22
いや危なかった。
ビルトソークの無駄な職業を見てるうち、(プレイヤーならNPCのこれ削除できるのにな)と試したら、出来てしまった。
気づかれなかった様子だが、ほっとけばいづれどこかのタイミングで「なぜこうなっている!」と騒ぎになりかねない。
しかしあの誤魔化しでよかったろうか?
エスタ「いやー、なんか凄かったね」
ジーネ「あれやっぱ全部ウソだよね」
チリリ「壺でも買わせるのかと思ったわ」
しまったこいつらの信頼度が激減してた。
ガン見してたのはそのせいか。
エスタ「口から出まかせあれだけ出るのは危ないぞ」
チリリ「部屋に入れたのは失敗だったかしら」
エスタ「手は出さないくせによ」
それは関係ないだろ。
「まあまて。嘘はついていないんだぞ」
『嘘をついていない』という嘘を除けばついていないと言える。
つまり嘘ではない。
ジーネ「じゃあ、ホントに無駄な職を削れるってこと?」
俺「後で見ていればわかる」
これは嘘ではない。
すでに削ってしまったからな。
エスタ「それも呪いってか? 役立つもんばかりじゃないか?」
俺「代償はみな俺が払うことになる。直接そっちに関係するものはない。
まあ戦闘中に動きが取れなくなったりはするが」
ジーネ「でもならなんで、今日あったばかりの彼に代償払ってまで手助けするの?」
それはだな、 …なんでだ?
チリリ「もしかして、ジーネに戦士をとらせることと関係している?」
俺「ん?」
ジーネ「え? あたいんため?」
チリリ「だって職を重ねて持つ人なんてまず遭わないでしょ。マショルカ自身は霊格1だから自分で試せもしないし。
でもこのあとジーネに戦士をとってもらうまで取り直しさせるというなら、もしそうした『職を削れる呪い』があるなら役立つわ」
エスタ「あー、今まで使うことのなかった技をジーネに使って大丈夫か調べるのに、あの兄ちゃんを使ったのか」
ジーネ「えー、そこまでしてもらったのかあ、えへへ。照れるね」
エスタ「いや、この場合勝手に実験されるあいつに一番献身してもらってるのでは」
ジーネ「あれ? あ、ホントだ!」
なんか勝手に誤解が進んでいるようだが
「まあ落ち着こう。大体推測の通りだ。
そして彼にも実害がなかったのだから問題はない」
取りあえず乗ることにした。
「それはこのあと、彼の様子を伺いながら判断するわ」
チリリがちらりと店の入り口を見て言う。
エスタ「あれを連れていくのは確定?」
ジーネ「え? 決まったんじゃないの? 奢ってもらったし」
チリリがふぅと息をついて言った。
「マショルカに決めてもらうと言ってしまいましたからね。
マショルカに別の顔があると知る前の私たちが」
エスタ「マショルカは胡散臭くなったけど、あっちは平気だろ。ボンボンだ」
ジーネ「どっちも信じられると思うけどなあ」
どうもさっきの占い師演技が予想以上に嘘くさかったみたいだ。
よくビルトソークは騙されてくれたな。
俺「今晩には信頼は回復してると信じている」
エスタ「夜中の信頼はナニかしてから言え」
どう言い返そうかと考えてるうちに。茶店の扉が開いてビルトソークが出てきた。
飾りの金細工が一つない。
なんとなく時間のかかった理由がわかり、口ごもってしまった。
「そういえば従者というのはいつ来るんだ?」
気にしないのか気付いてないのか、エスタが陽気に尋ねた。
「うむ。買い物に出ると昨日でてから、戻っていないのだ」
「昨日から?」
思わず聞き返した。
「財布を持って行ってしまってな。今朝はそれで宿を追い出されて、預金を降ろしに組合に寄ったのだ」
チリリ・エスタ「「あー」」
もちろん事件の被害者になっている可能性もあるが、その場合も生きてはいない公算が強い。
なんにせよ、我々が捜索する手段も義理もないが。
「可愛いお子さん?」
チリリが心配そうに訊いた。
「いや、我が家の使用人の中でも一番のきかん坊だな。先代からの縁あって雇ってはいるのだが」
確定だわ。まとめて厄介払いされてる。
「じゃあまあ、その人とは縁あったら会えるでしょう。今は迷宮探索でいいですね」
俺が事務的にいうと
「仕方なかろう、探しはしたつもりだ」
とビルトソークも応じた。
今だ信じているのか切り捨てたか、そこは不明だ。
その後市場で昼飯に堅パンと漬物を買い、そこでは少々ビルトソークは情けない顔をしたのだが、ともあれ我々はパーティの再結成をした。
そして一行は城塞都市を出たのである。
◇ ◇ ◇
大河に沿ってしばらく下流に向かう。
城塞都市の水源でもあり、輸送の大動脈でもある。
幅は広いがたいそう浅く、流れも緩やか。青草繁る洲が数多く、あちこちに貝拾いをする子らの姿がのどかなものだ。
飽きない風景だったが、途中で道は折れて内陸に入り、木々に視界が遮られてしまった。
「それで幾つ職業とったの?」
目指す初級ダンジョン、『野豚街』までの道々、ジーネがビルトソークに質問する。
「7つだな」
周囲に目を配りながら、ビルトソークが答える。
この辺の土地は丘が連なり、その上には森が育っていたり、放牧地となったりしている。
道は尾根をつないで遠くに向かい、また手近の盆地に降りて行ったりする。
狭い盆地には耕作を行う小村がある。
牧民適性のある彼なら、視野の開けた土地では遠くの敵も発見できそうだ。
「それだけ頑張って、何になろうとしたの?」
次にチリリが訊いた。
「戦士で斥候で魔術師だ。万能の戦士になりたかった」
チリリ「なれたら凄いわね」
俺も目指してはいるので、その気持ちはわかる。
エスタ「それでどこまで達成できたんだ?」
ビルト「斥候はとれなかったな」
エスタ「戦士で魔術師か。呪文は?」
ビルト「うむ。 最後が斥候であればな。まだ良かった」
エスタ「まさかなし? 最後に魔術師? アホやこいつっ」
ジーネ「そういう言い方は可哀そうだって」
エスタ「それもそうか。夢を追ったんだよな。悪い」
今さらフォローしても、既に結構メンタルダメージ負ってたようだが。
「それでも、それだけで鎧の家紋を削られるか? 霊格の低いものが生まれることはあるだろうし、それを理由に一門追放とはならんだろ」
それともなるのだろうか。
疑問に思い俺は尋ねた。
「うむ。一門の先達や家臣らとともに、それなりの迷宮巡りをしたのだがな、まず三職揃えたいと追加職ばかり願っていたのがバレてな」
やっぱアホやこいつ。
「一人で行ってその結果じゃないのかよ! 家の費用で行ったのなら、それは指導に従えよっ」
思わず呆れて大声出してしまった。
「職業追加はミニダンジョンでするもんだぞ。上級者と出かけてやることじゃないわ」
ジーネ「一回くらいはともかく、なんで全部職業の追加にしたの?」
ビルト「次こそはと思っただけだ。まさか4連続牧民とはありえんからな」
一族総援助のもと大学進むはずが、学費を全部競輪競馬にぶっこんでたようなもんだな。
能力値は初期上限だし、霊格28だし、それなり希望の星だったんだろう。
そりゃ勘当もする。
「事情は分かったわ。終わってしまったことより、先のことを考えましょう。
これからは守られるのではなく、一人の戦士として活躍お願いしますね」
チリリがいい、ビルトソークがうなずく。
「もちろんだ。素質は良いと褒められている。活躍させてもらうよ」
エスタ「おい、『野豚街』が見えてきたぞ」
丘を越えたところで見える一つの盆地に、たくさんの壁が縦横無尽に立ち並んでいるのが見えた。
ただしその壁はもろくもアチコチ崩れ、屋根の堕ちてしまった建築群のように見える。
真上から見ると恐らく方眼紙に書いた迷宮のように見えるんだろう。
タテヨコの壁ばかりで出来た露天迷宮である。
ちなみに弱めのオークの巣窟ではあるが、『野豚街』は連中の見かけからくる名称ではない。
むしろ連中猿だし。
時々見る強めの怪物から来てる。
◇ ◇ ◇




