思うが。
さらにあの三人の中の最低ひとりは魔術師だったはずであり、【眠りの雲】など使われることを考えれば、容赦している暇はないのだ。
その三人の遺体を引きずりながら、縛られた女のいる部屋に入る。
「くっそう、みんな殺されちまったっ」
ウヒョウが遺体を見て怒りの声をあげ、被っていたバスティオスの兜を壁に投げつける。
それから背を丸めた。
「こいつらの家族になんて伝えりゃいいんだよ…」
「正直にそのまま話すんじゃないぞ」
俺が一応警告する。
ウヒョウ「なんで?」
俺「やったのは都市の名家の坊ちゃんだぞ。知ったところで拗れるだけだ。訴えれば勝てるというものではない。その家族を逆恨みの対象にする気か」
ウヒョウ「言われてみればその通りだ。なんてこった…」
俺「オークの群に圧倒された、他のチームに助けられて遺品だけ持ち帰った、その程度に話しつくってくれ」
ウヒョウ「まったく…」
ぶつぶつ言いながら、貧しい装備の遺体から遺髪を剃り降ろしていた。
捕まっていた女性二人は、手首足首まとめて縛られて目隠し猿ぐつわされ、下半身だけ剥き出しにされて好きにされてたようだ。
いまは三人娘が縛めを解いているから、男は寄らないほうがいいだろう。
ということで犯罪者3人の懐から金銭を回収し、消耗品を取り上げる。
ビルト「こいつらの武具を剥ぎ取るのか?」
俺「いや、アシがつきかねないから不賛成だ。銭や使い捨てアイテムならともかく…」
ビルト「武士の情け、というわけではなく、そちらが理由か」
俺「殺しに着た奴への容赦なんてないだろう。領地同士の争いでも武具の剥ぎ合いはあると思うが」
ビルト「そうだな」
「だったらそいつらの装備こっちにくれない?」
割り込んできたのは手首をさすっている若い女性だ。
今は怒りに満ちているが、あんな扱いを受けていなかったら愛らしい顔だったろう。
もう一人も付いてきている。
そちらのほうのが年齢は上に見えるが、より美人で胸もあった。
いずれも装備は皮鎧と盾に片手槍で、貧乏戦士には有りがちなものである。
俺「いま言ってたけど、アシがつくぞ」
若い女「つかないって。武具の剥ぎ取り・売りさばきなんてよくあるんだから」
乳でか美人「仲間がみんな死んでしまったの。お金もないんじゃこの先どうにもならないわ。すべてあなたたちのものと思ってはいるけど、もし捨てていくというなら拾わせて欲しいの」
俺は彼女たちの後ろに居る、チリリ・リーダーを見た。
「 …いいんじゃない? 中途半端に助けて、あとは落ちぶれろ、とは言えないわ。その代わりこれ以上は関われないわよ」
チリリはすまなそうに、二人の女性に告げる。
「ありがとう! 私の名前はセイティアで、こっちの姉貴はナルトだ! それで」
「待った」
俺は若い女の名乗りを止めた。
「名乗はなしとしよう。むしろ俺たちのことは忘れてくれ。何かあっても絶対こっちのことを思い出さないってことで、感謝の形にしてくれ」
「…わかったわ。本当に助けてくれてありがとう」
そう年長の女が、チリリや俺たちに頭を下げた。
「なに、人助けに損得はないさ」
エスタがいい
「儲かりゃもっといいけど」
と素直に続けた。
「行っちゃうの?」
とジーネが尋ねるので
「行こう」
と答える。
ビルト「女性二人で残すつもりか?」
俺「いや。地図見ると、ここから出口は近い。出た目の前の壁に左手をつき、壁に沿って歩けばすぐだ」
人狩りどもの剥ぎ取りを始めた二人にも聞こえるように言う。
ウヒョウ「俺が残ろう」
同じように、ただし自分の仲間の装備を集めているウヒョウがそういった。
こいつに俺たちの名を言ったっけ?
残して平気か?
ジーネ「かっこいいね、ウヒョウ。最後まで」
ウヒョウ「仲間が助けようとした二人なんだ。戻るまでは力を貸したい」
二人の女の雰囲気に戸惑いが混じった。。
ジーネやエスタが、ウヒョウの仲間が二人の苦境を見て巻き込まれたことを告げると、また彼女たちは感謝していた。
目隠しのせいでよくわからなかったのである。
なんか美談になったようだし、もうそういう流れと思うしかないか。
「じゃあ」
と俺はチリリを見る。
チリリ「行きましょう。それじゃあ元気で」
そうして俺たちは別れた。
◇ ◇ ◇
登場人物紹介に
用語解説と「プレイヤー・PCの出来ること」を加えました




