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拾ったあの薬はHP-7まで効果あったから、見えてた数値からすると回復するはずである。
見回すと安心して見てるの俺だけだな。死にかけの受けたダメージ見えたの俺だけだから当たり前だが。
ビルトが男を泉から引き離し、ジーネが口もとに薬品瓶を当てる。
俺は男の持つ槍を蹴って壁際に飛ばした。
「ううぅ、あ?」
注ぎ込まれた男が目を覚ます。
「なんか話せるか?」
俺が質問した。
「助けてくれ」
「なんにやられた」
「助けてくれ」
「これは刀傷か?」
「助けて」
「まず治してやらないと痛みで会話できないんじゃ」
寄ってきてエスタが言う。
「治癒薬ならあるが」
とビルトソーク。
「こちらにもあるけど…」
チリリが少し躊躇い気味なのは、いざというとき治癒薬が足らなくなった経験があるのだろう。
またこの男が味方とも限らないし。
その間に男の体を凝視して、能力を見ている。
能力値は24-17-09
平均ぽいな。
特技が【豪打4の4】【豪打4の2】
被ってるじゃねぇか。
まあ、特技が消耗したときの予備にはなるか。この迷宮じゃまずないと思うけど。
HPは24。=10+(1+1+1+5+6)。
実力はさほどではないが、楽勝できるわけでもない。
しかし話聞かんとなあ。
俺「ジーネ、治癒」
ジーネ「あたいが使えるとか、都市伝説」
俺「この前使えたじゃん。試しに三回くらい」
ジーネ「そのくらいなら」
そして三度めに《2:6》が出る。
「うぅ…
え? えぇ? 痛みが消えたっ。あ、ああ! 体が動くぞ! 戻った! 戻ってる!」
男が驚き、半身を起して我が身を確かめる。
ジーネ「うぉおおおおお?! またできた! またやってしまいましたよこの自分!
なに? 今日あたい死ぬ?」
エスタ「しゃあ! 肝心な時にやり遂げる女ジーネ! 過去肝心な時にしくじったのも多々あるけど、本気出してきやがったな!」
ちょっとうるさい。
「傷が治ったところで質問しなおすぞ。
なにと戦った? なぜ逃げてきた?」
俺が尋ねると
「やばいやつらがいるんだ! 金持ちらしいが人を襲ってる! 俺たちは止めようとしたんだ!」
唾を引っかけながら力説してきた。
「どんな連中なんだ? 人数は?」
ビルトソークも横から訊く。
「6人いた! 女を手籠めにしていて、俺たちがそれを止めようとして、向こうは盗賊を捕えただけだと説明してきた。
しかしそこで魔術を掛けられ、3人が倒れた!
リーダーは逃げろと叫んだが、そう切り替える前にずいぶん斬られた!
何とか逃げ出したが…
頼む! 手伝ってくれ! 仲間がまだ生きてるかも知れない! あの女たちだって被害者だ!」
「まあ落ち着けよ。大声出すな」
俺が宥めると
「そうだ、落ち着けよ。そいつの言うのは全部出鱈目なんだから」
そういう声が入り口からあった。
「あいつらだ!」
怪我していた男が叫ぶ。
見るとそこに斥候らしき男が立って、話し合いを示すように、こちらに手のひらを広げていた。
◇ ◇ ◇
「その男は危険だ。嘘つきでもある。卑劣な盗賊だよ。こっちに引き渡してくれ」
無名の斥候は腰の小籠に指を載せながらそういった。
他方の手は手信号を誰かに送っている。
「俺の槍を返してくれ!」
叫ぶ怪我をしていた男を左手で抑え、
「双方の言い分がわからん。
それ以前に巻き込まれる気もないけどね」
と答えていると
「揉め事か?
これは皆さん方、お食事中のところ失礼した」
斥候の後ろに二人の男がやってきた。
こちらに一礼したのは、いくぶん二枚目で色つやの良い、俺と同年輩の男である。
装備もよく、傷ひとつない金属主体の鎧に良質の盾、金持ちと判る。
もう一人はその護衛だろうか。
良い体格をしたコミカルな顔の御仁で、でも目が笑っていない。
上質の皮鎧を身に付け、腰に色鮮やかな布を飾って垂らしている。
そして我が方には、恐怖にゆがんだ愛想のない顔の痩せぎすの男がいて、怯えている。
「あいつらは人殺しだ! 出会ったとき死体の横で女をおもちゃにしていた! それをやめるよう言ったら斬りかかられたんだ!」
と助けてやった男は言うが
「酷い言い草だ。
辻斬りしてたのは君らだろう。自分らの行いを人に押し付けるな」
色男は演劇的な身振り手振りで反論する。
オシャレなことの好きな人物のようだ。
おかげで香水交じりのカオリが広がり、ビルトソークが鼻を鳴らす。
俺は腰籠を後ろに回しながら
「どっちが正義か読みようないから、君らだけで解決してくれ。こっちは一切手を出さないよ」
と答え、ジーネらに後ろに下がるよう合図して、助けた男を自由にした。
助けた男は地を転がって自分の槍に飛びついた。
御曹司ぽいのと護衛らしき男が中に入り、助けた男と対峙する。
斥候は、接近戦能力がないのだろう、入り口を押さえている。
そのとき、ビルトソークがしゃべりだしてしまった。
「なあ、バスティオス・イデル。お前噂通りのことしてたんだな」
「ん?
なんだ、そこにいるのはビルトソーク・ヨルバイン殿じゃないか。
いや、たしか勘当されたというから、今は単なるビルトソークか。
今じゃこんな場末で日銭を稼いでいるのかい?」
色男が一瞬いぶかしげな顔をして、それから相手の顔を見直し納得していた。
「僕の在りようは天地に恥じるところはないさ。
しかし君の在りようはどうなんだ?
信ずべきは君か、その男か」
「 …なんのことを言われているのか、わからんね。
無論誰でも私を信じるはずだよ。そこの彼や後ろのお嬢さん方もそのはずだ。
君は違うのかね?」
「では君の隣の男が身に付けている布はなんだ?」
その時まで護衛の男は、怪我の男と向き合いながらも、主の出方を伺うように黙っていた。
しかしビルトソークの指摘に、冷酷な視線をこちらに一瞬向けていた。
「ふむ、確かに変わった飾り物だ。
しかし舞踏会に呼ばれたわけじゃないんだ。部下が多少奇抜なファッションを楽しもうと、それを咎めるような小さな器はもってないんでね」
バスティオスは部下の腰の布を見はしたが、そのように言う。
「だが見覚えがある。僕たちが迷宮に入る前に、それを身に付けていた5人組に会っているんだ」
ビルドよ、それこっちも気づいてはいたよ。
しかし今指摘することかなあ。
「ビルトもそういきり立つなよ。この場で喧嘩することもないだろう」
俺が宥めると
「左様々々。なれど言動は一致してくれんかね、わが友の相方よ」
バスティオスがこちらに矛先を向けてきた。
「というと?」
疑念を示しながら立ち上がり、少し立ち位置を調節する。
「先ほどから後ろ手に手信号を使っているな」
「勘違いでは? 腰が痛くてね」
「背後のお嬢さんたちがガン見してるよ」
「ああ」
俺は手を前に戻した。そのままその手で麻痺薬を投擲する。
バスティオスはバカにしたようにわずかな動きで避けた。それでいい。
そして彼の体で視線を遮られていた斥候に当たる。
斥候職は回避が高いわけではない。
見えない位置からではなおさらだ。痺れて倒れた。
「なにっ」
バスティオスが驚愕したところで戦闘開始となった。
まず怪我男が目の前の護衛に突っ込む。
《6:2》と浮かぶが、パーティではないので介入はできない。
しかしそれでも【豪打4】の出る男である。
とはいえ護衛の盾に阻まれましたが。
それでも、ビルトや俺がバスティオスと会話していたのは良い時間稼ぎになったようだ。
怪我男がちゃんと心構えを書き換えられたか不安だったが。
あの護衛は主人に配慮せず、さっさと斬りかかるべきだった。
そうすれば彼は逃げ惑うしかなかったのではないか?
次に俺が、手に残していた石を護衛に投げつけ後ろに下がる。
「アイテムだ! 気を付けろ」
バスティオスが叫び、護衛も顔を強張らせて盾で弾く。
牽制の石だけどな。いくつも薬はないから。
チリリが進み出てフレイルをバスティオスに叩きつける。
だがこれは軽く受け流された。
逆に切り上げられた剣が盾のうちに入り、チリリが血を吹きあげる。
怒りの表情でビルトソークがバスティオスに斬りかかる。
だがこれも巧みに避けられ、鎧の表面を滑るにとどまった。
その向こうで護衛が怪我男とやりあうが、どちらもまだ無事だ。
エスタが隙を伺い、今怪我男を狙った護衛を襲撃する。
これが不発に終わった直後、煙に包まれ護衛と怪我男が倒れた。
皆が「なに?」と思ったところで、後方で「やったー」という歓声が起きる。
ジーネが自力で【眠りの雲】を発動させたらしい。
それに気づいたチリリが驚きを納め、血を流しながらも、範囲外だったバスティオスを倒そうとする。
横薙ぎにしたフレイルは、しかし当たらない。
俺はそれを横目に見ながら、ビルドの後方をまわって倒れた斥候に走る。
頭を踏みつけ、喉に槍を突きとおした。
「え?」というたぶんジーネの声があったが、今は無視する。
『無抵抗の相手に止めを刺す』という行動も、『通常攻撃』や『逃げる』と同様、特技として持たなくても行動表に書き込める選択肢ではある。
しかし書き込まないと戦闘中できない行動でもあり、普通は戦闘終了後に行われることになる。
大概の場合は、通常攻撃の対象として動かない相手を選ぶというだけだ。
それができてしまう俺は、事前に心構えができていたということになり、現地人には驚愕すべきことになるだろう。
実際顔を上げると、バスティオスが驚きと怒りの表情を向けてきていた。
おやこちらを見てる余裕がおありで?
その横でエスタが寝ている護衛を一突きする。
《6:2》
【豪打19】発動 さらに寝ている相手に倍ダメージ。
はい、あの世いき。
ビルトソークがバスティオスに一撃加え、鎧の表面に傷をつける。
本体に入らん。
なにも成長していないだけあって、ダメージカスいな。ビルトソーク。
「貴様ら断じて許さんぞ! 立場を弁えよ!」
怒髪天を衝くバスティオスが、かつての朋友、かどうか知らんがビルトソークを斬りつける。
しかしそれを受け止め鍔ぜり合いするビルトソーク。
基礎能力だけは人類最強なんだよな。
一撃受けるとやばいが。
彼らの後方でジーネの頭上に《6:2》の数字が浮かんだ。
【雷撃】がほとばしって、、、怪我男が悲鳴を上げ目覚める。
パーティじゃないからね、誤射やむなし。
ジーネ「わああ、ごめんね」
そして俺が、誤射に注意しつつ麻痺薬をバスティオスに投げつける。
くっそ外した。技量が高い。避ける。こいつも名家ってことか。
護衛から引き抜いた槍をブン、と血ぶるいして、おもむろに護衛の主を刺すエスタ。
【豪打4】は発動して、鎧を抜けて突き刺さる。
さらに目覚めたばかりで混乱しつつも、怪我男が振り上げた槍を叩きつける。
御曹司の兜が裂けて血を吹いた。
「バカたれが!」
怒るバスティオスに袈裟懸けに切られて、怪我男がよろめく。
次雷撃くらうと危なそうだな。
しかし後ろに回ったチリリが殴りつけ、御曹司もヤバくなってきた。
ふらついたところを、さらに膝裏を踵で蹴りつける。
ビルトソークと俺の攻撃はそれでも回避し盾で受け、ジーネの【眠りの雲】にもまた抵抗する(煙に包まれた怪我男も目が醒めてたから、達成値しょぼかったのかも)。なおも剣を振るってビルトソークの開きをつくりかけたが、さすがに衆寡敵せず腕が鈍り始めた。
ついに怪我男の槍とエスタの槍が同時に背中の両わき腹から入って、体内で交差したところで、バスティオスの命運は終わった。
なおのちに訊いたところでは、怪我男は心構えの変更などしていなかったということである。
たぶん前の戦闘でゾロ目を出したときに、行動表の1の欄に『逃げる』と入れただけで、俺たちとともに戦ったときには、1の目を一度も出さなかったのだろう。
結果オーライだけどね。
◇ ◇ ◇




