23
下ると盆地の縁にそって雑木林となっていた。
その間の道を抜けて、目の前左右に広がる壁を見る。
近づいてみると身の丈の2倍ほどの高さの方形の石板が、長く連なって立ち並び、一見都市外壁にもみえるシロモノになっているのがわかる。
かといって城塞都市というわけではなく、見える範囲でもあちこち中に入れる口が開いていた。
門もなく、防御のための囲みではないのがわかる。
道のわきに粗製の小屋があり、小間物を売っていた。
たくましいことだが、迷宮内の魔物が外に出るのは条件があり、この場所ならそこまで危険ではない。
今も見てると別の探索者グループが何かを買っていて、ひとりふたり、こちらをジロリと眺めてきた。
俺たちと同じような若手5人で、実力は知らんけどツッパリ盛りらしい。
装備からして金はないだろうが、各人鮮やかな飾り布を首に巻いたり頭につけたりして、名前を売りたいんだろうなという微笑ましさがある。
「そういえば地図描くのにテラの葉を買っていこう。下敷きの板と」
以前来た時の事を思い出し、俺はいった。
テラの葉は幅広の短冊のような形をしていて、鉄筆などで圧を加えると、なぞった場所が黒く染まる。
紙代わりにメモに使われているものだ。
毟ってから時間がたつにつれ、発色が悪くなるが、一日程度は書きこめる。
またその後も結構な期間保存可能だ。
エスタ「下敷きはいいんじゃない? 盾の裏で」
俺「む。それもそうか」
出費節約だけではなく、余計なものを持ちたくないというのもあって、この提案は受け入れた。
小間物屋店主の片脚のないオッサンに小銭を渡して、店の脇に植えられたテラの樹から葉をいくらか毟る。
「いくらか払うんなら、情報売るよ」
とオッサンが言うが
「何度か来てるからいいわ。前買った地図なんて合ってなかったわよ」
とチリリが断っていた。
「目を離すと配置替わるからな。そのへんは勘弁してくれ。ひひ」
ときおり人目がない時に壁が動くのはこの迷宮の特徴だが、それをいいことにいい加減な地図で小銭を稼ぐ者もいる。
片足のオッサンが内部の地図を売ってたとして、実地で調べたものかどうか疑われるのは仕方ないだろう。
「迷惑掛けちまったんなら、じゃあ今回はおまけだ。
昨日今日と戻る人数が少なめになってるからよ。気を付けていくんだぜ」
「ふーん。ありがとな、おっちゃん」
エスタが雑に流して手を振ったところで別れる。
あの程度のことなら何の根拠もなしにそれっぽく言えるわけで、みな気にしていなかった。
俺「これできれば角から入りたいな」
ジーネ「なんで?」
俺「地図を描きやすいし、後ろと側面の一つが外に近いだろ」
ビルト「先に逃げるを考えるか。しかし悪いことではないな」
チリリ「逃げても魔物相手。気にする必要ないわ。あの入り口でどうかしら」
エスタ「側面が外に近くたって、逃げられるかは壁の配置次第だけど…
いや、先に外壁に沿って地図つくるべきだな」
俺たちはそんな会話を交わしながら、外周をまわって適切な侵入口を探していた。
あらためて観ると結構多角形だな。カクカクしている。
何度か来ているが、いつもついて回るだけだったから、古典的CRPGのように真四角かと思っていたのだが。
ビルト「しかし奥に行かんと利益が出ないのではないのか?」
チリリ「まずは生きて帰ることを考えましょう。
…よほど切羽詰まっているならともかく」
前日の事情を思い出したのか、何やら付け足している。
ビルト「それより、コアに触れる必要がある。やはり奥に行くべきでは」
ジーネ「ここのコアって、あちこち移動してるから遭えるかは分からないよ」
ビルト「そうなのか? では見つけられないではないか」
エスタ「多分幾つもあるんだよ。うろついてるうち遭えることが多いんだから、あんま気にすんな。入ってすぐ見ることだってあったぞ」
ゲームでは部屋に入るとイベントのある可能性があり、
コアがあったり回復の泉があったりする。
『なにもない』が一番多くて、次が戦闘だが。
「ではここからでいいよな。入るの。
ジーネはテラの葉を半分預けるから、地図描いてくれ」
俺は入り口の様子を伺った。
ジーネ「あたい!?」
俺「他は前線で敵を受け止めるからな。守られる魔術師はちょっとだけ余裕ある」
ジーネ「そうだけど、できるかなぁ?」
俺「まあ経験だ。ダメなら他の人で試そう」
ジーネ「でも鬼崩しでは地図つくらなかったよね」
俺「あっちは登ればどこからでも山の位置を確認できたから」
「鬼崩しってキグヅリ鬼崩しかい?」
聞きとがめて、ビルトが口を挟む。
エスタ「そうだぞ」
ビルト「ここよりは難物と聞いたが。あちらで戦える実力があるのだな」
チリリ「たまたま背伸びしただけよ。
泥田髑髏という魔物が、あれ以上数多くの眷属を連れているのに遭ったら、正直危なかったと思う」
ビルト「確認された眷属最大数は6匹だったか」
チリリ「あなた魔物について詳しいの?」
ビルト「そうでもない。家中の者と訓練に諸迷宮を巡ったとき、耳学問で憶えただけだ」
チリリ「それでも悪くないわ」
ビルトソークの修行体験は、実家にとってはまるで無価値に終わったが、我々にとっては有効なところもあるようだ。
そのへんで俺だけ先行し、丁字路で音を聞く。
壁がぼろく見える割には不思議素材でしっかりしていて、しかも天井がなく上に音が抜けてしまうのだろう、聞こえにくい。
近づくのに警戒されないが、敵の接近にも気づきにくそうだ。
懐から小さな金属の手鏡を出し、左右を確認。
手信号で安全を伝える。
「ビルトが、なぜあなただけ先行するのか質問してくるんだけど」
追いついたチリリがそう伝えてくる。
個人情報なので説明しなかったらしい。助かる。
ジーネやエスタだけだと絶対ダダ漏れになりそう。
俺「俺は斥候で戦士だからだ」
ビルト「なんだって? 何度目でとれたんだ?」
俺「一発でとれたと言えないことも無いような、そうでもないような?」
あれ? 三人娘にはどう説明したっけ? 呪いか。
ビルト「なんだそれは?」
俺「今はそういう話をする場ではないだろう。迷宮だぞ」
「あー、…そうだな。すまん。 戻ったなら訊かせてほしい」
「とりあえず両方使えると納得してくれ」
「次回はとりたいな、僕も」
「その前に戦士か魔術師の特技獲るんだぞ」
釘を刺しても追加職業獲りそうだなこいつ。
次も牧民取ったら笑って切り捨てよう。
そうして何度か特に遭遇もなく、できるだけ外壁沿いに進んで地図を造っていく。
通路も多いが、ところどころ壁に人一人通れる程度の穴があり、扉のない出入り口になっている。
中は部屋だ。
通路での遭遇戦もあるが、こうした部屋のほうが何か起きやすい。
(お、ここはオーク部屋っぽい。数は4匹以上いそうだな)
手持ちの手鏡で覗く。金属片を磨いたもので、手荒い使い方でも大丈夫だ。
中では酒を飲んだり干し肉を齧る、毛のないチンパンジーのような連中が騒いでいた。
あの酒や肉は、どっから獲ってきたというわけではなく、魔物の一部なようである。その証拠に倒すと連中の武器と同様かき消えてしまう。
なけりゃ連中も寂しいだろうし、こちらも隙ができてるのでうれしいのだ。
早速手信号で後続を呼び寄せる。
次に相談して、俺とビルトソークが戸口の前を通り、ギョッとして先に逃げるふりをした。
目の合った、いや、わざと合わせたオークが酒瓶を捨てて騒ぎ立て、棍棒やら錆び剣掴んだ連中が歓声上げながら戸口を飛び出す。
いくぶん先で振り向き、怯えた表情で盾と槍や剣を構える俺たち。
嗜虐的な歓喜の声を上げるオークたち。
なお初期設定では女性を見ると凌辱する種族だったが、メンバーの妹様が参加したときクレームが入ったので、今は男性も掘られる。
どうせ子供はできんしな。
多産だが女性の少ない種族で、人間を代用に使うだけである。
迷宮内に生まれるのは、悪霊の実体化に過ぎないからなおさらだ。
【気絶攻撃】をもち、全員が倒れるとお持ち帰りされるので注意。
そして連中の後ろから、三人娘が襲い掛かった。
それを見たビルトが飛び出し、先頭のオークに剣を叩きつける。
血を吹いた仲間に怒って、三匹がビルトに殺到する。
だから一歩早いんだって。とは思ったが、戦闘シーンではルールに縛られがちなのがこの世界の住人、仕方ない面もある。
まずオークの一匹目が《6:6》
おい勘弁して、ッと思ったが、ビルトが楽々回避して胸を撫でおろした。
早速気絶とかありえんからな。
さすがにスペック高いから簡単には当てられないようだ。
その後も《6:5》とか見えていたが、ビルトは掠らせもしない。
むしろ気にして見ていた俺にオークの一撃が当たる。
「てっ」
向こう側最後尾でジーネが念じたが、出た数字がぼやけて砕ける。
うわ、あれファンブルの時っぽいんだよな。
誤射起きるなよ。
起きないか。ならまし。
次エスタの頭上に《5:5》
【豪打+4の4】を加えて片手槍がオークの背に刺さる。
ビルトを襲っていた一匹が驚愕の表情を浮かべて霧に解ける。
雑魚オークだからな。HPは3~8くらいだろ。
俺は俺に殴りかかった奴に反撃だ。
わーい外しちまった。
一匹がエスタの乱入に気付き、横合いから叩きかかる。
エスタは余裕で受け流す。
チリリももう一匹にフレイルを撃ちこみ、頭蓋を打たれてふらつく相手の反撃を回避する。
背後の騒ぎに焦った様子の俺の相手が、慌てて振るう棍棒。
2回も当たるか。当たるわ。
盾で阻止。
ビルトにまとわりつくのも攻撃続行してるが、あいつ相変わらず回避が巧い。
俺はようやく目の前の一匹を行動不能にし、喉笛踏み砕いて周りを見回す。
チリリが再度同じ相手にフレイルを叩きつけ、息の根を止める。
その後方でジーネがいつも通り手番をパスしてた。いや、行動判定で《1:2》出してただけだが。
エスタが自分を狙ってきた奴に反撃。
その頭上に《4:2》
再び豪打が入って、心臓抜けた槍が背中に飛び出る。
ビルトが最初に自分で傷つけた相手にとどめを刺す。
あとは一匹だけだ。たちまち終わった。